第4話

 僕の足が棒になる一歩手前で彼女が突然声を発した。見ると緑色の植物らしきものがあった。どうやら今日の宿を見つけたらしい。それからというもの彼女の歩くスピードは格段に早くなった。早くたどり着きたいと気持ちが高ぶっているのだろう。僕も先程よりも早く歩いた。別の意味で興奮したからだ。そう。背後にいるのだ。得体のしれない生物が。アナはまだ気づいていない様子だがこれ以上謎の生物と僕らの距離が近づくと危険だろう。本能がそう叫んでいた。


「ねぇ、もう少し早く歩こうよ」


「え? なんて言ったの?」

 よく聞こえないわと後ろを振り向かれそうになったため慌てて彼女の前に出る。今振り向かれると、パニックを起こしかねないと思ったからだ。もしかしたら謎の生物との戦いが起こり、この場所が血の飛び散る戦場と化すかもわからない。僕自身が傷つくのはまだいいが、彼女の純粋な白い肌を穢れた赤色で汚すわけにはいかない。


「だから、もう少し早く歩こうよ! ほら、だんだん寒くなってきたし」


「たしかにね! 走れる?」


「大丈夫!」


 この言葉を合図に僕達は走り出した。元気のいい返事とは裏腹にいつも使わない筋肉を無理やり動かしたためか体が重く感じた。理想的な速さで走れない。ハァハァと息を荒くする僕を横目に彼女はあっという間に僕を追い越し、先へ行ってしまった。残るは僕と謎の生物。彼女が見えなくなるのを確認して立ち止まり、恐る恐る後ろを振りかえると手をのばすと届いてしまうような近い距離に謎の生物はいた。それは人形で、顔らしき部分が渦巻き模様になっており、手や足は人間と同じ形だが関節の向きが逆方向でなんとも気持ちの悪いやつだった。これが先程、彼女の話に出てきたコヤンナンだろう。いつから追いかけて来ていたのだろうか。そう思って足跡らしきものを目で確認しようとしたが不思議なことに足跡は僕と彼女の二人分しかなかった。もしかしたら、コヤンナンは幽霊に近い存在なのではないだろうか。それも悪霊のような。コヤンナンに足がある以上、浮いて移動したとは考えにくい。うーんと腕を組んで少し考えていると、目の前のものが突如、叫んだ。ギャーともアーとも捉えられるそれは悍ましい響きをして、あたりに拡散した。恐怖のためか頭からつま先まで稲妻が走ったようにビリビリした。その雄叫びが合図なのだろう。いきなり飛びかかってきた。当然、これと戦う武器は持っていないため、必然的に素手で戦うことになる。こんな不利な条件でどうすればよいのか。とりあえず相手の攻撃を避けながら足元の砂を手当り次第投げつけてみる。しかし一向に攻撃が弱まる気配はなくそれどころか強くなっているように感じた。これ以上早く体を動かせないため攻撃を避けることが難しくなってきた。まさに絶体絶命だ。他の策が思い浮かばないため、僕は砂を投げ続けた。


「グギッ……グゥ」


 顔のような渦巻きに砂が当たったときコヤンナンは初めて声を出した。どうやらそこが弱点らしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る