第58話 私の血筋とヒトヒトさん
12月3日 土曜日 11時10分
私立祐久高等学校 保健室
#Voice :
鳥居の影でちらちらするヒトヒトさんが気になって、つい、真っすぐ見詰めてしまった。
微かな頭痛の後、頭の中がぼんやりしてきたの。
でもね、とりあえず、目的の解除パターンの開示を試してみた。
スマホを隣に置いて、位置情報もONにした。
こうしたら、私がここにいると「キュービットさん」にもわかるはずだから。
画面中央にいる円形カーソルを指で押さえて捕まえた。
円形カーソルを指で押さえて捕まえたまま、引っ張って文字を辿った。
「は」「ぎ」「や」「る」「り」「で」「す」「わ」「た」「し」「の」
「か」「い」「じ」「ょ」「文字種:カタカナ」「パ」「タ」「-」「ン」「文字種:ひらがな」「を」「か」「い」「じ」「し」「て」「く」「だ」「さ」「い」
「あ……」
画面の中、鳥居の側にいるヒトヒトさんが、ペコリとお辞儀した。
文字が、フリッカーで激しくちらつく文字が、流れた。
真っすぐ見詰めている私にしか、流れた文字は見えなかったと思う。
隣に菅生先輩がいるけど、角度的にフィルム越しでは見えないはず。
離れて取り巻くみんなも、私の背中越しだから、見えていない。
『学校サーバーよりデータを確認しました。瑠梨姫様。
詳しい情報開示をご希望になりますか?
警告。
開示情報を閲覧した場合、あなたのメンタルに影響が予想されます』
「はい」
条件反射みたいに無意識に答えてから、数秒遅れて、思考が追い駆けてくる。
あれ? これ、お願いした催眠を解く解除パターンじゃないよ。何か、もっと全然違うモノを、「キュービットさん」は表示しようとしている?
待つこと数秒間――
開示された情報は……
それは、私の母方の家系図だった。私に繋がる血筋の流れが、祐久城から繋がっていると、示されていたの。
戦国時代中期、祐久城は攻囲を受け落城した。
城主と主だった城兵は討ち死。囚われた者も死罪になった。
でも、幼い城主のひとり娘だけは許されて、隣国に流された。
その後、娘は、隣国の城主と結ばれて子を設けた。
娘が、その後どうなったのかは定かではないけど、血筋は現在まで続いているの。
最後に、参考資料として祐久市関係の史料がリストされていた。
「……私が、祐久の姫の血筋なんですか?」
文字盤の上で、円形カーソルがひとりでに、「はい」ボタンに走った。
「だから、鎧武者姿のヒトヒトさんたちは、私のことを守ってくれるの?」
文字盤の上で、「はい」ボタンが再度、クリックされて点灯表示された。
「そっか、みんな、私を見つけてくれて、ありがとう」
鎧武者姿の真っ黒なシルエットたちが、一斉に私を中心にして跪いた。
私は、ふんわりと笑っていた。
私がいる場所には、いつもヒトヒトさんたちが付き添ってくれる。いまも、見えなくても保健室を取り巻いて、私を守っているの。
「あ、あの……っ! 萩谷さんっ!? だいじょうぶ?」
隣で菅生先輩の心配する声がして、肩を揺すられた。
「はい。大丈夫です。ちょっと発見があっただけです」
心配そうに、のぞき込んで来る菅生先輩に微笑み返した。本当に大丈夫。
だって、ヒトヒトさんたちが、私のこと守ってくれるから。
画面を見遣ると、
『申し訳ありません。萩谷瑠梨様の解除パターンの開示は、上位サーバーより禁止されています』
と、他のみんなにも見える普通の方法で表示されていた。
◇ ◇
12月3日 土曜日 11時20分
私立祐久高等学校 保健室
#Voice :
萩谷さんが、画面をじっと見つめていた。
横顔からじゃ表情は読めなかった。
「うーん、萩谷さんでもダメかぁ」
菅生先輩が、詰めていた息を吐き出した。
遠巻きにしていたみんなも、ため息。
私自身も、息を詰めて、萩谷さんが「キュービットさん」をしている様子を見詰めていたと、気づいた。
「あの、ヒトヒトさんたちが、私を守ってくれる理由が少しわかりました」
萩谷さんが、ふんわり笑っていうの。
「私、遠いご先祖様が、祐久城のお姫様だったみたいです」
「「ええっ?」」
みんなの驚きの声が重なった。
「うそ、ほんとうに!?」
あたしも、思わず声をあげていた。
「うん。本当だと思うよ。ね、次は、緋羽ちゃんが試してみますか?」
すっと、萩谷さんが席を立って、タブレットパソコンの前を譲った。
「えっ!? だって、これ、呪いのアプリなんでしょ……」
「大丈夫と思います。のぞき見防止フィルム貼ってもらいましたから、真っすぐに見詰めない限りは問題ないと思います」
萩谷さんは、笑っている。
五十音表を表示した画面は、薄灰色のフィルムの向こう。
「だいじょうぶ…… だよね?」
あたしは、不安になりながらも、どこか好奇心というか、その場の勢いで、気持ちが動いてしまった。ううん。もしかしたら、あたしは何かを期待していたのかも知れない。
スマホを引っ張り出して、タブレットパソコンの横に置いた。
椅子に掛ける。
「あ、あの、菅生先輩。もしも、何か、危なくなりそうだったら……」
菅生先輩の笑顔が、あたしの不安げな声を打ち消した。
「だいじょうぶ、すぐに、キーボード操作でアプリを閉じるから、心配しないで」
「本当ですよ、お願いしますね」
「うん。だいじょうぶ」
「本当に、大丈夫ですよね?」
「うん、ほんとうに、だいじょうぶだから」
心配性なやり取りの後、あたしと菅生先輩は顔を見合わせて、にゃはあと笑いあった。だから、大丈夫と思ったの。
『キュービットさん』は呪いのアプリ。絶対に、願い事をしてはいけない。 天菜真祭 @maturi
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