mgw012.prj_勇者の帰還と新たにはじまるロードオブ・ザ・セカンド

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 関東にある、某私立高校。

 この日の朝は、いつもの登校風景とは明らかに違っていた。

 飾り立てられた学校の外観と、常になく賑やかな生徒の姿。

 皆が、何かにかされ、あるいは何かに気を取られ、浮足立って注意力も散漫となっている。


 文化祭当日の空気とは、こういうモノであった。


「ういーっス」


 そんな生徒たちに交じり、ストレートのロングヘアを金に染めた女子生徒も教室内に入ってくる。

 下がり目もクールなギャル、猫谷美鈴ねこやみすずだ。


 既に教室に来ている生徒たちは、2年の3クラス合同による出し物、スマホAR連動ゲームのセッティングと最終テストに忙しい様子。

 そういった作業を見るフリで教室を見回し、目当ての生徒を探すギャルだったが、


「…………あれ? 千紘、今日も来てねーの? これゲームの方大丈夫――――」


「もーにん」


 見付からないのでそれとなく友人に聞いてみると、ちょうどそこで眠そうな男子が背後に現れた。

 ビックリした猫のように飛び上がって逃げるギャルである。


「テメー急に出てくんなバカ! あとおまえ昨日一昨日どうしたんだよ!?」 


「なになんなの? どうしてオレ朝一から教室内暴力喰らってんの??」


 至近距離から赤い顔のギャルにショートジャブの連打を浴びるのは、目の下にクマ作った髪も伸び気味の少年、薪鳴千紘まきなちひろであった。


 千紘はこの二日間、学校に来ていない。

 準備はほぼ終わっていたとはいえ、これにはギャルとほかの生徒も、文化祭での出し物に問題が出ないか不安を覚えていたのだ。

 これに関しては千紘もちょっと悪かったと思っているので、とりあえずギャルに対しては諦観の顔でサンドバッグに甘んじるモノである。

 他の生徒から見ると、ジャレ付いているようにしか見えない、という話だったが。


 それに、アメリカに行ってホワイトハウスの前でメイルストロムと殴り合っていた、とか言えるワケもない。


「んで……千紘おまえ、あの後どうしたのよ? 駐輪所に方はなんか業者みたいなの来て隠蔽するみたいに片付けていったけどさぁ。

 ほら、何か性格悪そうな外国人のオンナとかいたじゃん…………」


 軽く息が上がるほど千紘で打撃を鍛えた後、ギャルが周囲をうかがいながら小声で話しかけてきた。

 ネコ科のギャルは、三日前にある外国人の少女(見た目のみ)が千紘に接触してきたのを知っている。

 その際に、メイルストロムの襲撃や千紘の急な訪米決定など色々あったので心配していたのだが、


「まぁ、多少タフな状況だったけど、一応片付いたよ」


 千紘はここでの明言を避けた。

 どこまで話していいか、まだ頭の中で纏まっていない、という事もある。

 実際には『タフ』どころの騒ぎではなかったし。


 ギャルとしては、その『一応』の部分を聞きたいんだよ! と千紘に抗議の半眼を向けるのだが。


「ねー薪鳴ー、スマホのキャプチャがズレてるんだけどさー。センサー動かしても直らないんだけど」


「またキャリブレーション狂ってんのかね。ちょっとスマホのOSによってズレがあるみたいなんだよなー。

 今のところ上か下かみたいだし、プリセット化してクライアント側から変更できるようにするか」


 機材の設置とシステム上の調整をしていた生徒に呼ばれたので、千紘は机にバッグを置きそちらに向かう。

 その間際、


「また後で」


 内緒話の常として、千紘が低い声でささやくような言い方をしてしまい、心臓を爆動させるギャルだった。

 前髪縛りのギャル友が「どうしたー?」と間延びした声で聞くが、ネコ科のギャルは赤い顔で耳を抑えて、


「なんでもないし!」


 と威嚇するように強調。

 一部始終を見ていた黒髪が、ニヤリと悪い笑みをしていた。


               ◇


 校内に文化祭の開始を告げる放送が流され、全校生徒が一斉に動き出した。

 なお、文化祭は二日間の開催予定。初日となる本日は生徒のみで、一般参加は無しだ。

 各クラスは、定番の喫茶店、お化け屋敷、屋台系飲食店、縁日系アクティビティ、逆によく企画通ったなという何もない休憩所を開き、各部活も持ち味を活かした出し物を持ってきている。


 その中にあって、2年の3クラス合同の出し物、個人のスマホとプロジェクターの映像を同期させたARゲームは大盛況となっていた。

 ゲームで得たポイントを交換できる喫茶兼休憩所も併設されているのだが、ヒト多過ぎて場所が足りない、という悲鳴も一部から上がっていた。

 早くも想定外の事態。


 ゲーム自体も大勢が遊ぶようになると細々とした問題が出てきた為、千紘がリアルタイムでキーボードを叩き修正をかけていた。地味に天才の所業である。


Aphonエイフォン使っているヒトで、スマホのスコア表示がゼロのままだって言うヒトがいるんだけどさぁ」


「エイフォン、ってスマホの半分くらいがそれなんだけど……。

 この端末? 普通にデータ行ってるな。ウィンドウサイズが合ってないんじゃないの?

 本体情報からテキスト位置自動調整するようにしとくわ」


 ゲームシステムの操作用パソコンの隣で、担当の生徒とドライな顔で相談している千紘。

 それが普段の5割増しでカッコよく見えてしまい、目が離せないギャルであった。


「はーい終わりでーすお疲れ様でしたー」


 三つ目のプログラムが終わり、ゲームブースから客の生徒の退出をうながす案内係女子。グラフィックも担当していた三つ編みメガネ。

 最終的なゲームスコアのポイント換算などが行われ、プロジェクターから壁一面に張ったスクリーンに表示される。


「安定したっぽいな」


「そうね」


「スゲーよ薪鳴このまま売れそう」


 現場での不具合修正も落ち着き、裏方の生徒たちも一息吐いていた。

 時刻は昼休みに差し掛かっており、システムが安定したのを見計らい千紘も席を立つ。

 席を代わった生徒にシステムの変更点を説明していたところで、ギャルがさりげない風をよそおい声をかけた。


「千紘終わり? 飯食おうぜー」


「マキナくんランチ一緒しよう♪」


 ほぼ同じタイミングで、天然の金髪をサイドテールにした美少女も千紘を誘っていた。

 想像もしない人物の出現に、下がり目を丸く変えるギャル。


 そして、この一瞬で事情を察し目が死ぬ天才である。


               ◇


 生徒であふれる廊下をうように進み、三人は場所を屋上へと移した。

 秋らしく空は高く、筋雲がゆっくり西へと流れている。

 文化祭の出し物に飲食店が多い為、屋上にまで昼食をりに来る生徒は少ないようだ。

 その場にいたのは、千紘とネコ科のギャル、それにアメリカ政府のエージェントだけだった。


「日本のコンビニの品揃えはスゴイわよねー。あれすぐに入れ替わるんでしょ? クレイジーだわ」


 というアメリカ娘のアックスは、パンパンに膨れたコンビニ袋から洋風おにぎりを取り出していた。

 他にもホットドッグやペットボトル複数本が袋から飛び出し、明らかに買い過ぎているのが分かる。

 その様子は以前と異なり、本当に高校生の少女のようだ。これでも二十歳は超えているが。


「おまえアメリカ帰ったんじゃないの?」


 謎の危機感を覚えるギャルは、本音を隠さず不機嫌な顔でそんな事を言っていた。

 見た目は美少女だし千紘がロクでもない事に巻き込まれそうだし見た目は美少女だし。


「あんたの仕事終わったんじゃないの? 向こうの政府がオレをどういう扱いにするか知らないけどさ」


 千紘はというと、アックスがただの観光で来たことを心から願いたいところだった。

 残念なことにそれは120%ありえないと分かっていたので、投げやりな言い方になっていたが。


「ああわたし、今はシークレットサービスの捜査官って身分だから」


「CIAはどうしたんだよ」


「あそこは今は大変なことになっているし。

 実際、正式な局員にならないか、って話はあったのよ? でも大統領があなたとの連絡役をやってくれって言うから。

 大統領から直接頼まれたのよ? 断れるワケないでしょ」


「なんてこった」


 アックスから事の顛末を聞き、ほぼ推測通りの流れに天を仰ぐ千紘。

 放置はされないと思ったが、まさかこんな首輪を付けてくるとは。


「で……どーゆーことだってばよ?」


 怪訝な顔のギャルは、相変わらず英語が分からなかった。

 ロリ系エージェントの偽装生徒はというと、憑き物が取れたようなのほほん・・・・とした顔でラーメンドッグを食べていた。


