第11話 あなたに見て欲しいのに……
私は妊娠9ヶ月目に入った。
生まれるまで性別は知りたくない派なので聞いていない。智也は聞きたい派だが私の意思を尊重してくれていた。
もうおなかもはちきれんばかりに大きくなってきた。家事一つとっても色々大変である。足元の作業に色々とおなかが邪魔になる。今までの智也ならばそんな私を気遣って今まで以上に家事を手伝ってくれたりしたのだが、最近冷たい。
なぜかと言うと、智也は出産に立ち会う事になっていたのだが、私はそれをDVD撮影するのだ。そうすると智也もそのDVDに映る事になる。
恥ずかしがり屋の智也はそれは困るので、撮影を許してくれないのだ。
私は臨月に入り、出産予定日まであとわずかに迫った。
豊満に膨らんだお腹と胸。特に乳首は真っ黒に染まり、大きく尖っていた。妊婦の乳首が黒くなるのは赤ちゃんが見つけやすいからだ。
(お腹の張りがすごい……これならいつ生まれてもおかしくないな)
ベッドで横になりながら膨らんだお腹を撫でた。お腹が苦しいので横向きで寝ている。
私はわずかに腹部の痛みを感じた。
(これはただの張りじゃない。さっきより痛くなってる)
私は出産開始を感じ始めていた。
(この調子だと今日始まるかも……)
(長かった……ついにこの重いお腹ともお別れだな)
曲げられないお腹を曲げたくなるような痛みが襲った。
(ついに始まったかな?)
私は股間に手を伸ばし、「おしるし」と呼ばれている出血がないかどうかを確かめようとした。これは重要な出産開始の合図なのだ。しかし……
(今の所おしるしは来ていない。そうするとまだなのかな?)
おしるしは来ない事もある。私は痛みの間隔をスマホアプリで図って見た。10分間隔だ。もしこれが陣痛ならば、そろそろ母親と撮影の人を呼ばなければならない。母は助産師で、助産院を経営しているのだ。
DVD撮影の件で、智也はずっと口をきいてくれなかった。やはり立ち会ってくれないのだろうか。とても心細い。
「お母さん、おなかが痛い。さっき計ったら10分間隔だった」
「なんでもっと早く電話しなかったの。すぐにそっちへ行かなきゃ」
「でも、まだおしるしが来てないよ」
「おしるしがなくても出産が始まってる事はあるから。すぐそっちへ行くね」
「お願い、お母さん」
陣痛が押し寄せる。まだまだ我慢は出来るが、少しおなかに力を入れたい感触が生じて来た。
(いきみたいってこんな感じなのかな?)
まだまだ陣痛の間隔の時間は長い。陣痛が止んでホッと一息。
陣痛の間隔は10分よりも短くなり、痛みの続く時間が少しづつ増してくる。
(今のところ進行は遅めかな。この後進むと良いけれど)
「うっ……」
私は大きくて重いお腹を右手で軽くおさえてうめく。一人さみしく痛みに耐える。
「間隔が急に短くなってきた……アッ」
当初遅いと感じられていた出産の進行が、その後思ったよりも速く進行していた。
(なんかヌルっとしたものが……おしるし来たかも)
(どれくらい子宮口開いたかな?)
だいぶ間隔も狭まってきた。
母に診てもらう。
確認すると……
「もうかなり開いてる。あと少しだね。まだいきんじゃダメ」
子宮口が全開大すれば分娩第2期に入る。そうなれば赤ちゃんも膣内に降りてくるから、いきむ事が出来るようになる。それまではいきみ逃しで耐えなければならない。
「痛いっ…痛い痛い痛い…」
更に陣痛の間隔が短くなり、痛みの強さは増していく。
最高に痛いと思っても、次に来る痛みはその前の痛みよりもずっと強いという状態が繰り返される。
それでも腹痛フェチの私にとってはまだまだ耐えられるレベルだ。
お腹がどんどん下がって来ている。子宮の重心が下腹部に近い場所に感じるように。
ポカリスエットを飲み、気を引き締め直す。
陣痛が来た時、痛みだけではなく段々と身体が何かを押し出そうとしているのを感じた。
とてもいきみたい。身体が勝手にいきんでしまう。でもだめだ。今の時期にいきんでも胎児が効果的に進まないからだ。それどころか疲れて肝心な時にいきめなくなってしまう。そうなれば難産必至である。
私は必死でいきみ逃しを行った。
どんどん狭まる間隔の陣痛。そして強まる
「あーっ……また強いのが来た」
(もう我慢出来ない。身体が勝手にいきんでしまう……)
と、突然生暖かい液体がほとばしり出て、下着を濡らすのを感じる。破水だ。羊水が股から脚を伝っていく感覚を感じた。
お産用のショーツと大きなナプキンを着けていなければ床が水浸しになるくらい大量の羊水が股間から排出されていた。
私は自分のお腹に話しかけた。
(早く出てきて)
「お母さん、破水したみたい」
「分かった。もうすぐだね」
撮影も始まった。いよいよ出産である。
しかし、智也に電話しても出ない。LINEも未読のままだ。
(お願い智也。早く帰って来て)
◇◇◇◇◇◇
読んでいただきありがとうございました。
次の第12話は、ついに最終話。いったいどうなるのでしょうか? お楽しみに!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます