最終話(第12話) それでもやっぱり愛してる

(これでやっといきめるんだ……)

 破水したため陣痛は更に強く、間隔も短くなった。

「痛い……お腹だけじゃなく脚も腰もとにかく痛い」

 母のマッサージが本当に心地よい。私は痛みに耐えながら母の励ましに心から感謝していた。


 でも、智也がいないのはすごく心細かった。


 胎児の頭が骨盤内へ下がって来るのを感じる。

 凄まじい痛みに加え、体内から伝わる異物感。


 脚に袋のような形をしたシーツを掛けられた。


「楓、子宮口が全開になったから、次に痛くなったらいきんでみて。なるべく長くいきんで」

「わかってるよお母さん。これでも看護学校では主席なんだからね」

 強気であるが、精一杯の強がりだった。


 陣痛が来て、私は母の手をしっかりと握り、下半身に力を込めた。

「う~ん」

「そうそうその調子。上手よ。なるべく声は出さないようにして」



「うううう……」

 胎児が急激に下に降りてくる感覚。いきまずにはいられない。


 やっと間欠期が来てホッとする。さすがに疲れてしまい、仮眠を取る。


 そしてすぐにまた地獄のような痛みが襲ってくる。


 玄関が開き、ついに智也があらわれた。

「おまたせ。やっと着いた。遅れてごめん」

「智也……やっと来てくれたんだ。もうすぐ生まれるよ。心細かったんだからね!」


「赤ちゃんの頭が見えてきたよ!」

 介助している母親が伝えた。


(ああ~やっとゴールが見えて来た)

「……鏡を……見せて……」

 私はやっとの思いで母に告げる。ところが……

 鏡で自分の股間を見ると、赤ちゃんの頭はごくわずか髪の毛が見えるか見えないかぐらいだった。

 まだまだゴールははるか遠くにあったのだ。


 この時期を「排臨」と言う。赤ちゃんの頭が見え始める時期の正式名称だ。でも、赤ちゃんの頭はどんなに一生懸命いきんでもすぐには出てこない。少しづつ少しづつ出ては戻り、また出ては戻りを繰り返しながら進む。まさに一進一退である。


 陣痛が来ていきむと、赤ちゃんの頭は母体外にほんの少し露出する。しかし、陣痛の合間にはまた元通り体内に引っ込んで見えなくなるのだ。産婦にとってはとてももどかしい時期と言える。


「もうかなり降りてきてる。あともう少し。がんばって」


 しかし、初産なので排臨はかなり長時間に渡った。

「大丈夫? 赤ちゃんの頭に触ってみて」


 私は気を失いそうになりながらも、自然と広げた股に指を当てる。

(あ、本当だ……もうすぐそこまで来てる…)

 赤ちゃんの頭の周りをなぞってみた。


 再び強烈な痛みが……大量の汗がしたたり落ちる。


 深呼吸をして息を整えると、段々と痛みが増してくる。

 「きたっ! う~ん」

 私は今日一番にいきんだ。

 「ン…………」


 声を出さずにうまくいきむ。


 やがて陣痛が止むと、嘘のように胎児の頭が体中へと戻る。

 この排臨の時期は一進一退でもどかしい。

 

(痛いっ!)

 胎児の後頭部の見え方が更に大きくなる。

(これが赤ちゃんが挟まっている感覚なのか。大きい。身体がバラバラにされそうだ)

 鼻からスイカ以上だ。


 いきめばいきむほど、身体の中で胎児が下に下がって来るのを感じる。

 (すごく大きい……)

 裂けそうな感覚を生じ、力を抜く。でもすぐに陣痛が来ていきみたくなる。

 出ては戻っての繰り返しが続く。

 

 私は何度もお腹に力を入れた。

 鏡に映った赤ちゃんの頭は、次第に広がりを増してきた。

 

(まだ……戻らないで……)

 どれだけいきんでも、児頭は間欠期には体内へと戻ってしまう。

 まだまだ排臨から進みそうな感じがしない。


 やがて大量の汗に冷や汗も混じる頃、腰の痛みが更に増していた。

(楓……苦しいのかな……もうすぐだから、がんばって)智也も声掛けしつつ、心の中で必死で応援する。

 

 この「排臨」の後には、「発露」と呼ばれる時期に進む。

「発露」は、赤ちゃんの頭が最大周囲に近い所まで出てきて、陣痛の合間にも児頭が体内に引き込まれなくなる時期である。ここまで来ればもう赤ちゃんの頭が完全に出るまではわずかな時間で済む。


 私は今にも気を失いそうになりながらも、なんとか鏡で間欠期にも黒々とした胎児の頭が引きこまれていない事を確認した。

(やっとここまで来た。あとちょっとだ。よーしがんばろう!)


