娑婆

「もう帰っていいですよ」


 その一言だけで何の説明もなく、松浦は釈放された。果たして容疑が晴れたのか、今ひとつモヤモヤして確信がない。

 家に帰って天井を見上げると、水漏れの痕がしみになっている。

「長かった……」

 ソファーに腰掛けると、一気に疲れがドッと噴き出した。このまま眠るにも疲れ過ぎていた。ただボーッと宙を見つめる。

 その時、ピンポーンと呼鈴が鳴った。香取が訪ねて来たのだ。

「釈放おめでとうございます」

「はい、お世話になりました。……でも、あまり実感がないんですよ。いつまた後ろに手が回るか……心のどこかにそんな恐れがあります」

「大丈夫ですよ。スタンガンも、あなたの逆襲に警戒した新玉さんが盗んだと判明しましたし、警察も女性関係の怨恨の線で捜査を進めています」

「そうですか、少し安心しました」

「それで早速で申し訳ありませんが、こちらが報酬の請求書となりますので……」

「はい、拝見します」

 松浦は請求書を見た。大方想像はしていたが、かなりの高額だ。

「では私はこれで」

 と帰ろうとする香取を、松浦は引き留めた。

「ちょっと待って下さい。ひとつお聞きしたいことがあります」

「聞きたいこと……ですか?」


 香取が振り返った。


「ええ。新玉さんを殺したのって……香取先生、あなたですよね」

 その時、香取の顔が一瞬引き攣ったのを松浦は見逃さなかった。

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