04 カジキとの格闘
「
白い雲。
青い空。
そして、何処までも広がる、波打つ碧――海。
その海の波間を、ひとつの三角形が動いていた。
「背びれだ」
対応する英語が分からないので、鉄太郎も「The Fish」とのみ呟いた。
ミラーが、来い、と囁く。
「この
釣り綱というその
「来るぞ!」
折からの風で激しくなってきた波を、海を。
切断するようにその三角形――背びれが走る。
「ずっと追ってきた」
ミラーは
「コヒマルからずっとだ。途中、お前さんを連れてきた
ランチ、という言葉に引っかかるものを感じた鉄太郎は顔をしかめるが、ミラーはそれに気づかずに「そら」と、奴に語りかけた。
「腹ペコだろ? 獲れたての
どうやら
鉄太郎は思わず
そういえばこの1950年のカリブ海に来て以来、何も食べていない。
ぐうと腹が鳴ると、ミラーが振り向いて
「お前さんも腹ペコか。待ってろ」
その時、ぐいと引っ張られる感じがした。
掴んでいる
「食いついた」
やったぞ、とミラーは、今度は思い切り笑う。
だがその笑みは老人のそれではなく、少年のように、底抜けに明るかった。
*
「無理に引っ張らなくていい!
ミラーが背中越しに叫ぶ。
それだけ、ヤバい奴を相手にしている。
鉄太郎はその名の鉄の如く、どっしりと構えるイメージを浮かべ、
「ようし、いいぞ。やるじゃないかボーイ!」
「……その、ボーイっての、やめてもらえませんか?」
話している
「何でボーイが駄目なんだ? どう見ても、おれの方が年上だろ?」
「いやまあ、そうだけど、何か一人前じゃないみたいな気がして……」
「ははっ」
ミラーの顔は見えない。だけど、笑っている顔は想像できた。
「そんなつもりは無かったんだかな……おっと、奴め、気を抜くとすぐ……いや失敬、だが、おれとしてはボーイって羨ましいけどな」
幼少時、何故か母親から「女の子」として育てられ、「そういう格好」をさせられた反動から、ミラーは「ボーイ」であることに思い入れがあり、今でもこうしてカジキ漁に興じるほど、「ボーイ」であろうとしている。
「……あれから、でかい戦争が二回ほどあったり、感染症が
「はあ……」
油断すると、ミラーだけでなく鉄太郎も引きずられそうになる。
それでも、ミラーと鉄太郎は話を止めない。
何故だか話を止めると、負けるような気がした。
「でかい戦争って確か、
「
「ああ……」
それは、鉄太郎のいる「今」では、史上、最も多く死者を出したパンデミックと伝えられていた。
「でもそんな
「呪う?」
ミラーの
ミラーがそれに答えようした時、今までで一番大きな「引き」が来た。
「……おっと! 奴め、音を上げだしたな」
「え? 今までで一番パワフルなのに?」
「だからだよ」
だからこそ、こんな力を出す。
全力を出して、罠を食い破るために。
「最後の力をふりしぼるって奴だ」
ミラーが気合いを入れろ、と言ってきた。
「これを
鉄太郎はこの時点で返事が出来ない。
それだけ力を込めていたからだ。
奴――カジキは強い。
その最大のパワーで挑んできている。
もう、しゃべっている余裕はない。
なのに。
「いいか、ゼンダ・ボーイ! いや、気に入らなければゼンダ・マン、か……おれは確かに
だん、という音を立てて、ミラーの足が思い切り踏み込む。
ミラーが言葉を切ったままなので、鉄太郎は怒鳴る。
「けど……何だって言うんですか!」
怒鳴った瞬間に、手の皮が
だが、こらえる。
ここで引きずり込まれたら、ミラーの答えが聞けなくなる。
鉄太郎は今や、カジキより、そっちが気になっていた。
「けど……そんなの知るか! おれはやりたいことをやる! 戦争や病気に殺されてたまるかよ! やりたいことをやったんなら、そん時ゃ自分で死んでやる!」
滅茶苦茶だ。
そう思った鉄太郎だが、その滅茶苦茶さが気に入った。
「ようし……おれも!」
……その後、カジキと格闘すること数時間に及んだが、ついにミラーと鉄太郎は、カジキを釣り上げることに成功した。
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