05 カリブの朝焼け

 深い暗青色の空が、徐々に明るみを帯びていく中、鉄太郎は呟いた。


「終わった……」


「……ああ」


 ミラーがうなずく。

 船長キャプテンするほど、凄まじい漁を繰り広げ、ミラーと鉄太郎も、釣り上げたカジキと共に、甲板かんぱんにへたり込んでいた。


「ともあれだ」


 ミラーは立ち上がった。


「朝メシにしないか」



 船長キャプテンが器用にカジキをさばき、手ごろな切り身をいくつか渡して寄越した。


「これを」


 ミラーに持って行け、という意味だろうと思い、鉄太郎はそれらの切り身を受け取って、キッチンへ向かった。

 そこでは、ミラーが大きめの皿の上に、小麦粉を散らしていた。


「それは?」


「ああ、そいつをこの皿に置いてくれるか」


 鉄太郎が指示通りに皿に切り身を置くと、ミラーは手を洗ってから、棚から小瓶を取り出した。

 そして小瓶の中身――茶色い粉を、皿に振りいた。

 どうやら、切り身を小麦粉で、さらにその茶色い粉で味付けしているらしい。

 小瓶に注がれた鉄太郎の視線に気づくと、ミラーはと笑った。


「カレーパウダーさ」


 東洋人ならだろうと勝手な推論を述べ、ミラーは切り身を転がして小麦粉とカレー粉にいく。


「よし。じゃフライパンにオリーブオイルを引いて」


「はい」


 鉄太郎はさっとフライパンにオリーブオイルを引いた。


「うまいもんだな」


「ハンバーガーショップでアルバイトをしていたので」


「そうか」


 ミラーが感心したようにうなずき、それから切り身をフライパンに落とした。

 じゅっ、という音がして、切り身が焼ける。

 小麦粉も焼ける。

 いいにおいがする。

 懐かしい香りだ。

 そうか、カレー粉も入っていたっけ。


 目を閉じて、少し回想にふける鉄太郎に声がかかる。


「チーズを」


「チーズ?」


「あ、いや、これはおれがやるか。そのままフライパンを持っていてくれ」


 ミラーがチーズを何枚かスライスし、それを切り身の上に置いた。


「お」


「ここからが重要。をする」


 の下で、チーズが溶けていく気配がする。


「そのまま。そのままだぞ。ちょっと待ってろ」


 という、缶切りで缶を開ける音がした。

 ミラーがトマトソースの缶を開けていた。


「よしッ、を取れ」


 鉄太郎が素早くをどけると、トマトソース缶の中身が、フライパンに飛び出した。

 あっという間にフライパンはトマトソースの海だ。


「いいにおいだ」


「だろう?」


 ミラーは得意げに胸を張り、少し水を足した。


「あとは、ちょっと待てば完成。そうだ、船長キャプテンに声をかけてくれ」


 しかし鉄太郎が呼ぶまでもなく、船長キャプテンが鼻をとさせながら現れた。

 彼はもうすぐ料理が完成することを知り、ブラボーと言った。


「もうすぐ夜明けです」


 ぜひ甲板かんぱんでそれを食べましょう、と笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る