第2話 君への誓い
ライドがトラック魔法に開眼したのは、ほんの一年前だった。
魔法がとにかく下手だった彼はありとあらゆる書物を読み漁った。生活を支える魔法、戦闘に関係する魔法、道具作成、空間転移を可能とする魔法。目につく書物をとにかく読み、頭に叩き込んだ。
そんな中、彼は気づけば、トラック魔法を使えるようになっていた。様々な魔法の知識が頭の中で融合し、整理されていった中で、自然と導き出されたのだろう。
そう、彼は解釈していた。
「ねーライド。ライドのそのトラック魔法って、ほんと変わってるよね。ライドくらいじゃない? そういう魔法を使えるのって」
アルヴァリスタ公爵宅の客間。つまりライドの家でお茶を楽しんでいたルピスは、ふとトラック魔法について触れた。
彼女がその魔法を初めて目撃したのは、ちょうどライドがトラック魔法に開眼した時だった。
「そうかもね。君を守ることに必死で目覚めた力……くらいしか分からない魔法さ」
ルピス・フロール・シンクレティアは常に狙われている。当然、生きている方が良いが、大陸最大国家であるシンクレティア王国へ大打撃を与えられるなら、殺害もやむなしとされるほど、他国としては重要な存在なのだ。
「ねーライド、やっぱりシンクレティア王国の魔法研究機関でちゃんと調べてもらう? もしかしたら、すっごい大魔法使いなのかもしれないよ?」
「トラック魔法以外、魔法が下手くそな僕がか? 相当ヒロイックな物語になりそうだね。……そんな物には一切興味がない。君をしっかり守り抜くことが出来れば、それで良いんだ。だから僕はこのトラック魔法を極めたんだ」
「そっか! じゃあ今の話は忘れて! 私はライドが側にいてくれるなら、何でもいーや!」
お茶を一気に煽った後、ルピスはにへーっと笑顔を見せた。
(良く笑うようになったな)
昔のルピスを知っているライドとしては、本当に嬉しかった。だからこそ、彼はずっと彼女の笑顔を守り通したい。
これは、彼の誓い。
「ところでライド、リィスちゃんはどうしたの?」
「妹は父さんと一緒に領地内の視察に行っているよ」
「そっか。リィスちゃんと会いたかったなー」
「妹は泣いて悔しがるだろうさ。なんせ、あいつ、君を本当の姉みたいに思っているんだぜ」
「それ、“本当”にしたくないの?」
ルピスが上目遣いでそうライドに問うた。顔の角度、僅かな目の潤み、上気した頬。計算ではない、自然とそういう風になっているのだ。
彼女がその気になれば、一国を崩壊させられるだろう。そうライドは思っていた。
「公爵とは言え、僕は貴族だ、ただのね。そして君は大陸最大の国家であるシンクレティア王国の第一王女。この意味が分かるだろう?」
「いいえ、全然?」
「君なぁ~」
「ま、良いわ。今はそういうことにしておいてあげる。けどね?」
ルピスはピッとライドへ人差し指を向け、いたずらっぽく笑った。
「いつか君を、なりふり構わせないくらいにまで好きにさせてみせるから」
「……そう言えば、焼き菓子があったな。取ってくるよ」
「もー! ライド、そこは君も返すところじゃない!? 私に愛を誓うところじゃない!? ひどーい! ぶー!」
背中を向け、手をひらひらと振り、客間から退室した。
「……私の言っていること、ほんとなんだよ? ライド……」
小さく、絶対に彼に聞こえないような声量で、ルピスはそう呟いた。
「聞こえているって」
しかし、ライドには確かに聞こえていた。退室する瞬間に呟いていたので、ぎりぎり声が届いていたのだ
「許されるなら……な」
ルピスの言葉を、ライドは心の奥底にしまった。
なりふり構わせないくらい? そんなもの、とっくの昔にたどり着いた境地だ。
厨房へ行き、焼き菓子を回収したライドは、部屋へ戻った。
「ルピスー戻ったぞー」
「うわ! この焼き菓子、とっても美味しそう! もしかしてあの使用人ちゃん!?」
「あぁ、メルクラシーさんが作ってくれた」
「メルちゃん、ほんとすごいわね! うちの城に欲しいなー」
「止めてくれよ……ただでさえ、ウチ、使用人は最低限なんだから」
「天下の公爵家なんだから、もうちょっとお金使っても良いんじゃない?」
「そうは言うけどな。自分たちに付いてきてくれる者たちが一生懸命やってくれているんだ。無駄遣いなんて出来ないさ」
すると、ルピスは首を傾げた。
「自分たちが付いていこうとしている者がみすぼらしいって、何か嫌じゃない?」
「う……」
ルピスはたまにこうやってストレートに発言する。そして、その言葉には一定の正しさが込められていた。
無言で頷いたライドは、素直にルピスの発言を受け入れた。すぐに何か出来るわけじゃないが、今後の人生の糧と出来るだろう。
この話に飽きたのか、ルピスは話題を変えた。
「そういえばライドって、あの噂知っている?」
「噂? 何の話だ?」
「あれ~!? 知らないの~!? ぷーくすくす! ライド、君は少し情報収集に力を入れた方がいーんじゃない?」
それはまあ、楽しそうに笑うルピス。
彼女の楽しみの一つに、ライドへマウントを取ることがある。そのときのp彼の色々な反応を見るのが、彼女にとって至福のひとときなのだ。
「分かった分かった。僕の負けだよ。今日からやっていくから、早く教えてくれ」
「ふふーん。その噂とはずばり!」
さんざん“タメ”た後、ルピスはは言った。
「――魔に堕ちた勇者の噂」
彼女の表情は真剣そのものだった。
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