不幸中の幸い

「取調べと言うのは、多かれ少なかれ経験のある捜査官が行います。それに対してほとんどの被疑者は初めての経験です。つまりプロ選手と初心者が試合をするようなもの。だから万全の対策を練っておく必要があります」

「どんなことに気をつけたらいいんですか?」

「こちら側に有利なアイテム……つまり黙秘権を活用することです。捜査官もそれは良くわかっていますから、何とか被疑者に〝伝家の宝刀〟を抜かせないように仕向けて来ます」

「はあ……」

 ますます松浦は心細くなる。

「その上で、こちらに有利な捜査をしてくれるように誘導します。実際に捜査するのは警察ですから」

「え……香取先生が調査してくれるんじゃないんですか?」

 香取は首を振った。

「私は探偵になることは出来ません。それがきまりですから」

「つまり、弁護士には捜査権がないということですか」

「そうです。ドラマでは検察や裁判所が捜査したりしますが、現実には警察の捜査でほぼ決まります。つまり、送検までが勝負と思って下さい。事件当時、松浦さんがスタンガンが盗まれていたことを、警察自身に発見させなくてはなりません」

「そんな……僕はただでさえ人を説得するのが苦手なんですよ。香取先生に立ち会ってもらえないんですか?」

「アメリカでは取調べに弁護士が立ち会う権利が保証されていますが、日本ではほとんどの場合断られます」

「しかしあの猿渡っていう刑事、昔ながらの鬼刑事って言うか、この前だって机ぶっ叩いて脅かすんですよ」

 すると香取の表情が変わった。

「机をぶっ叩いたんですか?」

「ええ。最近は色々うるさくなって、取調べも紳士的になったとか聞いてたんですけど、実際はああ言うのがまだいるんですね」

「松浦さん、それは不幸中の幸いかもしれません」

「え?」

「おっしゃるように、近年では取調べについて規制が厳しくなっています。被疑者を暴力的に脅したり威圧したりすれば問題です。そういうことがないよう監視するために立ち会いたいと申し出れば、或いは認めてもらえるかもしれません」

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