EP.5 転生者たち

「この魔法は?」


「重力魔法」


「要素は?」


「風と土」


「素晴らしい!」


「あの、お父様……」


「なんだ、アリア、まだ居たのか。君は魔法の勉強はしなくても良いと言っただろう」


「でも、私もできるようになりたくて、あの……」


「すまないが私は忙しいのだ。アドリアルの教育を見た後、仕事もあるのでね……」


「あ……わかりました、すいません……」


『あぁ。寂しい、寂しいわね。こんなに広いカリオストロ家の館で、たった一人、父上に認めてもらえないだけでこんなにも寂しいだなんて……』


 アリア・カリオストロは夢を見ていた。あの寄生生物の掛けた催眠魔法が強力なものだったらしく、おかげでとても長い夢を見ていた。


「おい、アリア!」


「な、なんですか……アドリアル兄さま」


「こっちこい」


「は、はい……!」


 夢の中のアリアとアドリアルはとても小さく、彼の小さな背中を、同じく小さな歩幅で追いかける。


「な、なんの御用ですか、兄さま……?」


「魔法、見せてみろ」


『ふふ、怖いわねぇ、アドル。今見てもちょっとイヤだわ……』


「えっと……シズナ!」


 アリアが右手を広げて唱える。すると、バシャッ! という水音と共に、眼の前にいたアドリアルが一瞬にして全身水浸しになってしまう。


「つ、つめて……!」


「あ、ああっ! ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」


「ん!」


 アドリアルはアリアの右手首を掴み、無言でその手を見つめた。


「ご、ごめん……なさい……!」


 目を瞑り、涙を流しながら謝罪を繰り返すアリア。当時から彼女にとっては、父の寵愛を濃く受けるアドリアルは自分よりも偉い存在であり、彼に失礼を働くことは父への無礼と同等だと考えていた。養子という身分がどれだけ正当な血筋から疎まれるような存在なのか、それを誰よりも意識していたのである。


「……初級魔法で今の水の量……お前めちゃくちゃ魔力があるんだな」


「ごめ……えっ……?」


「手を見せろ、オドの流れが見たい」


「う、うん……」


 まじまじと見つめるアドリアルの顔を、そっと見つめる幼いアリアの姿。その時は何も分からなかったが、きっと彼なりの親切だったのだろう。父がなにも教えてくれないのなら、自分が教えてあげようと。


『怖いけど、この時は好きだったんだ、アドルのこと……』


「……おいおまえ、回復魔法は使えるのか?」


「え? うん、一応」


「……」


「いた! い、痛い!」


 アリアが回復魔法を使えるということを知るや否や、彼女の手をつねり、その場から走り去るアドリアル。


『回復魔法の話になると、いっつも不機嫌だった。子供っぽいけど、天才だもんね、あんたは。素直に認められなかったんだ……』


 幼い頃の記憶を回顧する夢は、それまで見過ごしていたアドリアルの感情の機微を思い出させてくれた。しかしなぜ、今こんな夢を見たのかは分からない。


『そうだわ、懐かしんでる場合じゃない、起きなきゃ……』


 景色が揺らぐのが分かった。夢から醒める、その瞬間にアリアは備えた。






「……っは!」


 目が覚め、脱力しきった全身に緊張が走る。


「……くっ、かかってきなさい! 焼き尽くしてやるわよ寄生生物ども!」


「あら、お嬢ちゃん目が覚めたかい」


「……え? ここは?」


 アリアが目を覚ました場所は、ハルジオンの宿屋であった。ヒダマリ牧場で、名も無き寄生生物たちに眠らされたところで記憶の止まった彼女は、自分のいる状況にただ唖然とする。


「面白い夢でも見てたようだねぇ、ここはハルジオンの宿屋のロビーだよ」


 目の前に居るのは当然寄生生物などではなく、宿屋の女将、気のいい中年の女性である。


「あの、私、ずっと眠ってて何も記憶ないんですけど……! 誰かここまで運んでくれたんですか!?」


 アリアの頭の中にはアドリアルのことしかなかった。あの時、寄生生物たちが『彼は二度と戻ってこない』と言っていたからである。


「お嬢ちゃんのことはねぇ、でっかい男が担いできたよ。最初は人攫いかと思ってたんだけど、とってもいい人だったわねぇ」


「でかい男の人……」


「さっき宿を出ていったけど……あっ! ちょっと!」


 女将の話が終わる前に、アリアは宿屋を飛び出してしまった。助けてもらったのだから、当然礼は言うつもりではある。しかしまず第一に、アドリアルの行方を探さなければならない。女将の言う大男が、彼の行方を知っているかもしれない。束の間忘れていた彼の温もりを追いながら、少女はひたすらに走ったのだった。







