mgw011.prj_勇者の代わりに出張して偉いヒトに話を通しついでに実家に寄る

.


 日本の成田国際空港から、ボストンのローガン国際空港まで、約12時間のフライト。

 スカイアメリカン1212便、ファーストクラス。

 大型旅客機を降りた寝不足気味の天才、薪鳴千紘まきなちひろは、空港ビルを出て雨上がりの路面に一歩を踏み出した。

 3年ぶりの東海岸の空気は、ひんやりと冷たく湿っている。

 日本のニオイに慣れた為か、ボストンの固いニオイがハッキリ識別できた。

 行き交う人種も日本とは違い多種多様だ。騒音に混じる英語やポルトガル語。

 17年の人生の半分を過ごした国である。帰って来たという想いは、否定できなかった。


 そして、後ろから歩み寄り千紘の隣に並ぶのは、同世代かやや下の歳に見える、金髪をサイドテールにした美少女・・・

 その外見とは違い落ち着いた雰囲気を纏うのは、実のところ二十歳を超えているフリーの情報工作員、通称『アックス』である。


 ふたりは無言のまま、空港前に並んで停車している客待ちのイエローキャブを掴まえた。

 ここまでアックスは千紘に何も聞いていない。日本で千紘がヤバい情報の塊だと分かった上に、重々しい沈黙を保っていた為だ。

 特殊部隊に専用装備を供給し極秘作戦にも関わっていた技術者から迂闊に話など聞きたくない。


 それに、何も聞かなくても、場所柄なにをしに来たかは大体想像がつく。 


 走り出して間もなく、イエローキャブは2回目の橋に差し掛かった。

 大都市のド真ん中、チャールズ川の向こうに、神殿のような建物や奇抜な造形の建物が緑の中に浮かんでいるのが見える。


 橋を越える黄色いクルマは、マサチューセッツ州ボストン、マサチューセッツ工科大学の敷地内へと入っていった。


               ◇


 緑の芝生が敷き詰められ、前衛的な建物や荘厳な建物、大きく機能的な建物が点在する、広大なキャンパス内。

 イエローキャブを降りたふたりは、その中の少し古びた普通の4階建て施設へ入る。

 元はシミひとつなかったであろう天井や壁、浮き上がった床のタイル。

 そんな建物内を、一階の隅にある誰も来ないような研究室まで歩みを進めた。

 半開きの扉から覗き見ると、中は大荒れな状態だった。

 整理していない物置だと言われても信じるだろう。


「相変わらず、ってか完全に元の木阿弥…………」


「モト、ノ、モカーミ?」


 それを見てうんざり言う少年に、疑問符を付けつぶやく見た目だけ少女。数時間ぶりに声を聴いたが、日本語のことわざはよくわからない。

 扉を押し、荷物に引っかかって開かないので体当たりしながら室内に押し入ると、千紘は声を張り上げた。


「アダム! アダム・ロックハウンド!!」


「人類最高の大天才アダム・ロックハウンド教授だろうがクソガキ」


 呼び声に応え、物の散乱する部屋の奥の扉から放たれるのは、酒焼け気味でイラついた声。

 その後に姿を現すのは、上半身裸のおっさんだ。

 髪はボサボサのブラウンで、二枚目と言えなくもない顔は眠たげ。背は高いが痩身、白人で30代から40代。


「何しに来たんだ……。お前が国内に入ったと知ったら、政府の連中が飛んで来るだろ。そいつは?」


 大あくびのおっさんは、金髪の少女をアゴで指し示す。

 水を向けられたアックスは、アダム・ロックハウンドと呼ばれたおっさんの撒き散らす獣臭に思わず顔をしかめていた。


「お邪魔そうだし、わたし帰るわね。教授、成績の方よろしく♡」


 半裸のおっさんの背後からは若い女が現れた。

 腹出しティーシャツにタイトなホットパンツというセックスアピールの強い女子学生が、投げキッスで部屋を出ていく。

 講師と生徒による、明らかに褒められた事じゃない現場だった。


「あんたは相変わらずか……。この有様じゃどうせまた飯食ってないんだろ」


 とはいえ千紘には、見慣れた指導教授の男女関係などより、他の事が気になるのだが。


「オマエの作る味のしねーキドニーパイだヤケクソみたいに時間のかかるローストビーフサラダだ野菜を腹に詰めたゾンビみたいなチキンよりよっぽどマシなもん食っているよ。おまえ飯作りにでも来たのか?

