神々のお茶会

 温泉に浸かるアティアは自分の胸を触った。

「揉んだら、私も蛇女みたいにボンって大きくなるのかな?」

 なんて考えてみたが、自分で自分の胸を揉むのは虚しくなりそうでやめた。


 それになんだか、急に怒りが込み上げてきた。

 蛇女とゴーディーの激しい口づけが頭から離れない。


「う~ん。なんだか、やっぱり許せない!」

 アティアはサッサと身支度を整えて踏み台を持ち、ゴーディーを神殿の外に引っ張り出した。


「アティア? どうした?」

 ゴーディーは、戸惑った。

 自分が、何かとんでもないことをしてしまったのはわかる。でも、記憶がないから、何をしたのかわからない。アティアに何を、どう謝ればいいのか、さっぱりわからないのだ。


 アティアは、無言のままゴーディーの手を引いている。周りに誰もいないことを確認すると、持っていた踏み台をバンっと置いた。


 それから、怒った顔で踏み台に上がり、仁王立ちをする。背の高いゴーディーと目線が一緒の高さになると、真正面からゴーディーを睨んだ。


「なっ、なんだよ。俺が何をしたのかよく分からないけれど、ごめん! 謝るから許してくれ」

「ううん、駄目よ! どうしても許せないことがあるの。ゴーディー、目を閉じて!」


「えっ? なんでだよ」

「いいから! 閉じて!!」


 恐る恐るゴーディーは、ぎゅっと目を閉じた。


「いい? 絶対に目を開けちゃ駄目だからね!」

「わっ、わかった」


 アティアはゴーディーの頬を両手で挟んだ。

 それから、強引に口づけをした。

 それはなんだか、怒っているような強い口づけだった。


 驚いて、目を開けるゴーディー。

「……?」

「ふん! 蛇女の毒消し!!」


「どくけし……?」

 あのとき朦朧としていたゴーディーには、アティアが何を言っているの分からない。何に対して怒っているのかも……。

 ただ二人の初めての口づけが、こんな形で終わったことを残念に思った。



    ♢      ♢



 ゆっくりではあったが、セレンは自分を取り戻しつつあった。


 どうやら、数年前に母親が病に倒れ、亡くなってしまった現実を受け入れずにいたらしい。そこを、あの蛇女に利用されてしまったようだ。


 今では、キメリアの生活にも慣れて、同い年のアティアと仲良くしている。

 ゴーディーは、そんな二人を温かく見守っていた。



 シヴュラの屋敷では、よく神々のお茶会が開かれるようになっていた。


「なんでじゃ? なんで、ここでお前さんたちがお茶を飲む?」

「おばば、いいじゃない。ここ、居心地いいのよ。ねっ、オルクス。アポロ」

「あぁ」

「その通りです」


「ふん。こんなに神に集まられると、わしはお迎えに来られているようで嫌なんじゃがな」

「おばばは、まだまだ死なないわよ。安心して」

「そうですよ、我が花嫁さん」


「おぉそうじゃ。アポロよ。わしは生まれ変わっても、またお主に会えるのか? オルクスのように、何度も何度も巡り会えるのか?」

「それは……」

 アポロは、返事に困った。


「そういうもんか。オルクスは、ローゼストの魂だけを守っておるというのに、アポロは薄情もんだのぅ」

「だからそれは、オルクスが変なんですって!」

「おばば、アポロは女好きだから、仕方ないわよ~。でも、私もオルクスは変人だと思うわ」 

 

 話題が、自分のことになったので、オルクスは無言で消えた。

「あっ、オルクスが逃げたわよ。いつまでも紅い瞳を回収しないものだから、オルクスの右目はずっと義眼のまま。それで良いっていうんだから、変わってるわよね~。オルクスみたいな愛し方も一種の溺愛っていうものなの?」

「溺愛とは違う気もします。でも、ローゼストに溺れた愛といえるような気がしないでもないですね」


「でしょう~。だって、ローゼストが男に生まれ変わっても、今みたいに寄り添っているのよ~。凄いわよね。ちなみに私は、イケメンだけが好きよ」


「ほぉ。オルクスの愛は、そこまで深いのか…… 羨ましい」

 ばば様はポツリと呟いて、ウェヌスが用意してくれた美肌になるお茶をすすった。

 

 

   ♢       ♢




 かつてオルクスが愛したローゼストは、もういない。

 魂は何度も生まれ変わるが、それはローゼスト本人ではないのだ。

 ただ、生まれ変わる魂の中でローゼストの面影を持つ少女に出会うことがある。そう、アティアもその一人だった。


 オルクスは、アティアを通してローゼストを感じた。それは、懐かしくもあり、愛おしくもあり、切なくもあり、苦しくもある。

 神とはいえ、誰かを愛すると心が激しく揺れ動くのだ。


 紅い瞳を回収してしまえば、もう人間に心を翻弄されることはないのかもしれない。神として、穏やかな時間を送ることができる。

 わかっている。わかっているが、決して紅い瞳を回収しようとしない。ローゼストとの約束を守り続けることが、オルクスの愛し方だった。

 

 オルクスは「神愛の刻印」を持つ人間が、転生するたびに寄り添い守り続ける。今もなお……




                完


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神愛の刻印 月猫 @tukitohositoneko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