第32話

 はっと目が覚める。頭の中で鈍痛が響き、暗闇で視界が制限されていることに底なしの恐怖を感じる。腕を動かそうとしたが縄でキツく縛られているからか、痛みで全くと言っていいほど力が入らない。あの勅令の後、黒服たちは次から次へと僕らに迫り、体の自由を奪った。必死に抵抗していた彼女も首の後ろに手刀を下ろされ気を失い目隠しと猿轡をされていた。リュックに潜っていたカミャードは見えないことの恐怖から珍しく黙ってじっとしているようだった。


「武器も取り上げるのだ! 立ち向かえないように!」


「や、やめろ!」


 唯一の救いであり、守りであったものが最も簡単に取り上げられ、体の細部まで絶望が侵食し蝕み、支配し始めた。最後に見たのは僕の歪んだ顔面をたっぷりと堪能し満足げであった王冠の人物の笑みだった。黒服二人に挟まれるように持ち上げられた僕は、抵抗とばかり足をバタつかせて見せたが効果は今ひとつだった。彼らはやがて立ち止まると、待っていた何者かが扉のようなものを開け僕を乱暴に放り込んだ。錆びた金具の軋む音が聞こえたことからここは牢なのだろう。しばらく、周囲の状況把握のためおぼつかない足でゆらゆらと歩いていると、耳をつんざくような高音が聞こえ次に、ドサッと重たいものが投げ込まれ、ガシャリと扉の閉まる音がした。音を頼りに駆け寄ると、長く優しい手触りの毛が指先にあたった。彼女だと確信し、大丈夫か声をかけようと口を開くと、外から反吐の出そうな高笑いが無慈悲にも投げ込まれた。


「そこで仲良く暮らせよ! 裏切り者が! お似合いだ、ハッ!」


「僕らが何をしたって言うんだ!」


「決まってるだろ? 国を裏切ったんだこの女は。坊ちゃんも女の仲間だろ? だからそこにいろ!」


「キュッ!」


 ここまでほぼ無言だったカミャードが甲高い鳴き声を上げる。黒服と共に帰っていったはずの王冠の人物が止まれ! と声を上げた。


「今の声はなんだ!」


「王様、すみません。私にもよくわかりません」


「はぁ? 異常を調べるのが家臣の仕事だろう?」


「そうは言いましても……」


 黒服の一人がそう言い淀んだことにより、怒りがマックスになったのか程なくして、お前は首だ! 牢に連れて行け! と声が聞こえ、それに折り重なるようにどうか、お許しを! と嗚咽の混じった涙声が聞こえた。その抵抗も虚しく、捕虜にされた黒服は僕らの牢を通り過ぎて少ししたところに入れられたようだ。


「王様! ここから出してください! 王様!」


「早く行くぞ! ここは気味悪い」


 血も涙もないことを平然と言ってのけ、階段を登っていく音が聞こえた。カミャードは、今しがたの恐怖でじっとしていた。


「ンッ……」


 彼女が掠れた声を出して起き上がった。そして、僕の名前を呼び始めた。すぐそばにいるよ、と伝えるといくらか安心したようだ。


「ここはどこなの?」


「多分、城の地下牢じゃないかな」


「そう……。ごめんなさい、こんなことに巻き込んでしまって……」


「全然平気! それより……」


 僕は王冠の人物が彼女を見るなり、王妃だと言っていたことを思い出しそのことについて聞いた。声のトーンを落として、ポツリポツリと絞り出すように彼女は答えてくれた。


「パラディソスの話をしたことがあったでしょう。あの時は、心の整理ができてなくて嘘をついてしまったの。騙したわけじゃないのよ。あの男が言っていた通り、私はパラディソスの元王妃よ。そして男は、元反乱軍リーダー」

 

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