第3話

「ショウこそ何歳なの?」


「僕? 当ててみてよ」


 え? と彼女は驚いた表情を浮かべた。正直に言うと僕もわからない。飛ばされる前の記憶が断片的にしか存在しないのだ。おやすみと母に告げてベッドに潜り込んだというのが最後の記憶だと思われる。でも何歳なのかは思い出せなかった。何者かによって意図的に記憶が消されたのだろう。


「見た目からして……二十歳かな? どう? 当たってる?」


「さぁ、どうだろう」


 ニヤニヤと笑いを浮かべながら意地悪な返答をした。


「ふーん」


 それに対して彼女は面白くなさそうに相槌をうった。先程までの興味はどこへやら。


「どうして聞こうとしないの?」


「年齢なんて聞いても、それで態度が一つ一つ変わるわけでもないしセンパイ? とかコウハイ? の区別もここには存在しないからよ」


「へぇ……」


 ド正論が返ってきた。だが、先輩と後輩に疑問符がついているのはなぜだろう。そこだけが何故か気になってしまった。後で聞くことにしよう。今、聞くのは違う気がする。


「そろそろ夕方になるわ」


「え? まだ日差しは高いけど?」


「体感気温が低くなってきているもの。太陽が出ていようが出ていなかろうが夕方に変わりないわ。宿を探しましょう」


 そうだねと返事はしたものの当然ここに宿はない。そんなオアシスが都合よく見つかるなんていう奇跡は物語の中だけだ。

 日差しが高く砂地を歩いているため、周りの気温が下がっても汗を掻く。着ているものも濡れて気持ちが悪い。早く脱がなければ汗疹になるかもしれない。未知の土地で病気や怪我をすることは危険だ。


「ねぇ」


「ん?」


「ティッシュとかタオルとか拭くもの持ってない? 持ってたら貸してほしいんだけど……」


 そう言うと、彼女は眉間に眉をよせた。なにか気に食わないことを言ってしまったのだろうか。そう思い、慌てて口を開くと思いもよらぬ答えが返ってきた。


「ごめんなさい……その、ティッシュとかタオルって何のことかしら? よくわからないわ」


「え?」


 困った顔をして彼女は続けた。


「この世界にそんなものは存在しないわよ。少なくとも私が知っている限りでは」


「じゃ、じゃあ布みたいなものは?」


「これなら持ってるけど……何するつもり?」


 緑のリュックから取り出したのは、なんとも可愛らしいハンカチだった。布といえば布だが、汚いものを拭く布ではない。宿についてから考えよう。


「いや、なんでもない。ありがとう」


 そう言ってハンカチを彼女に返した。彼女は変なのと言いながら元の場所へ戻し、再び砂地を歩きはじめた。慌てて後を追う。

 見かけによらず彼女の歩くスピードは結構早い。毎日こんな荒れ地を歩き回っているからだろう。それに比べて僕は日頃の運動不足が祟って、ついていくのもやっとだ。己の体力の無さに虚しさを覚える。


「ちょっ、ちょっと待って……」


 どうしたの? と振り向く彼女には申し訳ないが少しの間休ませてもらおう。


「少しだけ、休憩してもいい?」


「駄目に決まってるじゃない!」


「え、どうして?」


「もうそろそろ魔物が出る時間が来るわ。その前に宿につかないとどうなるかわからないのよ!」


 聞くと、この地には化石型廃墟兵が眠っているほか、ザグミュという蛇の形をした魔物やコヤンナンという人形の魔物が存在しているらしい。昼間は砂の中でじっと寝ている比較的おとなしい魔物だが夕方になると音もなく砂の中から出てきて周りのものに攻撃し始めるそう。彼女が声を荒らげた理由がわかった。見つかると非常に厄介な上、僕という荷物を連れているのだから。仕方なく歩くことにした。

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