mgw005.prj_勇者の帰りを待つ為に留守番する場所も変える

.


 ギリシャ、エーゲ海における巨大ロボ『リゾルバイン』とメイルストロムモンスターとの戦闘から2日後。

 日本は火曜日となっている。


 洋上での戦いにもどうにか勝利した薪鳴千紘まきなちひろであるが、今回もリゾルバインは派手に破損してしまった。

 巨大蛇にヒレか羽のようなモノが大量に生えているモンスターに海に引きずり込まれ、海中で振り回されて滅多打ちである。

 今回こそは使うまいと思っていた無限エネルギー機関『ゼロインフィニティー』も、結局使ってしまった。


 最終的に、ドリル叩き込んでモンスター丸ごと回転させて海底に叩き付けて粉砕したものの、ハードウェアソフトウェア共に反省点の多い一戦となった。

 外観のカッコよさとか子供受けとか考えているとロクなことにならない。


 そんな悔恨をしながら、いつものように昼休みの教室でタブレットPCを叩いていた千紘。

 サンドイッチを咥えている一方、液晶画面から目を離さずリゾルバインを修理するシステムに命令を出し続けている。

 そこへやって来たのが、先週土曜日に自宅へお邪魔したギャル、猫谷美鈴ねこやみすずとギャル友であるお洒落ボブのダウナー系ギャル、星崎慧ほしざきけいだ。

 放課後の勉強会における千紘の生徒でもある。


「スマホがすぐ熱くなって、バッテリーもすぐにヘタれるんだよねー」


 二言三言あいさつ代わりに言葉を交わした後、テンション低く切り出された本題が、それであった。

 差し出されたチョコミントアイスのような外装のスマートフォン。

 受け取ってみると、なるほど確かに一瞬火傷するかと思わせるほどの熱を発生させている。

 当然ながらそのエネルギーは内蔵するバッテリーから供給されているワケで、「コンビニで電池買いまくりで金かかるのよー」とダウナーギャルはボヤいていた。

 

「それはいいんだけど何故オレに?」


「薪鳴、こういうの得意っしょ?」


 サンドイッチ飲み下して疑問を口にする千紘に、あっけらかんと当然のように答えるギャル。

 いったい自分のスキルをどう思われているのか、と眉をひそめざるを得なかった。

 ギャルの前で見せたのは3Dプリンタでの造形ができる部分だけだったはずだが。


「得意じゃないけど……まぁ見てみようか」


 忙しいし関わるのめんどくせーな、と思わなくもない千紘だったが、少し心当たりがあったので、スマホの状態を見てみる事に。

 仕事でも使う電子機器の多目的ケーブルを取り出し、チョコミントのようなスマホと自分のタブレットPCを有線で繋ぐ。

 スマホのOSをタブレット側で開き、実行中のプログラムやコマンドを参照するアプリや、通信テレメトリの監視アプリを次々に立ち上げていた。


 相談を持ち掛けたギャルたちであったが、思いのほか素直に助けてくれるので少し意外に思っている。

 思い返してみれば、放課後の勉強会でも分からないところは教えてくれるし質問には答えてくれていた。

 付き合ってみれば、単に不愛想な男子生徒である。


 それから1分もしないうちに、千紘は自分の予想が当たっていたのを確認していた。


「やっぱ不正アプリだな……。リモートでこのスマホを操作できるようにして、GPS情報や写真とかをこのIPへ送信するようになってる。

 通話状態にすれば音も聞けるしカメラからこっちを覗くこともできるね。バックグラウンドで常に動いているから、そりゃバッテリーの消耗も早いだろう」


 タブレットの画面をギャルふたりの方に向けるが、どちらも目を丸くするばかり。


 一見してそのスマホのユーザーに分からないよう、表側に出てこないアプリをインストールし行動を監視するという行為は、たびたび問題としてニュース番組でも取り上げられていた話題だ。

 ギャルズから話を聞いた時に、千紘はすぐにこの可能性に思い至っていた。

 それでスマホで動いているタスク一覧を見たら、大当たりということである。


「キモッ!? なんでそんなもんが入ってんの?」


「んえー……? そんなアプリ入れたかなぁ?」


「普通自分で入れるようなアプリじゃないね。一応イベントログ見て確認もしたけど、アドレスのクリックやメールの添付ファイル経由じゃなくて、このスマホからアプリのあるページにいって直接ダウンロードしていた。

 だからこのスマホを実際に操作してアプリを入れているワケだけど…………」


 嫌悪感丸出しな顔になるギャルに、おっとり首を傾げるダウナーボブ。本人にそれほど危機感がない。実感も湧かないのかも知れない。


「んーまぁ消せば終わりジャン? 消せるでしょ?」


「そりゃね……。普通は専用のオーガナイザーを使わないと操作はできないようになっているけど、今できるよ。

 ただ消すと送信が途切れるから相手にもそれが分かるね。ストーカーのたぐいだと少し危なくなるかもよ?」


 被害者のダウナーボブではなく、下がり目金髪ギャルの方が身を乗り出してくる。


 アプリケーションを消すこと自体は簡単だった。本来はアプリの管理も専用ソフトでやるよう一元化されているスマートフォンだが、千紘なら簡単に迂回できる。

 だが、モノが監視アプリである以上、その削除は犯人に事態の露見を知らせる行為でもある。

 危ない相手であった場合、どのような行動に出るか分からないという事でもあった。


「マジで? そんな事あんの?」


「えー? マジストーカー?」


「アプリの用途を考えれば、監視目的なのは間違いないだろ。なら、アプリが使えなくなったからってそれを諦めるか? という話だな。どう思う? 判断は任せるよ」


 アメリカ人的に両手を軽く持ち上げフリーハンドの意思を示す千紘。無意識。

 戸惑いのギャルふたりは、ようやく事の深刻さに気付いたようで、表情も曇っていた。


「逆探とかで犯人分かんねー?」


「IPの通信履歴をサーバー辿たどって調べなきゃならないから、個人じゃ無理だな。電話会社のサーバー見る許可なんて出ないし、個人情報だから聞いてもダメだろ。

 警察のサイバー対策部署なら調べてくれるかも知れないけど…………一応言っておくけど、この手のアプリは両親や家族が子供の監視に使う事もある。もしそうなら、ちょっと面倒なことになるかもね」


 元凶をどうにかするべきでは、という結論に至ったギャルであるが、淡々と答える千紘の話で苛立ったように仰け反った。

 当事者であるダウナーギャルは、もう飽きたのか爪を弄り始めている。ネイリスト志望。


「ケー、どうするー? 家族かも知れないって。警察に言ったあとでそんな事になったら最悪じゃんね」


「ていうかケーサツとかメンド過ぎるからパスかなー。もうアプリ消すだけでいいよー」


「おケイ、ストーカーに付きまとわれてんの? ヤバくね?」


「心当たりとかは?」


 慎重な姿勢になる金髪ストレートギャルだが、もはや投げやりになっているオシャレミドルボブ。

 ここに加わる、日焼けした前髪縛りギャル。

 千紘が犯人の目星を問うが、当人は首を横に振るだけだった。


 被害者本人がそう言っているし、千紘もそんな必死になる理由もないのだが、危険なストーカー説が完全には否定できない以上、このまま放置というのもスッキリしない話だ。


 実は電話会社のサーバーへのハッキングは難しくないのだが、違法行為なのでもう少し合法的で迂遠な手段を取ってみようと思う。


「星崎、SNSやってる? ホームページやフェイスディスプレイは?」


「えー? ネイルの画像載っけたりしてるけどー」


 個人が通信ネットワークを使い世界に情報を発信できる時代だ。

 ダウナー女子の星崎慧も、多種多様に提供されている無償のネットワークサービスのひとつを利用し、自分の趣味の画像や活動内容を専用ページに掲載していた。

 それも、一般人の平均からするとかなり積極的に多くの情報を上げている。


 そして実は、これらの情報から個人情報まで繋げるのは不可能ではない。

 ネットワーク利用の常識からして、プライバシーに関わる情報やそれに繋がる情報を掲載しないのは近年は小学校でも教える鉄則である。

 だが、その他の細かな情報を収集、統合して個人を特定しようというメソッドは、既に政府や繋がりのある企業の研究対象となっていた。

 ネットに溢れる膨大な情報。

 利用した店の名前、視聴した番組、足を運んだ場所、頻繁に使う交通手段、偶然目撃したアクシデント、立ち寄ったイベント、思想や信条、フォローしている人物、購入した物品、掲示板への書き込み。

 これらをAIなど自動のデータ収集システムを使い集積し、そこから個人の輪郭を浮き彫りにさせるのだ。

 極論すれば、何かひとつネット上で呟いただけでも、それを他の情報と相互参照すればかなり発信者に近づけるという事でもある。


 千紘がやろうとしているのも、この技術の応用だった。

 世界最高のAI『アドニス』と量子コンピューターシステムを用い、ダウナーギャル本人が発した情報とそれを受け取りリアクションを見せるネットユーザーの情報を、バカ高い処理能力任せでネット中から集めていく。

 今回は、くまでも一般公開されている合法的なデータのみだ。

 本来はストーカー如きに使うようなモノではない。軍の通信ネットワークさえ丸裸に出来る代物である。


「この中で見覚えのある人物は?」


 それら情報の中から大勢の人間をリストアップし、可能性の高い順に並べてギャル達に提示した。


「うわぁ……元カレじゃん。懐かし」


「あーあ……」

「あー」


 そして、リストの一番上の男が、ネットストーカーの最有力候補者だったらしい。写真は本人のSNSより抜粋。

 気怠そうな態度を消し、おぞましいモノを見る目で低い声を出すオシャレボブ。

 『元カレ』、というセリフに、残念そうな声を漏らすギャル友たちであった。


 容疑者が出たところで改めて千紘が調べると、本人のSNSの一部にスマホ盗聴でなければ知り得ないオシャレボブのプライベート情報を確認。

 それも、とっくに付き合いがなくなっている最近のモノだった。


「こいつさー……ネイルとか『きょぎょう』? だし、水仕事の邪魔だとかさー、ナチュラルに上から目線で自分が絶対正しいマン、しかも理解のあるカレシ気取りなクセ外面ばっか気にするし。

 でも、そっちの家族とちょっと仲良かったからその時は絞めてもらったんだけど、結局別れたんだよねー」


「去年のクリスマス前だったっけ? シングルクリスマス悲惨ー、とか言ってたじゃんね」


 ダウナー女子の声色に混じる暗い感情。

 付き合っていたのは、顔が良くて最初の内はグイグイ引っ張ってくれる頼り甲斐のある男だと思ったから、だとか。

 なお、ギャル友たちも知っている相手だった。


「こいつストーカーになってるかぁ……。まぁ確かに性格的にありそうだわ」


「犯人分かったなら警察じゃね? 別に逮捕されてもいいっしょ、家族じゃないんだし」


「えー、でもあっちのお姉さんショップ店員のイケギャルでさー。アイツはどうでもいいけどお姉さんには悪いわ。気マズいし」


 犯人は分かったものの、対応には悩み続けることになるダウナーギャルと金髪ストレートのギャル友。

 容易にストーカーを切り捨てるワケにもいかない面倒な背景があるらしい。

 進退窮まったようにグッタリ座り込むギャルふたりだが、そこは千紘の机の上であった。正直ちょっと邪魔だ。


「どうすんのよ薪鳴」


 その上、当然のように金髪ギャルから意見を求められても困る。

 ストーカー犯罪も、一昔前に比べ警察による対応は大分効果的になっていた。SNSの発達でネットストーカー化しているだけという説もあるが。

 何にしてもさっさと警察に相談だ、とは思うのだが、それがダメなら別の方法で対処するしかない。


「とりあえずアプリの削除で成り行きを見るか、でなければ送信するデータに細工する、とかじゃないかな……。

 データ送信自体が続いているなら、相手もネットストーカーがバレたとは思わないだろう」


「なにそれ? どういうことよ」


「今のところスマホのアプリから送られているのは、GPS、通話、画像、テキストのデータ。

 これを、GPSはランダム関数噛ませて1キロ前後ズレるようにして、通話は音声を劣化させて、画像はファイルを壊す。テキストは復元できないように文字化けさせる。ついでにデータ量を圧縮して送信量減らしてバッテリーも持つようにしよう。

 データ送信自体は続いているワケだから、相手も判断に迷うだろうね」


「なにそれ……? どんな意味があるのよ」


 ダウナーギャルがおっとり首を傾げ、金髪の方は怪訝な顔で千紘をニラんでいた。

 非難というより、よく分からないのが気に入らないらしい。


 要するに、ネットストーキングは継続できているが、何が何だかよく分からない事になっている、とストーカーに思わせる攪乱かくらん戦法である。


 ストーキングがバレたと知れればどういう行動に出るか分からないが、その判断すら出来ないとなれば、次の行動にも迷うはずだ。

 少なくとも、既に男女の付き合いがないのに、ダウナーギャルのスマホを操作しアプリの具合を診るなどは不可能だろう。そもそも千紘だって素人にどうにかできるような細工はしない。MIT卒舐めんな。


「データをいじれば、とりあえず星崎のプライベートを盗み見られる事もなくなる。

 後はー……向こうはスマホのショートメッセージやSNSのテキストも覗いているだろうし、文字化けさせたメッセージの中にリンクのアドレスを仕込んでおくとか?

 アクセスすると警察に通報が行くヤツ。

 星崎が通報したワケじゃない、相手の自爆で事が警察にバレるワケだ。

 本人も盗聴アプリで拾ったアドレスにアクセスしたとは言えないだろ」


「なにそれそんな事できるの? こわ……」


「薪鳴ハッカーじゃん。ちょっと引くわー」


 散々千紘を悩ませておいて、このギャルである。


 とはいえアイディア自体は採用となり、千紘はすぐにアプリ改竄に取り掛かった。

 5分で終わった。

 これも、千紘の能力とスパコン並みの性能を持つタブレットPCがあればこそだが。


「うわ本当に全然違うところ指してんじゃん! ギャハハ使えねー!」


「ここどこ? 文書庫駅の倉庫? おケイこんなところでなにやってんのさ、ウケ」


 盗聴アプリの細工が終わると、そのデータを自分のスマホで受け取りギャル友たちが楽しそうに遊んでいた。

 GPSの座標データは10分ごとにランダムでズレる。

 現在のダウナーボブは、データ上では駅構内のド真ん中にいるらしい。

 なお、盗聴アプリを介さないデータ送信は正常な値が送信される仕組みだ。

 後は、ストーカー次第であろう。


 一仕事終えギャル共から放置される千紘は、気疲れを隠しながら自分の仕事に戻る事とする。

 時間は貴重だ。千紘にも、それに世界にも。

 次もメイルストロムの戦闘に介入するようなら、今度こそリゾルバインの性能は安定させておきたいところだった。


「なー薪鳴、俺のスマホもおかしいんだけどさー」


 だと言うのに、招かれざるクラスメイト再び。


 胡乱な目になりそうなのを我慢し千紘がそちらを見ると、背は高いが瘦せ型という男子が黒いスマホを持ってきていた。

 自分は別にスマホの専門家ではないのだが、という千紘のセリフなど知ったことではないようで。

 勝手に男子が進める話を聞かされたところ、本当に困っている様子。


 スマホもほぼ全世界全国民に普及しているとはいえ、未だそれなりに高価なデバイスだ。

 高校生の身では簡単に代わりも手に入れられず、しかしコミュニケーション手段として必須の為に、必死になるのも理解できた。

 なので、仕方なく診てみる。


「画面が全くつかねーのよ。パソコンに繋いでもスマホ側で接続許可出さないといけないから何もできなくてさー。マジでまいったわ」


「パソコン側でスマホを認識しているなら単にディスプレイの不良? まぁその辺から確認してみるけど」


 情けない声を出す背高男子の話を聞きながら、千紘は再びタブレットPCにスマホを接続。中の機能は生きているのを確認する。ついでにディスプレイの動作も調べた。

 そうなると予想通りハードウェアの問題なので、日常的に持ち歩く万能ツールを使い、普通は外せないスマホの外装を外し中を診る。

 単純な回路コードの剥離が見つかったので、その場でマイクロトーチを使い電子塗料を被せ直した。


「…………すごくね?」


「これはケースさえ開けば誰でも直せる故障だったよ。というか接着面がこうも綺麗に剝がれていたのは運がいいのか悪いのか。

 できればサービスオフィスに持っていった方がいいだろうけど」


「でもそれ金かかんね?」


「多分基板交換かな。2〜300ドル?」


「ありがとー薪鳴様ー!!」


 財政状況厳しい高校生は、無料で修理ができたと泣いて喜ばんばかりだった。

 でも千紘はこれでお仕事もらっている身だから普通は工賃もらうんですよ。


「なんかゲームスイッチが勝手に電源切れちゃうんだよねー。寿命なのかなぁ?」


「せっかく買ったスマホウォッチが全然繋がらないのよ。メーカーに電話しても分からないとか言ってさぁ」


「最近ドローン飛ばすと右に寄るんだけど、これ直りそう?」


 しかし、無料の修理屋さん需要は思いのほか多く、ここぞとばかりに調子の悪い機械を持ち込むクラスメイトども。

 学校に何を持ってきているのだ、と思わないでもないが、千紘も割ととんでもないモノを持ってきているので、その辺は何も言えず。

 それら、携帯ゲーム機、スマホ周辺機器の腕時計型デバイス、手の平サイズのドローンも手早く修理してしまった。


 いずれもパーツ交換など無しで対応できる問題ばかりだったとはいえ、素人から見ても千紘の手際の良さは際立っていた。

 こうなると、授業中にタブレットPC叩いている行動も、大分評価が変わってくる。

 単に授業サボっていたワケじゃなかったんだ。


「スゲェな……。プロっぽかった」

 

「簡単に分解して一発で故障見抜いてパッと修理しちゃったよね」


「プログラム修正するとか個人でできるもんなんだ」


 明らかに高校生離れした尋常ではない技術力を見て、もはや驚くしかないクラスメイト。

 この日は千紘は急ぎ帰る用があり、三輪バイクトライクに乗りさっさと下校していく特別な男子の姿も、随分格好良く見えたという。


「フーム……それっぽいわね。ようやく当たり、か?」


 そして、学校裏門前の通りに駐車したSUVの中から、サングラスをかけたアメリカ人女性も、三輪バイクトライクに乗り遠ざかる30人目の候補者の背中を見ていた。


               ◇


 家に帰れば、高校生からリゾルバインのお時間である。千紘は日本に戻って3年、ほぼ全ての時間をこれに費やしてきた。

 高校に通っているのは、普通の日本の学校生活を経験しておく必要があると感じた為だ。入学前に渡米してしまったので、小中学校に行ったことはない。

 特例でのMIT入学と、僅か1年での卒業、その後の大学院への進学、政府の軍事研究機関への参加と、どう控え目に見ても自分が歩んできた人生は普通ではない。


 一時は無駄な時間かとも思った高校生活であるが、ここ最近や今日などは、それほど悪くなかった。

 想像した高校生の『普通・・』とは、少し違ったが。


 しばし沈黙して、リゾルバインの事や教室での出来事を思い返す千紘。

 やがて、天才らしい切り替えの良さで、本題に取り掛かる事とした。


「そもそもエレメンタムマター用に開発されて改良と改修を繰り返したのがリゾルバインなんだから、出力だけ上がっても耐久力足りないのは当然なんだよな。かと言ってN2リアクターだと今度は出力が足りないし…………」


『エレメンタムマターの励起現象が発生しない場合、リゾルバーは他の機体と比較し特出して高性能なマシンヘッドでもありません。対メイルストロム戦を想定した場合、ゼロインフィニティーの半永久的かつ上限の確認されないエネルギー出力を前提とした兵器を再設計する方が合理的です』


「リゾルバインで戦う点に意義があんの」


 AIと問答しながら、千紘はガレージ床に偽装した秘密のエレベーターで地下へ下りる。

 そこから裏山一帯丸ごと使った研究室へ。

 色々と課題のあるリゾルバーの実機と、過去の実働データを前にすると、腕組みで難しく唸っていた。

 オリジナルからあんまり手を付けたくないけど、そろそろ観念して無限エネルギー機関『ゼロ・インフィニティ』の出力に対応した全面改修をするべきかと。


 それは、千紘にはひとつの踏ん切りだ。

 オリジナルの勇者リゾルバインとは、ほぼ別物にする決断となる。


 精神感応物質、と暫定的に定義されるダークマターの一種、エレメンタムマター。

 それは人間の強い感情により強力な性質を獲得する物質だった。

 勇者と呼ばれ第一次メイルストロム侵攻を最前線で食い止め続けた『崖吾武がいあたける』は、このエレメンタムマターを全体に用いたリゾルバインを駆り無類の力を発揮している。


 その雄姿を思い出す。


 千紘が珍しく父親に連れられ街に出て、パチンコ屋の近くの何も無い公園で置いていかれた時の事だ。

 折悪く発生した、メイルストロムの攻撃。

 寒く心細い命も危険な状況で、見上げる巨体の中から出てきた勇者の姿が、今の千紘の原動力でもある。


 故に、11年を経て自分に問いかけねばならない。

 重要なのは、後を追う事か、意思を継ぐ事か。


「…………エレメンタムマターコンポジットの基礎フレームと動力、伝達、一次装甲系は変更なし。

 他は全てゼロインフィニティの稼働を前提にしたシステムに作り変える」


『タンタリウムナノエレクトリックカーバイド形状記憶RMMを使用した方が合理的です』


「それじゃあ勇者が乗った時に力を発揮できないだろうが。そっちは二次装甲のエグゾアーマーと補助駆動系だけでいい」


 半円形に広がるホログラムの大スクリーンを前に、千紘はリゾルバインの立体構造図を展開させた。

 指差し、手振り、目線、思考でインターフェイスを操作し、構造図の部品をバラバラにしていく。


 やがて、骨組みや主要部分だけという、基礎構造のみを残したリゾルバインの3D画像が残された。

 この設計に、アメリカ時代の3年、日本に戻ってからの3年がかかっている。

 それなりに苦労と思い入れがあった。


 だがそれも、目的の為なら些細な事だ。

 天才、薪鳴千紘は優先順位を間違えない。


「アドニス、プロジェクト新規作成。『ゼロインフィニティ・ネイティブ』だ」


『新規プロジェクトを作成します。プロジェクト名、ゼロインフィニティ・ネイティブ』


 決断した以上迷いは無い。

 勇者が戻るまで、千紘は科学者として必要な手段を選び続けるだけだった。


               ◇


 六本木駅周辺にある、とある肉バルバー

 夏場はビアガーデンにもなるオープンテラス併設の、12階建てビル最上階の少し高級な店である。

 提供される酒と料理の平均価格が高いだけあり、ここに来る客層も少し平均収入が高い傾向にあった。

 それでも、平日の夕暮れ時にあって、客入りはまずまずである。


「えー東菱のヒトなんですカー!? 最初に買ったノートからずっと同じロンバスブックシリーズなんですよー! スゴーイ!!」


「へーアメリカでも売ってるんだー、ロンバスブック。僕んところは施設インフラだからなー。家電のセールスはよく知らなかった」


「施設インフラって原発とかですよね!? スゴイところにお勤めじゃないですかー!? スゴーイ!!」


「ウソ分かるの!? あんまり一般のヒトには知られてないんだけどねー、ウチがそういうモノ作っているって」


「兆単位が動くからウチの主要産業ではあるんだけどなッ」


「スゴーイ!」


 賑わい始める店内のバーカウンター席、そこでも身形みなりの良い若い社員と、若い10代ほどに見える金髪美女が歓談していた。

 男性社員ふたりは、日本屈指の企業グループ『東菱』の中核企業、東菱重工に勤める社員だ。

 金髪女性はアメリカ人ということで、外見からも一目瞭然だがイントネーションが所々変わっている。

 東菱重工という一流企業勤めでそれなりにエリート意識もある社員ふたりは、金髪美女(美少女)からの手放しの賛美を肴に、高い酒も美味かった。


「え!? キミ日工技大の生徒なの!? 見えないなー」


「そうですカー? これでも卒論でEVハイドロカーの研究しているんですヨー。

 就職は東菱自動車みたいな、走れてカッコいいクルマ作るところにしたいですネー」


「へー意外ー。まぁEVも世界の方針で確実に増えるだろうしなー。会社違うけど入れるといいね」


「それじゃさ、東菱自動車に入れたらお祝いしようよ! なんならウチに来てくれてもいいよ!!」


 日本在住のブロンド美少女、しかも自分の会社と同じグループ企業への就職希望。

 一期一会の出会いと別れではない予感に、俄然盛り上がるカウンター席である。

 しかし、


「でもー、フリーのエンジニアなんかもちょっと憧れますよネー」


「ええ!? ウチ来ないのー?」


「フリーのぉ? そんないいもんじゃないよー、完全実力本位で仕事も安定しないって言うしー。こう言っちゃなんだけど本当に重要な仕事なんて任せられないしさぁ」


 東菱への入社と企業に所属しない自営業者を秤にかけるという、理解し難い金髪美少女のセリフに、エリート社員ふたりはあざけるように返していた。

 名前も知らない金髪は、魅惑的な笑みと谷間をチラつかせる姿勢を崩さずに話を続ける。


「でもでも企業のOB訪問で聞いたことあるんですよねー。

 ……防衛軍のマシンヘッドへ納入した新型融合炉の基礎設計には、外部のエンジニアが雇われたって」


 女からは、お気楽な口調が消えていた。瞳は獲物を探る猛禽類のように切れ上がっている。

 しかし、もう大分アルコール回っているふたりは、その変わりようや話の不自然さに気付くことはない。


「はぁ? いやぁ防衛軍のマシンヘッド向けリアクターって、ウチの受注じゃん。重工と原電の共同でやってる。04式のは、えーと…………」


「NBTFRのー……800……いや、もしかして850kw/hか。ああ、そういえばそんな噂があったなぁ」


「おいおいポータブルタイプの主力製品じゃん。アレの設計って外注なの? ウチの開発じゃなくて??」


「だから開発はウチでやってるけど、ほとんど変更無しで設計そのままで形にできた、みたいな話は道尾さんから聞いたことあるんだわ。

 それに、アレだけじゃなくて、ほらゼネラルダイナミクスから買った自由製造システム、ソフトがゴミ過ぎて使えなかったって話あるじゃん」


「ああ、あの政府がアメリカとバーターしてウチに押し付けられたみたいな話になっていたアレ。ラインの隅でカバー被ってたけど、今は開発部で毎日ウネウネ動いてるだろ? アレ結局何だったの?」


「いや、そのオペレーションソフトのカスタムも外注のエンジニアにやらせたみたいなことを聞いたんだよ。

 こうやって思い返してみると、社長がどこからか引っ張ってきた外注がいつの間にかクリティカルな仕事を終わらせていた、みたいな話は結構聞くなと思ってさぁ」


「マジで? おいおいウチの会社大丈夫なのー?」


 自分の会社の噂話に熱中してしまう東菱エリート社員ふたり。

 彼らが気付いたその時には、楽しく一緒に飲んでいた魅惑の金髪美少女は消えていた。

 更に、社員証が消えていたのに気付いたのは、社員の片方が入社ゲートを潜ろうという時だった。


                ◇


 東菱重工の社屋に忍び込んできたフリーの工作員は、手応えと迷いの両方を覚えて全裸のままベッドに倒れ込んでいた。

 30人目のリゾルバインパイロットの容疑者、薪鳴千紘。

 その情報を追う中でフリーのエンジニアという千紘の身分も簡単に知る事ができたのだが、そこからがよく分からない。


 エンジニアと一口に言っても、上は天井知らずの天才、下はツールを動かし決まった作業をこなすだけの作業員だ。

 では問題の少年エンジニアは、どの程度の能力か。

 それを調べはじめて間もなく、一流企業からの仕事も多く請け負う、超一流の技術者である事は理解できた。


 だが、それでリゾルバインの製造ができるか、はいまいち確信が得られないという。


 東菱重工内、薪鳴千紘が手掛けたという機械部品の統合成型システムは、アメリカの軍需企業にあるモノと比べ遜色がないか、あるいはそれ以上の代物だった。

 しかし、素人目に見てもリゾルバインはオーバーテクノロジーの産物である。

 薪鳴千紘が作り出すモノは、くまでも常識の範囲内にあるモノだ。

 知れば知るほど、両者には乖離が見られるように思う。


 それに、薪鳴千紘を調べる過程で当然出てくると思った組織との繋がりも見えてこないのだ。

 実は東菱重工にこそリゾルバインが保管されているとも思ったのだが、社長のパソコンを探っても薪鳴千紘の存在を隠してこそあれ、主導的に何かを動かしているような形跡も無い。

 もうひとつの本命である勇者の組織、アースディフェンダーの介在の証拠も全くなかった。


(これ以上は何も出ないか……。とはいえ彼が一番クサいのは間違いない。直接接触、は時期尚早かな。逃げられたら元も子もない)


 仰向けで瑞々しい乙女の裸体を遊ばせていた工作員は、うつ伏せになるとスマホを手にして何度も見返した画像を呼び出す。

 獲物の姿を脳に覚え込ませるように。

 リゾルバインのパイロットの画像を見ながら、女は徐々に睡魔に身を委ねていた。


 一方そのころ、肝心な千紘はギャル達に強引にカラオケへ誘われていた。

 16年間歌ったことなどない工学の天才を人生最大の窮地が襲う。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る