mgw009.prj_勇者がいない生活環境も狙われながら充実を図る

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 巨大なヨットの帆のような白い建物。

 その間近で、オーストラリア防衛軍と国連軍の応援部隊がメイルストロムのモンスター群を迎撃していた。


 シドニーの街に等間隔に横一線で配置され、モンスターを蹴散らすのはオーストラリア防衛軍のマシンヘッド『エアーズロックMk.3 gen2』だ。

 腕部が長く、脚部に大型のタイヤを備えた、広大なオーストラリアの大地に対応した高速展開機。

 それも、この一連のメイルストロム再侵攻をかんがみ、国民をなだすかすお飾りではなく実戦に耐え得るよう緊急改修された最新モデルである。

 その重量と搭載火器で、街にあふれる太った四脚甲獣を次々と粉砕していた。


 それらマシンヘッドを要に、歩兵や戦車、戦闘機といった通常戦力が火力を集中し、モンスターを各個撃破。

 混乱していたメイルストロム戦初期に比べ、確実に戦線を維持していた。


 巨大な脚の超大型モンスターの跳躍力に付いて行けず、マシンヘッドは次々に撃破されたが。


 改修したとはいえ、所詮は形ばかりの機動兵器であった。10年の惰眠を取り繕える程ではない。

 爆撃の様な威力で落下してくる巨体に、壊滅寸前となる国連とオーストラリアの連合部隊。

 同国を代表する大都市は、守り手を無くし壊滅は免れないかと思われた。



 空中へ飛び上がる超大型モンスターは、同じくミサイルのように飛来したワイヤー付きアームに捕まり、そのまま地上に引き摺り落とされたが。



 絶望していたシドニーの住民、軍の兵士、ついでに状況を観察していた会議室の政治家たちが、その雄姿を目にして一斉に沸き立つ。

 超大型メイルストロムを引き寄せ巨大ドリルを高速回転させていたのは、勇者とうたわれるヒト型機動兵器。


 リゾルバインであった。


               ◇


 圧倒的なパワーで、軍を総動員しても対抗できなかったモンスターを粉砕する、伝説の大型マシンヘッド。

 ニュース映像ではその後、空へ飛び上がり分裂して去っていくリゾルバインの姿が捉えられていた。

 例によって、空軍が追尾したが逃げられた、という報道内容である。


 ニュースがひと段落すると、映像はそのままにオフィスの主の男は音のボリュームを下げた。

 地味だが最高級のデスクの上にあるスマホを取ると、ひとつひとつの数字を確かめるように番号を入力。

 呼び出し音もなく繋がった通話相手に、前置き無く本題から入る。


「進捗は」


 アメリカの国家情報機関に所属する上級職員の男は、耳障りな音声にも不快感を見せることなく、自らの役割を演じていた。


               ◇


 関東某所の私立高校。

 文化祭まで後一ヵ月という時期になり、準備に追われ校内にも落ち着きがなくなってきていた。

 特に2年生はA、B、Cの3クラスが合同で大規模な催し物を企画しており、生徒たちにも常にないやる気が溢れている。

 朝のホームルーム前、昼休み、放課後は無論のこと、僅かな授業間の休み時間まで使い準備に邁進していた。

 今週末あたりから土曜も使うことになりそうである。


「薪鳴ー、ここ大砲のグラフィックが邪魔にならね? 背景隠れちゃうんだけど」


「いいんじゃね? あった方がリアルだし、撃ってる感あるし」


「それならオンオフできるようにしとこうか。フリックの上下でいいだろ」


 そんな合同企画の最も大事な部分を担当するエンジニア男子、薪鳴千紘まきなちひろも生徒たちの中で機材の調整やプログラム作成にと忙しくしていた。

 今はスペースシューティングのスマホ側の映像の設定中だ。

 何台ものタワー型PCとディスプレイが教室の中央に置かれ、机の天板に座る千紘はタブレットPCから遠隔操作でそれらを弄っていた。


「ねーこのメガネ固くね? もっと簡単に落とせていいと思うー」


「これスッピンモードでしょ? コスメ装備でダメージ上がる設定だから今はそれでいいんだってさ」


「でもでもこれって文化祭の間だけでしょ? そんな長くプレイするもんじゃないんだし、もっと早く終わらせてよくね?」


 一方では、ギャル軍団が賑やかにゲームのテストプレイ中。

 教室の3面に投影されたイケメン達の映像へスマホを向け、画面をタップしまくりハートブレイクショットを連発している。

 システムとグラフィックは仕様通りに作ればいいが、ゲームバランスの調整はヒトの感性が関わるところだ。

 一見ただ遊んでいるだけだが、不満点として修正するべきところは拾い上げていた。


「ま、薪鳴くん、お魚のイラスト揃ったんだけど……。『水槽』のフォルダに入れればいいの?」


「ああ、うん、江崎さんお疲れ様。アクアリウムの方でフォルダの画像を自動読み込みするから。

 後は設定の方でモデルデータに被せて動かしてみるんだけど…………」


「薪鳴、サファリの教室に映す画像さー、トラックの荷台風に出来ないかって話してたんだけどー。ただ背景が動くのはおかしくね? って」


「サイズ的にトラックより教室の方がどう考えても大きいけど……まあいいか。

 イラスト班に頼むか、忙しければ適当な写真から貼り付けよう。どうかな江崎さん」


「あ、はい! 多分大丈夫、です」


 生徒たちは自然とイラスト作成班、テストプレイ班、システム操作班、カフェテリア班と別れていたが、カフェ以外から常に相談を受ける状態の千紘は手が空かなかった。

 

「協調性ないイメージだったけど、意外と普通に協力できんのな」


 そんな千紘の作業を眺めながら、スティックキャンディーを舐めるネコ科のギャルがポツリと言う。

 高校生離れした技術力はあるものの、それ故に他の誰かと共同作業などやらず、全て自分で片づけてしまいそうな印象であったが。


「実はオレも驚いてる」


 猛スピードでプログラムの修正を繰り返す千紘も、画面から目を離さず、ポソっと。


 アメリカで軍事技術に関わっていた時さえ、研究はほぼひとりでやっていた。自分の指導教授以外に付いて来られる者がいなかった為である。

 胸糞の悪い監視役は月替わりで来たが。


 技術的には至極簡単とはいえ、文化祭の出し物については単純にシステムを作り上げれば良いというモノでもない。

 単純な仕様に沿うだけではなく、作業工程自体を完成の条件として、完全な素人と仕事をするのは一種のアクティビティ的な面白さがあった。

 同世代の少年少女が何を面白がるかなんて分からないし。


 この経験だけでも、普通の高校生活を選んだのは間違っていなかったと思う。


 しかし、時間が経つにつれ帰宅や部活に行く生徒で教室内は人が少なくなっていく。

 千紘がいなければ全工程で差し支えるので、当然ながら千紘は最後発になった。

 見回りに来た担任教師に促されたところで、他の生徒と同様に千紘も荷物をまとめ教室を出る。


 それと同時に、ネコ科のギャルが周囲にヒトの耳がないのを十分に確認した上で声をかけた。


「おーい千紘、今日大丈夫?」


「ああ、オレは構わないけど。猫谷の家の方はいいの?」


「いいんでないの? 弟がテンション上げてるし」


 昼休みに、千紘はギャルから夕食に招かれていた。

 例によって弟が出しに使われているが、実際に喜んでいるので問題あるまいと姉は思っている。姉にとって弟など利用する以外に価値はないのだ。

 かく言うギャル姉も、そっけない風をよそおいながら、顔に赤みが出ないよう必死だったが。


 千紘はいったん帰宅。

 私服に着替え、適当なケーキ屋に寄りギャル家へ向かう。


「にーちゃんにーちゃんオーストラリアで戦ったリゾルバイン見たー!?」


「おー見た見た。カッコよかった?」


「ロケットアームで怪獣捕まえてさー! ロープで引っ張って逃げられなくしたら爆裂ドリルでドカーンてさぁ!!」


「爆裂ドリル」


 玄関に入るなり、ギャルのアイドル系フェイスの弟が無邪気な笑みで駆け寄ってきた。将来いろいろお姉さんが寄ってきそうで、痛い目を見た事のあるお兄さんはちょっと不安だ。

 そしてリゾルバインのドリルは『フォースドリル・メーレーウェポン』という名が付いているのだが、一般公開していないので爆裂ドリルと名付けられていた。千紘は訂正できない。


「おーういらっしゃーい。中入って弟の相手でもしててー」


「どうも、これ食後のデザート」


「ジェリーレイク。あたしここのヨーグルトベリームース好きなんだよね」


 奥のダイニングから、肩回りを出したセーター姿のギャル姉も出てくる。

 ケーキの箱を受け取りニマニマしながら奥へ引っ込むと、千紘と弟もそれに付いてダイニングへ入った。

 モフモフ大型犬も千紘の足元に寄ってくると、フンフンと鼻を鳴らす。


「30分くらいで晩飯出来るから適当にくつろいでー。ミケもあんまり千紘にしつこく絡むなよー、ウザく思われるから」


「にーちゃんはウザいなんて言わないもんねー!」


 ギャル姉は料理中だったらしく、エプロンを付けてキッチンの方へ入った。

 弟はタブレットPCを持ってきて、リゾルバインの配信動画を一緒に見ようと言ってくる。

 ソファに座ると、千紘は弟と犬に挟まれる配置となった。

 何故か真ん中の千紘がタブレットを持ち、両サイドから男の子と犬にのぞき込まれる形。

 大人しく動画を見ている奇妙な三者の姿に、ギャル姉は少し吹き出しながらフライパンを振っていた。


 予告通り30分ほどでメインの総菜ができたということで、ダイニングのテーブルに料理が並べられる。

 ハーブチキンとクルトン入りのサラダ、ジャーマンポテト、オニオンスープ、そしてチーズ入りハンバーグであった。

 

「うまい! ねーちゃん今日の超がんばったな!!」

「黙れ!!」


 健康的にハンバーグを頬張る弟。サラダを食べる様子はない。

 なお犬は普通にカリカリペットフードだ。ダイニングテーブルの下でハグハグしている。


「でもホント美味いよ。本格的な手作りハンバーグ食べたのはじめてかも。美味い」


「…………別にー、普通のハンバーグにチーズぶち込んだだけだし」


 からかうような弟の物言いには牙を剥いたギャル姉だが、千紘の素直な賛辞には語気を弱め視線を彷徨さまよわせていた。


 ゆえあってアメリカではガキみたいなオッサンに食事を作って食わせていた時期があったが、誰かの手料理を食べた記憶は千紘にはなかった。


 デザートのケーキまでを食べ終えると、弟は風呂へ。

 食器の片づけがあるというので、千紘はこれを手伝うことにする。


 図らずも隣り合う配置となるギャル。肩が触れるような距離感に、緊張から何も言えなくなってしまう。


「そ、そういえばさー、ニュースで見たんだけど、オーストラリアのモンスター退治は千紘ワンパンだったな。

 やっぱりリゾルバインは特別だって言ってたけど、何が特別なの?」


 どうにか思いついた話題は、先日のオーストラリアでのメイルストロム戦のことだった。

 千紘がリゾルバインに乗っていると知って以来、ギャルも弟に負けないほどに情報は入れるようにしている。


「リゾルバー……10年前のオリジナルね。これは元々『多次元宇宙実証実験所』って半官半民の学術機関が作ったダークマターの研究用機械だった。兵器とかじゃなかったんだ。

 それがエレメンタムマターって物質を載せていたから、メイルストロムと戦えた。

 戦いを続けている最中に改修を繰り返したけど、つぎはぎで兵器としては出来のいいもんじゃなかったんだな」


「ふーん。なのに地球を救ったとか教科書に出てんの?」


「実際にメイルストロムとまともに戦えたのはリゾルバインだけだったからね。

 リゾルバインがメイルストロムを撃退して人類に時間を与えたのは、組み込まれたエレメンタムマターの力と、パイロットの崖吾武がいあたけるの実力による部分が大きいと思う」


「えー……でも千紘だって、リゾルバイン動かして怪獣を倒しまくってんじゃん」


「崖吾武が最強だったのは、ダークマター、エレメンタムマターを励起させて圧倒的な能力を引き出せたからなんだ。

 エレメンタムマターの研究はその後も世界中で進められたけど、結局『勇者』ほどの力を発生させられた国は無かったはず。

 オレもそうだよ。リゾルバインの本当の性能フルスペックはまったく出せていない。だから他の動力源を載せて、どうにか動かしている状態」


 ギャルが思った通り、リゾルバインに関しては不愛想な少年も口数が多かった。

 しかし、その内容は想像とは多少異なり、10年前の『勇者』を高く評価するモノとなっている。

 

 うまく表現できないが、猫谷美鈴にはそれが何故か微妙に気に入らなかった。

 話を振ったのはギャルなのだが。


 食洗器に軽く洗い流した皿を収め、ボタンを押し洗浄開始。

 一息ついたところで、改めて千紘に問う。


「んで、まだ続けんの正義の味方」


「正義感なんてもんじゃないよ。

 正しい事を真剣に言ったヒトが正しかった。でも都合の悪い現実を見たくない大勢にどこかへ追いやられてしまった。

 人類にはまだあのヒトが必要だ。帰る場所を残しておきたい」


 ギャルは「フーン」と相槌を打ちながら、またモヤモヤ。

 これだけの才能を無駄にしてないか、ファンをこじらせ過ぎてないか、とか言いたくなるが、それはそれで男へ嫉妬しているみたいでカッコ悪い気がする。

 何か言ってやりたいが、考えが纏まらなかった。


「まぁリゾルバインが必要なくなるように、軍がメイルストロムに対応できるようになるのを期待しようか」 


 こう言う千紘からは、勇者の帰還を半分諦めているのを感じられた。

 決して千紘が悪いワケではない、とはギャルも思う。

 だが、何かを強く信じる意志の強さを好ましく思う反面、行き場のない腹立たしさを感じるのは何故だろうか。


「ご馳走になってばっかりだな。今度はオレからご馳走したいな。

 何か食べに行ってもいいし、オレが作ってもいい。

 ……でも自分では3年近く作ってない。多分料理の腕とか鈍ってる」


 帰り際。

 三輪バイクトライクまたがる千紘を見送りに出たギャルだが、ここで思い切って行動に出る事とした。

 食器の片付けの時の話が頭から離れず、このまま別れるのが何となく嫌だったのだ。

 だがどうするか。


「あのさー、あたしもそれ乗ってみたい! キャンプで紡地ぼうちと一緒に乗ってたろ」


 目に付いたのは、千紘の乗る三輪バイクトライクだ。


               ◇


 秋も深まる時期だが、風にそれほど冷たさは感じられない。

 急ぎ外出の準備を整えてきたネコ科のギャルは、当初の目的も忘れて夜のツーリングにご満悦だった。


『はえー! ビュンビュン走るじゃん! これイイなぁ! 千紘もっとスピードアーップ!!』


『これ以上は捕まるなぁ』


 ヘルメット内蔵のインカム越しに伝わるギャルの声は、この上なく楽しそうである。

 思いっきりしがみ付いてくるのはバイクのふたり乗り的には正しいのだが、比較的大きな部分90Fも全力で押し付けているのは本人が意図しての事か否か。


 ドライブコースに良い、海沿いのバイパス道路だった。

 大型トラックを軽々追い越す三輪バイクトライクは、次のSUVを追い越す為に車線を変える。

 三輪バイクトライクは挙動、加速共に軽快だ。MIT卒で元DARPA研究員のリゾルバイン開発者が作った物なので、本気になればスポーツカーにも負けない。

 いざという時の逃げる足でもあるのだが、正直やり過ぎたと思う千紘である。


 とはいえ法定速度内なら時速100キロも出す必要はなく、ふたりの乗った三輪バイクトライクは秋の夜風を突っ切り、海沿いの道をコンビニが見えるまで走り続けた。

 その駐車場からは、海上に道路が通された島が見える。

 島の頂点にある灯台からは、船に位置を知らせる回転灯の光が見えた。


 コンビニでアンマンを買って食べると、温かいモノが美味しい時期になった事を実感する。

 まだ寒さは厳しくないが、長時間バイクで風に吹かれたのはそれなりに身に染みていたようだ。

 ギャルもアンマンは大好きである。少し前にチーズハンバーグとケーキを食べたが、買い食いのアンマンは完全に別腹。

 大口で生地を食い千切り、甘く香ばしいこしあん・・・・を味わうのだが、フとそこで千紘と目が合った。

 特に笑われたり眉をひそめられたりという事はないが、恥ずかしくなって目を逸らしてしまうギャルである。


(クッソ何かなぁこれぇ超楽しい……! 恥ずいんだけど一緒にいるのがイイ感じってなんなの!?)


 少し混乱し、乱暴に口にアンマン詰め込むネコ科のギャル、猫谷美鈴ねこやみすず

 生まれて初めての、今までのような何となく付き合ってみた相手、というモノではない本物の恋愛感情に振り回される。

 挙句に、


(今日は帰りたくないな…………って待て、あたし今なに考えたし!? ミケも家で待ってるっつーの!!)

 

