EP.3 亜人の看板娘ミナ・ストレイキャット

 現実世界、とある夏の日。大型連休にかこつけて多くの人で賑わう〇〇市。皆がそうであるように、阿藤流花とその母親『阿藤夏実』も浮ついた気持ちでいた。


「お母さ~ん! どこー!」


「ルカ! すぐ後ろよ、こっちこっち!」


 溢れかえるような駅の人ごみにはぐれそうになりながら、なんとかホームへと到達する二人の親子。離れないようにぎゅっと握る母の手は、真夏だというのに暑苦しさを一つも感じない、暖かなものだったと少年は記憶している。


「沢山歩いたねー、お母さん」


「うん、おじいちゃん、おばあちゃんも元気そうで良かったね。次会うのはお正月かなぁ」


「あと4か月くらい? 遠いな……」


「ふふ、そんなのあっという間よ! すぐにまた会えるわ」


 少年は、それでも物憂げな表情を崩さなかった。


「ねぇ……おじいちゃん達、まだ死なないよね」


「……何言ってるの! おじいちゃん達元気だったでしょー? 竜司さんとこは長生きの家系だから、そんなすぐには死なないわよ」


「でも……ううん、そだね」


「それにね~、まだ元気な人の死期を気にするのは、あんまり良くないと思うな、お母さん」


「……うん」


 ゴウン、ゴウン……。ホームに巨大な何かが来る音。阿藤流花にとって、電車は好ましいものではなかった。大きく、早く、そして発生する風がなんとも不愉快だった。少しでも触れればどこかに飛ばされそうなそれは、こんなにも人ごみに溢れた駅のホームには最も危険なはずだ。だのにそれを日常的に使わなくてはならない異常は、子供ながらに耐え難かった。


「ルカ、電車……いや?」


「……ううん! 全然、平気だよ!」


「ふふ、ならいいわ」


 母に心配をかけまいと、少年はなるべく笑顔で、声のする方を向いた。


「えっ……」


「きゃあーーっ!」


 しかし、振り向いた先に母親はいなかった。代わりに悲鳴がすぐ近くから聞こえる。それまでも十分騒がしく、地鳴りのような足音を響かせていた群衆ではあったが、それとはまた別種のどよめきが辺りから起こっていた。


「そんなっ、そんな……お母さん……?」


「何かあったのか?」


 誰かが事態を把握できず、そう呟く。


「おい! 見るな!」


 誰かが注意喚起をあげている。


「おかあさん……っ!」


 少年は先ほどまで母が居たはずの方を振り向いたまま、正面を向けないでいる。電車は緊急停止し、すぐそこにドアがあるのに、開く音は決して聞こえない。あらゆる状況が、少年の理解を少しずつ早めていった。


「あぁ……あぁ! かあさん、おかあさん……!」




 とある夏の出来事である。阿藤夏美は駅のホームで、何者かによって線路内に突き落とされたらしい。阿藤夏美は無惨にも電車と衝突してしまい、身元も殆ど確認できない状態となった。世間を騒がせたこの事件だが、彼女が突き落とされる瞬間、犯人を目撃した者は殆ど居なかった。唯一の証言は、何者かの手が彼女の背後に現れ、すっと撫でるように背中に触れたというものである。この奇妙な目撃情報は様々な話題を呼び、あらゆる憶測や噂が飛び交った。しかし、唯一、混乱を招くため世間に決して明かされることのなかった事実が一つだけある。


 衝突したと阿藤夏美のDNA情報が、一切一致しなかった。






 痛ましい事件から数日、誰もが少年のことを気に病み、心配の眼差しを向けていた。しかし、そんな中でも、阿藤流花の眼からは生気は消えていなかった。彼は自身のトラウマから目をそらさず、何度も何度も事件現場に訪れ、執念深く母の足跡を探した。


「君、あの事件の子じゃないかい?」


「……はい」


 少年に優しく話しかけたのは、たまたま事件現場にも居たという、電車を待つただの壮年の男であった。夏休みもあと少しというのに、友人や家族など誰とも交わらず、母の死んだ場所に一人でいる彼を心配したのである。


「一人でこんなところにいないで、おうちに帰りなさい」


「……どこかにいるんです。絶対。お母さんのことだから、何かがあって、消えたんだと思うんです」


「だが、君のお母さんは、目の前で……」


「でも……!」


『そういや、DNA鑑定の結果のこと、誰にも言っちゃダメだっておじいちゃんに言われたな……』


「どこかにいるはずです。僕や皆が知らないような所に。きっとお母さんはそこに……」


「はぁ、そうかい……」


 少年の頑固として諦めない姿勢に、壮年の男も折れたようで、気の毒にと言わんばかりの憐みの眼差しを向けた。


「まもなく、3番ホームに電車が参ります。黄色い線の内側まで……」


『僕はあの時目を逸らした、振り向けなかった。お母さんがどうなったのか怖くて見れなかったんだ! 今度は逃げない。どこかにいるんだ、絶対……』


「だがね、ルカよ……」


 電車が到着したと同時に、その男は少年の横に立ち口を開いた。


「待ってばかりじゃいけないよ。自分から行かなければ……」


「な……!」






「あぁ!」


「ん、どうしたのアドル」


「いや、なんかすごい大事なこと思い出したんだけど、でも……」


「なによ、そんなに自信なさげに言うこと? 何思い出したの」


「い、いやぁ。やっぱなんでもないや」


 阿藤ルカ、12歳。死んだ母親の後を追い、異世界へとやって来た。世間からはただの後追い自殺だと見られ、とても悲しまれていることだろう。しかし、実際に自分の知らない世界の空気、植物、動物、人々を確認できる現在、それらがまるで自分のしてきたことが正しいのだと肯定してくれているような気がして、ルカは何も気にならなかった。


「アドル、あなたやっぱりどこか怪我してるんじゃ……!」


「わっ、近いって!」


 転生直後の時ほどではないにしろ、このアリア・カリオストロという娘はルカ(肉体はアドリアル・カリオストロ)に異常なまでに気を遣っている。恐らく肉体の元の持ち主がかなり偉そうな男だったのだろう。ルカが転生し魂が入れ替わっているとは知らず、それまでの態度で接する彼女に、ルカ自信もたじたじであった。


「いいよ、お医者さんに後で見てもらうから……」


 アドリアルの赤い髪をかき分け、シラミでも探すように入念に傷口を確かめていたアリアだったが、遠慮がちな彼の態度に少し疑念を感じ、一歩引いて口を尖らせた。


「ふ~ん……あっ! ついたわよ、『日の昇る町ハルジオン』!」


「ほ、ほんと!?」


 二人が着いた町は、冒険の始まる町、ハルジオン。ルカの転生してきた世界ではアレクサンダリアという一つの大陸に主な国々が集まっており、現在地はその真南に位置する場所である。


「えぇと、アリア。ここってどこの国だったっけ?」


「も~アドルって昔から地理苦手よね。ハルジオンは4大国のどれにも属さない町よ。優しいオドに満ちてて、魔物が少ないし、例え居ても穏やか。このハルジオンを始まりに、歴史的な建造物がここ数十年で世界各地で沢山出てきて、ダンジョンだ、迷宮だ~なんて言って観光需要が増えて、それで栄えたってわけね」


「だから冒険が始まる町、かぁ……」


「魔物も弱いから初心者に打ってつけの町ね。まぁあんたの魔法ならどこでもわけないでしょうけど」


『そんなに凄いのか、アドリアル……!』


 ルカの魂が定着している肉体、アドリアル・カリオストロの記憶によれば、この世界には大国が4つ存在するらしい。水と音楽の国エルタバス、草と食の国レゾニカ、火と歓楽の国テネル、土と艶美の国サウデーニャ。加えて、これらに属さないながらも栄えている町が、ハルジオンである。


「まえもって記憶が無かったら覚えられないな、こんなの……」


「あっ、あそこが冒険者ギルドね。知ってた? 色んな国にギルドがあるけど、その元祖がここハルジオンのギルドなんだって」


「へえ、あれがそのギルド……って、あれが?」


「えぇ!? ちっさ!」


 アリアが指さした先に見えるのは、しっかりした佇まい、と言えなくもない、立派ではあるがなんとも古めかしい木造の大型の民家、であった。通常のギルドであれば専用の施設として独立した建物になっているらしいが、冒険が始まる町ハルジオンではそうではないらしい。


「宿屋が二階にあるね。あの看板、てっきり一階が食堂かと思ったけど……」


「いや! あれ一階の食堂と併設のギルドよ、相当小さいわね……本当にアレクサンダリアで最初のギルドなのかしら」


「はは……とりあえず入ろっか」


 ガラン、ガラン、と客の入店を知らせる鐘が小うるさくギルド内に響く。中はそれなりに人が居て、皆大皿に盛られた飯を食らいながら、何かについてしきりに話をしていた。


「なるほど、情報交換もしてるのね。商人や職人もいるわ、冒険者だけじゃないみたい」


 見たところ食堂とギルドは混在しているが、ギルド側の座席の者達くらいしか熱の入った会話をしておらず、どうやらそれなりに区分けがされているようだった。すると、一人合点がいったアリアを驚かすように、カウンターから謎の人影が飛び出してきた。


「へーい! ようこそお子さんたち! 保護者の方はどこかな!? 狭くてむさくるしい冒険者ギルドにようこそ! ご飯食べてくだけなら席はアッチだよー!」


「わぁっ! 何よあんた!」


「ワタシの名前はミナ・ストレイキャット! このギルドの看板娘ですッ!」


「わぁ、すごいうざったい……」


「猫耳……?」


 二人の前に突如現れたのは、猫耳の亜人ミナ・ストレイキャットであった。看板娘らしい、少し胸元を強調した、艶やかな衣装を着ている。茶色い短髪が活発さを表しており、健康的な娘である。しかし、そんなこんな若い娘が派手な衣服を身にまとっているというのに、ギルドにいる誰も彼女に色目を使っていないように感じるのは、このうざったい口調が原因だろうか。


「なになに君たちカップル~? まだちっさいのにいけないんだー!」


「あーうるっさいわね! 私達も依頼書見に来たのよ!」


「えぇ~っ!? 全然そうは見えないけどねぇ~? あれとかちゃんと扱えるの? 魔法、オドって奴!」


「あんたなんかに魔法の何が分かるってのよ……!」


 五月蠅い猫耳女を背に、アリアはいくつかの依頼書を手に取る。冷たい彼女の態度にミナという娘も諦めたのか、他の客に絡みに行ってしまった。


『あぁ、向こうでもうざがられてる……』


「はぁ……それじゃあアドル、早速本題だけどさ……」


 ルカは急いで向き直る。そう、今回ハルジオンに向かい、ギルドに赴こうと提案したのはルカの方だった。いくつかの依頼書がテーブルの上に並べられ、二人は向き合う。


「よし、じゃあ改めて言うんだけど……いま僕たち全くお金がないんだよね」


「うん、もうほんとサイアクよね……まさか転落したあの時に殆ど無くすなんて……」


「今あるのは数日泊まってご飯が食べられるくらいのお金……だから、修行は一旦中止して依頼をこなさなくちゃならない」


「まぁそうなるわよね。でもいいの? もっと難しい奴でもあなたなら……」


『もっと難しい……!? この依頼書のCランクやDランクより上なら、AとかBとか……あの看板に貼ってあった奴でそんな依頼なんて、ずっと残ってるらしいあのなんとかドラゴンの親子討伐くらいだ……』


 アドリアルの記憶によれば、依頼にはその達成難易度によってランク付けが為されるらしい。基本的にA~Dの4段階にランクが振り分けられ、最高難度がAである。この世界のドラゴンがどれほどのものか体験的には分からないルカだったが、肉体の記憶によりそれらが、恐らく現代兵器を以てしてようやく倒せるような、化け物の類であることはなんとなく把握できていた。


