EP.6 僕達ならきっと!

 オルテナイの近郊。中心部から離れ、交通の便もいささか不便なところにその安宿はあった。


「……という訳で、僕は」


「だ、大魔法使いの子供……!」


「う、うん。君の予想通り、ね……」


『くそう、結局異世界のことなんて何も分からないし、エルドラの言葉を借りて大層なウソをついちゃったけど……どうしよう、バレた時が怖いなぁ……』


 オルテナイの大通り、ルカを誘い新たな冒険へと導いてくれた小さき冒険者『エルドラ・マクスウェル』は、興奮のあまり彼の手を強く引いた。だがそこで起きたのは、輝かしい冒険への第一歩ではなく阿藤ルカの手が千切れるという大惨事であった。しかしそれでも痛みなく生きているルカに対し、エルドラは逆に、強い期待の眼差しを向けてルカを問い詰める事態になったのだ。


『大魔法使いの子供。親が過保護だから不死身の魔法を付与された。訳あって魔法は使えない……』


「ふふふ、凄いや! まさかあの大魔法使いの子供に会えるなんて……ねぇねぇ、なんで魔法使えなくなってるの? もしかして初級魔法縛り?」


『やばい、これに関しては何も言い訳を考えてなかったぞ……! どうする、どうする……いや、縛り?』


 齢12歳、子供ながらに少しはゲームにハマっていた阿藤ルカには、その言葉はとても合理性があるように思えた。


「そ、そう! 魔法使わない縛りなんだ! 初級すらも使っちゃダメだって言われてて……」


「うそぉ! でもそっか、不死身だもんね……昔から優秀な魔法使いは剣もスゴ腕だって聞くし、そういうことなのかなぁ」


 なんとか誤魔化せた、と安堵するも、咄嗟に出た『不死身』という嘘には、自身でも違和感があった。




『今の僕の体は、オドの流れはあるけど魔法は使えない。知識はあるけどものの一つも詠唱できない。実は死んでいなくてただの勘違い説も考えたけど、さっき腕がブチっと千切れちゃったことや痛みがないことも考えると、やっぱり死んでるのはホントだ……』


 少年が物思いにふける間、もう一人の少年は治れかかった腕の様子を興味深く観察している。


「すごいね……どんどん治っていってる。元の形に戻ろうとしてるのかな……? こんな魔法見たことないや」


「元の形……?」


「うん。多分これ、回復魔法じゃないよ。再生はしてるけど」


「な、なんだって!?」


 興味深い一言が出てきた。ルカは食い入るようにして問い詰める。


「回復魔法って体内のオドを利用して肉体の再生治癒能力をぐんっと早めるものなんだけど、対して君のコレは……なんというか、オドを使わずに再生してる。ねぇ、本当に痛くないの?」


「それが全く……自分でも怖くなってきちゃったよ」


「多分、多分だけどね? 目に見える肉体の損傷は再生が早いんだ。対して血管とか脳とか、人体の奥は再生が物凄く遅くなる。複雑だからね。魔法の源にもなるオドを使わないのは凄く謎だけど……以前君はどこかで大怪我してて、感覚が全く無くなってしまったんじゃないかな」


 その言葉で少年の脳裏に浮かんだのは、異世界転生初日で転落の痛みを一身に受けたあの時。


「あ……」


「心当たりある?」


『とてもある。あるけど、これを話してしまったらアリアのことも打ち明けることになりそうだ……』


「えぇっと……あったような無かったような〜……あはは、あんまり思い出せないや」


「そっかぁ、残念。役に立てると思ったのに……」


「いやいや! 十分だよ! それに凄いね、僕と同い年くらいなのに、これだけ魔法に詳しくて」


 そう、先の話を聞いてる最中もアドリアルの肉体の記憶で思い当たる節は無かった。生前の彼が回復魔法を使えなかった故に、知る由もなかったのかも知れないが。それでも専門的な知識を有するその少年に、ルカは目を輝かせた。


「ぼ、僕自身魔法はあんまりなんだけど、お父さんが詳しくってさ。エルタバスの魔法学校で研究してる、偉い人なんだ」


「えーっと、待ってね……エルタバス、エルタバス……」


「ふふ、ここだよここ、大陸の左、小さい島が沢山描かれてるところ」


 相変わらず、肉体の主が地理に弱いのか。エルドラの見せた地図は布地に描かれたもので、生地の綺麗さから見るに新品だ。自分がいるはずのテネル属国オルテナイは大陸のド真ん中で、かつていたハルジオンは大陸の真南。そして先のエルタバスは左の特徴的な海岸、島だらけの場所にあった。


「そうそう、お父さんから聞いたんだけど、3種類の魔法には特別な起源があるんだ」


「3種類……?」






 少年曰く、それはアレクサンダリア大陸の誕生までさかのぼる。


 はじめ、神と人の時代があり、二者が協力して無から有を作る魔法を考えた。第一の魔法、。この魔法により作られた国が、大陸名の由来となるアレクサンダリアである。


 次に人と神が対立し、力を以て争った。この時戦いの道具として、創生と真逆の手順を踏む『破壊』をコンセプトに編み出されたのが、第二の魔法である。これにより人と神の争いは激化したが、魔法の進化も著しく進んだ。


 争いは数百年に及び、アレクサンダリアは荒廃。大国は分裂し、各地へ分散する。神々は不死身ではあったが、人の魔法により幾人かは『破壊』され、世界の均衡は崩れていた。そんな中、一人の神が荒れ果てた世界を元に戻そうと立ち上がる。それは現在の神々のトップであり、その時用いられた魔法が第三の魔法である。神はこれを人間に授け、共に復興を進めんとした。


 生み出し、壊し、治す。魔法が代表するこれらの行為は太古の昔から、人の原理であり、最も原始的な欲求であるとされた。心の底から願える願望だからこそ、大気を漂うだけの存在『オド』を魔法という奇跡に転化させることができる。故に誰もが初級程度の魔法なら、魔力量さえ足りていれば扱うことができる。小さな火も、僅かに潤う水も、一陣のそよ風も、全ては人と神の産物である。






「こうして時代と共に魔法は作られて、進化していったんだ」


「だ、誰でも扱うことができる……」


「だから、そもそも魔法を使わないなんて凄いことだよ! 確かに体力も大事だけど……」


「あはは、はは……」


 話の最中、すっかり千切れた腕は再生し切ったようだ。若干の痺れはあるが、指も動かすことができる。


「おぉ、もう動かせるんだね……そうそう、再生魔法の中でも、回復ってすごい特殊でさ」


「うん?」


「相手の痛みに共感して、そして大気中のオドにお願いをするんだ。助けてあげて! って感じで……」


 なんだかとてもふんわりとした説明だったが、ルカはその感情には覚えがあった。最初にアリアと会った時、彼女が自身を癒す姿にまるで女神の温かみさえ感じたのだ。


「もしかして、性格が良い人しか使えない魔法?」


「……ふふ、あはは! そうだね。せっかちだったり、意地悪だったり、気遣いができないような人には使えないね。ちなみに僕も少しくらいは使えるよ」


『アリアが言うには、アドリアル・カリオストロは回復魔法は使えなかったらしい。そりゃあ、あんな女の子をビクビクさせるような奴だ。ロクな性格じゃないに決まってる。を悪く言うのは良くないけど……』




「ねぇ、ルカ」


「な、なに?」


「君のお母さんってどんな人なの? 大魔法使いってさ、神様に直接認められた人が成れる……つまり人類最強の存在なんだよ! 君のお母さんがどんな人でどうやって大魔法使いになったのか僕すっごく気になるんだ……!」


「僕の、お母さん……」


「うん!」


 ルカは寸刻、黙ってエルドラを見つめて考えていた。大魔法使いというウソの中での母親はどんな人間だろうか、と。しかし図らずも実際の彼女、阿藤ナツミは自身の事を魔法使いと呼んでいたことを思い出したのだ。


「母さんは、母さんは……」


「あ、えっと……」


「ぼ、僕の……うっぐ、母さんは……!」


「あぁっその、大丈夫……?」


 なんだ、死んだ体にも涙はあるのか、と思いながらルカは俯いた。母親との思い出に嘘はつけなかった。脳裏に浮かぶのは優しい母の笑顔と、もうあの人は戻ってこないと思い続けていた日々。母を求めて異世界へたどり着いたが、この先の旅路がどうなるか分からない。勢いのままに走り出し、ついぞここまで来てしまった。しかしこれはゲームの世界ではない。死ぬような痛い思いもした。別れもあった。母親を探すという漠然とした目的を、強い思いのみを原動力に目指してきたが、少年はここにきて大きな不安に飲まれそうになったのだ。


「僕の母さんは……優しくて、強くて、綺麗で……!」


「うん……」


「なんでもできて、でも、できないとか無理とか言わなくて……!」


「うん、うん」


「強がりで、僕にすっごく甘いけど、怒る時はちょっと怖くって……」


 エルドラの肩を借り、むせび泣くルカ。少年の複雑な思いを完全に察することはできなかったが、それでも小さく可哀想な彼の為にと、エルドラは震えるその背中をさすって応えてあげた。


「一人で僕を育ててくれて……とってもいい人なんだ……!」


「良いお母さんだね、ルカは幸せ者だよ……」


「うぅ……うああぁ……!」


 オルテナイの近郊。中心部から離れたそのボロい宿屋で、少年たちの新たな冒険が始まった。






 朝の小鳥が鳴いた頃、二人の少年はクシャクシャになったシーツの上で一夜を過ごした。


「うぅ……ふあぁ」


「おはよう、ルカ」


「エルぅ、おはよう……」


「昨日は泣き疲れちゃったからね、そのまま寝ちゃったんだよ……」


「……あ、ああ! き、昨日はその、ごめん……!」


 泣きじゃくって、勢いのままに感情をぶつけてしまった昨晩。ベッドの傍らには朝食、そして旅支度の済んだバッグが置かれており、早起きしたエルドラが彼の為に色々と用意してくれていたのが周囲の痕跡から理解できた。


