mgw010.prj_勇者を訪ねてくる招かれざる客に対応する
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文化祭の準備作業に
この日も寝不足気味の少年、
結局、クラスの出し物で一番重要な役割を担う事となったので、今も教室に入るなり作業中の生徒に捕まっている。
そんな席に着く暇もなく仕事にかかる千紘を、頬杖ついて
◇
先日の事。
夕食後に千紘の
煽ってきた真っ黒な高級車4台は、四方からの包囲や後方からの接触など、単なる煽り以上の危険極まる行為に出てくる。
これだけでも十分驚くギャルだったが、そのクルマ4台を壁に激突させるわ、ぶつけてひっくり返すわした千紘には、それ以上に度肝を抜かれていた。
何やら事情がありそうだ、というのはネコ科のギャルにも察することができる。
走行中の
突然ひとりにされ無免許ギャルがビビっていたが、予告通り
そこで1時間ほど悶々としながら待った後、戻ってきた千紘から
とはいえ、千紘の方も誰がどういう目的で襲ってきたのかは分からない、と言うのだが。
◇
そして現在。
昼休みとなり、千紘とギャルは屋上でパン食べていた。
他の生徒は誰もいない。
「リゾルバインの件がバレているなら、あんな中途半端な襲撃にはならないんだよ。もっと本気で来る。
昨日の
でも、
それでも政府にはオレと差し違える覚悟が必要になるだろがね」
「おまえ向こうで何やったんだよ」
釈然としない、と首を傾げて
そんなセリフを平然と吐く同級の男子に、ギャルは思いっきり恐れ
キャンプの一件以来、千紘のアメリカ時代の話はポツポツ聞いていたが、大国とたったひとりで殴り合うような状況になっていたとは素直にドン引く。
「まぁ一晩かけてアメリカ側の動きも調べたけど、やっぱりオレに関して何か動いている様子ないんだよなぁ……。向こうで作って置いてきた監視システムも生きてたし。
となると、どこかの部署が勝手に動いた、ってところだと思うけど。
それにしたって、それがリゾルバインの為かオレの掴んでいる機密情報の為かは、やっぱりよく分からん。
昨日のクルマのトライバーも、あの短時間で完全に消えていたし」
「どっちにしろとんでもねー爆弾としか思えないんだけど……。それホントに大丈夫なんか?」
菓子パンを
千紘としても、そんな心配をかけたのがとても申し訳なく思う。
だからこそ、備えは万全にした。
「念の為そっちの家と携帯は監視しているから、何かあればすぐ通報できる。
いざとなったら機密バラしてアメリカひっくり返してリゾルバイン突っ込ませて猫谷の家族は助けるよ」
「……マジでリゾルバインで戦争しているからシャレにならないな千紘が言うと」
今回のことで、千紘はギャルとその家族のスマホに位置監視アプリを入れる事とした。
少し前に同類のアプリを無効化したことを思い出せば、皮肉な話である。
ギャル友が元カレに仕込まれたアプリとは比べ物にならない高性能なモノだが。
実際のところ、リゾルバインの事があるにしても、アメリカが自分に手を出すことはないと千紘は考えている。
軍事研究から足抜けする時に、それだけの保険は手に入れていたので。
嫌な話だが、千紘の身の回りの人間が狙われるというのは、想定された状況のひとつだ。
その根本的な解決方法が対象の排除にあるのは、言うまでもなく。
相手の目的が何であるにせよ、その正体の特定と対処に最優先であたる方針に変わりもなかった。
ところが間もなく、手掛かりの方が向こうから来ることになるのだが。
◇
翌日も、放課後になると生徒が文化祭の準備に集中しはじめる。
教室の扉や窓は開け放たれ、生徒たちが
その景色の中を歩く、見慣れぬ金髪の女子生徒。
颯爽と通り過ぎる美少女を、
「転校生?」
「外国人だろ……。こんな女子いた?」
と、通り過ぎる生徒たちが興味深げに目で追っていた。
見慣れぬ外国人の女子は、ある教室の手前まで来ると、中から見えないよう身を隠しながら内部を観察。
教室内では、眠そうな目の下にクマを作った男子が手の平サイズのプロジェクターを
ケーブルを繋ぎ、カメラ確度を微調整しながら、手元のタブレットPCのキーを叩いている、その顔。
一瞬だけ、しかし確実に顔を確認した謎の女子生徒は、音もなく静かに物陰に引っ込む。
直後、千紘が相手の姿を目で追っていた。
「…………キャリブレーションはこれでいいと思う。一通り試してみて。オレはちょっとトイレ」
「あ、薪鳴。アプリインストール用のQRってどこにあるの?」
「あれ1日で消えるのやめねー? 毎日インストールするの面倒なんだけど」
「どうせ文化祭の最中しか使わないだろ。それにまだ調整中アプリだしさ。QRはテストの邪魔になるから非表示にしといた」
他の生徒に後を任せると、千紘は適当な理由を付けて席を立つ。
ゲームの試遊をしていたギャルは、なんとなくその姿に緊張感のようなモノを感じ、気になって後を付けていた。
◇
千紘はメイルストロムだけではなく、ある意味で世界とも戦争をしている状態だ。
よって、大国の情報網だけではなく学校内のカメラ網にも、AIアドニスによる監視をつけている。
不審者が入れば、一瞬で把握できるのだ。
やってきたのは、校舎裏の生徒用駐輪所だ。
千紘が行くと、それを予想してたようにサイドテールの金髪少女が、駐輪場の囲い板の裏から出てきた。
学校にいても違和感のない年頃か、それよりも若く見える。
そして、容貌は一般生徒に溶け込むには端麗過ぎた。滅多に見ない美少女だ。
一見してスレンダーだが、二の腕やフトモモ、腹部といった部分の筋肉は引き締まり、スタイルの良さを綺麗な姿勢が引き立てていた。
「マキナ・チヒロ。5歳でレガシー問題のひとつ、セラフ4連相関式を解いてMITへ特例で入学。7歳で卒業し大学院へ進学。その時の論文はノーベル賞候補になっている。いま当たり前に使われている核融合の……技術はあなたが発明したそうね。すごいわ。
でも女性問題で大学院を除籍っていうのは、ヒトは見かけによらないみたいね。
それで今は、リゾルバインのパイロット? 流石は人類史上最高の天才と呼ばれた男の経歴ってところかしら」
しかし可憐な容姿の一方、千紘の過去を暴き立てる顔は、不敵で傲慢に満ちていた。
もっとも千紘の方も、これが相手に初手からプレッシャーをかけ優位に立とうとする情報機関の流儀だとは分かっていたが。
軍事上の機密に関わり、特殊部隊の装備を扱うに際し、その手の訓練もさわり程度に受けたことがある。
ついでに金髪サイドテールの知る千紘の経歴とかいうモノが、
MITの院在籍時に軍事研究に関わった事を知らず、
それがこじれてアメリカを追い出される形になった事も知らず、
それに除籍理由が政府の用意した
(あ、こいつ大した機密アクセスレベル持ってねーな)
と、相手の身分を見切っていた。
「一緒に来てもらうわ。もう逃げても無駄よ。あなたの事なら何でも知っている」
自信タップリな女の態度に、千紘はちょっと吹きそうになった。
腹立たしいことに変わりはないので、結局吹かなかったが。
また、自分のところにピンポイントで来た以上は、それなりの確信があるという事だろう。
もう少し様子見である。
「どこの誰だか知らんけど、どこに行けって?」
「アックスよ。私はアックス。あなたにはそれで充分。
あなたは世界的なVIPだから。ウチのトップに会ってもらうわ」
「『ウチ』って? CIA? NSA? NSB? それともDIA? アンタどこのセクションに属しているんだよ。どこだろうがオレに接触するとかスプーナー情報長官が許さねーだろ。
それとも、キーウェスト、ボルチモア、モハヴェの順に、アメリカ政府が隠しておきたい機密を小出しにされたいってか?
互いに不干渉という事で落ち着いたのに、また『スカイネット』を蒸し返したいのか、あんたらは」
「……『スカイネット』って、あの映画の? 天才のブラフにしてはお粗末ね。そんな事で私が誤魔化されると?」
「そういう反応が、あんたが何も知らされないまま使われる下っ端だって証明なんだよ。
なんなら上に『スカイネット』の名前出してみろ。即日セクショントップのオフィスにご招待だ」
千紘が全く動じないのは、単にリゾルバインでメイルストロムと戦ってきた度胸故の見せかけ、とアックスには考えられる。
だが、千紘が出した3つの地名に関わる機密、というのは、少々無視できない部分だった。
特に、キー諸島では本土と離れた環境でメイルストロムの生体実験をやっていたが、事故により島ひとつ吹っ飛ばして隠蔽した、と
無論、政府の仕事をしていれば、実際に何があったかの噂くらいは伝わって来るモノだ。
ならば、千紘への接触を政府が避けている、という話も単なる戯言とは切り捨て辛い。
そもそも、天才の名をほしいままにするこの少年の経歴を調べた際に、政府関係者や機関との繋がりが全く出て来なかったのに違和感を持つべきだった。
政府がこれだけの才能を放置するなどありえないのに。
「昨日のスナッチミッションといい今日のあんたといい、アメリカのインテリジェンスもずいぶんお粗末になったもんだ。
地雷を踏んで気付きもしないとは」
「昨日の……『スナッチミッション』? なによそれ…………?」
「なんだ、場当たり的で強引でろくにオレの事も調べてないやり方だったから、それに
別口だったって……あんたのところは今いったいぜんたいどうなってんだよ」
心底あきれたように言う千紘だが、さすがに腹を立てる気にはなれないロリータポニーテである。
今度こそ
これが事実なら、自分以外の何者かがリゾルバインのパイロットを狙ったことになる。
そして、容疑者の最有力候補は自分の
あの野郎、こっちの動きを嗅ぎ付けた上にまた出し抜くつもりか、という焦りと怒りの感情が湧き起る。
「他のセクションもあなたがリゾルバインのパイロットだと気付いているなら、遠からず争奪戦が起こるでしょう。
どうする? 私なら身の安全の保障とある程度の自由を保障してあげるわよ? 当然、そちらの全面的な協力が前提だけど」
「それ以前にまず、リゾルバインのパイロット、なんて光栄な話だけど、オレには関係のない話だね。
だいたいあんたにオレの安全だ自由だって決める権限あるのか。そんな身分には見えないけどな」
アックスは内心を隠し、腰に手を当て余裕のポーズ。自分の魅力を完全に理解した上で前面に出す、諜報畑の
実際の要人確保の
どんなアプローチにも全く動じる様子のない千紘に、主導権を握れないと苛立つアックス。
この上は相手が素人であるという認識は完全に捨て、威嚇戦法に切り替えることにした。
「CIAの調査担当官をあまり舐めない事ね、ガキが。
ハワイの自然公園で、あなたがリゾルバインに乗っているのは確認しているのよ。これがどういう意味か、天才さんなら判るわね?」
「あんたが正規局員じゃない外注の雇われエージェントであることはよくわかった。
てか雇われエージェントじゃホントに大した権限ないだろ。完全に
あんた自分の管理官に作戦承認取ってないの? 正規上級局員でもない限り、独断での行動はほとんど許されてないはずだ。
それとも
「だから? 面倒な
少ない情報で完璧に実情を推察する千紘に、図星を突かれた女エージェントが我慢しかねて牙を剥く。
大股で近づいて行ったかと思うと、相手の腹に押し付ける黒い銃口。
もはや恫喝や説得の効く相手ではないと認めざるを得ず、また散々見下された事で上品に振る舞う気も失せていた。
だが千紘の方も、最初から情報機関のエージェントが実力行使に出ることなど分かり切っていた。
「たかが雇われエージェントがアイアムアメリカか? やってみろや」
頭半分ほど背の低い美少女へ、千紘が頭突きせんばかりに迫り、怒りをむき出しにし睨み付ける。
狂気とさえ思える勢いに、女エージェントの方が思わず銃を握る手を緩めてしまった。反射的に引き金を引きそうになった為だ。
銃口を前に無鉄砲とも言える行動に出るのは、生かして捕らえなければならないと見透かしている故か、あるいは幼い反発心が先行しただけか。
(クソっ! 天才といってもやっぱりガキか!!? 面倒な……!!)
どこまでも想定外な千紘の反応に、アックスも焦りを隠せなくなる。
フリーとはいえ工作員なので体術も修めているが、見た目通り体格に恵まれないので頼りたくはなかった。
この鼻持ちならない子供を押さえ付けた上で、連れ去ることができるだろうか。
大きなチャンスと全てを失うリスクの狭間に立たされ、学生のような女エージェントは判断を迫られるが、
ここでガコン! と。
「うげぇ!?」
素っ頓狂な声を上げる女子生徒の出現に、その思考は中断される。
ネコ科のギャル、猫谷美鈴は教室を出る千紘を付けて来て、一部始終を見ていた。
とはいえ、校舎からは出ず扉を半分閉めた状態でそこに隠れて見ていたので、詳しいことは分からないのだが。
遠目に2人を観察する他なく、また英語2なギャルには会話を盗み聞いても理解できず、やきもきしながら夢中で見ていたところ、うっかり膝で扉を蹴飛ばしたというワケだ。
目付きを
一瞬逃げるかどうか迷うギャルだが、逃げたところで見ていた事実は隠せないのだから、観念して出ていく事とした。
「お、おう……てかこの忙しい時に何やってんだよ千紘!?」
物凄く気まずいが、平気な顔して出ていく鋼の精神ギャル。
そして改めて、記憶にない外国人の女子生徒に目を向けた。
千紘とキスしているような場面にはめちゃくちゃ動揺してしまったが、こうやって落ち着いて見てみると、胡散臭さが先に立つ。
ふたりの間にも、甘い雰囲気は皆無だった。
カノジョとかそういう事はなさそうで一安心。
「…………誰これ? ウチの生徒じゃないの? 見た事ないヤツけど」
先ほどの衝撃シーンもあり印象も良くなく、身長差でもって見下ろすように近付くギャル。
実は千紘よりも2〜3センチほど背が高い。女子としては長身だ。
「このチビって留学生か何か? だから千紘と一緒にいたのか。てかマジで千紘英語ペラペラなのな」
ギャルの、オンナとして相手を見定める視線が、外国人の少女を上から下までスキャンしていた。
そして、微かに、フッ……と。
「なに…………このションベンくさいメスガキ」
「ああ? なんて? 英語分かんねーよ」
女は男よりも視線に対し敏感である。
ギャルの優越感を含む視線を察し、そのコンプレックス直撃でエージェントの顔色が変わっていた。
素顔が外に出ており、工作員としては減点である。これでも20超えているのに大人気ない。
対するギャルも、英語が分からないなりに相手の口調と表情から悪口言われたのは理解でき、気だるげな下がり目を剣呑にしていた。
何やら今までと方向性の違う緊迫感に、置いてきぼりで少し戸惑うのは千紘である。
特に、クラスメイトのネコ科のギャルは、多少口は悪いが初対面からケンカ腰で入るような排他的な女子ではなかったはずだが。
「で、千紘、だれこれ?
「この場違いなお嬢さんをどこかにやりなさい、マキナチヒロ。勘違いした素人ほど見苦しいものはないわよ。大人同士の話し合いの邪魔だわ」
何故か双方から責められるような立場となる千紘。前門のギャル後門のロリ。
一体なぜ、出会って1分程度の相手にここまで敵意を向けることができるのあろう。
戦争根絶を理想とする科学の徒として、ここにその答えがあるような気がして、自分の混乱具合を自覚する千紘だった。
なんにしても、ギャルの方はこんなことに関わるべきではないので、教室に帰したいが。
いかんせん千紘としても、何と言っていいか分からない。
なぜ自分がこんな後ろめたい思いをしているのだろうか。
「その……ほら、昨日とかちょっと話したけど、多分猫谷があまり――――」
「ご苦労だった、エージェント・アックス」
それでもどうにか捻り出そうとした千紘のセリフは、途中で割り込んでくる第三者に妨害されてしまった。
口を挟んだのは、いつの間にか駐輪場を塞ぐ形で立っていた、揃って似たような顔した黒スーツの外国人たちである。
何者かは、考えるまでもない。
まがりなりにも孤立無援で戦い続ける千紘には、痛恨の隙だ。
「今度は誰だよ……不審者? 警備員呼んでやろうか」
「……何者? 局のチーム? 呼んだ覚えはないわよ」
理由はそれぞれ異なるが、どちらも強い不信感を顔に出すギャルとエージェント。
構内にこうもあからさまな部外者が入ってくるのは、即通報案件だ。
「ここからは我々が引き継ぐ。エージェントアックス、ご苦労だった」
そしてCIAの局外エージェントの女からすると、それは招かざる味方だった。
やはり嗅ぎ付けられたか、と表情には出さないまでも、内心で吐き捨てずにはいられないアックスである。
「ハンドラーへ、最終報告はまだだと言ったはずよ。対象が確実に
本局が動くのは時期尚早なんじゃないの?」
この期に及んで手柄を持っていかれてたまるか、と。
ダメもとで黒スーツどもを追い払いにかかるフリーのエージェント。
ここは一時千紘を逃がしてでも、
ところが、黒スーツの回答は、全く予想外のモノとなる。
「問題ない。候補者は全て処分すればいいだけだ」
ドンドンッ――――――――! と。
黒服黒サングラスの男が何気ない風で懐に手を入れると、躊躇も迷いもなく取り出した銃で千紘を撃った。
6メートルほど離れた位置にいた中肉中背の男子生徒が、成す術なく吹き飛ばされる。
ギャルも、女エージェントも、言葉もなかった。
「……は? え、チヒロ、どうした?」
やっと絞り出したギャルの声は、凍り付き震えている。
ひっくり返る千紘の姿を前に、現実を受け止められないのだ。
「……政府はリゾルバインを手に入れる方針でしょう? 分かりやすい場所にあるとは限らないのに」
「頭があれば情報は取れる。だがお前達の頭はいらない」
「『頭』って……あんた達いったい!?」
ロリッぽい女エージェントは、警戒感を全面に出し、腰を落とし蹴り足を退げている。
理解が追い付かないのはギャルと同じだが、仮にも危険な世界に身を置いている気構えがあった。
それでも、事態が完全に自分の理解を超えているのに気付き、全身が総毛立ったが。
相手はCIAの局員どころか、人間ですらない。
一時スカートの下に隠した銃を再度引き抜くアックスだが、既に銃口を向けている黒スーツより早く撃てる道理もなく、
仰向けの姿勢から千紘が両腕を突き出すと、袖の奥から手の甲部分へ、横長の四角い砲口が飛び出してくる。
そこから、焦点温度1万度超のプラズマ弾を連続投射し、黒スーツ達を一瞬でなぎ倒した。
「ギジイイ!?」
「グギギィ!? エネルギー……兵器!!?」
「人間にはない!?」
胴に大穴を開けられた者、手足を吹き飛ばされた者が、人間ではない異音を撒き散らしながら地面に倒れ
周囲に広がる鼻をつく焦げ臭さと、嗅ぎ慣れない化学薬品のようなニオイ。
千紘はすぐに立ち上がると、腕のプラズマランチャーを敵に向けたまま近付き、科学者の目で見下ろし観察する。
「千紘おまえー!?」
ギャルはもう仰天し通しだった。一般女子には付いて行けない。
そんな友人に一瞬だけ力強い目線を送る千紘は、すぐにまた黒服に擬態するメイルストロムへ睨みを効かせていた。
「擬態型メイルストロムも10年前に何度か目撃されてる。外見もそれ以外もずっと人間らしくアップデートされているようだな。面倒くせぇ。
ま、頭さえあれば情報は取れるかな?」
ニヤリ、と凶暴な微笑を見せるインテリ。
片腕で制服の
撃ち込まれ、千紘がインナーにしている炭化金属繊維の人工筋肉スーツで止められた9ミリ弾だ。
それを見るなり、メイルストロムが不要となった銃を放り正体を現す。
「リゾルバインのパイロットはここで消去する」
「ただの人間を殺せばいい」
黒スーツたちの頭が顔の中心から割れ、中に赤い球体の目が現れた。
残っていた手足が蛇腹状に伸び、四つん這いのよく見られるタイプのモンスターに変じると、頭が180度回転する。
「マズイ……! そこのあんた! 逃げなさい!!」
「はぁ!? だから英語わかんねーって――――!!?」
慌てるのは女エージェントで、銃の撃鉄を下ろしながらギャルに怒鳴り付ける。
しかし、エージェントアックスは一発も発砲する必要はなかった。
6体のメイルストロムは全て同時に千紘に襲い掛かり、それらが振り回されるプラズマ兵器にブッ叩斬られた為だ。
「ぅるぁあああ!!」
素人丸出しの打撃だが、凶器はプラズマの棒で、人工筋肉スーツによる強化付きである。
圧倒的な速度とパワーにより滅多打ちにされるモンスターは、細切れにされ焼き溶かされ、バラバラのゴミと化した。
偶然残されたのは、一体の頭だけだ。
「オ゛……オ゛マエ…………『勇者』……デハ、ナイ……。オマエ……ナンダ?」
「留守番、ってところかな。勇者不在でもこの星を守るタフな奴は大勢いるぞ。
でもお前はもう死ぬから気にしなくていい」
「ルズ――――――――!!」
その頭も、千紘の強化された脚力で以て、それ以上何をするのも許されないまま踏み潰される。
メイルストロムの視界が大きくひび割れ、千紘の憮然とした顔も徐々に暗転していった。
「あなた……こうなるのが分かっていた?」
銃をスカートの下に引っ込める女エージェントが、怪訝な顔で千紘に問いかける。
銃も工作員も全く恐れなかったのも納得だ。
一見普通の学生に見えて、信じられないど高度な重装備で身を固めていたのだから。
完全に、対メイルストロムを想定した備えだった。
「むしろなんでこの状況を想定していないと思うんだ」
千紘の方は、栗のように踏んで壊したメイルストロムの頭部を開き、中の部品を漁りながら応える。
この状況、というのが某国の工作員に襲われること込みであるのは、言うまでもなく伝わっているだろう。
「あのさー、マジでなにこれ一体どうなってんの!? なに、こいつらメイルストロムってヤツ!? 千紘大丈夫なの!? てかオマエなんかさっきビーム出してなかった!!?
ついでにそのオンナはなんなんだよひとつくらい答えろ!!」
ギャルは怒りながら涙目だった。
千紘が変な外国の女に絡まれていたと思ったら、どう見ても学校の関係者ではない不審者が現れ、それに千紘が撃たれて千紘がビーム撃って不審者が怪物になってまたそれを千紘がビームで八つ裂きにするという。
千紘としても、厄介なことになったと思っている。
しかも状況は思ったより深刻だ。
周囲で誰かが寄ってくる気配はないが、このまま駐輪場にいるのもよくないと思う。
情報を整理し説明するにも、落ち着いて話ができる場所へ移動するべきと考える千紘だった。
◇
してどこで話をするか、と言ったならば、ギャルがカラオケボックスとか主張したので、その通りになった。
千紘も女エージェントも特に心当たりがなかった為だ。
探せばホテルなどもあったと思うが、面子の内容が問題。下手すると通報される。
学生という身分では、思いのほか妥当な選択といえよう。
そんなワケで入ったのは、学校から一駅移動した学業区ギリギリ外にある、寂れたカラオケボックスである。
ギャル
髪が茶髪プリンになった受付の男性店員にやる気は見られず、客の気配も薄かった。
千紘がAIアドニスに調べさせたところ、心霊スポットという検索結果が。嫌な思い出がよみがえった。
周囲を見回し誰にも見られていないのを確認すると、部屋に入り扉を静かに閉める。
壁の向こうからは、他の部屋の音楽が伝わって来ていた。
扉のすぐ近くのソファに座るのが、一見高校生に見えるサイドテールの女エージェントだ。
いつでも脱出できる基本的な位置取り。と油断せず身構えているのだが、脚を組んでいる仕草がミニスカートのせいで少し危うい。
ギャルは壁沿いのソファの一番奥に座るや、すぐにカラオケマシンのリモコンを
特に歌いたいワケでもないのだが、もはやJKギャルの習性と思われる。
千紘はギャルを挟んでエージェントの逆側に座った。
既にふたりに見せてしまったので、腕に隠したプラズマ兵器の具合を見る。実は実戦初投入だった。
全員が座ると、少しの間奇妙な沈黙が下りる。周囲は賑やかなのだが、誰も話を先に進めない。
できれば千紘はギャルには何も言いたくなかった。
リゾルバインの事を明かしたのさえ、そもそもは想定外だ。今となっては、その気持ちは以前より強い。
普通の生活を送るなら、何も知らないのが一番だと思う。
年下にしか見えない自営業エージェントにも、ある意味で情報は渡したくなかった。
これからやることを考えると、情報を渡す必要がないと言うべきか。
「で、そいつ何なの?」
千紘が考え込んでいたところに、口火を切ったのはリモコンをテーブルに下ろしたギャルだった。
今週の新譜チェックは終わったらしい。
「…………その前に、飲み物か食べる物頼む? オレなんかハラへって」
これにも回答を用意していなかった千紘は、とりあえずスナックメニュー参照で時間を稼ぎたい。
追い詰められる天才。工学専門で女心は専門外である。
「ここが日本のカラオケ……」
そして、ちょっと興味津々で室内を見回す女エージェントのアックス。
アメリカにもカラオケはあるが、主にバーのような解放された空間が多く、日本のような個室は珍しい。
地元ハワイには日本人が多い関係でカラオケボックスもあるとは聞いていたが、利用したことはなかった。
「話聞けやお前ら」
明らかに事情を知っているはずのふたりの反応に、ギャルはジト目で怒った。この状況ではまっとうな反応と言えよう。
現実逃避気味だった千紘とアックスは、思わず顔見合わせてしばし。
「自分で自己紹介を?」
「……それよりもなんでその子が一緒に? 関わらせなければいいだけじゃなくて?」
「…………リゾルバインを知っていて、昨日の襲撃の時も一緒にいたんだよ。アレもメイルストロムだな。
さっきのを見て黙っていろとは無理な相談だろ。変な動きをされるより、状況を理解してもらった方がいい」
「なに、あなたのガールフレンド?」
「第一おまえって何なの?」
と、三者が好きに話して収拾が付かず。
全員がそれを理解してまた沈黙したところで、両方の事情を知っている自分が主導した方が良いだろう、と千紘は諦めた。
自分で自分の首を絞めるようで嫌なのだが。
「こちら……アメリカのちょっと危ない国家機関、に雇われているヒト、多分」
「なんだそりゃ」
「どーも」
「オレを雇い主に引き渡してボーナスもらおうとしてミスったらしいね」
「はぁ!?」
多少濁した千紘の説明だったが、ギャルは声を裏返してビックリしていた。
ある意味、気になる男子が世界を救う巨大ロボのパイロットだった以上に映画的で現実味がない。
特に、そのアメリカ娘が自分より年下っぽいビジュアルだったという事もあり。
そんな紹介をされたアックスも、そっぽ向きながら難しい顔だった。
いまさらながらに、事態は深刻だとアックス本人も再認識するものである。
つまり、
「アメリカはいつからメイルストロムと業務提携を?」
大問題なのは自分ではなく祖国の方、という点であった。
「冗談じゃないわ。あの人間モドキとわたしは無関係だし、アメリカがメイルストロムと通じてるなんてありえない」
「オレを襲ったメイルストロム連中、アンタを知っていたようだがね。情報が漏れていたのでは?」
「……手柄だけ持っていかれたら
「じゃハンドラーがあんたの動向を監視していたんだろうね。部下と上司の信頼関係がない。さっきはああ言ったけど、情報機関じゃよくある話だ。
それでオレに気付き、差し向けられたのはメイルストロムの雑魚だった。
さて、世界最大の国家の政府内部は、どこまで汚染されているのかな」
詰まらなそうに、虚空の向こうの何かを眺めて言う千紘。
言い返したいが、アックスには言い返せる材料が無かった。
CIAはアメリカにおける対外諜報の最重要機関であり、政府の中枢に限りなく近い部署でもある。ここがメイルストロムに乗っ取られているなどしたら、国家どころか世界にとって致命的だ。
事実を知るには、自分の
しかし、仮に予想通り
考えたくないので話を変える。
「それで、あなたは何なの? 5歳で世界中の数学者に勝った天才少年は、世界を救うためにMITでマシンヘッドの開発を学んだ?
ヒーロー願望を持ったまま大きくなったのかしら?」
先ほどからこの少年から、
『所詮フリーの外注じゃCIA内部の実情なんて大して知らねーか』
という副音声が聞こえていそうな気がしたので、小馬鹿にした感じでマウントを取りに行くエージェントであった。
結局被害妄想なので、やはり大人気ない。
「世界が勇者を排除せず警告を真剣に受け止めていれば、オレがリゾルバインなんて作る必要なかったんだ。
ヒーローなんてモノが実在する時点で状況はギリギリなんだよ」
そんなイヤらしいニヤニヤ笑いのロリエージェントに、やはり千紘は
呆れたように鼻を鳴らして言うだけなのだが。
「なあなんか食物頼むんじゃねーの?」
話がよく分からなかったギャルは、スナックのメニュー表など見ている。
自分が説明を求めていたのは忘れた。
何の為に千紘が日本語使っていると思っているのか。
「
「あんたはガイアとどういう関係なの? アースディフェンダーの繋がりは、結局出て来なかったけど」
「そりゃそうだ、崖吾さんもアースディフェンダーもオレのことなんか知らないよ。一面識もないし。
オレはあんたら政府が何もしなかったから仕方なく勇者が戻るまで留守を守ることにした、単なるエンジニア。
専門は機械設計と制御システム、その関連でエネルギー、AI、通信プロトコル用の暗号とか」
「それに、素粒子とかなんかでも論文を出しているでしょ。確か実用的な核融合を実現した技術だったのよね。
それがなぜこんな事を? 熱狂的な勇者のフォロワーだから?」
「彼は正しかったから、理由はそれだけで十分だろ。
世界中が間違った方向に突っ走ったけど。誰かが正しい人間を支えないと、それこそ人類は終わりだし」
現状は勇者が何度も警告した通りだ。
政府もあからさまに過去の発言に触れないようにしているのは周知の事実であり、これにはアックスも何も言えない。
何故か、なんとなく自分が非難されているように感じて気に入らなかったが。
「正しい主張が受け入れられるとは限らないのよ。現実的じゃないこともある。物事は単純じゃないの。
民主主義と国家間の思惑が入り乱れる政治の世界は、誰にも計算できないほどの複雑さとカオスの世界だから。
大局的な意思決定は政府に一元化した方が合理的なのは、あなたなら判るでしょ?」
言い訳がましく空々しいセリフになってしまう、大国のエージェントである。
自分でも信じていないようなことを言うが、千紘の言い分は「子供の理想論」として、なんとしても封じ込めたいという思いがあった。
「そのえらい連中がメンツ利権バーターで優先順位を勘違いして勝手に複雑にした挙句にこんな事態になってるだけだろ。
アメリカも日本もその辺は変わらん」
「素人の子供が知ったような事を…………」
「知ってるともさ。向こうでD.Cの
国家機関に属する女性のいいわけは、早熟な少年の抱えた怒りを煽っただけらしく、皮肉気な反論を招いていた。
そして、その物言いでアックスもようやく確信を得る。
「あんた……やっぱり」
「MITで院に入った時に国防総省に声かけられて、DARPAの次世代ミリギア開発計画に参加していた。CIAなら知っているはずだったんだけどね」
エージェントとしての格を問われる話だったが、実際知らなかった情報な上に想像より遥かに高レベルな機密に関わっていたのを察し、アックスもこっそり溜息を吐く。
少なくとも、外部の雇われに過ぎない自分では、存在すら知りようがないほどの地位にいたという事だ。
「だーぱ?」
アメリカの機関に詳しくないJKギャルには、何となく間延びした名称という感想しかなく、事の重大さが分からなかったようだが。
「国防高等研究計画局、略称『
「アメリカがそんな人間を放置するワケがない……一生監視されるわ」
と、まだ信じたくない気持ちのアックスだったが、一方でそれならリゾルバインも作れるかも、という気持ちになっていた。
「何でそんな人間が普通の高校生のフリを…………。もしかして、何かの偽装?」
「国家機密だから――――」
困惑したようなエージェントの質問か
千紘は秘密であると前置きをした上で、
「――――言えないけど、ある計画で政府と大喧嘩になったんだ。だから向こうの秘密をごっそり握って、世界に大公開するような仕掛けを作った。
それで向こうはオレを国外追放処分で終わらせた。
DARPAにいた頃の経歴は、院の在籍歴含めて抹消されてる。
そのカバーストーリーが女性問題だっていうのは、アメリカ政府流の
想像を絶してヤバい立場にいる相手と知り、アックスの緊張が天井知らずに高まっていた。こいつアメリカから逃げ出した程度と思っていたが正面から喧嘩してやがる。
同時に、単独でリゾルバインを製造し運用しているなら、国家に匹敵する力を持つのは想像して然るべきだったと思っていた。
「千紘大学出てんの!? アメリカで飛び級!? 何で高校来てんのよ!!?」
ギャルの驚きは、やはり次元が違っていたが。
大学卒という話の方は疑っていない。
完全に個人でリゾルバインを作るのは東大卒でも無理だと思う。
「アメリカで色々あったからMITの学位も認められなかったんだよ。
お気楽な雑談をしているような高校生どもに、恨めしい視線のアックス。
元ナードは青春が憎い。乳がデカい背の高い女も。
「それで……DARPAの元天才研究員さんは、これからどうするつもり?」
「んなのオレがアンタに聞きたい。
フリーのエージェントが機関内の汚染を知った。向こうも多分それに気付いている。
メイルストロムが政治意思決定を左右するレベルまで浸透していれば、話はアンタの生き死にで終わらない。
世界最大の国家がそのまま人類の敵になるかもな」
全て千紘の言う通りだが、上から見下ろされるようで何か言い返さないと気が済まないアックス。
他人事のような物言いをされるのは、腹立たしさを別にしても多分自分が困る事になるので、相手にも当事者意識を持たせようと脅してみる。
「ロシアだって中国だって、いえ日本なら更にリゾルバインのパイロットの情報には大金を出すんじゃなくて?」
「それを向こうが信じると思っているなら好きにすればいい。オレは対策済みだけどね」
金銭目的ではなく正規局員になるのがアックスの目的だが、あえて露悪的に千紘を脅迫してみせた。
どこまでも動じない天才野郎に、憎たらしさを募らせるだけの結果となったが。
正直な話、もはや事態はハワイの一般家庭で生まれて中央情報局入りを夢見る若いエージェントの手に負えるモノではない。
まったくもって気に入らないが、単独でメイルストロムと戦い続ける、かつて政府の中枢近くにいた人類史上最高の天才の力がどうしても必要だ。
だが、実際に事態解決に動けば自分の存在が露見する恐れがある、という事は、千紘にも分かっているだろう。
その上で、どうやって協力させるかを心底悩むアックスだったが、
「でもまぁ、あんたひとりの問題じゃないんだよなぁ…………」
女エージェントの懊悩など関係なしに、千紘もこの事態を看過できなかったのだ。
アックスがどうにかマウント取ろうと悪あがきしている最中も、千紘が
実は女エージェントの話は半分聞き流していた。
「仕方ない行くか」
そして、全く不本意ながら、結論は最初から出ていたのだ。
「どこへ?」
「何も頼まねーの? あたしも腹減ってきたんだけどー」
フンッ、と鼻息荒く、千紘が立ち上がる。戦闘態勢である。
そんな行動の読めない天才に、アックスと不機嫌ギャルが訝し気な視線を向けていた。
当然ながら、カラオケは延長しなかった。
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