⑯揺るぎない決心

「あら?・・・寝るんじゃなかったの?」

 おやすみ、と言って二階に上がったのに下りて来たあたしに気付き、食卓で家計簿を付けていた母が顔を上げた。

「うん・・・の筈だったんだけど・・・」

 言いながらあたしは、母の正面に座った。

「どうしたの」

「あたし、やっぱり絢さんの事が好きなのね」

「それは解かってるわよ」

 母が優しく微笑む。

「だけど、それはライクじゃないの」

 母の表情が少しかげる。

「・・・一ノ瀬くんに、告白されたの?」

「ううん、されてない」

 母の言いたい事は、判った。

「だったら・・・」

「もし!・・・もし、絢さんからしてくれなかったら、あたしからするかも知れない」

「えぇ?」

 険しい顔をした母に向かって、あたしはにっこり笑ってみせた。

「お母さんの気持ちはすごく解かる。あたしも、絢さんに対する疑惑は少なからずある。だけど、それはまだ疑惑なワケで。だから、最初から『深入りしない』とか『近付き過ぎない』って考えながら、絢さんとの距離を計りながら会ったりするのは止めようと思う」

「だったら。その覚悟があるのなら、ちゃんと訊きなさい」

「解かった。今度、五月二日に会う事になったから、その時に訊いてみる」

「そうしなさい」

「それだけ・・・言いたかったの。おやすみなさい」

「おやすみ」


 その日はアッという間にやって来てしまった。

 ゴールデンウィークの中日なかび、五月二日。

 今日はとりあえず映画に行く事になっていた。観たい映画が十三時半からなので、ここを出発するのが十二時過ぎという、とても中途半端な時間になってしまった。

 映画の後は街をうろうろする予定になっているので、今日はスニーカーで出掛けたかった。だけど、そういうデートにはこの前着る予定だったワンピースを、是非とも着て出掛けたい。

「お母さ~ん!このワンピにスニーカー、変?」

「スニーカーって?」

「あの、白いヤツ!」

「あぁ・・・あれね。別に、いいんじゃないの?・・・若い子の感覚、わかんないけど」

 母とそんな会話をしていたら、コンビニにお菓子とジュースを買いに行ってた弟の仁騎ひときが、玄関からすごい勢いでリビングに入って来た。

「ねぇ!ビッグニュースだよっ!今、俺んちの前に、ポルシェが停まってる!」

「え゛?!」

「え?」

 あたしと母の声が重なった。時計を見る。十一時四十分だった。

(あれ?・・・絢さん、時間、間違えたかな?)

 そんな事を思っていたら、「ポルシェもびっくりだけどっ!運転席に中村何とかって芸能人がいた!」と、仁騎は興奮状態で捲くし立てた。

「へ?」

「は?」

「まだ居ると思う!何か、ケータイいじってた!」

「あははははは」

「うふふふふふ」

「何?!何がおかしいの?ホントだって!外、出てみなよ!」

 仁騎は膨れっ面をする。

「その人、紅美のお友達よ?」

 笑いながら、母が説明する。

「え?!姉ちゃん、芸能人と友達なの?!」

 仁騎の表情がころころ変わるのが、面白過ぎる。

「その人、中村倫也じゃないわよ?」とあたしが言うと、「へっ?」と間の抜けた表情をして仁騎はソファーに倒れ込んだ。

「ちょっと、行って来るね」

 あたしは母にそう言って、絢さんの様子を見る為に一旦表に出た。


 コンコン。

 軽く窓を叩くと、気付いた絢さんが窓を開けてくれた。

「早くない?」

 笑ってあたしが言うと、「早く会いたかったのかも」と絢さんは笑った。

(ニヤけるなニヤけるなニヤけるな、紅美!)と自分に言い聞かせ、「いつ着いたの?」と訊くと、「十分くらい前」と返ってきた。

「連絡くれたらよかったのに~」と言うと、「迷惑じゃん?」と返ってきた。

「迷惑じゃないし・・・」

「つか、もう出れるの?」

「弟から絢さんの事訊いて、とりあえず出て来たの」

「あはは。弟くんだったんだ。・・・待ってるから、支度してきなよ」

「うん、すぐ戻るね!」

 あたしは花柄模様のワンピースを翻し、バッグを取りに家に戻った。

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