第4話 一度きりのお姫様
ダッシュで香の教室に乗り込んだ菊菜。
「香!ちょっと顔かしな!」
「菊菜ちゃん!どうしたの?」
香は、菊菜から、絶対菊菜の教室に来ない、目立つことも絶対しない、そして、あの時の絶好宣言も時効はない、と、しつこく約束させられていた。
そんな理不尽を、香は全く気にせず…どころか、菊菜が好きだった。
リーダーシップもあるし、美人だし、憧れだった。
そして、菊菜は、二階の踊り場で香を連れて来た。
菊菜は、夜与に生徒手帳の名前を知られてはならない、ずっと思っていた。
それは、夜与がファイアーですれ違った時、香の名前を知りたがっていたのを聴こえたから。
そして、菊菜は、手帳に隠されているあれの存在を知っていた。
だから、香が夜与と会う前に、確かめたい事があった。
「香、これ、落としたでしょ!?」
「あ…あったんだ。菊菜ちゃんが拾ってくれてたんだね。ありがとう」
「違う!拾ったの夜与だったの!何してくれてんの!?」
「え…長谷川さんが!?ご!ごめんなさい!!私もさっき無いのに気付いて…。ごめんなさい!」
そこで、菊菜は、手帳の裏表紙の中に挟まれていた、一枚の写真を取り出した。
「あ…」
「こんなの持ち歩くなんて、あんたそんなにナルシストだっけ!?」
「そんな事ないです!すみません!すみません!」
菊菜はものすごい勢いで香に激高した。
そして、香の目の前で、写真を破り捨てた。
「あ!!」
思わず今までの様には心だけで叫ぶだけではいかなかった。
「香!くれぐれも言っとくけど、夜与に近づいたりしたら許さないからね!」
「…はい…」
落ち込む暇も与えられぬまま、一番大切にしていた写真の残骸を菊菜は、香の顔にぶち撒け、生徒手帳を投げつけた。
「あんたなんて所詮暗い地味なブスなんだからね!憶えときな!!」
罵声を香に浴びせ、菊菜はその場を立ち去った。
香は、しばらく、バラバラになった写真を座り込んで眺めていた。
「…破れちゃった…仕方ないね。こんな何でもない写真、お守りにする方がどうかしてるよね…」
ぼそぼそ呟いていると、なんだか泣けてきた。
香のたった一度のお姫様…きっと二度と回ってこないお姫様の役…。
どのくらいそこにしゃがみこんでいたのか、香はやっと動き出した。
一枚一枚、紙を集めていると、
「ほら、これもだろ?」
「はい?」
「ちょい失礼」
一片拾ってくれたと同時に、突然、その声の主が、香のメガネと、後ろ結びのゴムを、少し強引にヘアゴムを取った。
最後に、額の前髪をぐっと持ち上げると、
「やっぱ、あんたすげー可愛いのな」
メガネを取られ、いきなり自分に自負するほど、地味でブスな自分にかけられた事の無い言葉に、驚くしかなかった香。
すると、
「これもあんたの?」
「はい?」
「葉月香って言うんだ、あんた」
そこで、何だか変な勘が香の頭を通り過ぎた。
「あんた、俺とファイヤー踊って途中でやめた人でしょ」
「え…あ…」
しどろもどろしながら、夜与の手からメガネを受け取った。
「は…っっっせ川さ…ん!?」
香は恐ろしい顔になった。
「…何?俺そんなに顔怖ぇか?」
「いえ!あ、の!…」
紙屑に紛れていた、生徒手帳を開き、夜与は、
「葉月…香か。この紙屑…ん?これ葉月?」
「ちっ!違います!全然違います!!」
(これ以上、話したら、菊菜ちゃんにもう合わせる顔がない!でも、写真は良いよね?もうぐしゃぐしゃだし、全然誰だか解らないし…!)
独り、焦り、すぐその場から逃げよとしたその時…、
これは人生主演女優賞もとれるのではないかと思う声がした。
階段の踊り場に現れたのは、菊菜だった。
そっと階段の上から静々、香と夜与に近づき、主演女優賞ものの演技力で話しかけてきた。
「香?夜与も…どうしたの?」
「美崎、何かこいつ、葉月香って奴なんだけど、なんかいじめられてるっぽくってさ、写真破られたみたいなんだ」
「え?本当?香。大丈夫?…これ、葉月が大事にしてた写真だよね?可哀想…香…」
その上、涙さえ流している。
香は平気な振りをすのが精いっぱいだった。
菊菜ちゃんはお姫様。
香は召使。
そっと、心の中で泣いた。
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