 恋愛脳が思考を暴走させ、物凄い行為に至る場面を妄想してしまった。

 なおこのネコ科ギャルは未経験である。

 ギャル友と笑いながらエロ動画を見ていた事だけがその方面の知識だが、こんな事ならもっとしっかり勉強しておけばよかったと思う。


「こっから先は山に入るし、戻ろうか。ミケくんも心配する」


「お、おう…………」


 しかしギャルの心配は杞憂に終わった。幸運か不運かは分からない。しかし帰ったら実際の行為について詳しく調べようと思う。

 この時間が終わってしまうことを残念に思う気持ちは当然あるのだが、引き延ばす理由も見つからない。

 それに、千紘がそういう下半身でモノを考える野郎じゃなかったことに、少し安心もしていた。


「でもバイクっていいなー。また今度昼に乗せてよ。ミケも乗りたそうだなー」


「ハードポイントにサイドシート付ければ後ろにふたり乗るけどね」


 千紘とギャルは再び三輪バイクトライクに乗り、コンビニの駐車場を出て湾岸バイパス道を元来た方向へ走り出す。

 その途中で千紘に付いて来た本来の目的を思い出すギャルだが、それについて何か言う前に問題が発生していた。


                ◇


 行きと同様に三輪バイクトライクによる移動はスムーズだったが、帰り道はギャルがはしゃいでいなかった。

 疲れが出たかな、と思う千紘には、ギャルが何に悩んでいるか知る由もない。

 このように行きと打って変わり静かな巡航となったのだが、それに水を差す無粋な闖入者が現れた。


 後方から接近してくる、黒塗り高級車2台。

 三輪バイクトライクの後方カメラと連動するヘルメット内ディスプレイ、それにAIアドニスの警告で千紘もすぐそれに気付く。

 それで前方に注意を向けてみると、拡大映像の中に似たようなクルマが2台確認できた。


 これで、前後から同時に距離を詰めて、左右からも囲もうという、千紘にとってはどこかで見たようなフォーメーションである。


 だが問題は、相手の目的であった。


 そのことを考えるより先にクルマが接近。


「千紘……なんかクルマが近くね??」


「流行の『あおり運転』ってヤツだな。逃げるから振り落とされないようにつかまっといてくれ」


「はぁ!? こういう時って警察――――ぬわぁ!!?」


 千紘自身状況がよく分からないので、ギャルへの説明は省略して逃げに回る事とする。

 アクセルを開けると同時に身体にかかる後ろ向き荷重。

 三輪バイクトライクは四方から囲みに来る黒塗りの隙間を抜け、一気に追い越し加速をかけた。

 ギャルが今まで以上に顔までくっつける勢いで千紘にしがみ付いている。


 エンジンとは違い静かな超電導モーターだが、それでも出力を上げるごとに大きく唸り始めていた。

 天才科学者にしてエンジニアの千紘が作った三輪バイクトライクは特別製だ。並のスポーツカーでは相手にならない馬力を持つ。

 とはいえアメリカ情報組織の特殊仕様と思しき黒塗りも、見た目通りの性能スペックではなかったらしい。

 そちらの方は、パワーのあるエンジン音丸出しで三輪バイクトライクを猛追してくる。


(リゾルバインの事がバレた、にしては中途半端だな……。

 防弾車でプレッシャーかけてくる、なんて素人相手の拉致誘拐スナッチ作戦オペレーションじゃないんだぞ。

 機密ファイルの事をどうにかしたいなら、そもそもオレを襲うするようなバカはせんだろうし。

 となると…………いや猫谷への危険をチラ付かせるよりは、さっさと拉致してオレへの人質に使った方が早い。なんだかよくわかんねーな)


 右へ左へクルマを追い越しながらも、千紘はこの襲撃について内心首を傾げていた。

 正直、心当たりはいくつもある。リゾルバイン、古巣のアメリカでの研究、企業との取引、莫大な個人資産や特許。

 しかし、どれを回答欄に入れて逆算してみても、この襲撃はおかしいのだ。式として成立しない。


 時速150キロオーバー。加速度的には更にスピードを上げられるが、ギャルが乗っている状態では無茶もできなかった。

 スキール音を響かせ迫るクルマも、一般車両の間を次々と抜け迫ってくる。

 路肩から追い上げてくるクルマの一方、すぐ後ろから接触せんばかりに近づいてくる別のクルマ。

 だがここで一台が運転ミスにより、前方車に接触してコントロールを失い、道路わきの壁にぶつかり火花を散らしていた。

 またもう一台も車線変更してきた大型トラックに阻まれる形となり、三輪バイクトライクと距離を空けられてしまう。


「どぅわぁ!? おいマジか!!?」


 2台が脱落する段となると、他の黒塗りも直接的な手段に切り替えてきた。

 後部リアから小突かれ、揺れる三輪バイクトライクに悲鳴を上げるギャル。

 もう一台が横付けしてきたかと思うと、開かれるウィンドウから物騒な飛び道具の姿が見えたが、


「ドラァ!!」

「うわー!!?」


 ギャルの悲鳴にムカッときた存外短気なインテリが、そのクルマの側面に蹴りを叩きつけていた。


 見た目と隔絶した千紘のパワーに防弾仕様の黒塗りが大きくヘコみ、横滑りして側壁に正面から激突する。

 反動を利用し大きく軌道を変える三輪バイクトライクは、急減速してトラック、ワゴンの横を抜けた。

 最期の黒塗りを先に行かせて斜め後ろに出ると、フロント部分を相手の右端にぶつけ押しまくる。

 三輪バイクトライクのホイールが紫電を放ち、エレクトロブーストの出力と全輪駆動の牽引力トラクションが重量差を覆し、


 バランスを崩した黒塗りは横滑りをはじめ、タイヤが路面を掴んでしまっロックした瞬間、派手にひっくり返る事となった。


「ちょお!? 千紘おまえぇ!!?」


 たまらないのは、目の前でアクション映画張りの大クラッシュシーンを連発されたギャルだった。

 煽り運転されたにしても完全に過剰防衛だと思う。


「アドニス、コントロールしろ!」


『了解、トライクコントロール開始』


 そんな大混乱のギャルに応える間も無く、千紘は三輪バイクトライクを飛び降りてしまった。


「いぎゃあああ!? おぃいいい!!?」


「そのトライクが自動で家に送っていく!先に帰ってオレが行くまでじっとしてろ!!」


 地面を擦りながらも危なげなく路面に降りた千紘が、事故ったクルマの方へ走り出す。

 慌てて三輪バイクトライクのハンドルを握るギャルは、視界の端にそれを見送るほかなかった。




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