EP.7 いざ、ダンジョンへ!

 二つの小さな影が、ダンジョンの前で揺らぐ。時刻は不明のこの世界だが、太陽が頭上に輝いているのを見るに、昼頃だろうとルカは推測した。


「ちゃんと武器はある?」


「うん、銅剣が二本。サビを防ぐエンチャントもついてるよ」


 赤褐色にうっすら緑がかった、奇妙な色合いの剣を腰と背に一本ずつ。


「エルも呪文は大丈夫? 結局どんなのか見せてくれないけど」


「ふふふ、ここぞって時に見せてあげるから。あ、危ないことはしないから! 安心してね?」


 エルドラ・マクスウェルは冒険を心の底から楽しんでいる。ルカも、目の前のダンジョンは真っ暗闇だが、それでも輝かしい冒険が本格的に始まるんだ、と。これはその最初の光景だと感じている。


『き、緊張するなぁ。パララビットのお世話は昼間だったし、やさしい夫婦が居たからなんともなかったけど……』


「ルカ、いくよ! ランプじゃなくて松明だからね!」


 金銭的理由から、高価なモノに費用を掛けられなかった一行は、油と布を買い溜めてなるだけ松明を多く用意していた。その為に片手は塞がるが、無いよりかはマシだろう。


 ズズズ……  ズズズ……


 小さく、うっすらとひしめく岩たちが、そのダンジョンの奇怪さを表している。常に変化し続ける迷宮。自分たちが何かのはらわたに沈み込んでいくのを自覚しながら、阿藤ルカは歩みを進めた。






 二つの軽い足音が迷宮に響く。入り口で聞いた岩の擦れ合う音は、徐々に大きくなっていく。


「ダンジョンってね、物理的に中の形状が変わるんだって。地中のオドが複雑に作用して起こるらしいんだけど、なんでそんなことが起こるのかは全く分かってないんだって」


 ズズズ……  ゴゴォン……!


 どこかで何かが落ちる音が聞こえた。恐らくは岩石の落下音だろう。少年達は音のする方を見てみるが、そこは何もないただの壁である。


「お、思ったんだけどさ、これって掘り進めたら壁とか関係なく進めそうじゃない?」


「あー……最初はみんなもそれ試してたんだ。でも、ダンジョンも『部屋』を認識してるっぽくてさ」


「部屋?」


「通路を無理やり広げたり掘り進めたりすると、何が気に食わないのかダンジョンが勝手に閉じちゃうんだ。人が一人通れる場所を作っても、通る前にぺしゃん、てね。だから過去にそれで岩に挟まれちゃって、身体が真っ二つになっちゃった人も……!」