 胎児の頭に押し広げられた骨盤がメリメリッと音を立てているようだ。


「もういきまないで。短息呼吸して」

 発露後は、いきむと会陰裂傷を起こしてしまう。助産師は医師のように会陰切開する事は出来ない。母はその神がかった会陰保護で介助してくれている。


(そ……そんな……あ~とてもいきみたい! 我慢出来ない!)

 それでも私は今までの道のりを思い出し、呼吸法を実施した。

「ハッハッハッハッ」

 短息呼吸でいきみをのがす。

 

 狭いその出口を突破しようとする頭部は、今まさに最大の直径の所まで出てきた。

 あと少しだ。

 

(はぁ~~ッ。大きいのが挟まってる)

 私は次の陣痛に向けて一息ついた。


 また痛みが……ぐっと穴が盛り上がって、胎児のおでこまで露出した。

(ここからは急に出すとアソコが裂けちゃう。少しづつ出さなきゃ)

 私は気を引き締め、必死でいきみを押さえる。


(うう……苦しい……でももう少しだ。やっとここまで来たんだ)

 収縮する子宮内が苦しいのか、激しく動く胎児の動き。

(赤ちゃんも苦しいんだ……ごめん……もう少しだけ待ってて)


 あいかわらずひどい痛みと吐き気が襲う。少しづつ頭が出始める。


(あッ出る)

 ついに羊水で濡れた頭が全部露出した。


 少しだけ楽になった。すると、急に肩が飛び出して来た。ここからは早い。頭が出るのにあれだけ時間がかかっていたのが嘘のようだ。

(あ……今肩が出て来た……これはお腹かな……腰、脚……すごい、こんなにはっきりと感じるんだ……)


 体内に残されていた羊水が激しく飛び散ると同時に、熱く巨大な胎児の身体全体が産道をくぐり抜けていった。


 ついに私と智也の赤ちゃんがこの世に生まれて来たのだ。


 一気にしぼむお腹。あたかも10か月にわたるひどい便秘が解消されたかのような爽快充足感。しばらくの間放心状態でぼーっとしていた。


「楓、男の子だよ。おめでとう」

「ありがとう」


 母親から手渡され、私はへその緒で結ばれたままの赤ちゃんを抱きしめた。

 そして、こみ上げる満足感。


 約束どうり、智也がへその緒をカットした。

「こんなに固いんだ。なかなか切れない」

 見た目は細長くてやわらかそうなへその緒も、自転車のチューブぐらいの強度がある。


 智也は、目の前に産まれた命を見た。


「はあっ……はあっ……」

 私は、何時間にも渡る出産時の疲労から、上気した顔で荒く深い息をたてていたが、喜びと安堵に満ちていた。


 更に胸元には、我が子が乳に吸い付いていた。はちきれんばかりに大きくなっていたおなかをずっと見ていた智也は、かなり小さく感じたのだろう。

「こんなに小さいんだね」

「え~。出る時すごく大きく感じたよ」少し余裕が出て来たのか、笑顔で対応する。


「でもさ、智也来てくれないかと思ったよ。電話にも出てくれないし、LINEも未読だし」

「そんなわけないじゃん。だって俺楓の事愛してるんだから」

 智也はそう言うと、カメラで撮影中なのにそっとキスをしてくれた。


「もう……」

 私は赤ちゃんが無事生まれた安ど感と、智也に愛されている実感をひしひしと感じながら、うとうとと眠り込んでしまった。



◇◇◇◇◇◇



 読んでいただきありがとうございました。


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 よろしければ、私の代表作「妻の代わりに僕が赤ちゃん産みますっっ!! ~妊娠中の妻と旦那の体が入れ替わってしまったら?  例え命を落としても、この人の子を産みたい」もお読みいただけると嬉しいです。

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