 なにしに来やがったんだ。DARPAに未練があるわけじゃねーだろ。あれだけ派手に量子フレーム吹っ飛ばしたんだからな! おかげで俺のキャリアも台無しだ!!」


「あんたがキャリアを気にしているとは知らなかった。そういうのには興味がないと思ったが、歳食って老後の心配でもするようになったのか?」


 何を期待したつもりもなかったが、かつての指導教授の物言いに、多少腹が立つかつての教え子である。

 千紘としてもこの相手だけには、大人としての態度を取る気も、またその必要も感じなかった。


「科学と遊びの区別も付かん科学者ごっこのガキが俺をジジイ扱いか!? 偉くなったもんだな! 遊び半分にスカイネットを作らされたのをもう忘れたのか!?」


「あんたには科学者なんて偉そうにふんぞり返る看板でしかねーだろうが! さっきの学生も『科学は万人の為~』なんてお決まりのセリフで引っ掛けたか!?」


「軍のエリート女士官にオモチャにされていた素人童貞が――――!!」


「エクスキューズミーこれまだ続くー?」


 この口喧嘩へ放り込まれたアックスの呆れたセリフで、千紘とアダムは同時に黙っていた。

 どちらも、第三者の見ている前ではダメージを大きくすると判断した戦略的撤退である。


「でこいつは」


「……フリーの工作員だって」


「ああ使い捨ての便利屋さんか」


「ぴきっ」


 そんな停戦合意の立役者、アックスへの流れ弾。

 ややロリっぽい成人女性がヒトを殺しそうな目をしていたが、お構いなしに千紘は続ける。


「オレを本局の手土産にするつもりだったらしいけど、その上がメイルストロムに汚染されている疑いが強い。

 だから今すぐブラックモアに会いたい」


「ちょ……!? なにそれ聞いてない!!?」


 だが千紘のセリフには、仰天のアックスも怒りを引っ込めるしかなかった。

 やや沈黙するアダムは、ゴミを蹴っ飛ばし椅子を引くスペースを作ると、ドカッと座り瓶ビールを振り中身を確かめしずくを舐める。


「…………おまえ何やった。JFKからエリア51、911、モハヴェサイトの秘密まで握ったおまえをどうしてCIAの雇われが追う」


 何もかもが面倒とでも言いたげな顔から、ジットリと疑い相手を観察する思慮深い目付きになる、半裸のおっさん。

 その真意を問うアダムだったが、やがて優秀な脳が結論を導き出すと、表情をガラリと変えた。


「そうか……! あのリゾルバインはおまえか!? そんなこったろうと思った!!

 この馬鹿がスカイネットで懲りてないのか! おまけに野良犬に嗅ぎ付けられるようなドジまで踏みやがってこの大馬鹿が!!」


 先のようなあざけり一切無しで、アダム・ロックハウンドは大真面目に激怒していた。

 野良犬扱いされたといきどおるアックスだが、あまりのおっさんの怒気に口を挟めない。


「スカイネットは、ああ見事に騙されたオレがガキだったよ! でもオレの科学を人類の為に使おうって考えはあの時から今まで一度も変わってねぇ! あんたがそう言ったんだ! 『科学は人類の未来に資してこそ存在が許される』ってな!!

 あんたのような女にだらしない酒浸りでプライドばかり高くてクソガキみたいな根性ひん曲がってるあんたが唯一まともにオレに教えたことだ!!