「良いんだよ、しばらくお母さんに会ってないんでしょ? 僕も家を離れてまだ1か月だけど、もう寂しくて寂しくて……」


「そ、そうなんだ……」


 ははは、と笑えば良いのだろうか。境遇は違えど同じ苦しみを抱えるものとして、ルカは彼に強い親近感を覚えた為に、そこまで笑い話にはできなかった。


「あ! 今日はさ、僕が使える魔法の紹介も含めて、軽いダンジョンにいこうかな~って思ってるんだよね」


「ダンジョン! それって地下迷宮だよね、さっそくギルドにいって依頼を……」


「その必要はないよ! 今回はギルドの依頼じゃなくて、出土品をお店に売るのが目的だから。実績が無かったり、有名な家柄じゃないと報酬の高い依頼はそもそも受けられないからね」


『なるほど、ダンジョンで高そうなものを拾って売る方が稼げるのか……そういえばあの時アリアが受注できたのはカリオストロ家の名前があったからなのかな』


「……もちろん危険はつきものだけど、僕達ならきっと安心だよ、ふふ!」


「あはは……が、がんばるよ」


 なるようになる、と誤魔化してはいたが内心は不安ばかりが心を満たしていた。肉体の記憶によればダンジョンは様々な魔物の巣窟。大地のオドを多分に含み、不定期に構造が変化する不可思議の空間。数十年前に起きた原因不明の遺跡大量発生から、着々とその解明は進んではいるが、未だ分からない事は多い。






「そこのボウズ達! 仲間を探してるのかい!? ちょうどクエストに行くからよ、荷物持ちになってくれねえか!」


「こっから先は危険だぜ、家に帰って親の手伝いでもしてな」


「悪いことは言わねえ、二人だけじゃムリだ。引き返しな!」


 エルドラの言うダンジョンへと向かう中、活気に溢れた大通りでは時折、子供二人に心配とも嘲笑とも取れる声が向けられる。勿論この中で誰一人として、子供二人だけのパーティがダンジョンに潜るなどとは真剣に考えもしなかったのだ。


「はぁーもう! ルカ、あんなの聞かなくていいからね! 荷物持ちなんて言っても、結局は戦いの頭数に入れられるし、そのくせ給料はちっぽけだし、急に予定と違うこと言ってくるし……信頼できない人とパーティなんて組まない方がいいんだ!」


「あはは……」


 そういえば、と初めて会った昨日のことを思い出す。彼がパーティから役立たずだと言われて追い出された事情を聞いたが、聞くに荷物持ち以外の仕事を大量に押し付けられたのだろうことがなんとなく想像できる。同い年の自分におずおずと声を掛けたのも、恐らく信用に足るかもしれないと期待されてのことだったのだろう、とルカは考えた。


「エルは、僕のこと信頼してくれるの?」


 思えば二人は会って一日ばかりの関係。半ばエルドラ少年の熱意だけで事を運んでいるようなものなので、ルカは自分達の信頼関係に少し疑問があった。それにこんなすぐに、死地に飛び込んでいいものなのかと。自身は不死身だから、この際並大抵のことでなければどうにかなるかとタカを括ってはいたが、エルドラはそうもいかない。


「そりゃあ勿論だよ」


 群衆をかき分けながら、自信満々に答える。


「まぁ最初は……君の能力だけだったらまだ不安だったよ? でも宿屋のアレとかさ、初対面であんなに涙を見せちゃう君を見てなんだか、良い人なんだなって思ったんだ」


「な、そ、それは……!」


「君が泣き虫だとか、とってもつらい経験をしてきたとか、そんなことはどうでもいいんだ。都合のいい考え方だけど、あの時僕に抱き着いて泣いてくれたことだけは、僕への紛れもない信頼なのかなって」


 幼い見た目に見合わぬ、情に厚い信念を少年は語る。


「ぼ、僕だって……」


「うん?」


「僕だって、あんなに泣いたのは初めてだった……」


「うん、でも恥ずかしいことじゃないよ。弱さは強さだって、僕のお姉ちゃんが言ってたんだ」


「弱さは強さ……」


「そう!」




 エルドラはようやく人混みを抜けると、ルカに振り返り大きく手を広げた。




「僕達、きっといい冒険者になれるよ! なんだかそんな気がするんだ!」


「そ、そうかなぁ……」


 照れ臭く赤い髪を掻く少年に、エルドラは微笑んで続けた。


「なれるよ! 一緒に、ここから大陸中を旅しよう! 色んなモノをみて、色んな風を感じて、色んな水を浴びて、色んな火をくぐって、色んな大地を踏んで……沢山のことを経験して強くなるんだ!」


「……!」


「弱さを一緒に克服しよう。そして強さに変えるんだ。その為に、君のこともっと教えてよ。僕も僕のこともっと教えるからさ!」


 なんて純粋な願いだろうか、とルカは思った。この異世界は少年をこんなにも夢に溢れさせ、輝かせる。道行く人々は、その輝きに気付けずに通り過ぎるだけだ。だが自分は違う。せめてこの輝きを向けられた自分だけはと、ルカは彼の差し出した手を取り、共にダンジョンへとひた走った。






 つづく

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