07 時間のトンネルをくぐり抜け……
穴は、じゅおん、じゅおんという音を立てている。
風雨の轟きの中、何故かそれだけは聞こえた。
「行け!」
没頭していたはずのミラーが叫んだ。
すぐに鉄太郎を立たせると、あの穴がお前さんが来た穴だ、と告げた。
「
「
それは嵐を目指すことになるのだが、
「こいつはチャンスだ!」
船はするすると嵐へ向かう。
鉄太郎はミラーに促され、
「いいか! おれも結構修羅場を潜って来たから分かる! お前さんの戻るべきは、アレだと!」
ミラーの怒鳴り声。
風雨と穴の音が激しいからだ。
鉄太郎も怒鳴る。
「……ああ、おれも分かります! 何か、呼ばれている気がする!」
そしてそれは、ミラーが執筆のネタを掴んだからではないか、と鉄太郎は感じた。
ミラーが頷く。彼も同感らしい。
「おれがこれから書く奴に、お前さんとの出会いが……」
その発言は中途で終わる。
もう、嵐が、穴の方が直前にまで迫って来たからだ。
口の中に雨水が飛び込む中、鉄太郎が叫ぶ。
「ありがとう、ミラーさん! そういえば、ミラーさんの名前……」
フルネームがよく聞けなかったから、ミラーと呼んでいた。
その名前を知りたいと言った。
ミラーは笑った。
「いいかよく聞け! おれの名はアーネスト・ミラー……」
その瞬間、風雨が強まり、そして穴が鉄太郎の全身を覆った。
暗転。
明滅。
じゅおん、じゅおんという音の中。
鉄太郎は、何かの汽車に乗っているかのような感覚の中で。
それでも確かに未来へ、自分がいた場所へと戻っていく手ごたえを感じていた。
*
『……鉄ちゃん、鉄ちゃん!』
鉄太郎が気づくと、モニタ上に浮かんだウィンドウの中に。
自分に呼びかけるさくらの顔を見た。
『……さくらちゃん』
『ああ、良かった。もうすぐオンライン授業始まるのに、鉄ちゃん突っ伏しているんだもん』
さくらは安堵の表情を浮かべながら、「何かの芸かと思ったよ」と言った。
『……あれ、そういえば鉄ちゃん、オンラインランチ会なんだけど』
『ああ、そういえば。あれって明日だよね?』
『いや、無理だったら別に参加しなくても……って、出る気なの!?』
鉄太郎は笑った。
『出るよ』
『……大丈夫?』
不安げなさくらに、鉄太郎は肩をすくめた。
『大丈夫。ちょうど作りたい料理が出来たんだ』
ちょうどその時、始業のベルが聞こえた。
校舎にいる先生が、無人の、しかし多くの生徒と繋がった教室に姿を現す。
『鉄ちゃん、授業が終わったら、何を作るか聞かせてね』
『OK』
さて、と鉄太郎は一限目の科目の情報を確認した。
英語。
そして今日から、副読本を読んでいくことになっている、と。
「これか」
机上に広がっていた副読本を見ると、ちょうど一頁目、著者の顔写真が載っていた。
「あ!」
……副読本のタイトルは「The Old Man and the Sea」で、著者名は「Ernest Miller Hemingway」と記されていた。
【了】
彼方なるハッピーエンド 四谷軒 @gyro
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