 だから勇者が戻るまで科学者として出来ることをしようと決めた! 誰に文句言われようが知ったことか!!」


 千紘も珍しく、言葉を選ばず感情のまま言い返す。

 アダム・ロックハウンドは、千紘にはそういう相手だ。

 自分を人間として科学者として育てた、ろくでなしの恩師だった。


「この成長しないバカガキが…………。なりばかりデカくなって、頭の中身はここに来たチビだった時のままだ」


 若さに任せたあまりに真っ直ぐな目に、付き合い切れず天を仰ぐアダム。諦めたような深い溜息である。

 この教え子の頑固さは身に染みているのだ。

 入学当時、アメリカを離れた時、そして現在。

 一貫して歪みのない鏡に、自分を写すのは億劫おっくうだった。


「ブラックモアに会ってどうする。馬鹿正直に『CIAがメイルストロムに寄生されている』とでも言うのか。

 仮にそれが事実だとしたら、もう一番上まで真っ黒に決まってら。俺も辞め時かね」


「だとしたら今頃とっくにオレはダークサーティーあたりに襲われてるよ。でもまだそれほどじゃない、としたら、今すぐブラックモアに会わなきゃならない。

 検証もしないで推測だけで結論付けるなんて科学者のやるこっちゃないだろ」


「科学者は敵に乗っ取られた恐れのあるホワイトハウスに乗り込んだりしねーだろ……」


 目頭を押さえてうめくアダム。

 頭が痛てぇアスピリンないか、と独り言のようにつぶやいた後。


「……アートに連絡する。中には入れるだろう。だがそこからはどうなるか分からんぞ」


 と嫌そうに言い、年季の入った革のジャケットを椅子の背もたれから取り上げた。


「行くぞクソガキ」


 おっさんが研究室から出ると、千紘とアックスも後を追う。

 乗り込むのは、建物の裏手に停めてあった赤の高級スポーツカーだ。


「ねぇほかになかったの?」


「歩いてもいいんだぞ」


 ただしふたり乗り2シーター

 移動のクルマの中、アックスは千紘のフトモモの上に座っていた。千紘は仏頂面だ。


「変なところ立てないでよ!」


 などとジト目で言うアックスだが、千紘は無言。


 千紘も健全な高校2年生の男子であるからして、自分の脚の上に見た目美少女がお尻を乗せて座っていれば思うところがなくもない。

 でも、もうプロはゴメンなのだ。

 それでもやっぱり感触や匂いは否応なしに本能を刺激してくるので、どこまでも憮然としているのだが。


「おまえらもう寝たのか」


 だというのに、デリカシーの欠片もなく問題の本質を直撃してくるおっさんである。


「おいやめろやおっさんあんたと一緒にすんな。ホントよくそれで今まで教授続けてられるよ」


「おい、こいつにハニートラップは効かねーぞ。DARPAの研究員時代に――――」


「やめろや!」


「――――言い寄ってきたオンナは全員軍の士官の監視役だったって後から知ってショック受けてゲロ――――」


「ローズマリーはまだパパの――――!」


「余計なこと言ってんじゃねーガキ!!」


「あの、ただでさえ狭いんだからもう少し静かにしてもらえないかしら?」


 そんな大騒ぎしながら、スポーツカーはボストンから北へと走り、ワシントンD.Cへ到着。

 政治的中枢、アメリカの象徴、荘厳で美しい白の建物、


 ホワイトハウスへ入る事となった。


 隣接する行政ビル裏手にある、厳重な警備の地下駐車場入り口へ行き、二言三言警備員と話すと中に通される。

 窓から覗き込んでくる武装した警備員に、変な目で見られる千紘とアックス。

 三人は灰色の地下駐車場から、エレベーターに乗り上への階へ。

 そこを出て洗練された内装の空間に出ると、筋肉の塊のようなイカつい白人の軍服姿が出迎えた。


「ようアート」


「ロックハウンド、それにマキナか」


「どうも将軍」


「そっちは」


「こいつの女だとよ」


 アート・メイトリックス将軍は、アダムと千紘の顔見知りだ。

 生粋の軍事畑の迫力に、グッと息詰まるアックス。背丈も50センチ近く違う。

 千紘のガールフレンドということにされたが、訂正する気も起きない。


「大統領がお待ちだ。妙なことはするな、撃たなければならなくなる」


 挨拶もそこそこに、将軍を先頭にシークレットサービスに前後を挟まれ、ホワイトハウス内を移動する一同。

 警戒されているのは明らかにひとりの無害そうな少年であり、アックスはまたひとつ千紘の過去の話が裏付けられた思いだった。


「俺たちがここに来ると知っているのは」


「いない。おまえが内密にと言ったんだぞ。本来はありえないことだが訪問者の予定にも記載していない。おまえ達だから、大統領も承知したんだ。ロックハウンド。それに、マキナ」


 緊張感みなぎる隊列の中にあっても、将軍の横を歩くMIT教授のおっさんは気にした様子もない。

 それっきり誰からも会話は出なかったが、間もなく目的地の前につき、その必要もなくなった。


 大統領執務室だ。


 アメリカ人としての誇りを持ち、その為に中央情報局へ入るをの目的としていたアックスには、緊張の一瞬となる。

 他方、おっさんと千紘が平然としているのが信じられなかった。

 ホントいったいどういう人間なんだろう、とアックスが横目でふたりを凝視していると、将軍が扉をノックする。


「入りたまえ」


 呼ばれて中へ入ると、金髪が少し巻き毛になった精悍な中年白人男性が、笑顔で待ち構えていた。

 この顔を知らない国民は少数派だろう。


「やぁロックハウンド教授。それに……マキナ、久しぶりだな」


 ジョセフ・ブラックモア大統領。

 元はジョージア州選出の上院議員で、その時に研究員時代の千紘と関りがあった。


「どうも大統領」


「当選おめでとうございます、ミスタープレジデント」


 大統領相手でも気負いなく握手するアダム・ロックハウンドだが、千紘の方は少し硬くなった。

 アメリカと決別した判断に迷いはなかったが、この相手には少しだけ後ろめたかったのも事実だ。


「キミとはレインズ・リキャプション(手綱奪還)計画……『スカイネット計画』以来か。そちらは?」


 うながされて部屋中央のソファに座る千紘とアックス、大統領の机から勝手に酒の瓶を持ってくるアダムである。


「ミズ・アックス。CIAの外部エージェントとして特殊工作に関わっていました」


 ここで、何となくここまで伏せる感じになった見た目美少女の素性を明かす千紘。

 急に話を振られる形となり、喉から心臓飛び出るかと思ったアックスだった。


「どっ、どどどどうもお目にかかれて光栄です大統領! アックス……アレクシス・ウルフと申します!」


「ふむ、ずいぶん若く見えるが……。まぁ女性に歳をたずねるのも配慮に欠けるかね」


 大統領からなごやかに言われ、何も返せないロリエージェント、本名アレクシス・ウルフ。

 千紘はアックスのことを前置きし、本題に入る。


「彼女の管理官ハンドラーがメイルストロムに取って代わられている可能性があります。場合によっては局全体が……。

 あなたまで汚染されている可能性があった。間に合ったようで何よりです」


 この淡々と語られる爆弾発言に、大統領もさっと笑みを消し、背後に控えていた将軍も息を飲んだ。


「バカな! その娘がCIAのエージェント!?」


「外部雇用ですがね」


 将軍がロリエージェントの身分を疑うような発言をするが、当然ながら信じ難いと言ったのは、政府中枢に近い情報機関が支配されているという可能性の方だ。

 衝撃的な事実過ぎて、アックスの身分というその前提自体を疑わしいと思いたくなるほど。

 千紘は将軍のセリフをそのまま訂正したが、お互いにそんな事は重要ではないと分かっていた。


「事実なのかね?」


 声を抑えて言う大統領は、アダム・ロックハウンドとアックスを交互に見て意見を求める。


「私は縁を切った教え子にホワイトハウスに入る手引きをしてくれと言われただけですがね。

 まぁこんなことでもなければ、国外追放食らったのにまた戻りはしないでしょう」


 世界最高の学府だろうが世界最高の政治中枢だろうが、マイペースを崩さず薄ら笑いでグラスを傾けながらアダムは言う。


「わ、私のハンドラーはルシェル・トーカー、表書きは西太平洋方面リスクアサスメントチーフアナリスト。

 私はある情報を追っていましたが、それを報告する前に局のエージェントをよそおうメイルストロムに襲われ口を封じられそうになりました!

 私はほかの誰にも情報を漏らしていません! 確実な証拠を得るまで何も報告しないつもりでした!!」


 声が裏返りながら、必死に答えるアックス。

 今まで色々と我慢し必死に働いてきた、その思い出が胸に迫り熱が入ってしまった。それとあの管理者ハンドラーくたばれと思う。

 だが当然、


「いったい何を追っていた」


 と、メイトリックス将軍は疑問に思い質問してきた。


 千紘がリゾルバインのパイロットだとか信じてもらえるだろうか、と隣の少年を見る。

 今となっては、ほんの僅かだけ黙っていたい気持ちもあった。

 こうなった以上、黙っているのは難しいとアックスは思うし、千紘もそれは分かっているはずだが。

 その辺の真意を、アックスはここまで千紘に確認できなかった。


 沈黙の大統領執務室。

 強面で質問を繰り返す将軍。

 敬愛する大統領を前に、ひどくアンバランスな板挟みとなる女エージェントだったが、


「最近出てきたリゾルバイン、あれはオレが作ったもんです」


 深い溜息をきながら、千紘が暴露した。

 今度こそ驚愕の顔で、何か言いたげにソファへ深く腰掛け直す大統領。それに、筋肉を膨らませ目を見開く将軍。


「あれはキミか……! なるほど、さすがは『人類史上最高の天才』と言われただけのことはある」


 やがて、大統領は足を組むと、面白そうに身体を傾げ笑っていた。


「お前がひとりで動かしているという事はないだろう。日本政府に協力しているのか」


 千紘をにらみ詰問する将軍は、軍属として当然のことを考える。

 常識で言えば、高校生の少年がひとりで人類最強の機動兵器マシンヘッドを製造、運用しているとは考えまい。

 それが、人類史上最高の天才、と呼ばれる高校2年生でなければ、だが。


「オレひとりですよ完全に。協力者なし。支援なし。オレひとりで作って、運用して、メイルストロムと殴り合って、勇者の不在を守ってるんです」


「なぜキミひとりがそんな事を? それに、メイルストロムと戦うなら我々が喜んで協力するものを」


「あなた方が勇者『崖吾武がいあたける』の警告をまともに受け止め、本腰入れた防衛体制を作っていれば、オレが出しゃばる必要なんてなかったんですよ。

 それに、国家はどう取り繕っても自国ファーストになるのが必然です。アメリカだろうが日本だろうが中露だろうがオレの技術を渡すワケにはいかなかった。もうスカイネットで懲りましたしね」


 大統領の疑問に、アックスの向こうのアダムを見ながら応える千紘。

 フンっと鼻を鳴らすのは、指導教授のおっさんと将軍である。


「どんな理由があろうと、あれほど強力な機動兵器を政府のコントロール外に置くなどありえん。すぐに引き渡してもらおう」


 ただでさえ大柄の将軍が、千紘に詰め寄り威圧全開で命令する。

 しかしそれは、これほどのプレッシャーが必要になるとよく知っている裏返しでもあった。


「答えは変わりません。あれはオレが作った、オレの責任で運用します」


 予想通り、千紘はゴツい将軍に凄まれても動じずに言い放った。

 そうでなければ、莫大な予算を投じたアメリカ政府の一大プロジェクトを、独断で吹っ飛ばしたりしていない。


「……アメリカの弱みを握っているからと、いつまでも好き放題できると思うな、マキナ」


 将軍が制服の中の銃に手をかける。

 何も持たずに千紘も立ち上がると、将軍の正面に立ち下から顔を見据えた。

 流石に大統領執務室にプラズマ兵器とか持ち込むのは不可能だったが、炭化金属繊維の人工筋肉スーツはいつも通り身に着けている。

 もっとも、今睨みつけているのは科学者としての意地と、10代の少年の反骨身が為せるワザだったが。


「それはいいんだがアート、大統領、ウチの対外情報機関の信頼性が怪しくなっている件は?」


 そこで、緊迫感を完全に無視し、呑気な口調でアダムが口を挟んだ。ほろ酔いオヤジである。

 気勢を削がれ、そちらを見る将軍。難しそうに唸って腕を組む大統領。緊張が少し溶け、ホッと一息のアックス。

 僅かに考え目を伏せていた大統領だが、テーブル中央にあった端末から内線を繋いだ。


「今すぐ情報長官を、それにジョエルも呼び出してくれ」


               ◇


 森に囲まれ、大きな駐車場をいくつも構える、広大で孤立した巨大施設。

 ヴァージニア州ラングレーの中央情報局本部を、シークレットサービスと海兵隊が強襲していた。


 自国の重要機関を制圧すると大統領が決断したのは、国家情報長官とCIA長官の調べにより、局内に異常な動きを捉えた為だ。

 一部の管理職と実働部隊の局員が、明らかに公式な作戦外の行動をしていた。

 政府により正式に認可されない国家権力の行使は、重大な違法行為である。


 本来は、絶大な権限を以て武力を行使させる側の組織だ。

 ところが今は、その本部内を重武装の兵士と黒服が突き進んでいる。

 普段は画面越しにしか見ない実戦部隊を間近にし、職員たちは壁際に下がり身をすくめていた。

 銃口を前面に押し出し次々と部屋を制圧していく海兵と、本命の容疑者を捜索するシークレットサービス。

 西太平洋危機管理センター。

 そう銘打たれたガラス張りの区画に、黒服と迷彩柄が臨戦態勢で突入した。


 きれいに整えられ最先端の機器が揃ったオフィスだが、ガランとしており在籍する局員の姿もない。

 その最奥、角から四角く張り出した窓の無い部屋に、チーフアナリストのルシェル・トーカーはいた。


「どういうことだ。なぜシークレットサービスがCIAに強制捜査に入る。大統領の命令か」


 ブルネットの髪を後ろに撫で付けた壮年の白人男性は、完全武装の兵士たちに取り囲まれても、僅かな動揺も見せない。

 シークレットサービスのエージェントもまた、淡々と自分の仕事をする。


「トーカー管理官。あなたに国家の重要な機密を外部に漏らした容疑がかかっている。ご同行を」


 石と石である。ぶつかり合い、欠けようとも全く退こうとしない者同士。

 またその必要もないという態度の黒服に、管理者の男も僅かに不快感を露わにする。

 そのままトントンと指先で机を叩き、何かを考える素振りをしていたが、


「同行を、トーカー管理官。ホワイトハウスからは強硬手段を取ってもいいと許可を受けています」


「そうか……弁護士が必要かな?」


 それは、ピクリとも笑わないままな管理者流のジョークだった。弁護士など呼べないのは分かっているし、その必要もない。

 直後から局内で、騒音と悲鳴、それに激しい銃声が響き始める。

 無線では、突如モンスターと化した局員と海兵が戦闘に入った、という報告が飛び交っていた。


『メイルストロム!? こちらメンフィス! メイルストロムと交戦! サリバン隊長!』


「チクショウ当たりか……! オライリー! タスカー! トーカー管理官を連行しろ! 本部! CIA本部内でメイルストロムと交――――!」


「すまないが私は予定が入ったようだ」


 シークレットサービスの隊長がすぐに動こうとしたが、容疑者であるトーカー管理官がそれを制止する。

 当然そんな権限は管理者にはなく、つまり実力行使に出るという意思を言外に示していた。


 ルシェル・トーカー拘束に向かったエージェントと海兵は、モンスターと化した相手に蹴散らされていた。


 中央情報局内は、混乱が加速し続けている。

 海兵は戦闘になり得ると想定し送り出されていたが、実際にメイルストロムが出現すると、誰にとっても「まさか」という想いは強かった。

 何せ、アメリカ合衆国における情報戦略の最深部だ。

 海兵の部隊は容赦無くライフルをブッ放し、本物の局員は銃弾と破壊の中を逃げ惑い、本部内は完全に戦場となっている。

 建物外では落雷のような音を響かせ、ヒト型機動兵器マシンヘッドまでもが発砲をはじめていた。


「そんな……」


 それら一連の報告内容を大統領執務室で聞く事になり、憧れの職場の惨状にアックスが呆然としている。

 千紘は無言で成り行きを観察し、アダムは我関せずコーヒーをすすっていた。流石にアルコールは控えた。


 CIA本部の方では、対メイルストロム部隊の即時投入もあり、どうにかモンスターを駆除している。

 凶暴かつ凶悪な殺傷能力を持つメイルストロムだったが、数に勝る海兵に囲まれ、弾幕に削られ倒れトドメを刺されていた。

 このような優位な状況からはじまる戦場など滅多にない。


「クリア!」

「CP、こちらブラボー3ミドルノース、3階ミッションエリア確保。負傷3うち重症、死亡なし。指示を求む」

『アンバス9アンダーグラウンド2階訓練エリアで交戦中! 敵多数! 応援要請!!』

『CP、CP、フューエル11オー、1階北側ホールを移動中、アンバス9アンダーグラウンドの応援へ向かう』

『CPよりフューエル11、フューエル11はホールを確保、待機してください。ブラボー3ミドルノースは南側階段より2階へ移動、アンバス9を援護してください。可能ですか?』

「ブラボ3ミドルノース了解、アウト。よし移動するぞ!!」


 ダダダダン! とアサルトライフルが火を吹き、ヒトがクモに変じたようなモンスターを弾数任せで押し潰していた。

 海兵が走るすぐ横の窓の外では、機械の巨人が地響きを立て行軍している。

 防衛軍海兵隊は極めて高い作戦遂行能力とタフさで以って、中央情報局内を完全に制圧するかと思われた。



 建物を破壊し飛び出した大型メイルストロムにより、目の前いたマシンヘッドが一瞬で潰され戦況もひっくり返ったが。



               ◇


 ホワイトハウス内でも、作戦の進捗はリアルタイムで確認されていた。

 本来このような作戦は、それこそ中央情報局や国家安全保証局で行われるのが通常だ。

 だが、今回の件で国内の情報機関の信頼性が底値な為、大統領が直接指揮を執っている。

 その場に同席していた閣僚や上級職員は、現在の中央情報局の映像に息を飲み絶句していた。


大型個体ティターンカテゴリー、こんなモノまでが本部に巣食っていたのか……!」


 だがその中でも、作戦指揮所のモニターを凝視し、大統領は気丈なままだ。


 出現した大型メイルストロムは、ヒトとティラノサウルスを合わせたような形状で、前傾した二足歩行型をしていた。

 更に、下から見上げれば喉にあたる位置で、普通サイズのヒトの形の膨らみが見えただろう。

 全高で30メートル超、頭頂から尾の先までは約60メートル。黒に近いグレーの、照り返しがない体色。

 頭部の半分が裂けたような大顎に、金属杭が並んだように生えている牙。

 目にあたる位置には、赤いレンズの眼球が4つ並びになっていた。


 当事国アメリカは、まもなくこの個体に『パラサイトリメインズ』と呼称を付ける。


 最初の一機がバラバラにされると、すぐさま他のマシンヘッドが攻撃体制に入った。

 腰だめに構える155ミリ機関砲が爆音を上げ弾をバラ撒き、そう離れていない怪獣の全身へ叩き付ける。

 艦砲や大砲にも用いられる砲弾が立て続けに爆発し、黒い豪腕ティラノを爆炎に飲み込んでいた。


 その炎の中から光弾が飛び出し、並んでいたマシンヘッド2機が一撃で大穴を開けられ爆発する。


『アライブ33シグナルロスト! パイロットに応答なし!!』

『アライブ44シグナルロスト! パイロット応答ありません!!』

『ベルファイア2アイスマンよりCP! アライブ小隊が全滅! マシンヘッドが吹っ飛んだ! CP! ベルファイアのマシンヘッドが大破!!』


 ホワイトハウスの指揮所にも、非常事態を告げる報告が飛び込んで来た。

 終了ムードのあった現場は、一転し大騒ぎになっている。

 作戦を外で支援していたマシンヘッド4機、それに建物内外の海兵が泡を食って迎撃に出ていた。

 施設内の通常型モンスターを想定していた為、歩兵以外の戦力は多くない。

 最寄りの部隊のマシンヘッドや戦闘機といった応援も、緊急に出撃命令を受けていた。


 現地のマシンヘッドが火器を以て応戦するが、大したダメージを与えられないまま、先の2機と似たような末路を辿る。

 発砲しながら下がる機械の巨人だが、それ以上に巨大なモンスターのエネルギー弾を受け脚を吹き飛ばされると、見た目通りの大口により上半身が食い千切られた。

 背後から突っ込む機体はノコギリのような尻尾の一撃に薙ぎ払われ、上半身だけが地面に落着した末にモンスターに踏み潰される。


 マシンヘッドが全滅すると、少し遅れて陸軍の攻撃ヘリが現地へ到着。

 ほほ同時に戦闘機が飛来し、それら4機が同時に対地ミサイル攻撃を実行した。


 剛腕ティラノパラサイトリメインズは全身に生やしたトゲのような砲身から弾体をバラ撒き、攻撃ヘリを穴だらけにして撃墜。

 背の脇側に開いた穴から何十というミサイルを発射し、戦闘機も空中で滅多打ちにするように撃墜していた。


「スローター小隊撃墜されました! ハンター小隊到着まで5分!!」

「ハメル1、2、ロスト!!」


「大統領! クルージングミサイルによる攻撃を! 通常の対地ミサイルや砲弾は効果が見られません!!」


「……許可する。現地の部隊に警告を。終端誘導できるのかね将軍」


「問題ありません。長官、戦略原潜搭載のミサイルによる対地攻撃を。レーザー誘導可能な部隊を呼び出せ!!」


「アルカトラズの艦長に繋ぎたまえ!」


 中央情報局の制圧部隊から有効な戦力が失われると、将軍はすぐに大統領へ巡航ミサイルによる攻撃を進言。

 東海岸のパトロールに展開している戦略原子力潜水艦に搭載された、地上施設破壊用の、核以外では最も強力なミサイル兵器だ。

 事態が事態だけに、大統領の判断も早い。

 指揮所には防衛軍全体へ命令を出せる防衛長官も詰めており、トップから末端の兵士まで速やかに命令は伝達された。


『ファイファー11よりCP! ファイファー11よりCP! ティタンカテゴリーの動きに以上あり! 下部が変形している! 下部が変形して――――! まさか飛ぶつもりじゃないだろうな!!?』


 現地部隊からの緊急の報告と、無人機による映像が届くと、その必要はなくなったが。


 裏返った海兵の声が報告した通り、剛腕ティラノの腹側の装甲が開き、そこから猛烈な勢いで炎が噴き出しはじめる。

 包囲しようとしていた地上の海兵隊は、噴射される炎と熱から全力で退避していた。


 到底飛行などできそうもない形状であるが、圧倒的な推進力だけで、全長60メートルの巨体が宙へと飛び上がる。

 地上からの攻撃を全身の砲で返り討ちにする大型メイルストロムは、ラングレーから北東へ、ワシントンD.Cへとまっしぐらにミサイルの如く飛翔していた。


               ◇


 ホワイトハウス内は、大騒ぎになっていた。

 300キロメートル以上離れた場所での出来事だと思っていたら、問題の元凶が空飛んで突っ込んできたのである。

 対象、大型メイルストロムティタンカテゴリーの到着まで、予測ではあと10分。

 当然ながら空軍は出せる全ての戦闘機を飛ばし、進路上の防衛軍は持てる全ての対空兵器を持ち出したが、メイルストロムの進撃を止めることはできなかった。


 もはや首都決戦という最悪の状況は回避できず、全都市には遅過ぎる避難命令が出されている。

 間に合うはずがないとは、誰もが理解していたが。


「全市警には市民の避難を徹底させろ! もうパニックなど気にしていられる状況ではない! 周辺の戦力は全て集めメイルストロムへの足止めと市民の保護を最優先するんだ!!」


「バンカーへ移ってください大統領! 指揮は中からでも執れます! 奴はここに直接の進路を取っているのですよ!!」


「『ケテル』をバンカーに移動させる! ケテルを移動させるぞ! 経路の安全確保を!!」


「妻と娘は間に合わないようならどこでもいい地下へ避難させろ!!」


「シークレットサービスが付いていますから大丈夫です! お願いですからバンカーへ――――!!」


 火が付いたように大勢が右往左往する中、大統領は地下の指揮所で命令を出し続ける。

 だが、メイルストロムの攻撃が始まれば安全とは言い切れず、最も深い場所にある地下司令部バンカーへの避難が最善とされた。

 にもかかわらず動かない大統領に、閣僚や軍の幹部はもう泣きつかんばかりだ。


 そうしているうちに、ホワイトハウスの前庭に展開していたマシンヘッドが砲撃をはじめてしまう。

 同時に、報告でもメイルストロムの出現が伝えられていた。


 ホワイトハウスは、普段は地面に埋まっている防壁が持ち上がり、建物内に隠されていた砲台やミサイルランチャーが姿を現す要塞としての姿に。

 都市の建物を薙ぎ倒して接近する剛腕ティラノのメイルストロムへ、全力での攻撃を開始する。


 その反撃で飛んでくるエネルギー弾は、厚さ3メートルの特殊合金の壁に風穴を開け、ホワイトハウスの屋根をえぐっていた。

 白い警備用マシンヘッドも砲弾を集中させるが、僅かにも相手の動きを止められない。


 戦闘の衝撃が地下まで伝わる段となり、流石に大統領も避難せざるを得なかった。

 主要閣僚と大統領が、シークレットサービスに囲まれ移動を開始。


 だが、その間際、


「マキナ、何をしている!? キミも来い!!」


 薪鳴千紘はその集団に加わず、背を向けたまま動かなかった。

 すぐにその真意を察する指導教授のおっさんは、あきらめたように首を振っている。

 筋肉将軍は、千紘の行動が信頼に値するのか、と射貫くような目線を送っていた。

 アックスも千紘が何をしようとしているかは分かったが、何も言えなかった。


「ホワイトハウス壊したらすいません」


 それだけ言う千紘は、避難する大統領らとは逆の方へと早足で歩き出す。

 無言で頷く大統領は、今度こそシークレットサービスに押されるように、エレベーターの扉の向こうへ消えた。


「アドニス、リゾルバーを下ろせ」


『了解、リゾルバーは静止衛星軌道、高度35700キロで待機中。ダイブ開始』


「地上に着く前にドッキングシークエンスも終わらせておくぞ。降下と同時に交戦に入る」


 大股でヒトの流れに逆らいホワイトハウス内を進む千紘は、AIアドニスにリゾルバーを動かすように指示。

 リゾルバインの中核となるマシンヘッドは、アメリカ直上の宇宙でジッと出番を待っていた。アメリカ国内に入れるワケにはいかなかった為だ。

 脚部を後方に伸ばす飛行形態となっていたリゾルバーは、サイドスラスターから白煙を吹いて機首を真下の地球へ向けると、一気に加速。

 35000キロの距離を一気に突っ切ると、その勢いのまま大気圏に突入する。


 前方の空気を圧縮し、赤くなるほど加熱させるリゾルバーは、火の玉と化し急減速しながら大気の層を貫いていった。

 それを捉えたアメリカの防衛空軍は、脅威対象と判断し地対空ミサイルを発射。

 防空司令部や大統領に連絡する暇がなかったので、止むを得ずだった。

 リゾルバーは大きく機体を振り、急機動でミサイルを回避。

 すぐ後ろで爆発が起こり爆炎と破片が迫ったが、再加速によりそれらを突き放していった。


 地上近くで水平飛行に移るリゾルバーは、その後方から量子転送されてくる2機のロケット、ティルトローターと空中合体。

 腕部と背面の翼と合体した状態で、最後の急減速を行い、地上を走る災害対応車へ着地するように合体する。


 こうしてリゾルバインへの合体を完了させると、アスファルトの路面を抉りながらホワイトハウス前に滑り込み、勢いそのままにメイルストロムに殴りかかった。

 ロケットブースターでパワーを上乗せされた打撃は、剛腕ティラノの巨体さえド派手に吹っ飛ばして見せる。


「そうか、余計なことをしたのは貴様か…………!」


 この隙に乗り込む千紘だったが、起き上がるメイルストロムの頭部の下に、センサーが妙なモノを捉えた。

 それは、モンスターの光沢のない体表と融合したかのような、人間の姿だ。

 かつての中央情報局の幹部局員、アックスの管理者ハンドラー、ルシェル・トーカーの変わり果てた姿だったが、一面識もない千紘にその辺の事情は分からない。


 下顎から首にかけて張り付いているハンドラーが静かな怨嗟の声を上げ、同調するようにメイルストロムも大口を開けてリゾルバインへと吼えていた。

 

「私がメイルストロムをコントロールしていたのだ! 何もわかっていないな! メイルストロムの本当の目的とその規模を! 人類のように弱い種が勝てるような存在ではない!!」


 なにを言っているのか分からないが、それはともかく戦闘は避けられないのだから、リゾルバインも拳を突き出し戦闘態勢を取る。

 ホワイトハウス前の決戦。

 気合の入ったメディアは、危険をかえりみず報道車両で乗り付け、カメラマンが戦いを映像に収めていた。

 全米にライブでの報道が行われる。

 激突するふたつの巨体。地面を踏み鳴らす超重量を支える脚部。大質量の巻き起こす暴風がホワイトハウス一帯に粉塵を巻き上げていた。

 凄まじい戦いの余波に、防衛軍のマシンヘッドは近付くことすらできない。


「カオスが世界に拡散するぞ……! もはや止められまい! 人類にも、メイルストロムにも!!」


 剛腕ティラノが無数の弾体とミサイルを撃ち放ち、両腕の砲口からエネルギー弾を発射する。

 ワシントンD.Cを焼け野原にせんばかりの攻撃が投射されていたが、リゾルバインは正面からこれをレーザーと電磁シールドで蹴散らし、モンスターに肉薄。

 高速回転するドリル兵器を叩き付けると、頭からモンスターを薙ぎ倒す。


 かと思えば、これにすぐさま反撃してくる剛腕ティラノの大顎が、リゾルバインのドリルに噛み付いた。

 ゴリゴリゴリ――――! と腹の底まで響く騒音が撒き散らされ、モンスターの大顎から火花が飛び散る。


 歯が削れるのもお構いなしに、剛腕ティラノはリゾルバインを押し潰そうとしてきた。

 機械の巨人の関節が軋み、最大出力で抗うモーターがうねるような駆動音を響かせている。

 更に、リゾルバインよりも野太い腕に両肩部ロケットを掴まれ、圧倒的な膂力りょりょくに引き千切られそうに。

 完全に拘束され、逃げられる状態ではなかったが、


「……ッ飛べオラぁ!!」


 千紘は左腕をワザと分離させ、ロケット状態でブースターに最大加速をかけさせた。

 掴んでいた肩に引っこ抜かれる形で、メイルストロムまで一瞬空へと打ち上げられる。

 当然すぐに手を離すのだが、その下ではリゾルバインが、ドリルシャフトを勢いをつけ全力で上空へと突き上げており。


 腹から打ち抜かれる剛腕ティラノ。


 続くドリルの高速回転により、メイルストロムのモンスターは超高エネルギーの竜巻に巻き込まれ、木っ端微塵の後に消滅した。


 そして千紘は、剛腕ティラノの顎下に張り付いていた男のセリフを思い出し、やや引っかかりを覚えたままホワイトハウス前で沈黙していた。


               ◇


 後日の事となる。


 いつものように自宅の地下でリゾルバインの整備をしていたところ、地上波を流しっ放しにしていたテレビにて、ニュース番組がはじまっていた。

 映像内のテロップには、『アメリカが自己診断モードに』とある。

 何のことかといえば、先日のアメリカ首都ワシントンD.Cにおける戦闘と、中央情報局で発生した問題・・についてだ。


 いわく、


 アメリカ政府ホワイトハウスは政府機関内の極秘の内部監査を行っており、入り込んでいたメイルストロムをあぶり出すのに成功・・した。

 だが、これを制圧、排除する前に相手の暴走を招き、首都D.Cに被害が出てしまった。

 その為に首都防衛の部隊が緊急出撃し、また勇者のマシンヘッド『リゾルバイン』の協力を得て、被害を最小限に抑えることもできた。

 有事の際の首都の防衛体制の確認にもなり、政府はこの結果に満足している。


 というのが、政府報道官の公式なコメントである。


 これを見る寝不足気味の少年の目は、いつも以上にすさんでいた。

 いつもながら言い訳をさせても世界一だなぁ、と。


 この会見ではマスコミから、これは今後も続く協力なのか、現在のリゾルバインの動きはどうなっているのか、などの質問も突き付けられていたが、報道官はノーコメントで通す。

 千紘の情報は、僅かにも出ていない。


 その頃ホワイトハウスでは、


「これで今回のは貸し借りなしだ、マキナ」


 と、執務室で大統領が涼しげに笑っていた。

 そのデスクの前にいる将軍はやや不満そうだが、特に何も意見することはなかった。


 千紘は大統領の意図やメイルストロムと同化していた人間のセリフについて考え込むが、フンッ、とひとつ鼻を鳴らすと、すぐに整備作業に戻っていった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る