第8話 焼却炉は出会いの舞台
『俺が見て来た女子の中で一番可愛いと思った』
その言葉と、そう言ってくれた長谷川夜与をロケットのネックレスに入れて、落ち込んだ時や悲しい時に、開いてみていたかった。
香は決めた。
夜与を想う事をやめない、と。
それは消極的な香が、初めて自分の意志で、自分の気持ちを大切にしよう、そう思った瞬間だった。
次の日、香がいつもの様に下駄箱で靴を履き替えていると、お決まりになったみたいに、
「おっす!葉月!」
と、葉月のポンと頭を撫でた。
キュンの瞬間を、生まれて初めて味わった。
「お、おはようございます!長谷川さん」
「ん?」
「え…な、なんですか?」
「いや、いつも『おはよう』って返さないで、美崎の事ばっか言うから、ちょっと驚いただけ」
「あ、そっそれは…挨拶をしてくださる方に対して、今まで失礼な態度をとっていたと反省しまして…」
「おぉ!それいい考えじゃん!偉いな、葉月。じゃあな」
そう言うと、夜与は教室に向かった。
その直後、ギリギリセーフで、あの声がした。
「あ、香…はよ…」
何だか菊菜の様子が変だ。
「あ、菊菜ちゃん!すすすすみません!長谷川さんと挨拶などしてしまって!」
「なんで謝んの?挨拶以外なんかした?」
さすが幼稚園からの幼馴染。
勘が鋭い。
「あ、いえ、ななな何も!」
「そ。まぁいいや。とりあえずその朝を台無しにする、暗い顔、早くどっか行ってくんない?」
「あ、はい!すみません!今行きます!」
上履きの踵を踏んづけたまま、急いで教室に向かった香。
(やっぱり好きでいるだけでも菊菜ちゃんに申し訳ないな…)
と、昨日の今日で、また心が揺れる香。
そしてまた、
(私って本当にダメだな…)
と自分を大切に出来ない香が顔を出す。
そして、放課後がやってきてしまった。
ゴミ捨ての時間だ。
もしかして、夜与も来るかもしれない。
でも、今日は菊菜の撮影日ではない。
一緒に居て、話してるところを見られでもしたら菊菜にまた怒られてしまう。
でも、初めて好きになった人と、少しで良いから話がしたい。
自分なんて相手にされるはずがないとしても、こんな自分を二回も褒めてくれた人だ。
本当に少しでいい。
はなしがしたい…。
そんな、不自由な二択と香は葛藤していた。
普通の人ならば、悩むまでもなく、うきうきして焼却炉に向かうであろう行動を、香は、一大決心をして、重ーいような、スキップでもしてしまいそうな、正反対の想いをゴミと一緒に抱え、焼却炉に向かった。
すると、やはり、夜与の姿を見つけた。
つい、にやけた顔で傍に行こうとした時、香の目に映ったのは、夜与の傍でキャッキャッと笑う菊菜とその菊菜の横で、笑う夜与の姿だった。
つい、欲張った、そのお返しがこの光景なのだ。
重力に負けるように、地球の裏側まで落ちて行ってしまいそうに、心が沈んだ。
慌てて、木の陰に身を隠した。
二人が教室戻るまで気にもたれ、下を見ると視界が歪んだ。
「?メガネ、汚れた?」
と、メガネを取ると、そこには、大きな涙が溜まっていた。
「馬鹿だなぁ…。好きになってどうするの?菊菜ちゃんしかいないの!長谷川さんにに合う人は、菊菜ちゃんなの!」
木にもたれ、泣いた。
これが、どんなに地球が回り、月が地球を回っても、あり得ない事はやっぱりあり得ない事なんだ。
「ん―?来ないな…」
「え?誰が?」
夜与が呟くと、すかさず菊菜は聞き返した。
「あいつだよ、葉月」
「え?香?さっきから捨てようとしないから、なにしてるのかと思ったら、もしかして、香待ってたの?」
菊菜が誰もが解る怪訝な顔でこわーい声を出した。
「あ、あぁ…いや、そう言う訳じゃねぇから。行くか」
心の中で、
(やべ…葉月が被害被る事になるわ…)
と思い、瞬殺でゴミを燃やすと、二人は教室に戻った。
その後ろ姿を、木の陰で見ていた香は、
「やっぱり絵になるな…。ミスとミスター…私なんて入る余地ないや…」
鼻をすすり、涙のメガネを拭き、やっと焼却炉に向かった。ゴミを捨て終わると同時に、校舎の方から、思いがけない言葉が飛んできた。
「葉月!」
思わず、奇跡を見た。
振り返ると、
「明日はもっと早く来いよ!」
夜与だけで、菊菜の姿はなかった。そして、夜与が、香に向かって手を振っていたのだ。
「長谷川さん…」
もう誰もいなくなった焼却炉で、小さく手を振り返し、涙が溢れた。
「菊菜ちゃん…ごめんなさい、やっぱり好きでいさせてください」
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