⑱予定変更

「この後、街ブラの予定だけど・・・変更して、ゆっくり話せる場所に移動しない?」

 姿勢を正したまま真っ直ぐにあたしをみつめて、絢さんが提案してきた。

「ゆっくりって?」

「野外で・・・静かに過ごせる場所」

「うん、そうしたい」

「ま、ケーキ、ゆっくり食べな?俺のコーヒーもまだだから」

 絢さんが笑う。

 あたしは、プスプスと穴の開いたケーキを今度は綺麗に口の中に運んだ。

 程なくして登場してきたコーヒーを、絢さんは味わいながら飲んでいた。

 その様子に、(今日は沢山一緒にいられるんだ)とあたしは嬉しかった。

 だけど、喜んでばかりもいられなかった。

 これから移動する場所で、あたしは課せられたミッションをクリアしなければならない・・・その事を思うと、少し憂鬱だった。


 街中まちなかのコインパークに停めた車に乗り込む。

「どこ行こっか・・・」

 言いながら、あたしも一緒に覗ける様な角度で絢さんがケータイをいじり始めた。それに誘導される様に、あたしも画面を覗き込む。絢さんの指が、画面を行ったり来たりする。

「うーん・・・あっ!ここから一時間くらい走った所に、国営の公園があるっぽい。ゴールデンウィークだから家族連れも沢山いるだろうけど・・・」

 画面には、だだっ広い草原と緑に囲まれた散策路とダイナミックな遊具の写真等が並んでいた。

「うん。ここがいい!」

 あたしは、散策路の写真を見ながら賛成した。

「よっし!んじゃあ、今日は髭男ひげだんかぁ?」

 言いながら、彼はドアポケットからブック型のアルミのCDケースを取り出し、何枚か捲りその中の一枚を選ぶと、オーディオの中のCDを取り出し、新しいCDと交換した。そして、手に持っているCDをケースに戻した。

「公園だと、何で髭男なの?」

 何となく訊ねると、「ん?・・・いゃ、テキトー」と言って笑った。

 絢さんのこういうところがすごく好きだ、とあたしは思った。

 途中、「pretender」がかかった時、絢さんが口遊くちずさんだ。

(好きな人の声って、何でこんなに心地良いんだろう)


 公園に着いた。駐車場には車がびっちり並んでいた。絢さんは、ぐるぐるとゆっくり回りながら空きスペースを探す。あたしも、役に立つかはわからないけれど、キョロキョロしてみる。すると、公園入口から一番遠い場所にいくつか歯抜けのスペースが見えた。

 絢さんは、一番端っこに停めた。海の時も一番隅に停めたから、端っこが好きなんだと思った。

 エンジンが止まるや否や、「散策路、歩きたい!」とあたしが言うと、「了解」と絢さんは微笑んだ。

「インドアなのに、外ウロウロさせてごめんね」

 と、そんな事は思っていないけど一応、形だけ謝った。

「大丈夫だよ?・・・夜はインドアするから」

 絢さんはまた左の唇を上げた。

「・・・ぇ?」

 ドギマギするあたしに絢さんは、「嘘嘘。冗談だよ」と今度はケタケタと笑った。


 駐車場を抜けて公園に入ると、いきなり人だかりが目に飛び込んで来た。

「すごい人だねぇ~」

「ま、駐車場の感じから推測すると、こんなもんだろ」

 あたし達はそのまま、設置されている案内板の前まで進んだ。

「えーっと・・・散策路は、左だね」

 あたし達は、案内板の通り三股に分かれた一番左の道に入った。暫く進むだけで、先程の空間とは別世界に思えるくらいに人の気配がなかった。更にその場所は、道の両サイドの無数の樹々が織り成す光と影が地面に濃淡の模様を描いていて、とても幻想的だった。

 暫く歩いていると小川が出てきて、木の橋を渡るようになっていた。それを渡り切った所に、これもまた木で造られた屋根付きのテーブルベンチが一台現れた。

「あそこで少し、話そうか?」

「うん」

 あたし達は、向かい合って腰掛けた。

 ピーピーピーピー、ピヨッ。

 チチチチチチ・・・ピー。

 耳を澄ますと、頭上から鳥のさえずりが降り注いできた。それは目の前の小川のせせらぎと相まって、まるでお伽話とぎばなしの中に入り込んでしまったかの様な感覚になり、とても心地良かった。

「外もいいね」

 左手で頬杖をついた絢さんが、周りの樹々を見回しながら呟いて、「紅美ちゃんと一緒だからかもだけど」と付け加えた。

「ぇ・・・」

 あたしが返事に困っていると、絢さんは微笑んだままあたしをみつめてきた。

「きっと・・・誰とでも、自然の中は気持ちいいと思う」

 そう言うあたしに「ふーん」と言って、絢さんは頬杖の手をテーブルに下ろして右腕に重ねた。

「俺達さ、出逢ってからまだ一ヶ月くらいしか経ってねぇじゃん?」

「・・・うん」

「だけど。今も一年後も俺の気持ちは多分変わらないって思うから、今、言うね」

「・・・ん?」

 言ってる事の意味が理解できなくて、あたしは首を傾げた。

「俺と付き合って欲しい」

「え?!」

 真っ直ぐにみつめてくる絢さんの視線に釘付けになったあたしは、フリーズしたまま眼だけをパチパチとさせた。

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