「いやぁ、実際にギルドの依頼とかやったことないし、まずは小手調べでね……」


 しかし、今のルカには魔法が使えない。オドを感じることができる以上、おそらく魔力自体はあるのだろう。だが魔法教科書(上)の6ページに書いてあることには、魔力は血液と同じく、体中に巡らせて使うものなのだそうだ。


『アリアには隠してるけど、この体は多分もう死んでる……まだ意識があるのはおそらく、あの女神様の与えてくれた力のおかげだろう。教科書曰く、死んだ人間にはエネルギーとしてオドが残留してても、それを巡らせることはできないらしいし、今の僕はただの子供同然だ……』


「あらそう、意外と謙虚ね。ちなみに4枚くらい紙とってきたけど……Dランク、シロ・ゴブリンの群れの退治。Cランク、クレイワームの巣の駆除。Cランク、パララビットのお世話。Dランク、シカの退治」


「シカ!?」


「え? シカ」


「あ、あの、シカ?」


「うん。これが生えてる奴ね」


 ピッと両手の中指と人差し指を立て、シカの角を表現するアリア。


「てか、それ以外何が居るのよ。角がないシカがいるわけ?」


『えぇ、思いっきりの動物じゃん……!』


 依頼書には対象となる魔物の簡単な挿絵が描かれていた。シロ・

ゴブリンは下っ腹の出た奇妙な小人で、猿のようだ。クレイワームは茶色い大きなミミズで、あまり気分の良い見た目をしていない。パララビットはとても可愛い見た目のウサギだが、Cランクということを考慮すると、挿絵では伝わらない脅威があるのだろう。シカは、紛れもなくシカの姿をしていた。


「本当に異世界にきたんだよな……」


 ぽつりと心の内を漏らしてしまったルカだったが、アリアはそれにお構いなく、目を輝かせてある依頼書を指さした。


「あっ! ねぇ、このパララビットのお世話とかどう?」


「えっ?」


「私この前見たことあるんだけど、ものすっごく可愛かったのよね。それにこのくらいの、ちょうどこのテーブルくらいの大きさで、角生えてるけど当たっても全然痛くないらしいの!」


「へえ、まあ実際に見たことあるなら、こっちにしようか……報酬金も可もなく不可もなくって感じだし」


 少年は茶色い四足歩行動物のことを一度忘れ、いかにも異世界の魔物らしい『角の生えたウサギ』の依頼をこなすことにした。


「うん……どれくらいの大きさだって?」






「いや~! 今日も沢山働きました! 店長お疲れ様でーすっ!」


「ミナ、テメー今日も客に絡みに行ってただろ! 看板娘は大人しく飯を運べよ! 勝手に変なサービスしてんじゃねえ!」


「やだな~これからはこういう接客が流行るんですよ! それじゃ、お先失礼しまっす!」


「あっ、あんたあのギルドの……!」


「お?」


 仕事帰りの夜道、帰路の途中にあったミナ・ストレイキャットを呼び止めたのは、アリア・カリオストロであった。明日の依頼に備え、なけなしの金で食料を買おうと出歩いているところであった。


「朝方に来てた子じゃな~い! あれ、あの子はいないのかな?」


「アドルは医者の所よ」


 アリアはミナ・ストレイキャットのことをあまり快く思っていないようで、無意識に距離を取りながら会話を続ける。


「っていうか、亜人は語尾が独特って聞いたけど、あなたは普通なのね」


「ありゃ、偏見はいけないニャ~! 接客モードの時は抑えてるだけニャ!」


「なーんかウザいわね……」


「アハハ、なんつってね。アドリアル・カリオストロだっけ? 君たちって、あのカリオストロ家の……」


「な、なんで知ってるわけ?」


「依頼書のサイン勝手に見ちゃったニャ!」


「……あぁそう。だから何だって言うの、ただの魔術の名門一家よ。ちなみに私はその養子なだけだから、攫ってどうこうしようだなんて考えても無駄だからね」


「そんなことしないって~! 私はただの看板娘だよ!?」


「……あらそう」


「あー、えっとー……そんじゃあもう帰っていい? 明日も仕事なのよね、ワタシ」


「待ちなさい、朝のアレについてまだ聞いてなかったわ」


「……アレ?」


 白を切るような腑抜けた顔で、ミナは知らんぷりをする。しかしその態度には一切構わず、アリアは話をつづけた。


「私があの時選んだ依頼書、登録された日付がどれも同じだったの。」


「あ~、ウチは老舗ですから、回転率が良いんですかねぇ~」


「接客中にあなたの書いた伝票をいくつか盗み見したけど、それと依頼書の筆跡が一致したわ」


「ありゃ、行儀が悪い子だニャ~……」


「お互い様よ……そして、数ある依頼書の中で貴方の筆跡と思しきものは私が選んだ4枚だけだった。これって、全部私達に選ばせる為に用意したってことよね。あなた、最初に話した時、私たちのことお子様扱いしなかった? ご飯食べるだけならあっちの席いけって……」


「ああー……」


「最初から冒険者って、気づいてたわよね?」


「アレは余計だったかニャ~……はぁ」


「うわっ!?」


 ミナのため息と同時に、弾丸のような何かがアリアの足元に着弾する。しかし、何が飛んできたのか見当がつかない。


『当ててこない、威嚇射撃……?』


「バレてしまっちゃ仕方ないニャ……ただの女の子だと思ってたけど、随分修羅場慣れしてるみたい。ねぇ、君!」


「なによ! やるっていうの!?」


「君ってさ、運命って信じる? どんだけ理不尽な目に遭っても立ち上がることって君たちに出来る? これから何が起こるのか明確な想像って出来る?」


「なに、いきなり……?」


「私にはできる。少しだけど。君たちは運命のるつぼって奴にいて、特にあの少年はぐるぐると巡る出来事の渦中にいる。いや、今から行こうとしてるって言えばいいのかニャ?」


「なんなの、何の話をしてるのよ!」


「これからの話。どうあっても君たちは、さっき言ったことが出来るようにならなくちゃいけないの。もうなんとなく分かってるでしょ? 私の仕業って分かっていながら、ついついあの依頼を受けちゃったんだから……」


 意味深げな言葉を吐きながら、ミナは後ずさり、暗がりに身を溶かそうとした。


「あ、待ちなさい! このっ、フォビオ!」


 アリアが空を掴むような動作をしたと思うと、それをミナに向かって振り放つ。するとまるで見えない布を掴んでいるかのように、大きな風が巻き起こる。風の初級魔法フォビオは、小さく鋭い一陣の風となってミナを壁に叩きつけようとした。


「おおっ! ひゅう~っ!」


 しかし、ミナは逆にその勢いを利用し、壁を伝って屋根の上へと逃げてしまう。


「まーまー、これも私の仕事なんで、許してほしいニャ! 君がこんだけ強けりゃあの子も大丈夫でしょう!」


「はぁ!? でしょう、じゃないわよ! コラー!」


「あっ! あの子に伝えといてね、探し物は北にあるって!」


「探し物……?」


 ミナの一言に引っかかり、アリアは一瞬魔法を止めてしまう。その隙を突き、ミナは魔法の風を振り払い、屋根伝いにどこかへと逃げてしまった。


「意味わかんないわよ! 待てーっ!」


 その場でつむじ風となり、だんだんと空しく消えるフォビオの風とともに、アリアの叫びも夜の町に消えていった。どうやらミナ・ストレイキャットは何かの事情でギルドの看板娘を装っていたスパイのようなものらしく、カリオストロ家、あるいはルカ達を標的として暗躍しているようだった。


『敵……? でも結局何もしてこなかった。味方でもなさそうだけど……助言みたいなもの残していったけど、探し物って……?』


「あーっ!」


 アリアはふと、自分のふところで揺れる小銭の音を聞き、当初の目的を思い出す。


「わー! まずい、お店閉まっちゃう!」


 疑問を晴らせぬまま、大慌てで駆けるアリア。その日の夜、あわただしく石畳を蹴る小さな足音が、夜のハルジオンに少しの間だけ鳴り響いた。




 つづく

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