「兄ちゃん! そこの兄ちゃん~! イイ剣置いてるよ、どうだい一本買っていかないかい!」


「おぉ、カッコいい……っておも! こ、これじゃあ流石に振り回すので精いっぱいかも……」


「なんだい、これを持って鍛えるのが剣士の王道ってもんよ! みんな初めはこの剣を買ってから冒険に出るんだぜ?」


「あぁ、えっと……いや! いいです! 遠慮しておきます!」


 ハルジオンから離れて北に数十キロ、なけなしの金で馬車を乗り継ぎ、阿藤ルカが山や森を超えてたどり着いた町は、アレクサンダリアの中央に位置する火と歓楽の国テネルの――


「ここはただの属国『オルテナイ』だよ、鍛冶の本場テネルはもっと、大陸中央に行かないと……」


「うわっ! だ、誰君!?」


 突如、ルカの傍らに現れた緑髪のぼさぼさとした頭。身長は同じくらいのはずなのに、目の前にいるその子供は、地面を見つめながら話すせいで、ルカよりもいくらか小さく見えた。


「あ、ああ! ごめんなさい……ぼ、僕は」


 突然のことで驚いたルカだったが、相手の方が弱弱しく構えるものだから、少し心の余裕をもってその顔を覗いた。


「僕はエルドラ、エルドラ・マクスウェル……君が色んな商人にカモにされそうだったから、その……心配で」


 見れば、やはり自分とそれほど歳の離れていない少年。おずおずと奥手に話すところ以外は、特段自分となんら変わりの無い子供に見えた。ルカは真っ先に思い浮かんだ疑問を投げかける。


「君も冒険者……?」


「えっと、うん、一応……でも、役に立たないからってパーティを追放されちゃって、今は一人で冒険してるんだ……あはは」


 可哀想に、と初対面ながらに同情を感じたものの、こうも映えない、そして臆病そうな少年と共にパーティを組もうというのも少し無理があるかもな、と心無い合点もいってしまうルカ。


「君の、その……名前は? 良かったら一緒に次の街まで冒険したいなって……」


『しまった! この体だと僕はアドリアル・カリオストロということになってるけど、肉体の記憶曰く結構名が知れてる一家らしいし、ここで名乗るのはまずいか……?』


 エルドラは期待の眼差しで彼を見つめていた。その輝きが妙な間を開けることで曇らないように、嘘をつく暇もないと判断したルカは、この世界で初めて自分の名を口にした。


「僕は阿藤ルカ、君と同じ冒険者だ! えっと、その……よろしく!」


「……! よ、よろしく! 僕の事はエルって呼んでよ、アドウくん!」


 エルドラは、ルカの差し出した手を握りぶんぶんと振る。この国でも握手という文化はあるらしい。しかし彼の熱烈な喜び方を見るに、特別な歓迎なのか、それとも彼が喜びすぎているだけなのか。頼もしさは抜きにして、ひとまず同じ道を歩む仲間ができたことで、少年は少しの安堵を得ることができた。


「あはは、ルカでいいよ……」


「さ、さっそくさ、ギルドに行こうよ! パーティのメンバーが多いほど報酬も増えるんだって!」


「わ、ちょっと! ちょっと待って!」


「うわっぷ! いたた……」


 喜びの勢いのままに、ルカの手を引っ張りギルドのある方へと向かうエルドラ。しかし、咄嗟の勢いに踏ん張ってしまった為か、何かがスポンと抜けたようにして、エルドラは地面を転げてしまう。だがただ転んだだけではなく、彼の手にはルカの手が握られたままであった。




「えっ……」


「あれ、えっ……」




 人混みが交差し、二人の間を通る中、何度も何度も互いを見合わせ、状況を確認した後、事態を先に把握したのはエルドラの方だった。


「うわぁーーーっ!!! 手が、手が!」


「あ、わ、わ! エル、ちょっと待って! これはなんか、その……!」


 エルドラの走り出した勢いにより、ルカの手は千切れてしまったのだ。それを持ったまま慌てる少年に対し、言い訳よりも先に、ルカの残った手足が動き出す。




「ンーーー! ンー! ンーンー!」


「ご、ごめん。あんまり騒がないで……これ他の人にバレると多分マズイから……」


「ン……」


 アドリアルの肉体は相当に鍛えられていたようで、エルドラを路地に連れ込み口を封じることは造作も無かった。手荒な真似を謝りながら、彼が落ち着くのを待つ。


「ンン……ッ! ぷはぁっ!」


「あ、あんまり騒がないで――」


「すごい、凄い凄い! ルカって大魔法使いの子供!?」


「え?」


「凄いよ、肉体が欠けても痛く無さそうだし、なによりほら、くっつきかけてるもん! かなり上級の再生魔法だよ、これ!」


「えーっと……これは、その……どこまで話していいのか……」


『さすがは異世界だ、普通だったらパニックで褒めるなんてどころじゃないはずなのに、これも魔法の一つだと言えてしまうのか……でも困ったな、僕はそもそも魔法を使えないし、手が取れても痛くないことも、くっつくことも今知ったぞ……!』


「あ、えっと……その、言いたくないことなら良いんだ。隠し事の一つや二つ誰にでもあるだろ? 無理しなくていいんだよ、全然……」


 先ほどの熱意と打って変わり、急にさっきの奥手なエルドラに戻ってしまった。少年はあっと思い、彼に変な遠慮をさせたくないと何か答えようと頑張ったが、それでもやはり自分の置かれた境遇が特殊すぎるものだから、素直に異世界転生したとも言えない。ぽつり、ぽつりと誤魔化すようにして、少年は口を開いた。


「じ、実はね……」






 ハルジオンから少し離れ、北へと向かう『草噺くさばなしの道』の道中。


「それで、君は私を追ってきたわけか」


「はい……決して命を狙うとかそういうのではないので、あの、放して頂けると……」


「ダンナ、それ昨日言った女の子ですよ」


 小高い丘で足を休めながら、片手で少女をつまむ大男バルフォルシア、もとい阿藤竜司。助っ人のミナ・ストレイキャットと共に大陸を旅していた所を、尾行の気配に気づきこのように対処していた。亜人のミナは子供相手に……と呆れた表情で彼に言うと、すとん、と少女は優しく地上に帰された。


「これはすまなかった。あいつのお友達か」


「あ、あいつ?」


「アドルくんのことだよ。ってかあの子はどこいったのさ?」


「あ、アドリアルの知り合い……ってそうだ、私あいつを探しに、貴方のとこまで……! あ、あの!」


「うん? なんだい」


 草原の風の中、北を見つめていた大男は優しく振り向いた。


「昨日は助けて頂きありがとうございました。お礼として差し出せるものは何もなくて、その、言葉ばかりで恐縮ではありますが、本当に、本当にありがとうございました!」


 小さく、まるで土下座のような姿勢で謝る少女。異世界アレクサンダリアではこれが最上位の謝辞の所作で、アドリアル家の看板の為に彼女ができる最大限の行いだった。


「すまないが……昨日どこかで会ったかな?」


「え?」


「えーっ! ダンナそれは……ちょっと……」


 きょとんとする少女の顔をよそに、ミナは耳打ちをする。


「昨日デカいモンスター倒したでしょ! あの時アンタが連れてきた子じゃないですか!」


「ミナ、耳打ちの意味がないよ、ちょっとうるさい」


「あはは……わ、忘れられてたなんて……」


「ごめんね嬢ちゃん、この人普段から戦い過ぎて、誰助けたとか覚えてないの。昨日もパララビットの前にノクティア・ドラゴンを討伐してるし」


「えぇっ!?」


「討伐じゃなくて退けただけだ……大した事は何もしてない」


「それでA級報酬貰ってるんですもんね~、大したことないですかぁそうですかぁ」


「……あ、あの、それで私、アドリアルの行方を捜してるんですけど……」


 大男を小突きながら小言を言う亜人に、アリアは恐る恐る尋ねる。


「え、なになに、アリアちゃんはあの子と会っていないの?」


「ミナが牧場に二人がいるというから向かったのだが、その場に居たのはこの子だけだったんだ。恐らくあいつは一人で次の街……恐らくここから一番近いオルテナイに向かって先に発ったようだな」


「なんてことなの……私がアイツに、『北に探し物がある』って伝えちゃったから……」


「あ、それは……!」


「うん?」


 何か気まずそうに、アリアを口留めしまいと足を踏み出したミナだったが、阿藤竜司の疑問の眼差しがそれを止める。


「あぁ、アイツずっと様子が変だったのよ、ずっと考え込んだり、性格がやけに大人しくなったり……」


 少女はハッとして顔を上げる。そうだ、目の前の大男はアドリアルと知り合いの様子だが、自分自身はこんな男を知らない。彼は一体何者なのか、と。


「あぁ、お嬢ちゃんにはまだ自己紹介をしていなかったな。俺の名前はバルフォルシア・ドレッドノート……」


「バルフォルシア、りゅ、竜殺し伝説の……!?」


「だがそれは10年前の話だ。伝説はその時死んだ。俺の本当の名前は


「本当の名前……」


「そう、俺達は君達にとっての異世界から来た、いわゆるだ」


 つづく

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