第10話 秋祭り

その日の放課後、夜与は一人、焼却炉で香が来るのを待っていた。

しかし、待てど暮らせど香がくる気配はない。

サッカー部に入っていた夜与は、ギリギリまで粘ったが、諦め、ゴミを捨てると、寂し気に教室に戻った。


その夜与の姿を、そっと校舎の陰から見ていた香は、燃え尽きそうな焼却炉に、もう一度火をつけ、自分のクラスのゴミを燃やした。

そして、そっと中を見てみると、もうとっくに燃えてなくなったであろう写真を…灰の中に探した。





香は、次の朝から学校へ来る時間を変えた。

そもそも、何故、朝練のあるサッカー部の夜与と、帰宅部の香が同じ時間に学校に来ていたかと言うと、香は、図書室が好きで、毎日本を読んだり、予習や復習をしたり、ただ寝てみたり。

それは、香にとって、唯一の自分の大切な時間を削ぎ払ってでも没頭したり、静かに外を眺めたり…趣味に近い行動だった。


唯一の楽しみもやめ、ただひたすら夜与に会わないように、接しないように、今まで以上に地味に過ごしていた。


しかし、日々を重ねれば重ねるほど、目を閉じれば、夜与の笑顔が浮かんで、走馬灯のように、今まで夜与と交わした何気ない会話から、勇気をくれた言葉から、そのすべてが嘘だったんじゃないか…とすら思った。


ゴミ捨てを部活が始まるまで待つ間、香の耳には、『明日は早く来いよ!』と言った夜与の声が響いた。

普通の時間に登校するようになっても、後ろから『葉月!』と、声が聞こえるような気がしては、振り返った。


『私、何か面白いこと言いましたか?』

『言った!あはははは!!』


手を伸ばせば、すぐにつかむことが出来たかもしれない、夜与と言う王子様には、やっぱり菊菜のお姫様が居なければ、舞台は成り立たない。

そして、香と言う召使が一番しっくりいって、そして、舞台が始まると、掃除して、お皿を洗って、洗濯物を干して、料理を作って…。

気配が、もう息をしたら、夜与の大人ぶっているのか、男物の香水が香ってくる。


あの時、なんで後ろに抜き足差し足で近づいてきた夜与が来たか解ったのは、その香水の香りが香の鼻に吸い込まれてきたからだったから。

笑顔が、あんなに眩しいのは、サッカー部でひたすら練習に打ち込む姿は、本気で走り、ミドルシュートを決め、仲間と抱き合う飛び切りの少年の笑顔に何度も何度も、うまい事夜与からは見えない木の陰から小さな拍手を贈った。



笑顔が声が気配が、香のすべてだった事に、香はやり場のない想いをどんな焼却炉に捨てればいいのか、解らなかった。



諦めるどころか、会えなければ会えないほど、香の、夜与への想いは募るばかりだった。




「なぁ、美崎」

朝のホームルームが始まる前に、夜与が菊菜に話しかけた。

「何?夜与」

「葉月ってちゃんと学校来てんの?」

「え?なんで?」

「いや、ここ一、二週間くらい全然会わないからさ。ゴミ捨てにも来ねーし」

「香ならちゃんと学校来てるよ。それより夜与、秋祭り!一緒に行かない?ここの秋祭り、秋のくせに花火すんごいんだよ!!」

「あ…あぁ…でも」

「良いよね?約束だよ?」

「あ…あぁ…」

「楽しみだなぁ…♡」

「!じゃあさ、葉月も一緒に連れて来いよ!」

「え…。なんで?」

夜与のその一言で菊菜は体中を何かに巻き付かれて、只の棒にさせた。

多分、相当格好の悪い顔で、下を向いてそのまま、動きもしなかった。


それでも、涙は見せなかった。


「うん。あの子、あたしの事大好きだから誘えば絶対来るよ」

「あ、そうなの?ってもう知ってるけど。あいつ本当におかしいのな。、美崎の事、神様みたく語るからさ美崎が来いって言えば確かにきそう」




そんな約束になってしまった、菊菜。

香の方は諦めてくれたとしても、夜与がどう思っているのか、どう感じているのか、何故、香を誘おうと思ったのか…。


それが解らなかった―――…と言うより知りたくなかった。

聞いたら、一番聞きたくない言葉が返ってきそうで、心を小さくして震えていた。


夜与が香の事をどう思って思っているのか、自分と香がもし同時に告白したら、どちらが選ばれるのか…夜与の態度で、もう…解った。



『じゃあさ、一緒に葉月連れて来いよ!』



それでも、近くにいれば、一番傍にいれば、夜与の気持ちも変わるかも知れない…。

そんな僅かな希望にこの恋の行方を委ねるしかなかった。

それは、もうお姫様でも、人気モデルでも、みすS高でもなかった。

たった一人の恋する女の子として、好きな人に好きになってもらいたい…只、それだけだった。



しかし、一人の女の子は菊菜だけではなかった。

香も、約二週間、夜与と会ってないだけで心はひび割れ、喉が干からび、瞳が生気を失い、まるで廃人のように、地味がより地味に、つまらない子が、もっとつまらない子になってしまっていた。

あんなに外の外の景色の変化に敏感で感受性の高い香が校庭に敷き詰められていた枯れ葉の絨毯にも気づかないくらいだった。




夜与を避けはじめ、ちょうど二週間がたった頃、いつものように、部活の始まった後に登校した香。の背中から、もう何十年も聴いてなかったような愛しさで溢れる声が後ろで放たれた。



「葉月!」

深呼吸して、目を閉じて、涙を堪えて、振り返ると、

「久しぶりだな!何?いつもこんな遅い時間に来るようにしたのかよ?なんで?」

「長谷川さん…!」

夜与の顔と声にこの二週間ため込んできた想いが爆発して、今にも『好きです』と言いたくなった。

「なんだ?どした?」

震える頬と目に溜まる涙。『大丈夫です』も『話しかけないでください』も、言えなかった。

一言でも何か発したら、菊菜から頼まれた事も、本当は自分も夜与が好きだという事も全部流れ出してきそうだったから、

それでも、無言でこの場を立ち去る事も出来ず、何処にも逃げ場がなくなるほど、追い詰められた香のとった行動は、

「ごめんなさ―――――い!!!!」

と大声で泣き出してしまった。

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