06 彼方なるハッピーエンド

 ミラーが料理を皿に

 見ると、皿一面のトマトソースの真ん中に、黄色いチーズを乗せたカジキの切り身。

 それはまるで。


朝焼けサンライズ?」


「うまいこというな。カリブの朝焼けカリビアン・サンライズ。悪くない」


 ミラーは物書きを生業なりわいとしているらしく、時折、こういうことを言ってくる。

 船長キャプテンの分も皿を運びながら、鉄太郎は何を書いているのかと、ふと聞いてみた。


「……う~ん、まあ、これでも結構有名なんだけどな。お前さんのいる未来には伝わってないのか?」


 いるかもしれないけど聞いたことが無いと答える。

 そうか、とミラーは呟く。


「ま、いいか。日本ジャパンには伝わってないだけかもしれんし。じゃあこれから書く奴は、もっと普通の言葉で……。そう、普遍的な感じに」


 ブツブツとミラーが独り言を言うのをに、鉄太郎は甲板に上がる。

 そこには、水平線上のある一点から、黄金きん色の煌めきが発し、今まさに、海上を紅く染め上げようとしていた。


朝焼けサンライズ……」


「いつ見ても綺麗なもんだ」


 ミラーが目を細めながら、「ではいただこう」と言う。

 鉄太郎はスプーンをカジキの身に入れた。

 す、とスプーンは入り、そのままカジキの身が割れる。

 割れた小さい方のカジキをすくい取り、鉄太郎はカジキを口に入れた。


「うまい」


 カジキとチーズの塩味と、トマトソースの酸味が溶け合い、口の中で得も言われぬ味の合体がある。


「だろう?」


 ミラーは笑いながら、カジキを口にした。

 船長キャプテンは親指を立てた。



 食事の合間に、鉄太郎はぽつりぽつりと自分のいた未来のことを話した。

 といっても、重大な事件とかではなく、身の回りに起きた出来事とかをだ。

 いかに偶然時間移動したとはいえ、変にを教えるのはためらわれた。

 そしてミラーも、特段そういったことを尋ねず、むしろ鉄太郎自身のことについては興味津々に聞いていた。


「……それで、そのが言うには、オンラインでランチ会をしようって」


「オンラインとやらはよく分からんが、メシ作って食べようって言うんだろ?」


「そうです」


「ふむ」


 ミラーは空になった皿を甲板に置いて、あごに手を当てた。


「ま、頑張れ」


「え、それだけ?」


「いや、料理だったら、さっきやっただろ」


「あ」


 それにな、とミラーは付け加える。


「お前さんは今、といっても『未来』の今だが、親御さんが遠出していて、お前さんはメシが作れない……発破はっぱをかけたかったんじゃないか、その


「え」


 ミラーはと笑った。

 物書きをしていると、何かこういう想像が働くんだよ、と言いながら。


「まあこんな過去の人間相手に隠さなくてもいいが、そのが気になるんだろ、お前さん」


「……そ、それは、そうです」


「じゃあ決まりだ。ハッピーエンドは間近じゃあないか」


「そうですか?」


「そうさ。あの太陽ほど彼方にはないが、今のディッシュぐらいは近いぜ」


 こう見えても、二十歳前のイタリアの貴族令嬢にことがある、信用しろとミラーは聞いていないことまで言ってきた。

 しかしこれ以上話していると、さくらへの想いを言わされたりしそうなので、鉄太郎は誤魔化すためにも「コーヒーれてくる」と船室キャビンへ向かった。

 その若い背を眺めながら、ミラーはひとりごちた。


「アドリアーナも若くて綺麗で良かったが」


 イタリアの貴族令嬢の名前を口にする。

 船長キャプテンおごそかに沈黙を保ち、聞かないをする。


「あのボーイ、いやいや、若いのヤングマンもなかなか刺激してくれる……」


 ミラーは物書きである。

 かつては、ベストセラーを出した。

 だが今、逆境にあった。

 しかし、その逆境にありながらも、何かを掴もうとしていた。



「お待たせ」


 鉄太郎がトレイの上にカップを三つ載せて戻って来た。


「ハワイコナがあったんで、使わせてもらったよ」


「ほう」


 ミラーがカップを受け取り、その中にあるかぐわしい、黒い液体をすすった。


「……うまい」


「だろう?」


 先ほどのミラーとのやり取りのお返しとばかりに、鉄太郎が笑った。

 その笑顔を見て、ミラーもまた顔をほころばし……そして、目を見開いた。


「……これだ」


「どうしたんです、ミラーさん」


「ミラーってお前、そういえば何でミドルネームで呼んでいるんだよ……いや、いい。今はいい。それより……」


 ミラーはハワイコナをあおった。


「これだよ。コーヒーを淹れてもらう話。これがいい」


 どうやら次に書くネタが浮かんできたらしい。

 鉄太郎が「良かったね」と言おうとした時、船長が叫び出した。


ストームだ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る