冬の花は融け芽吹く
雪花がちらつき始めた冬の朝。
寒くも、あの煌々と降り続く雪の花を一目見たいと『君』が我儘を言う。
だから私は『君』の手を取って、あの白い世界へと飛び出すのだ。
* * *
その日、
友人の名は山田
四季は与四郎を部屋に招き入れ茶菓子を差し出す。茶をすすり落ち着いた頃、四季が与四郎に問うた。
「与四郎、今日は
「なに。こいつの手入れを願いたくてな」
与四郎が四季に差し出したのは四季が彼の為にと打った
彼は武士であった。元服祝いにと四季が打ったその打刀には、雪の刃文が焼き入れてあった。名を『
「拝見します」と四季が打刀を手にする。すらり、刀身をさらけ出すと刃こぼれが少し見受けられた。
「……よく使っているな」
「ああ。相手の骨を断つには、こいつは絶品よ」
「あまり私の
彼の仕事柄、仕方ないかと四季が苦笑する。
与四郎は藩の
『私の刀は、人を斬るためのものに在らず。』
そう豪語しているものの、その実、刀とは殺人道具であることに変わりはない。
四季は血に染まりゆく
* * *
奥の工房に向かい、与四郎の打刀を鞘から抜く。
入口の壁に体重を掛け四季を見つめていた与四郎が口を開いた。
「そういえば宗治。『雪花』はどうした」
ぴくり、と四季の手が微量に震えた。手もとは狂わなかった。
「そこに」
視線は『雪月』から目を放さず、与四郎のいる入口に立て掛けてあると彼に伝える。与四郎は『雪花』を手に取り、その刀身を鞘から抜いた。
『雪花』の刀身が淡い
「……最近人に使ったのか?」
「いや。手折りに使ったが、それ以外は」
「そうか」
与四郎はこの時、可笑しいと思っていた。
何故なら『雪花』の刃文に紅い錆が付いていた為である。
「……与四郎、お前の言いたいことは大体理解しているよ」
四季は作業を中断し、部屋へと戻った。与四郎は四季の後を付いて行く。その背中は物寂し気であった。
* * *
雪花とは、
それは死の象徴であると四季は思っている。
四季の記憶は過去へと誘われる。
十五年前のある雪の降る冬の日のことだ。四季は最愛の妹を亡くした。
四季
雪は当時十五歳であった。彼女は、隣村の和菓子屋の若旦那との婚約が進んでいた。二人は、とても似合いの二人であった。
四季は可愛い妹の門出をとても楽しみにしていた。彼女とは五歳差の兄妹であったが、両親が幼い頃に他界しており彼女を娘のように育ててきた四季にとって感慨深いものがあった。
しかし、事態は急変する。
ある時、一通の文が雪のもとへ届く。内容は――破談、つまり婚約解消であった。
雪は絶望した。
信じていた人に裏切られたと思った。愛している人に捨てられたと思った。
彼女は絶望し、来る日も来る日も泣き、泣き、泣き、体中の随分が全て枯れるくらいに泣き続けた。
心を壊した妹に、四季は兄として、親代わりとして声を掛けてやることができなかった。憔悴しきった雪は、その冬、ついに起きることができなくなった。
ある日のこと。その日はとても寒い日であった。
朝日を浴びさせようと部屋の戸を軽く開け、雪に優しく声を掛ける。返事はない。分かっていたことだった。
外を見れば雪が積もっていた。真白の雪だ。純粋無垢で、見ていて綺麗だと感じる反面、今はその姿が憎くも思えた。
不意に、雪が外に向かって走り出した。なんの前触れもない行動に四季は動揺する。すぐに彼女を止めようと腕を掴む。瞬間、腰部分に違和感を感じた。
腰に差していた無銘刀を、奪われたのである。
あぁああぁああ――
雪が、叫びながらその無銘刀を振り回す。刀の重さなど関係がないのか、一心不乱に振り回す。ときどき、切っ先が袖や腕や足に引っ掛かり、小さな傷を生んでいく。そんなことなどお構いなしに彼女は心のままに刀を振り回し続けた。
真白な雪の中に、赤い染みができていく。
「――おゆき……!」
彼女の白い肌に次々と切り傷ができていく。痛みや冷たさなど無視して暴れる彼女を、四季は抑えようとした。
しかしいくら男と女の力加減の差があるとはいえ、狂心である雪の力は四季を
「おゆき、落ち着け、大丈夫だ」
「ああぁああ……」
雪は治まることを知らない。
それほどまでにあの男のことを好いていたのか。
あの男は、家の為、他の女を取ったのだ。お前が傷つく理由はない。
四季は雪の体を温めるように、力強く抱き締める。
冷たい体。赤く染まる着物。切られる足。痛みとの戦い。
泣き崩れる体。雪の冷たさに身震いしながらも四季は彼女の手から落ちた無銘刀を鞘に納めた。
ごめん、ごめん、四季は誰に対してでもない言葉を、彼女の体を摩りながら呟く。彼女はただただ泣き続けた。
雪の血を吸った無銘刀はやがて雪花の刃文を焼き入れられる。
淡い紅色を帯びたその刀は『雪花』と命名された。
『雪花』が完成した翌日、雪は死んだ。心身の過労による衰弱死であった。
血を得た刀は四季家では手折る習わしであった。
けれど、四季はできなかった。できるはずも、なかった。
『雪花』は愛する妹の半身である。生きた証である。
そう想うと彼は手折ることなどできなかった。
* * *
部屋で茶を啜る四季は、亡き妹のことを想い出していた。
与四郎はそんな四季を横目に茶菓子をつまんでいた。
「変わらないな、与四郎は」
「ん?」
「変わってくれるなよ」
いつかの雪のように。心でそう呟いた。
四季は外にちらつく雪の花を掌にのせる。
雪融けに芽吹く花を待ちながら、彼らは降る雪花を眺めた。
四季のたおりびと KaoLi @t58vxwqk
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