330 - 「金色の鷲獅子騎士団6――オーバーキル」
視界の悪い濃霧帯の中でも、等間隔に連なるV字編隊を崩さずに飛行していた
(さすがに気付かれたか)
だが、それでも彼女らは帝国が誇る最高峰の軍隊である。
最初は無秩序に散らばっていた
周囲に散らばった
マサトには、それが巨大化したフィン・ネルの砲撃を防ぐための円盾のように見えた。
(復帰が早いな。だが、ばらけずにまとまってくれたのは好都合……)
向こうには、こちらの攻撃を防ぐ自信があるのだろう。
敵の判断が変わる前にと、マサトが集中力を高める。
その眼差しは、遥か前方の
マサトの全身から湧き出る魔力が、濁流となってフィン・ネルへ注がれると、フィン・ネルは太陽の如く強烈な光を発した。
間髪入れず、マサトが攻撃を開始。
(いけぇええええええええッ!!)
六つの巨大砲台となったフィン・ネルの砲口から同時に伸びる光の線。
その六つの光線は一瞬で膨張し、一つに交わり、極太の光線となった。
光線は周辺の世界を白く照らしながら、遠くの空を舞う
巨大な青緑色の魔法障壁を展開していた
◇◇◇
空が白く輝く。
強烈な光と轟音によって視力と聴力は奪われ、神の如き濃厚な
それは僅か数秒の出来事だった。
しかし、それだけで世界は一変した。
それまで青かった空は赤く染まり、周囲一面には炎が猛り立っていた。
「な……なにが……」
第三部隊隊長のライフ・ダイヤ・ヘクトルが、呆然と呟く。
ライフの首元では、シルバーのネックレスに嵌め込まれたひし形の赤いダイヤモンドが燦々と輝き、ライフと相棒の
大貴族ダイヤ家の血を受け継ぐ者を守るためだけに作られた
その中でも、ダイヤ家の血を色濃く受け継いだライフには、最上級の魔力が秘められた純度の高い宝石で作られている。
その家宝とも言える
「そ、そんな……防衛障壁が……抜かれたのか……?」
目の前に広がる惨状を、徐々に脳が理解し始めたのか、無意識に口から出た言葉は震えていた。
敵の攻撃に備えて防御陣形を組んでいた部下たちの姿は、既にそこにはなかった。
大半の者たちは肉片一つ残さずに消し炭にされたのだ。
それだけの威力が、あの光にはあった。
運良く直撃を免れた者たちも、無事ではすまなかった。
焼け焦げた姿となって、上空から次々に落下していく。
「あ、ああ……」
あまりの惨状に、心が現実を受け止めきれず、ライフは言葉を失ったまま天を仰いだ。
そのとき、相棒の
「なっ!?」
「クオォォオオンッ!!」
ライフは、それが相棒からの叱咤激励だと気付くと、ようやく我に返った。
「そ、そうだな! すまない! 少し気が動転していただけだ」
相棒の首元を叩いて落ち着かせると、ライフは自分が危険な状況下にいることにようやく気付いた。
ここは敵の射程圏内であり、そこに留まることは死の可能性を高めるだけである。
「さ、散開ッ!! 総員散開せよッ!!」
ライフの号令に返事はない。
ハッとしたライフが勢いよく後方へ振り返る。
「そんなことが……」
人族の力では、到底どうすることもできない大自然の摂理とも称される不滅の濃霧帯。
その濃霧帯に、巨大な穴が綺麗に空いていた。
空いた穴の先には、青い空が覗いている。
大きく目を見開いたライフは、全身の血の気が引くほどに恐れ慄いた。
ごっそりと濃霧ごと消失したその穴の範囲には、大勢の部下たちが隊列を成して飛行していたからだ。
「う、嘘だ。そんなことがあってたまるか……」
焦ったライフがうわずった声をあげる。
「ひ、被害報告ッ!! 誰かいないかッ!? ジルダッ! ジルダは無事かッ!?」
周囲を見渡すライフ。
幸運なことに、今度は返事があった。
「はい……ダイヤ家から賜った宝具のお陰で、なんとか即死せずに済んだようです……」
「どこだ!? どこにいる!?」
「隊長の後ろ、やや下方にいます……」
「そこか!?」
ライフが
第三部隊副隊長であるジルダ・エヴァンスは、ダイヤ家の血を引いてはいないが、ダイヤ家の血筋を受け継ぐヘクトルの分家の者と婚約しているため、
だが、本家筋であるライフが所持するダイヤよりも等級は当然低かった。
それが、ライフとジルダの明暗を分ける結果となる。
「くっ……」
ジルダの状態を見たライフの顔が苦渋に満ちる。
ジルダの綺麗な薄紅色の髪は黒く縮れ、兜から覗く肌は真っ黒に焼けただれていたのだ。
甲冑の隙間からは白い煙が今も絶えずあがっており、それが障壁で防ぎきれなかった熱波による被害だということは想像に容易かった。
騎乗する
だが、ジルダはライフを見ると口元を緩めた。
「良かった……隊長はご無事だったのですね……」
