少しだけズレた歯車は、恐るべき整合性で別の世界を作り出した。

※Part.Ⅰ読了時点でのレビューです※


「歴史改変パスティーシュケモノSF小説」という触れ込みの本作。19世紀末の「歴史の歯車が少しだけズレた」大英帝国を舞台に、名作SFや文学作品のパスティーシュを織り込みながら展開する群像劇です。
あらすじには「歴史ファンで文学ファンでスチーム・パンクファンでミリオタでケモナーなあなたにも贈る」と書かれております。
……この時点で「多分自分向きじゃないな」と感じられた方は結構おられそうな気がします。かくいう自分もその一人でしたが。

まったく問題ありません!
あらすじの想定読者要素にひとつも引っかからなかった(ヨーロッパ史素人・海外文学ほぼ読んでない・特にスチームパンクファンでもない・ミリオタでもケモナーでもない)自分にとっても、非常に面白く得るものの多い作品でしたから!!


本作、私にとって面白かったのは主に三点。

・背景設定が濃密でありながら、伝達に無理がない
・会話が面白い
・元ネタとの整合性と改変部分のバランスが上手い

以下にてそれぞれ詳しく語っていきます。


【背景設定が濃密でありながら、伝達に無理がない】
19世紀末の文物・社会情勢・地理など、非常に背景設定が膨大かつ緻密なのですが、実に無理なく話の中に組み込まれています。
やむをえず長尺説明が入る箇所も、緊張感をもった会話場面の一部に組み込むなどして、読み手の関心が途切れないよう工夫されています。
地の文では、端々のさりげない描写が「いまここではない世界」であることを如実に伝えてきて、19世紀末大英帝国風の世界に存分に浸ることができます。
個人的に一番好きな箇所は「Part.Ⅰ/Phase.10 情報屋ブックマン」での情報屋の隠れ家ですね! 奇怪な魔窟の様子は、現代日本の日常ではまず見ることのないような有様でありながら、とても具体的なイメージを喚起してくれます。

【会話が面白い】
どのような要素をもって「会話が面白い」と定義するかは人によって異なるでしょうが……私としてはその一つに「発されている言葉と発言者の真意が、必ずしも一致していない」を挙げたいと思います。
本作の主人公は武器商人です。同僚にも武器商人がいますし、作中では警察官や探偵社や殺し屋といった一筋縄ではいかない連中を向こうに回しています。必然的に「ホンネとタテマエ」は別になってきます。
綺麗事を口にしながら腹の中は真っ黒い連中が多数登場しますし、それは主人公も例外ではありません。
話された言葉のうち、どこまでが本当でどこまでが嘘かわからない……だからこそ、極限状態で放たれた真心からの言葉が光る。本作の会話はそこが面白い。
とはいえそうした化かし合い会話ばかりでも疲れてしまいます。殺し屋出身とはいえ純粋さを持ったヒロインと、主人公との会話は軽快で和みポイントになっています。このバランス感覚も魅力のひとつですね! ケモノ属性のない自分にとっても、ヒロインは十二分にかわいらしく魅力的でした。

【元ネタとの整合性と改変部分のバランスが上手い】
冒頭でも挙げたように、私自身は「元ネタ」にあたる19世紀ヨーロッパ史や欧米文学には全く詳しくないのですが……それでも「ベイカー街の探偵」や「アリスと兎」のような超有名モチーフにはニヤリとさせられました。
また作中で語られる歴史は、自分の知る限りの欧米史と若干違っているのですが、それらの「違い」が相互に関連しあって全く別の歴史を形成していることは、明確に理解できました。例えば「獣人奴隷」の存在など……単にそれらが「存在する」というだけでなく、歴史の相互作用の中で政治や経済にどんな影響を与え、どう歴史を変えてきたか、が伝わってきます。それら数々の「改変」要素が、矛盾なく繋がり合っているのが本当に凄い。


色々と挙げてきましたが、これらすべての要素がシームレスに繋がり合い、信憑性のある堅牢な「歴史の歯車が少しだけズレた世界」を作り上げているのが本当に凄いのです。
興味を持たれた方は、ぜひご一読いただければと思います!

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