秋の蜻蛉の行く末
紅葉が色づき始めた頃。
『
四季はその友人の依頼で奉納した
「ああ、四季殿。長旅お疲れ様でございます」
寺院の門前に、人影が現れる。彼の友人であった。四季は一礼し門の端をくぐり、友人に挨拶を返した。
「私もいい機会でしたから。長旅、楽しませて頂きました」
「そうでございましたか」
四季と友人は微笑み合った。
立ち話もなんですから、と友人が寺院内へと四季を誘導する。
庭の紅葉を見ていた四季が足を止める。
目の前に現れたのは今回の依頼品である御神刀。
名を、
『秋津紅葉』は、紅葉の刃文が施されている大太刀である。
諸説あるが、日本では古く
しかし、少しばかり様子が可笑しいと四季は感じた。『秋津紅葉』から、何か
四季は「失礼」と断り『秋津紅葉』を手に取った。ガチャリ、と鞘から刀身が抜かれる。
刀身は、不自然に
「……これは……」
四季は顔を
隣に控えていた彼の友人に問う。
「……この
「……いえ、わたくしは何も……。もしかすると和尚様が何か存じているかもしれません」
「詳しく、お話を聞きたいのですが、和尚にお会いできますか?」
四季は余裕の無い表情で友人に迫った。友人は事の重大さに気づいたのか、早速和尚を探しに出た。
四季は考えていた。この不自然な錆び方の原因を。
だが、導き出される結論は一つのみである。
* * *
和尚が四季の待つ部屋へと現れた。
「四季殿、お待たせいたしまし、」
「和尚。単刀直入にお尋ねする。私を呼んだのは、手入れの件ではございませんね?」
四季は和尚の言葉を
「――……これは、人殺しに使われましたな?」
四季の言葉に、和尚は息を呑んだ。
「この錆び方は不自然にございます。人を殺さなければこうはならない。……血を吸い、味を憶えてしまった『秋津紅葉』を手折る為、私をお呼び立てしたのですね?」
和尚は、その重たい口を開いた。
「…………その通りでございます」
「……なるほど。下手人は
「下手人は既に捕らわれております。この蜻蛉寺に、恨みを持つ者でございました。御神刀を持ち出し、幾人かの僧らを斬り捨てました」
「
そう呟く四季の口角は、怪しげに上がっていた。
「『秋津紅葉』は
「…………四季殿。手折りを、お願いできますでしょうか」
「……心得ました」
* * *
蜻蛉寺の裏にある庭園には楓の木々が沢山生えている。木々は生い茂り、その色は血のように燃えるような紅であった。
庭園に囲い台をつくり、その上に鞘から刀身を抜き出した『秋津紅葉』を置く。
錆びれが生じた部分を四季は撫ぜる。
愛おしく、
四季は、
その刀は四季が初めて打った、失敗作である。
その刀は手折る為に作られた、失敗作である。
「……我が子を
四季は刀を天へと差し、そして振った。
刀は煌めきを帯びて『秋津紅葉』の刀身に
四季は刀を一振りして鞘へと納めた。キン、と納まる音がすると和尚が静かに四季に近づき、一礼した。そして折れた『秋津紅葉』を眺めた。その表情は、憑き物が剝がれたような表情であった。
「……お見事でございます、四季殿」
「……いえ。また、この蜻蛉寺には御神刀を奉納しに参りましょう。同じ『秋津紅葉』を」
ふ、と四季が微笑む。
友人の僧が四季に近づき「大丈夫ですか」と聞く。何故そのようなことを聞くのか、四季にはその理由が分かっていた。
「……『手折る』とは……作業ですから。我が子とはいえ、所詮は物。役目を果たせないのなら、
「それでも、丹精込めて作られた物ではありませんか……。心中、お察しいたします」
「……相も変わらず優しいのですね」
四季は、微笑んだ。哀し気に微笑んだ。
* * *
折れた『秋津紅葉』を持って来ていた風呂敷の中に優しく包み込む。まるで我が子をあやすような目をして、包み込む。和尚と友人がそんな四季を優しく見つめていた。
ふと、四季が和尚に振り返る。
「……ああ、和尚。帰る前にもう一つだけ
「ああ。もうその時期でしたか」
「ええ。ですので花を頂いても宜しいですか?」
「勿論でございます」
四季は手向ける花を和尚から頂き、そして墓のある裏庭に向かった。
この蜻蛉寺には、四季の亡くなった妹の墓がある。
彼女が亡くなってから、実に十数年の時が過ぎていた。
四季は和尚から頂いた花を墓前に供える。そして手を合わせた。
彼の背中からは、哀愁でも愛でもない、憎悪の念が垣間見えた。
和尚が後ろに控えていた。
「……
「…………ええ……」
四季は無意識に、腰に差している刀の柄を握った。
刀――『
「……あの出来事を許すことは一生できますまい。私は、自分を許したいとは思わない。許されたいとは思わない。ただ、彼女に、申し訳が立たないのですよ」
不意に、
まるで四季たちを誘惑するかの如く、
ふわりと風に揺られて去って行った。
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