「ひ、ひぃ……!」


「あはは!」


 わざとらしく、ルカの恐怖心をあおるように説明をするエルドラ。打てば響く素晴らしい反応をする彼に、思わず弾けるような笑い声を出す。




「あっ、行き止まりだったみたい。でもこの先から音が聞こえるね……」


 ガラガラと小さく聞こえる岩雪崩の音を前に、引き返そうか、とルカが踵を返しかけた時、エルドラが鞄を地面に置いた。


「大丈夫、僕達なら問題ないよ」


 そう言うと、少年はガリガリと地面に『円』を描き、次いでツルハシを取り出す。


「な、何をしてるの?」


「ふふふ、さっき言った僕の魔法だよ。外じゃ誰かに見つかるから、見せられなかったんだ」


 円は壁のすぐそばに在り、エルドラはその壁をツルハシで思い切り叩く。


「ふん!」


 ゴォン ガラガラ……


「おぉ、向こうに空間がある!」


「これくらいの穴ならすぐには閉まらないから……火、貸して。向こう側の様子を見るよ」


 ジリジリと燃える木片を、いくつか空洞の先へと投げる。ツルハシで開けた小さな穴から、その部屋はまだ魔物もおらず安全そうな場所であることが分かった。


「でも、これ結局通れないよね……」


「ううん。ほら、ちゃんと捕まっててね」


「えっ? えぇっと……」


 エルドラはルカを抱き寄せると、先程描いた円の範囲内に入れる。


「いくよ……テレスト!」






ぶぅんっ


「うわぁ!」


「……ふぅっ!」


 羽音のような、細やかな重低音が一瞬聞こえたかと思うと突如視界が暗転。しかしまるで眼のまばたきのようにそれはすぐに消えた。


「う、うそ。燃えてる木片がある……」


「ふふっ! 僕の魔法は『転移』。自分や自分以外の物体を瞬間移動させることができるんだ」


「す、すごい! 見たことないよこんなの! そりゃこんなすごい魔法、人前で見せられないや……!」


『なにより、なによりだ。このアドリアルの肉体にも、テレストなんて魔法は記憶にないぞ……!』


 一瞬の出来事だが、それでもその凄さを理解するには十分だった。ルカは興奮のあまりぴょんぴょんと、小さく跳ねまわっている。


「ふふっ。あの時宿で主に3種類の魔法があるって言ったけど、実は最近もう一つの存在が明らかになってね。以前僕のお父さんが教えてくれたんだ。分類名は……」


 跳ね回る少年をよそに、エルドラは説明を続けた。



「うぎっ……て、転生」


「うん、どうかした?」


「い、いいいっ、いやいや、なんでもないよ……?」


 突如出てきた、自分の正体に迫るようなワードにルカはしどろもどろになりながら取り繕う。


「て、転生ってどういうことなんだろー……? 僕あんまり知らなくて……」


「ルカはお母さんが大魔法使いだから、聞いたことあるかなって思ったんだけど……転生って言うのはね、肉体を一度捨てて別の肉体に移り替わることを言うんだ。つまり……」


 エルドラはまだほんのりと燃える木片の傍で、ガリガリと絵を描き始めた。二つの人の絵と、その中にそれぞれ描かれた『魂魄こんぱく』のような絵。


「こんな感じで……肉体から魂が出てきて、魂だけの存在になり、もう一個の肉体に飛ばす。飛ばした先で魂と体は定着して、その体を自分の意志で操れるようになる。つまり体の交換って訳だね」


「へ、へぇ」


『女神っぽい人が、こんな感じのことを言っていたような気がする……』


「これって大魔法使いレベルじゃないと出来ないらしいんだけど、破壊と再生の仕組みをよ~~~く理解すれば、初歩的な魔法くらいは実現できるんだ」


「転移……これで初歩的なんだ」


「ちゃんと、ちゃ~~んとお願いしないと、オドは応えてくれないけどね! これ、体を一瞬破壊してすぐに再生してるからさ。しっかり集中して唱えないととんでもないことになるんだ……ルカは使っちゃダメだよ!」


「は、破壊……!? そんなことできな……いやしないよ! ほら、僕は魔法禁止縛りだし」


「でも、禁止じゃなくてもほんとにダメだからね!? 失敗したら大怪我するし、例えどんなに不死身でも、君が怪我してるところは見たくないから……」


「大丈夫だよ~、心配性だなぁエルったら」


「ほ、ほんと?」


 あんなにも危険な魔法をいきなり敢行したとはいえ、やはりルカのことを第一に考える彼は優しい。その時、彼の優しさこそが強さでもあり弱さなのだと、ルカはなんとなく考えていた。


『多分、エルだったら、アリアを見捨てるなんてことしないんだろうな……』




「僕はそんなことしないから、安心して。早く先に進もう」


 母親の為だけに自死を選び、またその先で少女を騙して逃げだした少年にとっては、彼は眩しすぎたのかもしれない。零すように言いながら背を向けて次を急ぐルカを、エルドラは心配そうに追いかけた。






 ダンジョンに入り、松明の布も、1枚、2枚、3枚と消費していった頃。体感にして1時間も経っていないくらいだが、ルカは続く暗闇の世界で徐々に不安が膨らんでいった。


「だいぶ歩いたね。まだ大きな部屋に出ないけど……」


「うん……このダンジョン、一応先遣隊が大まかな構造を残してくれてるんだけど、あんまりアテにならないや」


 エルドラが小さな灯りで照らすその地図は、道の描かれていない、四角い部屋だけが沢山描かれたもの。部屋そのものに辿り着けない現状では、何も参考にならなかった。


「音が響いたってことはそれだけ大きな空間があるはずなんだけど……ごめん、迷っちゃったみたいだ。あぁ~! せっかく高いお金払って買った地図なのにぃ……」


「うぅ~~ん、とりあえず前に進むしかないよね」


「はぁ~……ごめんよぅ、戦闘よりも歩きがメインになっちゃって――」


 ズシャアッ


「うわぁ!?」


「え、エル!? どこに……」


 突如エルドラの姿が消え、ルカの眼の前は真っ暗闇になった。しかしその先を恐る恐る見ると、なんとそこには、先程からまだかまだかと待ち望んでいた大きな空間が広がっていたのだ。


「エルドラー! どこー!?」


「し、静かに!」


「エル!」


 少年達の来た道はかなり高い位置にあり、エルドラは足を踏み外して、一足先にその空洞の地面へと着地していたのだ。ルカも後を追って、ゆっくりと壁面に引っかかりながら降りる。


「ンギ……ンギ……」


「耳を澄ましてみて、声が聞こえる」


「声……ってか、鳴き声?」


「まずい、部屋がこんなに広いとなると、もしかしたら……」




 エルドラは咄嗟に状況を理解した。こんなダンジョンの暗がりで、わざわざ好き好んで寝床を選ぶようなモンスター。きっと暗がりに強く、松明の光はよく目立つだろう。こちらから視認できなくとも、幾体かのモンスターは自分達に気付いているはずだ。




「ンギ、ンギッ……!」


「ルカ! 嫌な予感がする!」


「……はっ!」


 カァン! カァン! カァン!


 エルドラの呼び掛けの直後、暗がりから来たのはけたたましい金属音。それははじめ一つ、二つと少しずつ重なり、やがて松明の当たらない暗がり全て、四方八方から聞こえるようになった。


カンカンカンカンッ!


「う、うるさい……!」


「ルカ、松明を投げて!」


「ぐっ……えぇい!」


 ブォン、と空気に揺らめきながら、火のついた棒が暗闇を舞う。子供ながらに鍛えられていたルカの身体は、それなりに遠くまで明かりを飛ばすことができたが、その先に見えたものは自分達にとって都合の悪いものだった。


「アイツは……」


「グォ、グォ、グォッ」


 ゴォン! ゴォン! ゴォン! ゴォォォォン……


 捨てた松明が照らしたのは、金属を持った無数の人影と、良くは見えないがその奥に大きな人影。唯一見えた群れをなすそれらは、色は濃い泥色と言うに相応しく、特徴的な下っ腹にバランスの悪い手足をしていた。それはまさに、ハルジオンのギルドで見たモンスター『ゴブリン』の絵にそっくりの様相だ。




「こいつらは『鐘鳴りゴブリン』……最悪だ」


「鐘鳴り……普通のゴブリンじゃないの?」


「こいつらは暗闇の洞窟に適応したゴブリンだよ。目が悪いけど音に敏感で、発した金属音が吸収される方向で生き物の位置を察知するんだ」


「待って、じゃあこいつら暗闇に強いってこと!?」


「そうっ! だから早く、僕に近づいて!」


 エルドラが燃え切った松明で素早く、ザザアッと大きな円を描く。転移魔法の準備だとルカはすぐに察し、その円に目掛けて飛び込んだ。


「ぐうおっ!」


「ギィィヤ! ギャギャギャ!」


 ブォンッ


「まずい!」


「飛べ、テレスト!」




 ルカがエルドラの円に入ったと同時に、鐘鳴りゴブリンの一匹が石礫いしつぶてを二人に向けて投げたのだ。それは詠唱する彼に向かい、しかしそれが着弾する直前に、魔法は無事発動する。


「はぁ……はぁ……」


「危なかった、ひやひやしたね、ほんと……」


 二人が転移した先は、足を踏み外す前の、先程居た入り口。その位置はゴブリンどもには到底届かない高さのようで、捨てた松明にうっすらと照らされた小人たちを、二人は見下ろす形で眺めていた。


「うん、アレはヤバかった……特にあの奥にいたやつ」


「お、奥?」


「君が投げてくれた松明の先、大の大人が手を伸ばしても届くか分からないくらいの……それくらい大きなゴブリンがいた」


「もしかしてボスってやつかなぁ……」


「多分そうだね。『鐘打ちゴブリン』、鐘鳴りのボスがそう呼ばれてるんだ。かなり数が居たようだし、アイツらきっとここを根城にしてたんだ」


「それ、多分僕達じゃ適わないよね……」


「そうかもね。多分B級以上だよ。途中で偵察兵も見なかったから、あそこで総力戦になってたと思う……」


 せっかく部屋を見つけたが、その道は徒労に終わってしまった。無謀な戦いを仕掛ける訳にもいかないと、がっくり肩を落とす二人の少年。


「まぁ、これが知れただけでも十分収穫だ……」


 ぎぃ、ぎぃと、眼下に群がる鐘鳴りゴブリンが自分達に手を伸ばしたり、または物を投げつけたりと必死になっている。その奥では、捨てた松明の明かりなんて気にも留めず、ただ自分達を遠くから睨みつける鐘打ちボスが鎮座していた。


「気味が悪いね……ルカ、いったん戻ろう」


「エル、血出てない……?」


「えっ! あ、あ~……えへへ、アイツらの投げた石ころも一緒に転移したみたい。転移先でそのままごつんって……」


「大丈夫!? 傷薬使おうか、それとも回復魔法とか……」


「あはは、魔法使えないんだろ? 大丈夫だよ。これくらいなら水で少し洗う程度で済むって」


「うっ、うん。そうだね……」


 魔法を使わない縛り、という意味なのだろうが、彼の図星を突くような一言にぎくりとしたルカは、言葉を引き攣らせながら相槌を打った。






「ね~、そもそもなんでアンタがここにいるわけ!?」


「エッ! そういえばキミにはまだ話していなかったかニャー……?」


「なんだ、知り合いなのか二人とも」


「だ、誰がこんなのと! アンタあのギルドの看板娘でしょ、それともクビになったの?」


 場所は変わり、オルテナイを目指す大陸中央への道すがら。アリア・カリオストロは亜人の元看板娘のミナ・ストレイキャットに気付き、迫っていた。


「ン~……話すと面倒なんですがねぇ。まぁダンナのお手伝いってワケですよ」


「……それって、さっき言ってた転生者と何か関係があるの?」


「えぇまぁ。このダンナのお子さんで、名を『阿藤ルカ』と言うんですがね。その子がこの世界に転生してきたってことで色々と手伝ってほしいと、とある女神さまから仰せつかった訳です」


「え、っと……め、女神っ……?」


「ぷっ」


 少女の素っ頓狂な声に、頬を膨らませて吹くミナ。


「……アッハッハッハ! ウソじゃないですからねこれ、ホントの話!」


「ちょっと、え!?」


 突然出された高位の存在に、目を丸くして驚くアリア。からかうように高笑いをするミナに見切りをつけ、少女は竜司の方を見た。


「あぁ、本当だよ。私は直接会っていないが、女神は実在するよ。そしてその存在がミナに啓示を与えたのと同時期に、私もルカがこの世界に来たことを何となく察していた」


「そ、そんなことって……! 女神様って本当にいるんだ……」


「そんで、女神さまからの情報と、ダンナの察知した気配を頼ってここまで来たわけです」


 それはつまり、とアリアが何かに気づき地面を見つめて立ち止まる。ミナの話の続きは以降頭に入らなかった。


「……ってことがありまして、看板娘してたのは、半年くらい滞在してたから食い扶持を繋ぐ必要がありましてね……」


「ちょっ……ちょっと待ちなさいよ」


「ン?」


 声色が変わって、少し真剣みを帯びた表情で問う。ミナと竜司は不思議な様子で互いの顔を見合わせた。


「そ、その転生したアナタの息子ってさ……どんな感じの子なの」


「恥ずかしい話なんだが、生前、いや現世では殆ど関われなくてね。どんな子に育ったか分からないんだ」


「そ、そうなんだ……」


「なになに、何か心当たりありますか? その正体にぃ」


「違うわよ、ただの……そう、ただの思い過ごしだわ」


 目を細めて訝しむ亜人の視線を、アリアは意に介さないように背を向けた。


「そうですかぁ。う~~ん、これは私の勘……いや99%正解だと思うのですがねぇ」


「おい、ミナ」


「この人の息子さん、阿藤ルカくんは恐らくあのアドリアル・カリオストロに転せ――」


「……っ!」






「やめて!!!」


 ゴォッ!


「うわぁっぷ!」


 甲高い、悲鳴のような叫び声が草原に響く。と同時に、草原の風は吹くことを止めたかと思うと、その全てが彼女の元に寄り集まったかのように、暴風がアリアの中心から吹き荒れた。


「えぇっと、アリアちゃん……?」


「アドルは……」


 草原は揺れることを止め、ミナも言葉に困る。下唇を噛みながら、しかしその表情だけは読まれまいと、少女は俯いて訴えた。


「アドルはまだ死んでないッ!」


「そ、そう言われましても――」


「アイツはっ、アイツのままよ……!」


「え、えぇ」


「うぅ、ぐっ……ぐす……」


 嗚咽が混じり、むせびかけながら、そうではないと否定するようにして泣き声を殺すアリア。


「ミナ、ちょっと」


「えっ。は、はいはいー……」




 ぐいぃっ


「いてっ!」


「ちょっと、デリカシーなさすぎだ」


 亜人特有の獣耳を引っ張り、ひそひそ声で耳穴に直接説教をする


「いたいいたい! 耳ひっぱらんでください!」


「彼女は養子とは言え、アドリアルと幼い頃からずっと共に生きてきた身だ。ルカがアドリアル・カリオストロに転生したという事実をつきつけることは、彼の魂は死んで、もうこの世にはいないと言っているようなものだぞ」


 ぐいっ


「いっ! あっはぁ~……そりゃ確かにそうですね……配慮が足りなかったス、いででっ」


「オドが暴走するほど悲しませてどうするんだ、全く」




 二人が離れている隙にひっそりと泣くアリア。ずし、かちゃ、と甲冑を鳴らし、地面を鳴らしながら、竜司は近づいた。


「さっきはすまなかった」


「な、なに……」


「アリア、君には二つの選択肢がある」


 少女の目線に極力合わせるよう、膝をついて話しかけた。


「正直な話をさせてもらうと、アドリアル・カリオストロに会いに行くというのならば……君のその様子だと彼の魂は間違いなく身体から離れ、今は私の子供の魂が定着している、はずだ。だから、君が期待しているようなことは起きないと思う……魔法の修行を諦めて家に帰るしかない」


「うっ、そんなこと……っ!」


「ダンナぁ、結局泣かせちゃあ――」


「だが、それでもだ。君がそれでも、阿藤ルカという少年に力を貸してあげたいと思うのならば……ルカが君の人生にとって少しでも価値があり、共に旅の時間を過ごせる相手ならば、助けてあげて欲しいんだ」


「た、助ける……?」


「あの子はきっと、母親を探しにここに来た。だが私の妻であり、彼の母親である『阿藤ナツミ』は、生半可なことじゃ出会うことはできないんだ。だから、この世界で最初にルカと旅をした君に、あの子を手助けして欲しい」


「なにそれ……私はただのしがない魔法使いよ、私にできることなんてたかが知れてるわ。それに父親である貴方の方が適任じゃないの……」


「あぁ、確かに私は君より強い。だが、この体は魔法が全く使えないのでね」


「ま、全く……!?」


『それでパララビットと寄生生物を倒したって言うの……』


「魔法使いの君がいた方がなにかと都合が良いだろう。それに……あの子と共に居た時間は君の方がずっと長いよ」


 男の眼は酷く寂しそうだった。潤い一つ見られないのに、悲壮に満ちていた。たった数日の仲だというのに、少女の方が彼のことを良く知っているのだ。父親として様々な思いはあるだろうし、手助けもしたいはずだ。それを押しのけて少女に託すことに、何か大きな意味があるのだと、アリアは察した。


「辛い二択を迫ってしまい、本当に申し訳ないと思っている。だが、私たちは運命の坩堝の中にいるんだ。アレクサンダリアの神々ですらも操ることのできない流れ……私達はこれを打ち破るために、阿藤ルカを母親の元へ送らなければならない」




まただ、とアリアはその言葉を拾うようにして思い出した。あの時、夜のハルジオンでこの猫娘も同じようなことを言っていた。旅の始まりはアドリアルとのただの魔法修行だったのに、いつの間にか自分はとんでもないことに巻き込まれてしまったらしい。


『なによ、アドルはその運命ってやつの為に死んだの? 転生したのは仕方ないって言うの……?』


 分からない。それがこの複雑な感情に対する少女の答えだった。ならば分からないなりに可能性を追ってみよう。自分の目で直接、彼の生死を確認しよう。その上で現実を受け止めるんだ、と。頬を伝った涙が乾く前に、少女は力強くそれを拭った。




「私には、その運命ってやつも何が何だかって感じだけど……ごほん! わ、分かったわ。アドリアルのことは正直まだ諦めた訳じゃないけど……」


「と、いうことは……」


「やってやるわよ、アナタの子供のお世話係!」


「おぉ~……」


 後ろで小さくぱちぱち、と拍手をするミナ。それを目の端で捉え、フンと素っ気なくするアリア。子のためにと膝をついた竜司も、ふぅと胸をなでおろし、優しく少女を見つめた。




「あ! ところで、あなたの奥さん……阿藤ナツミって人は、どんな人に転生したの?」


「あぁ、そういえばこれはまだ言っていなかったな」


 まだ何かあるのか、とアリアは軽い心持ちで身構える。


「私の妻は転生者ではないんだ。元々この世界の人間でね」


「……えっ!? む、向こうの世界ってのにいたんじゃないの?」


「う~ん……そうだな」


 少し真剣に考えたあと、構わないかという風に面持ちを戻し、男は続けた。


「彼女の正体は大魔女『クロネシア』」


「えっ」


「彼女は神々に直接使える眷属の一人であり、次元を跨ぐ超越者であり、加えて半神半人の神性を携えた……はっ」


 その巨漢は、白い歯を見せながら、少し照れ臭そうに答えた。




「もの凄い美人なんだ」




「は、あはは……なにそれ……」






 つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る