⑰拒否された提案

 観る事になった映画はマイナーで、この十三時半を逃すと、今日はもうレイトショー迄観れなくなってしまう。

 そのマイナーな映画とは『DOLL~その人形は全てを知っていた』という邦画で、ジャンルで言えばミステリーホラーに属する。

 この春、どうしても観たかった映画だったのだけれど、りりあも咲子も母も「怖い~」「DVDになったら観る」「無理!」との冴えない返事しかくれなかったので、半ば諦めていた。

 四月の終わり頃の電話中にあたしがこの話題を出すと絢さんは、『DOLL、俺も観たいと思ってたんだ!』と言った。だから、今日のデートは即決で映画になった。

 マイナー映画とはいえ、館内にはそこそこの人が入っていたんじゃないかと思う。けれど、カップルは少数だった。更に、エンドロールを最後まで観ていたのはあたし達だけだった。あたし達は、だけど、終始無言のままだった。

 館内の照明がゆっくりと明るくなる。 

「やばかったね・・・」

 スクリーンをぼーーっとみつめたまま無気力に言葉を発したあたしに、「時間経ったらもっかい観たいヤツだな、これ」、と絢さんも前をみつめたまま言った。

(確かに)、とあたしは心の中で賛同をした。

「てか、腹、空かね?」

「え?・・・お昼、食べてないの?」

「食ってねぇ」


 そんな会話の流れから、街ブラの前にカフェに入る事にした。そこは、前に海であたしが絢さんに話した「お気に入りのカフェ」のひとつだった。それは、アーケードから少し外れた路地にある建物の二階にあった。

 そこであたしはケーキセットを、絢さんはオムライスを頼んだ。

「オムライスなんて食べるんだぁ~」とあたしが茶化すと、絢さんは平然とした顔で「一番好きなメニューだけど?」と言った。

 運ばれて来たオムライスを、絢さんはかき込むように口に入れた。本当にお腹が空いていたのだと判った。だから、あたしがケーキを食べ終わらない内に、絢さんはもう満腹の状態で、食後のコーヒーを待ちながらケータイをいじり始めた。

 デート中にケータイをいじられるとムカつく、みたいな記事をよく目にするけれど、あたしは全然そんな事はなかった。寧ろ、それが心地良かったりする。

「ねぇ・・・絢さん?」

 ケータイをいじっていた絢さんに話し掛けると、「んー?」と言って絢さんは視線をあたしに向けてくれた。

「連絡、いつも電話遣ってるけど・・・これからはLINEにしない?」

 と、あたしは思い切って無料通話アプリの使用を提案した。正直、絢さんから電話を貰っても、いつも電話代が気になってそわそわして仕方なかった。

 だけど、その提案に絢さんは困った表情かおをした。

「・・・ダメ・・・かな?LINEだったら、通話代も掛からないし・・・」

「えと・・・ダメっていうか、俺、LINEしてないのよ」

「えーっ?!」

 今時LINEをしていない若者がいた事に、驚いた。

「人と繋がりまくるのって、メンドくさいし。無料だと、だからこそ無駄に時間取られるし。だから、してねーの」

「・・・」

 あたしは返す言葉がなくて、黙り込んだ。

「わりぃけど・・・紅美ちゃんの為にLINEする事もないから」

 絢さんは、そう言い切った。

「ぅん・・・解かった」

 哀しさマックスだった。

(絢さんはあたしの事を彼女にしてもいいくらいに想ってくれてると思ってたけど・・・あたしの勘違いだったのかな・・・)

 涙がこぼれそうになるのをこらえながら、あたしは滲む目の前のケーキをフォークでいた。

「・・・紅美ちゃん?」

 絢さんの言葉に返事すると涙が落ちてきそうで、あたしは無言のままケーキをつつき続けた。

「これまで通り、電話じゃダメなの?」

「・・・」

「俺、紅美ちゃんとの通話を無料にしようなんて気、さらさら無いんだよ?」

 絢さんの言ってる事の意味が解からなくて、思わず顔を上げてしまった。途端、右頬を涙が伝うのが判った。

「泣いてるの?・・・ごめん。言葉足らずだったね」

 そう言うと、絢さんは「コホン」と咳払いをし、崩してした姿勢を正してあたしに向き直った。反射的に、あたしも姿勢を正す。

「えっと・・・。俺は、紅美ちゃんとの通話代が勿体無いとか思った事、一度も無い。寧ろ、それだけの価値を俺は紅美ちゃんに置いてるから。もし紅美ちゃんから電話したいと思った時は、メールして。俺から掛けるから」

 瞬間、全身を衝撃が走り、あたしは目をパチクリさせた。まばたきしたら、左の目に溜まっていた涙も流れ落ちてしまった。

 目の前には、窓から差し込む春の光を浴びて柔らかく微笑む絢さんの顔があった。



※『DOLL~その人形は全てを知っていた』は筆者の創作した映画タイトルで、実在しておりません。

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