第14話 魔王、来襲

 勇者、天使。

 幾多もの戦いがあった。いつ死ぬかもわからないギリギリの戦い。だが、ライドは勝ち残った。

 正当に、そして、確実に相手を異世界転生送りにした。

 だが、ライドはまだ気づいていない。これ以上の相手がまだ、いるということを。


「いつぶりだろう……こんな静寂は」


 ライドは自室でぐったりとしていた。改めて平和を噛み締めていた。

 だが、それも一瞬のこと。無遠慮に、ライドの部屋の扉が開け放たれた!


「お兄ちゃん! 入るね!」


「リィス…せめて、ノックしてくれよ」


「えへへ! ごめんね! 早くお兄ちゃんに会いたくて!」


 そう言って、ライドの妹リィス・アリシア・アルヴァリスタは笑ってごまかした。

 ライドとは三歳下。愛嬌溢れる顔立ちは全ての男性から愛されること間違いなしだろう。控えめに言って、ライドは溺愛していた。


「それなら仕方ない。今度は気をつけてくれよ」


「うん! それよりもお兄ちゃんに聞きたいことがあるんだけど!」


「何でも答えよう。何だい?」


 あくまで優雅さを忘れない男ライド。カップに入った紅茶を口元に運ぶ――。


「ルピスお姉ちゃんとはいつ結婚するの?」


「ごっほ!」


 盛大に吹き出してしまった。そこにスタイリッシュさは一欠片もない。リィスは健気にもそんなライドに対し、ハンカチを差し出す。


「だ、大丈夫?」


「あぁ……ありがとうリィス。君は本当に気配りが出来るな」


「嬉しい! こちらこそありがとう! で、結婚は?」


「それはまだ続いているんだな」


「だってそれは私含め、このアルヴァリスタ領にいる人が気になるところだよ?」


「そんなにか!?」


「そーだよー。いい加減、私を安心させてよー。ね、ルピスお姉ちゃん?」


「そうだよライド。何だかんだライド、君の口からちゃんと“好き”って聞いたこと無いんですけどー」


 にゅっと、兄妹の団らんにいきなりルピスが現れた。

 否、これは多少間違った表現だ。何せ、リィスが招き入れたのだから。

 最初から仕組まれていたこの状況。ライドは抗議の視線を妹へ向けた。


「これに関しては、僕も少しは一言物申したいぞ」


「ついにルピスお姉ちゃんと結婚!?」


「ライド……! ようやく決心がついたんだね!」


「盛り上がるな! ほら出てけ出てけ! 僕は考え事をしたいんだよ!」


「わ、私との将来……!?」


「ちっがう!」


 精一杯の照れ隠し。だが、それはルピスは少しだけそれに思うところがあったようだ。


「う……ごめんねライド。ついついそんなことを考えじゃったや……」


「む……」


 するとルピスがそそくさと帰り支度を始めた。いつもなら、もう少し居座るというのに、だ。


「最近しつこすぎたのかもね。あはは……」


「え、と……ルピス?」


 助け船を出すと思っていたらリィスもルピスの側に着いたようで、彼女を一番に労っていた。


「ルピスお姉ちゃん……。うん、分かった。私が悪かったよ……お兄ちゃんと無理にくっつけようとしすぎちゃった……」


「リィス……?」


「外に馬車を用意してるから、ルピスお姉ちゃん、今日は……ね?」


「うん、ありがとうリィスちゃん。ちょっと頭冷やすね……」


 本格的に帰る用意を終えたルピス。ここまで来て、情けないが、引き留めようとライドは口を開こうとした。



 ――その直後ッッッ!!! 世界が静止するッッッ!!!



「ほーんん。ほーん、ほーん? ならばその花嫁、俺が貰い受けてもいいのだな?????」



 一体どこから現れたのか。

 黒衣黒髪の男は手を叩いて喜んでいた。


「え、貴方は誰ですか!?」


 この“世界”を認識しているのは、ライドとルピスのみ。

 黒衣黒髪の男は恭しく礼をする。


「俺は魔王。魔王マガラだ。この世に一つしか無い宝を求め、参上した」


「魔王……!?」


「そうだ、憎き天空の化身が滅したという報を聞いてな。とうとうこの大陸を制圧出来る瞬間が来たのかと、小躍りしながら地獄の底からやってきたぞ」


 魔王マガラ。

 ライドとルピスはおとぎ話で聞いたことがある。

 地獄の底に住んでいる住人。その中でも最も暗くて、そして最も強い存在。それが魔王。


「魔王がどうしてこんなところに……」


 ライドはルピスを庇うような位置取りをする。その行動を魔王は不思議がる。


「何故だ? どうでも良いのではないのか? その女は美しく、迸る力を感じる。まさにこの世に一つしか無い宝だ。ならば、この俺が貰い受けるのが筋ではないのか?」


「そんな訳――!」


「あるんだよ大馬鹿者がぁ!」


 次の瞬間、魔王が繰り出したアッパーカットによって、ライドは宙を浮いていた。一瞬で脳を揺さぶられ、トラック魔法の準備すら出来なかった。

 そのまま魔王はまるでサンドバッグのように、殴っては蹴りを繰り返す。一段落ついた辺りで、ライドはすべての攻撃とともに、壁まで吹き飛ばされた。


「く……そ……!?」


「ライドォォォ!」


「おっと、動くなよ女。下手な行動をすれば、即刻この男の頭を潰す」


「……私が動かない限りは、ライドの命は取られないんだね」


「そうだ。冷静に言葉を捉えられているな。優秀が過ぎる。じゃあこの後の展開は分かるかな?」


 魔王はしゃがみ込み、ぐったりしているライドの頭を掴んだ。


「こいつを相当痛めつけた。早く治療してやらなければ死ぬ」


「そんな……!」


「だが、運がいいことに、俺は回復魔法も多少は扱える。この程度の傷など一瞬だ。そうなると――お前はどうする?」


 魔王はニヤリと笑い、ルピスと目を合わせる。



「私は――――」



 ルピスの判断は、すぐに下された。

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