第7話 虐殺天使

 勇者ヴァレヘイムとの死闘から三日が経った。

 勇者の死はあっという間に各方面へ広がり、世間を騒がせた。通行人が発見した時、既にはヴァレヘイムしかいなかったので、憶測が憶測を呼ぶ。

 暗殺か、一騎打ちの末に破れたのか、はたまた大きな陰謀に巻き込まれたのか。そのへんの人間ならまだしも、ガラリガリア帝国の勇者とは人外に片足を突っ込んだ超人。

 故に、ライドとルピスはあえて名乗り出ることはしなかった。


「ルピス、本当に良かったのか? 僕はアルヴァリスタ家の名を叫ぶことも覚悟しているんだぞ」


 今、二人はアルヴァリスタ家のライドの部屋にいた。

 ルピスはライドのベッドに座り、ライドは応接用の椅子に座る。これが二人のいつもの定位置だった。

 ルピスはごろごろとベッドに転がりながら、返事をした。


「叫んでもいいけど、ライドの力って証明しづらいからな~」


「……一理ある」


「そこは否定しないんだね」


「まあ……術者の僕が言うのもなんだけど、使っている魔法が魔法だしね。実際に見ないと、感覚は掴めないよ」


「私としては、もっとライドには有名になってほしいんだけどね」


 ルピスの意外な言葉に、ライドは食いついてしまった。


「意外だな。君からそんな言葉が出るだなんて」


「だってライドは世界一かっこよくて、世界一強いんだもん! そこはアピールしていかないと! 私の自慢的にも、シンクレティア王国のアピールのためにも!」


「うわ、ありとあらゆる欲が混在しているな」


「だって私、シンクレティア王国の第一王女だよ?」


「説得力が違った」


 何事も“シンクレティア王国の第一王女”と言えば、何でもまかり通るような気がした。ライドはその実現可能なゴリ押しについて、考えを巡らせ、そして打ち切った。

 そんなライドの思考の切り替えに気づいたルピスは、少し強引に話を変えた。


「ところでライド、こんな噂を知ってる?」


「……」


 ライドは無言で彼女から距離を置いた。学習能力のないライドではない。彼女の口から出る“噂”には何か厄介事がある。前回の勇者ヴァレヘイム・ヘルゼンバーンドが最大の証拠だ。


「……ねえ、なんで離れたの?」


「少しは緩和されるかな、と」


「ひっどーい! なんか私、不幸をもたらす子じゃん!」


「正直、前回が前回だからな……警戒するなと言う方が無理だよ」


「かなりムカつくけど、ライドなら良いや。じゃ、続けるね」


「噂を話すというのはやめないんだな」


「だって聞いてもらいたいんだもん」


 屈託なく笑う彼女。そんな彼女に、ライドはいつも負けるのだ。


「良いよ、どんな噂――」


「えっとね……」


 いつもそうだ。

 厄介な噂を口にする時、いつも彼女にはある種の“雰囲気”を纏うのだ。



「天空から舞い降りた虐殺天使の噂」



 ライドは今すぐにでも忘れ去りたかった。

 字面だけで相当ヤバい噂だということが良く分かる。明らかに普通じゃない。そんな存在が仮にいるのなら、天災だ。


「詳しく聞いても? いや、逆に聞かなくても良い方法はあるかい?」


「ガーン! 私の話、聞きたくないの!?」


「それを口に出す奴、初めて見たよ。……で、どういう奴なんだい? その虐殺天使っていうのは」


「ライドはこのシンクレティア王国領最北端から馬車に乗って、一日ほどかかる所にある『ユキフィリ』っていう、小さな国分かる?」


 ライドは目を閉じ、脳内の知識を呼び起こす。

 ユキフィリとは、クロイツファー王国領内にある小国だ。そこで造られる酒は非常に絶品で、このシンクレティア王国でも輸入されている知る人ぞ知る国である。ライドもそこの酒が好きで、ちょくちょく個人的に買っているほどだ。

 虐殺天使とそのユキフィリが同じタイミングで出てきたことに、ライドは少し嫌な予感を覚えた。


「知っていることは知っている。まさか……」


「そう、つい昨日の話かな? そのユキフィリの半分が消し飛んだらしいの」


「なぁっ!? あのユキフィリが!?」


 嫌な予感は当たってしまった。

 そうなると――ライドは震える口を抑えることもせず、ルピスに尋ねた。


「そ、そうなると……酒はどうなったんだい?」


「半分だよ? 今、ユキフィリは復興作業中でお酒を造る暇があるかどうか……」


「そう……だよな。そうだよな? 不謹慎な僕を許してくれ」


 様々な感情がごちゃまぜになっていた。

 贅沢をしないライドにとって、ささやかな楽しみであったユキフィリ産の酒が飲めないことは、相当効いていた。


「話を戻すね。ユキフィリに突然、光線が走ったと思ったら、一瞬で火柱や爆発が起こったんだって。それで、その時居合わせた人が見たらしいの。天空に浮かぶ、おっきな白い翼を持った綺麗な女の人を」


「なるほど……それで天使か。ちなみに死者は?」


「今、数えているみたいだけど、人口が半分になったみたい」


「虐殺天使……か。その名の通りじゃないか、胸くそ悪い」


 ふつふつと湧き上がる感情。

 それは怒り。生命に対する侮辱。ライドは、自然と拳を握りしめていた。

 そんなライドの様子を知っているのか、ルピスはこう言った。


「ユキフィリ、というかクロイツファー王国はシンクレティア王国と同盟関係にある国。その国が良いようにされて、私は黙っていられないよ」


「次に君の言わんとしていることが、なんとなく分かっちゃったよ」


「ライド! 私に付いてきて! その天使を倒さなきゃならないと思うの! だからライドの力が欲しいの!」


「いつもなら嫌だ、と即答するところだが……」


 ライドは立ち上がった。


「飲めなくなった酒の分くらいは、ぶん殴ってやりたいと思っていたところだ」


「流石ライド! そういう所、大好きだよ!」


 天使。

 その存在に、ライドは少しばかり興味が湧いていた。

 今回の血と憎しみの象徴。しかし、おとぎ話で聞く天使とは、魂を司る存在でもある。

 命と魂を扱う者として、天使と話をしてみたかった。

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