最終話 シネマデート
針依がぽつりと呟いたからだ。
「大和君って優しいわ」
「は?」
僕の戸惑いに針依はくすくすと身を震わせて笑った。蜘蛛の巣の髪飾りがきらきらと輝いた。
「露悪的になろうとしてるんやよね。丸わかりや」
「なろうとしてないが」
「露男的って言ったらええのん? 一ノ宮時也に似てるんやなくて、似せてるんやろ。嫌な男に」
針依の声は安定している。どうやら僕が一方的に話し続けたことで冷静になったらしい。誤算だった。
彼女はふーと長く細く息を吐いて、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「私は――今現在の私はもう大和君を傷付けられへん」
慎重に言葉は続く。
「十一年前、大和君の左目を奪ったことも今は後悔しとる。でも、幸福にも思っとるんや」
想定外の言葉に心臓が冷える。彼女の態度に狂気を見出そうとしたが、穏やかでしか無かった。
「そうしなきゃ、大和君はうちのものにはならんかった」
そちらが狂わないのであれば、僕が狂って巻き込むしかない。針依が言ったように露男的にめいっぱい声を荒げる。
「もうお前のものなんかならない! それに、左目を奪った人間なんか永遠に愛せるものか!」
針依は大袈裟な溜息を吐いた。それから、わざとらしく咳払いをした。凛と声が響く。
「愛されたいから、愛するんやないよ。愛したいから愛しとるだけよ」
針依は金切り声に切り替えて喚いた。
「極論を言えば、大和君の意思は関係ないんやわ! 雁字搦めに私の腕の中に大和君を閉じ込めたる! 過去の過ちだって家だって村だって何だって利用したるわ!」
怯みそうになったが、負けじと声を張り上げる。
「僕には桜刃組がいる! お前には絶対勝てない!」
「じゃあ、殺したるわ! 桜刃組の奴等全員!」
「できる訳無いだろ!」
「やってみな分からんやろ! それで死んでもええわ! 優しい大和君やもん、大和君欲しさに私が散ったら大和君の中に私は永遠に刻み込まれるやろ! 最っ高やないの!」
狂気ながら正確な予測に畏怖を覚える。僕自身が彼女をどうにかするしかないのか。
針依はふうと熱い悦楽の息を零し、哄笑した後に言葉を続けた。
「それでええ! 大和君が私のものになるか、私が大和君に刻み込まれるか、どちらかでええんよ!」
僕は返す言葉が見つからなかった。しかし、思考は加速していた。
僕は気付いた。僕と違って針依には外的な縛りなど何一つない。ただ、自己の中にある世界に縛り付けられているのだ。
その世界を想像してやる。
僕が針依のものになったとしたら、彼女は僕がどうなると思っているんだろうか。愛は無い僕に何を求めているんだろうか。
ちっとも思い浮かばなかった。いや、考える気にもなれなかった。恐らく彼女にとっても何もないのだ。
僕は彼女にとってきっとぬいぐるみか何かなのだ。自分が抱きしめたくなったら抱きしめ、しまいたくなったらしまえばいい。ぬいぐるみが能動的に動くことがないのは承知の上なのだろう。
嗚呼、虚しい。
一方的な愛を虚しいと思わない、彼女が虚しい。
ならば、僕がまずすべきことはその強固な価値観を壊すことだ。愛されたいと彼女が夢見た時、必ず彼女を愛さない僕は彼女にとって不要になる。
行き先を決めずにただ村を背にして走っていた車を永苑に向ける。
「映画を見に行こう」
僕の唐突に聞こえるだろう提案に針依が気丈に返す。
「デートやね」
「そうだ。無論、僕はお前を愛せないから形だけのものだが」
「私がそれで満足だと分かってるんやろ」
「そうだな。嫌になる程に分かった。場所は永苑だ。ラブストーリーの映画の粗筋を検索して読み上げてくれ」
針依は余裕ぶって鼻歌なんぞ歌いながら検索して、僕の言われた通りにした。該当するものは不倫ものと少女漫画原作の兄妹ものだった。単純なベタベタに甘いラブストーリーを期待してただけに困惑した。僕は前者を選択することにした。前者であれば、甘い濡れ場があるに違いない。それで僕と針依の今までの性交を軽蔑するようになる可能性にかけた。
針依は僕の選択に抗議することも賛成することも無かった。ただ、浮かれていた。
永苑に着くや否や、僕の腕に自分のそれをがっちりと絡めて来た。小走りでシネマに入ると、券売機ではなくスナック売り場に向かった。ポップコーンを二人でシェアする前提のセットをせがんだ。買ってやると馬鹿みたいに喜んだ。それから漸く券売機に向かったが、針依は中央の通路が前にある列を選んだ。真ん中二席を選ぼうとしたが、針依は右端の入口付近の二席をぱっぱと選択してしまった。
幸いなことにすぐにシアターに入れたので、僕達は向かうことにした。
座ってすぐに予告が始まった。
どれもこれも大人向けのラブストーリーだった。なるべく甘そうな内容のタイトルを今後の為に頭に叩き込む。
次に制作会社やスポンサーの名前が出てきた。
僕は姿勢を正した。
これからこの映画を参考に、双方向に愛が循環する素晴らしい恋愛観を針依に叩き込まなければならない。僕が桜刃組に行く為の重要な一歩だ。
しかし、針依は顔を向けて僕の顔だけを見つめていた。
舌打ちを堪えながら、彼女の顎の下に両手を入れる。そうして、痛くも無く優しくも無い絶妙な力加減で彼女の顔をスクリーンへと固定した。
映画が始まる。
僕の人生も改めて始まるのだ。
鬼子母神の息子は山羊の白雪姫を食らう――ミサンドリーで鬱病の僕は、性依存症の元ヤクザの父に庇護され、村の権力者の孫娘(十歳年下大学生ヤンデレ)から愛されて逃げられない 虎山八狐 @iriomote41
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます