年明けこそ鬼笑う

尾八原ジュージ

かむあるきの夜

 あたしが子供の頃の話だから、もうずいぶん昔の話なんですよ。


 あたしのうまれ故郷じゃ、新年に「かむあるき」という行事があって、村の男衆が鬼みたいなこわい顔のお面をかぶって練り歩くんです。

 元旦の深夜から、村の隅から隅までね。最後は神社にお参りをして終わりなんですが、これがなかなか重労働なんです。お面を被った上に、白くてぶかぶかの飾りのついた上っ張りみたいなものを着ているし、おまけに山際の村で坂が多くて、冬になるとずいぶん寒いところだったの。

 それもただ歩くだけでなしに、太鼓をドーンドーンと叩いてね、それで皆で笑っていくんです。

 そりゃもう賑やかですよ。真冬の真夜中にね。わっはっはっはっ、ドーンドーン、わっはっはっはって具合にね。かむあるきから戻ってくると、父も兄もへとへとに疲れちゃっててね。昼過ぎまで寝てましたもの。

 女衆は家々の玄関を開けて待っていて、おにぎりを渡したり、お茶や甘酒を振る舞ったりするんです。かむあるきの最中はみんなお面をかぶってるから、差し入れを食べるときなんかも口元だけ出してね。おまけに上っ張りを羽織ってみぃんな同じ格好だから、誰が誰だかわかりゃしません。

 同じようにかむあるきをする土地っていうのは、あたしは今のところ他には知らんですねぇ。秋田のナマハゲにちょっと似てるかしら? でも家に入ったりはしないし、やっぱり別のものなんでしょうねぇ。

 なんでもかむあるきは、新しくいらした年神さまと一緒に、村中の悪いものを祓う行事なんだそうです。鬼みたいな見た目なんだけど、それでも神様なんですって。


 でね。

 不思議なんですけど、かむあるきをしてると、いつのまにか人数が増えるんです。

 歩いている途中に仲間の人数を数えてみると、何度数えても出発したときより多い。それは本物の神様だかなんだかが混じっているんだそうで、気づいても話しかけたり、お面を取らせたりしちゃいけないんだそうです。

 知らないふりをしてかむあるきを続けていれば、朝にはまた元通りの人数に戻っている。

 ほんとなんですよ。

 あたし見たんですから。

 その年は一人二人じゃなかったんです。村中ぜんぶの人間を足してもこんなにはならないってくらいの人数で、家の前を通る行列がどこまでもどこまでも続いてね、蟻みたいにじょろじょろじょろじょろ……

 それがみんなで笑うもんだから、地鳴りみたいな笑い声がしてね。

 あとで父と兄に聞いたら、やっぱりちゃんと気づいててね。ふたりとも生きた心地がしなかったって。そこらじゅうわけのわからないものに囲まれちゃって、ただ笑って歩くしかなかったんだって。

 その年おっきな山崩れがあってね。村の東側半分、あっという間になくなっちゃったんです。ひともたくさん亡くなってね……結局それであの村、廃村になってしまったの。

 あのときかむあるきに混じってたのは神様じゃなくて、鬼だったんじゃないかって、残ったみんなが言ってましたっけ。今はもう皆年とって死んじゃって、かむあるきのことを覚えてるのもあたしだけになっちゃって。

 ええ、昔の話だから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

年明けこそ鬼笑う 尾八原ジュージ @zi-yon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