トラック魔法を極めた王女の幼馴染兼護衛があらゆる困難を逆異世界転生させていきます【完結】
右助
第1話 トラック魔法を極めた男、見参!
シンクレティア王国アルヴァリスタ領。王都へ続く街道。
そこを走る二人の影と、それを追う馬に乗った数十名の影があった!
「うええええん! ねえライド! なんでこうなるの!? ちょっと遊びに来ただけなのに、なんで人さらいに追われることになるの!?」
追手から放たれた攻撃魔法がどんどん飛んでくる。火球がどんどん二人の近くの地面に着弾してもなお、追われている二人の顔に悲壮感はなかった。
「ルピス、君がこのシンクレティア王国の第一王女だからだろう! どうして臨時の護衛もつけず、僕のところまでやってきた!?」
「だって、私の護衛は君だけだもん! 君が良いの!」
シンクレティア王国第一王女ルピス・フロール・シンクレティア。
まるで高級シルクのような艶を醸し出す白銀の髪、愛嬌のある少しタレた黒目。誰もが彼女を見て、その美しさに呆けてしまうだろう。
そんな見目麗しい彼女を制することこそが大陸最大国家であるシンクレティア王国を制することと同義。皆、そう言う。
そんな彼女の手を引き、走り続けている男。
ライドと呼ばれた彼はライドルフ・ジェン・アルヴァリスタ。
長い黒髪をゴムで縛り、一本にまとめている。茶色の眼は少し細く、少し近寄りがたい雰囲気が放たれていた。
この一帯を治めるアルヴァリスタ公爵の長男であり、そんな彼こそが、失敗の許されぬルピスの護衛だった。
「王女とあの護衛を殺せ! 特にあの護衛の首にも賞金がかけられているはずだ! 一攫千金を目指すぞ野郎ども!」
人さらいのリーダー格が士気を高める。
人さらいたちは手練だった。念入りに王女の行動ルートを探り、大人数で確実に制圧する。王女が護衛もつけず、一人で来る時間帯を把握していたからこそ、この仕事は比較的楽だと思っていた。
しかし、その計算を崩したのが、ライドである。
彼は王女が来ることを知った瞬間から、行動を開始し、彼女が攫われる前に合流できたのだ。
そして、今の逃走劇に至る。
「ライド~! もう足が痛いよ~! 疲れたよ~!」
「まずは汗一つかいてから言ってもらおうか、この体力おばけ!」
「いつも逃げてたら自然とこうなったのよ~! 疲れ知らずな私が怖いよぉ~!」
ライドはちらりと後ろを見た。どんどん距離が縮まっていた。武装しており、いくらか隊列を組んでいたからこそ、あからさまに距離が縮められることはなかったのだが、それも限界。
「徐々に追いつかれて来ている。なら、僕は――」
立ち止まったライドにルピスは全てを察した。
「戦うんだね、ライド」
ルピスはライドの後ろに回り込んだ。そして、彼と同じ方向を力強く見据える。
狼狽えることも、泣き出すこともしない。すでに彼女の中には覚悟が完成されているのだ。
「ルピス、そうやって君はいつもいつも……。君、何歳だっけ? 同い年だから、……そうだ、僕と同じ二十歳」
「そうやって年齢言うの、良くない!」
ライドの視線は、ルピスの右手に向けられていた。
「僕が言いたいのは、どうして同年齢の僕よりも覚悟が決まっているのかってことだよ」
「? そうかな? だって護衛であるライドがやられちゃったら、私、辱めを受けたり、
「君、もうちょっと生きたいとか思わないの?」
いつの間に準備したのか、彼女の右手には短剣が握られていた。高潔かつ狂気じみた覚悟が形となったような白銀の短剣。
「生きたいよ? ライドがいればね」
ルピスは本気だった。
もしも彼が討たれたのを確認した刹那には、首筋に白銀の短剣を走らせるだろう。
ライドもそれは理解していた。もしも逆の立場になったのなら、自分もすぐに彼女の後を追っているだろうから。
だからこそ、負けることは許されない。
「じゃあ生きていられるよ。僕がこの場を切り抜けるからな!」
そのために、彼は戦う術を磨いた。
世界は魔法で満ちている。追手が使っていた炎の攻撃魔法の他に、無数に。
「あいつらを導いてやる」
ライドの身体にこの世界を構成する要素の一つである魔力がみなぎる。
精神力と魔力が混ぜ合わされることにより、人は、説明できない力を行使できるのだ。
人さらいたちがとうとう追いついた。
多勢に無勢。むしろまだ逃げていた方が生存の可能性が高いのではないか?
今の状況を見たら、誰もがそう思うだろう。
「へへへ。王女様、俺たちと一緒に来てもらおうか」
人さらいのリーダー格がそう言うと、部下は武器や攻撃魔法の準備をする。狙いは全て護衛であるライドへ。
ライドに反撃の用意は見られなかった。確認できたのは魔力だけ。魔法を使うための動作も、詠唱も、魔法陣も、何もしていない。
――否ッ! 彼は既に攻撃を終えていたッ!
「とりあえず、そこの護衛は殺せ!」
リーダー格がそう指示した直後。
“音”が近づいてきた。
「殺すタイミングなら、もうとっくの昔に過ぎ去ったよ」
轟音。腹の中で太鼓でも打ち鳴らされているかのような、一定のリズムで空気を振動させる。
人さらいたちはそれを視たッ!
「な……な、何だ、あれは……!?」
鈍色に光る巨大な体躯。
どんな悪路だろうが、難なく突き進む四つの駆動輪。
あらゆる万象を睨みつけるが如きフロントライト。
そう、様々な世界を観測してきた有識者の皆さまなら、既にこの存在が何なのかご存知であろう。
「転生しろォォォー!!!」
鋼鉄の猛牛が、人さらいの集団に突撃するッ!
哀れな人さらい集団はひとり残らずなぎ倒され、その身体を宙へ舞わせる。
その後、鋼鉄の猛牛はどこかへ走り去っていった。残された者たちに与えられたダメージは皆、甚大だった。
「ぐ……はぁッ……!?」
今の出来事に説明をつけられる者は、誰一人としていないだろう。
一番最後にはね飛ばさたのは、人さらいのリーダー格だった。手下たちは皆、絶命。
自分自身も命の灯火が尽きようとしている。その前に、リーダー格は力を振り絞って聞いた。
「なんだ……あれは? 魔法、なのか?」
答える義理はなかったが、冥土の土産とばかりに、ライドは教えてやった。
「――トラック魔法。あらゆる魔法が下手な僕に許された、唯一の魔法だ。お前はもうじきどこかの世界で、新しい自分に生まれ変われるだろう」
「トラック魔法……って何だ? “トラック”……って、何だ?」
「たぶんあの鋼鉄の猛牛の名前だろう。僕もそのトラックが何なのか、全く分からん。知っている人がいたら紹介してもらいたいくらいだ」
「何だよ……そりゃあ」
リーダー格の絶命をもって、戦闘が終わった。
「また助けられたねライド。ありがとう」
「良いや、君が無事で良かったよ」
「あの人達はどうなるの?」
「分からない。あの攻撃で死んだ者は、どこか別の場所で生まれ変わることになるんだ。だから僕は彼らにこう言おう」
いつかの未来、どこかの世界で、彼らは生まれ変わり、自分だけの物語を紡いでいく。
「転生完了! 今度はまともな人間に生まれ変われると良いな!」
トラック魔法によって生み出された攻撃で絶命した者は、みなそうなるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます