心の声

 松浦が通報しようと携帯を取り出した時、便器の横の黒い物体が目に入った。驚いた。それは松浦が持っているはずのスタンガンだった。


──なぜこれがこんなところに?──


 それは少し考えればわかることだ。新玉はにこのスタンガンで自由を奪われ、そして便器の水で溺死させられた……となると、持ち主である松浦が疑われるのは火を見るより明らかだ。


──逃げろ──


 松浦はその心の声に従い、スタンガンを拾ってポケットにしまい込み、新玉の住居から飛び出した。


 なりふり構わず、ひたすら走って、走って、走りまくった。

 するとパトカーのサイレンの音が聞こえた。つい逃げようとしたが怪しまれ、パトカーが松浦に横付けし、中から二人の警官が出てきた。

「すみません、この近くで事件がありまして、お話し聞きたいんですが……」

 まずいことになった。と、松浦はついポケットに目を向ける。それに気づいた警官が、「その中のものを見せて下さい」と言った。仕方なく松浦はそれを出して見せた。

「どうしてこんなものを所持しているんですか?」

「そ、それはですね、前に不良に絡まれたことがあって、それ以来護身用に持っています」

「実は今回の凶器、スタンガンなんですよ」

 二人の警官は一気に疑いの目を向けてきた。もはや犯人扱いだ。

「そ、それはすごい偶然ですね」

「とにかく、署の方でお話し聞かせてください。どうぞ」

 有無を言わさず、警官たちは松浦をパトカーに乗せた。そして、警察署へ連行していった。


 案内されたのは、昭和の刑事ドラマで見られるような、古臭く無機質な取調べ室だった。そしていかにも昭和風の捜査官がやって来た。

「刑事課の猿渡啓一郎さるわたりけいいちろうです。これから取調べを行いますが、あなたには黙秘権がありますので、自分の不利になることは無理に言わなくても構いません」

 そう言う猿渡の目はギラついていた。

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