第37話
食事を終え、洗い物をしてくると言い残し、アカさんは向こうの部屋へと消えてしまった。一人残された僕は柔らかな光を振りまいている電球を見ていた。先ほど僕の顔を照らしたのはこれだろう。強すぎない光で頬を撫でて。まるでそよ風のように。その温かさは、今は亡き美しい少女を僕に思い起こさせた。とたんに胸が燃えているかのように熱く、苦しくなる。いつもそばにいた。誰よりも近い距離にいた。だが、僕は彼女の痛みや苦しみを分かち合おうとせず、結果、彼女は処刑された。反乱軍によって。淡い光が無数のきらめきとなった。それを認識するかしないかの間にぬくもりが溢れ出していた。頬にぬくもりの跡が残る。涙をとどめるすべがわからない僕はひどく動揺し、腕で溢れ出すしずくをぬぐった。だがいくらぬぐえども終わりなど知らないそれはあとからあとから溢れ出してきた。
「遅くなってごめんね……ってどうしたんだい? そんなに嫌なことがあったのかい?」
泣いている僕を見て途端に焦り始めたアカさん。彼女の行為に対して不満があるわけでもこの部屋に嫌気がさしているわけでもないため何かうまい言い訳を口に出そうとしたが漏れ出るのは嗚咽だった。
「大丈夫。泣きたいだけ泣きな。無理に話そうとしなくていいから」
そういってアカさんは僕をふわりと抱きしめてくれた。とたんに彼女の顔が浮かんできて僕は獣のように唸りながら、しばらくの間泣いていた。
どれだけの時間がたったのだろう。気が付くとベッドの上で横になっていた・どうやらあの後泣き疲れて寝てしまったらしい。きっとアカさんが運んできてくれたんだろう。相当な迷惑をかけたに違いない。慌ててベッドから降り、アカさんを見つけようと家の中を探す。彼女はテーブルに座って何かものを書いていた。後ろでくくられた髪がさわさわと揺れる。アカさんは僕を見つけると心配そうな顔をして言った。
「大丈夫かい?」
「だいぶ楽になりました。すみません迷惑をかけてしまって」
「いいんだよ。泣きたい時には泣けばいい、笑いたい時には腹の底から笑えばいい。だから迷惑なんて思わなくていいんだよ」
「ありがとうございます」
アカさんはフッと笑った。そしてそれが健康な生活を送る基本なのだと教えてくれた。確かに感情を無くしてしまったら健康ではなくなってしまうだろう。心の導火線が錆でおおわれてうまく楽しいや悲しいなどの感情刺激を受け取れなくなってしまうからだ。いじめを受けていた元の世界の僕を垣間見ているようで、今が幸せなことに気づいた。そしてアカさんに先ほど泣いた理由を説明した。しどろもどろになりながらも自分は異世界から来た者だということ、ここに来る前まである女性と旅をしていたこと、その女性が殺されて自分も処刑されたはずだったが目が覚めたらここにいたこと、など自分の伝えたかったことは伝えられた。聞きながらアカさんは何か考え込むようなしぐさをしていた。
「なるほど……ショウ、一つ聞きたいことがあるんだけれどその女性の名前ってわかるかい?」
「彼女はエリ・アナって言ってました」
それを聞きアカさんは目が飛び出るかと思われるくらいに目を見開き、ゆっくりとこちらに顔を向けて、静かに言った。
「ショウ、落ち着いて聞くんだよ……あんたは500年前から来たんだ」
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