第15話 失意のライド

 ――この手紙を読む頃には、私はライドの前からいなくなっているんだね。


 そういった書き出しで、ルピスからの手紙が始まっていた。

 ライドはあえて声に出して読んだ。心の中で読むだけなら、気が狂ってしまいそうだから。ライドの部屋には重い空気が漂っている。


「私は魔王さんに付いてきます。だってライドは私のこと、好きじゃないんでしょ? だったら、良いよね? ごめんね――か」


 ライドの手には酒が並々と注がれたグラスがあった。一気に煽る。喉が焼けるように熱い。だが、今はこの苦痛が心地良い。

 彼は今、酒に逃げていた。酒が与えてくれるこの感情に、ただ身を任せていた。


「何やってんだろうな、僕」


「そうだよお兄ちゃん」


「リィスか……何しに来たんだよ」


「こんな所で何してんのかって聞いてんの!」


 リィスは事情を知っていた。魔王が消えた後、ルピスがいなくなったことに気づき、ライドを介抱したのは妹だったのだ。

 彼女は一切取り乱していない。リィスも波乱万丈の人生を送ったアルヴァリスタ家の一員。思うところは確実にある。だが、それを口や顔に出していないだけだ。


「僕はみすみすルピスを行かせた臆病者だ。今さら何をすればいいんだ」


 更に酒を煽るライド。

 リィスはその姿を哀れだとは思っていなかった。


「本気で言っているの? その手紙を見て、そんな感想しか出ないの?」


 ずかずかと歩み寄る妹。リィスはルピスからの手紙を引ったくると、それをライドの顔に押し付けた。


「ほら! よく読んでよ! ほんっとうにそんなこと思ってるのか、良く見て!」


「何を言っているんだよ……」


 酒でぼんやりとしている視界の中、ライドは手紙を見つめる。


「リィス、これを何度読んだって、変化なんてあるわけ……」


 いくら読んでみても、心が抉られる。だが、最愛の妹が言うからには、ライドも本腰を入れて、読むのであった。


「もう! お兄ちゃんはほんっと鈍感! もー! じれったい! ごめんねルピスお姉ちゃん……」


 リィスが小さく懺悔しながら、ライドから手紙を取り上げた。

 すると、リィスはその手紙に魔力を流し始めた。


「ほら! 見てごらんお兄ちゃん! ルピスお姉ちゃんの真意を!!」


 ライドの顔に、紙が押し付けられる。


「ぶべっ!」


 魔力に反応し、紙全体がほんのりと輝きを放った。じっくりと見ると、そこには光で出来た文字が浮かんでいる。


「これは……!?」


「読んでみてお兄ちゃん。これでも動く気がないなら、私はもうお兄ちゃんをお兄ちゃんと呼ばない」



 ――迎えに来て。ずっと、待ってる。



「こ……れ、は」


「ルピスお姉ちゃんが何も考えずに、こんな文面にするわけないじゃない。だから私は色々と試してみた結果、これが分かった」


 ライドの耳に、妹の声は届いていなかった。この一文に込められた意味をライドは咀嚼していた。それを理解していたリィスは笑顔で小さくうなずき、部屋から退室した。


「ふぅ」


 リィスは自分の右手を見る。かすかに震えていたことに気づき、まだまだメンタルコントロールが出来ていないと自省する。


「でも、もうお兄ちゃんは大丈夫。だから私は二人が帰ってきた時のために、パーティーの用意をするんだ。頑張ってね、お兄ちゃん」


 力強いリィスの視線が、扉の向こうへ注がれた。



「……水」



 水が入ったグラスを掴んだライドは、それを頭から被った。キンキンに冷えた水が、今のライドを洗い流す。すぐに濡れた衣服を脱ぎ捨て、新しい服に着替えた。身支度を整えた後、ライドは窓のへりに手をかける。


「――ライド様」


 声が聞こえた。同時に、首筋に冷たい感触。ライドは振り向かず、こう言った。


「シュガリスか、どうした?」


「腑抜けた面を一発引っ叩きに参りました」


「そうだったな。さっきまでの僕なら、それを甘んじて受け入れただろう。でも――」


 ライドはシュガリスの方を向き、突きつけられた剣を素手で握りしめた。彼の手のひらから、血が滲んできた。


「それは受けてやれないな。ルピスに会う顔がなくなってしまう」


「ライド様はルピス様の救出に向かわれるのですか? 何のために?」



「愛の告白をしに行く。僕はもう、これ以上自分の気持ちに嘘はつかない」



「そうですか。そうですかそうですか。ならば、このシュガリス、剣を収めます」


 ライドが一度瞬きをしたら、既に剣が消えていた。


「ルピス様の従者として、ライド様に一つだけお願いがございます」


「うん、聞こう」


「どうかルピス様と二人で、笑顔で帰ってきてください」


「無論」


 ライドは窓を開け、外に飛び出した。

 どこからともなくトラックが一台走ってきて、ライドを乗せた。


「このトラックは一度覚えた魔力を辿り、その発生源まで運んでくれるトラックだ。更にルピスの魔力も同時にサーチしている。頼むぞトラック、僕を魔王の所へ連れて行ってくれ!」


 ププーッと、まるで返事をしたかのようにクラクションが鳴り響いた。

 いまやこのトラックとライドは一心同体。

 奪われた大切な存在を取り戻すため、ライドは気持ちを新たにし、最終決戦の場所へと急ぐのだ。


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