「私のことはいい! 離脱して早く手当てを……」
「はい、今回は素直に従います……隊長は、残った者たちに指示を……」
「あ、ああ! だから必ず生きて帰るぞッ! いいなッ!?」
「はい……もちろんです……嫁入り前ですから」
「馬鹿者……」
冗談を口にしたジルダがそのまま高度を下げ、戦線からの離脱を開始。
ライフは歯を食いしばりながらジルダを見送ると、すぐさま敵を睨みつけながら、生き残った者たちへと指示を出し始めた。
(許さん……私の部隊を攻撃したことを後悔させてやる……)
◇◇◇
全身からゆらゆらと立ち上る白い煙。
掠れる視界。
ジルダは、飛びそうになる意識を奮い立たせながら、自身に回復魔法をかけ続けた。
(熱い……痛い……苦しい……)
だが、痛みが強くなるだけで、状態は一向に良くなる気配がなかった。
(熱い……熱い……だ、駄目……このままでは……)
自身の回復魔法では治せないほどの傷を負っていると判断したジルダは、次に相棒の
そこに先程まであったはずの小瓶が全てなくなっていたのだ。
(ああ……)
それほどの威力だったのだと、
ならばと緊急治療用の
(これもさっきの攻撃で……治療班は……)
力なく上空を見上げるも、そこには黒焦げになった者たちが同じように落下してくるだけだった。
意識を必死に繋ぎ止めていた心が折れ始める。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
空気を吸っているはずが、すべて白い煙となって吐き出される息。
呼吸をしても苦しさが消えなかったが、なぜか思考は酷く冷静だった。
(私たちは、敵の戦力を見誤っていた……もっと警戒すべきだったのに……それだけの事前情報はあったはずなのに……結局、私たちは自惚れていたんだわ……)
そして、ゆっくりと視界が暗くなり始めた。
ジルダは自身の最期を悟る。
(隊長……どうやら約束は守れそうにありません……)
ジルダは、薄れゆく意識のなかで、隊長に別れを告げた。
◇◇◇
「マジかよ……」
ドレイクの背に乗っているキングが唖然とした表情で言葉を漏らす。
「こんなの反則だろ……」
「セラフは、またララの想像を軽く超えてきたかしら……」
キングの背で、キングと同じように口をあんぐり開けていたララも、キングの言葉に無意識に頷きながら呟いた。
「あの
「さすがに今回ばかりは、すぐにこれが真実だと受け止めきれねぇな……」
「幻術で幻を見せられてると言われた方がまだ納得できるかしら……」
「んだな……」
「本当に、セラフには驚かされてばかりなのよ……」
マサトの力で具現化された、空に浮かぶ六つの巨大砲台の威力に、暫く呆然とするキングとララ。
一方で、マサトの息子であるヴァートは興奮していた。
「す、すごぉぉおおおお! し、師匠見た!? あれ! あれ!!」
ヴァートの言葉に、目の前の衝撃から我に返ったパークスが、軽く咳払いしつつヴァートを嗜める。
「少し落ち着きなさい。確かに衝撃的な光景でしたが」
「すごかったね!? 父ちゃんが出したあの大砲みたいなやつ! 光線が、空一面にどどどーーー! ばばばーーーって!!」
それでも興奮が止まらず、語彙が無くなるヴァートに苦笑しつつも、その年齢相応の子供らしい弟子の姿を見て逆に冷静を取り戻したパークスは、視線をマサトへと移した。
(広範囲への殲滅力には、私も自信がありましたが、これではあなたの足元にも及びませんね。私も昔より力をつけたと思っていましたが、少し自惚れていたようです。力の差が縮まるどころか、更に離れていたとは。改めて、あなたが異端な存在だと実感しましたよ)
――――
▼おまけ
【R】
「視界だけでなく、聴覚までも奪うこの濃霧帯は、大型モンスターですら忌避する自然の要塞とも言えるでしょう。でも、ここ一帯で育った鷲獅子たちには、ただの遊び場としか認識されていないようです――鷲獅子と戯れるジルダ・エヴァンス」
【SR】
「この宝石は、私の努力が認められた証であり、誇りです。これを失うとき、私はこの世にいないかもしれませんが、できれば孫の顔を見るまでは生きていたいですね――
【SR】 神の如き一撃、(赤)(X)、「ソーサリー」、[火魔法攻撃LvX ALL]
「強烈な光と轟音によって視力と聴力は奪われ、神の如き濃厚な魔力の放流に意識が飛んだ。それは僅か数秒の出来事だった。しかし、それだけで世界は一変した――ライフ・ダイヤ・ヘクトルの記憶の断片」
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