焼け焦げた手記
城島まひる
本文
目を覚ますと私は赤い荒野の世界にいた。何処までも続く地平線と夕暮れ刻、特有のオレンジ色を放つ太陽が視界に入る。あまりの眩しさに目を細め、そのまま太陽に背を向けた。すると荒野の地平線に、一つ二つ黒い人影が目に入る。現地の人間だろうか?そう言えばここが何処なのかも知らない。どうしてこんなところに居るのか。覚えている最後の記憶は……思い出したくもない。私は嫌な記憶を振り払い、ゆっくりと黒い人影に歩み寄った。
「あの、すみません。ここは何処なのでしょうか?」
「…………」
近づいてみると黒い人影は驚いたことに、本当に真っ黒な人間だった。肌は焼け焦げ、身体の一部が炭化している。しかしそんなこと全くに気にしていないと言わんばかりに、その黒く焦げた人は座禅を組み黙想に興じていた。そのためだろうか、彼は私が声を掛けても一切の反応を示さなかった。
「お邪魔でしたね、失礼します」
諦めてもう一つ見えた黒い人影の方へ向かうべく、彼に背を向けるとその背に声が掛けられた。
「ここは死後の世界イル・ディーヴ、ようこそ新人」
重く腹に響く声。私が振り返ると先ほど黙想に興じていた黒く焦げた人から発せられたものだと、察するまでに時間がかかった。
「死後の世界。やはり私は殺されたのですね、最愛のあの人に、私の……」
夫に殺されたのですね、とまでは言えなかった。もし言ってしまったらそれが真実になってしまうようで。いや私が死んでいる時点で事実なのだろう。最愛の娘を亡くした後、夫は酒に溺れ私と喧嘩になった。そして激情した夫に私は胸を刺されて死んだのだ。
信じたくない。今目の前に広がる光景から夫との喧嘩、私達の最愛の娘ヴィズ・エラルが亡くなったことさえも夢だと信じて疑わない。現実だと、真実だと、認めてはいけない。そう何度も連呼し神に祈るも、そんな私を見て夫はいつも"神はいない。神は否定され、拒絶された。"と呟くばかり。アポロ11号による月面着陸が有言実行された時、宗教は科学によって完全に否定された。
長く数世紀に渡りヨーロッパの政治を収めてきたキリスト教の威厳を地の底まで落とした。
あいつらは馬鹿なのだろうか?例え神がいないとしても、その存在を信じなくては生きていけない人々がいるということが、まるで分かっていない。そんな人々を彼らは"軟弱者"など罵る。彼らは人間じゃない。人間にとっての強みであり弱みである心を持たず、物事を論理的に考えることしかできない機械だ。
しかしそんな彼らもいずれまた後悔の念に苛まれるだろう。娘に先立たれ、夫に殺されたキリスト教福音主義の一派、プリマス・ブレザレンの敬虔な信徒である私サラ・エラルが死後見た世界。そこに神はいない。ただ永遠に続く荒野と地平線に浮かぶ太陽のみ。信奉者も無神論者も、善人も悪人も、等しく太陽に焼かれ、身体が焦げて炭化しやがて塵と化す。
絶望。それがこの世界の現実だ。彼らが暴けない真実だ。人は最後には必ず宗教を欲する。例え科学によってすべての原理が解明されたとしても、人は宗教を捨てることができない。己の死という"未知"に対し成す術がないと気づいたとき、人は宗教とその神から習うのだ。死後の世界の真実ではなく、その道に対する"恐怖"にどう備えるべきかを。
焼け焦げた手記 城島まひる @ubb1756
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