               ◇


 文化祭二日目。

 この日は生徒だけではなく、一般来場客も参加するようになる。

 内輪だけの祭りではなくなり、本番はこの日だという認識が生徒たちにもあった。


「にーちゃん! ねーちゃん! にーねーちゃん!!」


「来やがったな…………」


 ギャルの家族、猫谷家の父と弟も、この日の第一陣で学校を訪れていた。

 しかめっ面のギャルだが、これは嫌悪ではなく照れである。 

 友人に見せない家庭での顔を知られるのは、誰でも多少の抵抗感はあるモノだ。


「だれ? カノジョのご家族??」


「そうだよ。あんたは?」


「ハワイにいるわ。マキナも確か……ホッカイドーだったかしら?」


「別にそこは機密でもなかったろ?」


 ギャル家の様子を、少し距離を開けて見ている千紘とアックス。同じ距離だが、片や育児放棄、片や一般的な家庭と、その距離感は大きく異なる。

 なお前日に、アメリカのエージェントは留学生『アレクシス』としてクラス全員と顔合わせ済みだった。


「にーちゃんリゾルバインのゲームあるの!?」


 と、姉から離れるや目をこれ以上なくキラキラさせて千紘に尋ねる弟。


「確か予定だと……リゾルバインのプログラムは昼過ぎだなぁ。

 次はサファリパークやるから、まずはそれで遊んでみないか?」


 千紘はガッカリさせないようお子様に気を遣う。

 老獪な大人どもとはまた違う付き合い辛さがあったが、それほど嫌な感じではなかった。


 そして現在、ARゲームはギャル軍団がイケメン狩りゲームで爆笑中。

 野性的な二枚目、愛想の無いクール系ハンサム、無邪気な笑みの美少年、などがハートの弾を撃ち込まれ、次々にエクスタシーの声と共に沈んでいた。


「教育に悪い……」


 企画した時は爆笑したのになぁ、と姉のギャルが嫌そうにプレイ中のギャル友たちを見る。

 ちょっと他人のフリをしたいネコ科のギャルであった。


               ◇


 主に生徒の家族からなる一般来場客であるが、千紘やギャルのクラスには、生徒を家族に持つ以外の一般人も多く訪れていた。

 高校生の文化祭レベルとは思えないARゲームは、興味を持たない人間がいないほどだ。

 これを作った生徒側も、自作のグラフィックや出したアイディアが形になり、一般客がプレイする姿に密かに興奮している。

 併設の喫茶スペースも盛況だ。ポイント獲得に夢中な客もいる。

 ポイントは全ゲームに共通してゲーム内のオプション購入に利用できるというやり込み要素もあった。


 プログラムの順番変更やゲームバランスの調整など、アドリブも多く地味に千紘は忙しい。

 昼過ぎになると、ギャルの弟や他の子供組がリゾルバインのゲームに熱狂していた。

 スマホ持っていないお子様は、ARグラスとドローイングペンに引き金とグリップ付けた簡易銃でゲームに参加。

 子供たちの「リゾルバインかっこいいよなー!」「かっけー!」の声に、


「こどもらよ、リゾルバインの雄姿を目に焼き付けるがいい」


「千紘おまえのそのリゾルバインが絡んだ時だけキモくなるのなんなの」


 これまで以上に真剣な顔で言う千紘へ、ネコ科のギャルは冷めた目を向けていた。


 スクリーンには、リゾルバインの宿敵とも言えるメイルストロム、アーマーナイトモンスターが投影されている。

 千紘がギャルの弟へフィギュアを贈ったこともあるモンスターだ。

 それをスマホの画面に捉えた子供は、シャッターを連打し攻撃を集中させていた。

 それまでのモンスターとは、一味も二味も違う手強い敵。

 これに、子供たちはキャーキャーとはしゃぎながら立ち向かっていたが、


 そんなところで、千紘の身に着けた端末にアラートが入る。


「どうしたアドニス」


『メイルストロム出現、南1.5キロ地点大林海岸宝田付近。

 警告、脅威度の高い個体を確認。種別、ティターンカテゴリー、識別「アーマーナイトモンスター」』


 AIアドニスからの報告を聞き、思わず「マジか」と漏らしてしまう千紘。

 よりによって過去最上級のモンスターが出やがった。


 細身のヒト型で、全身が武器とも言えるメイルストロム。

 腕や足の爪が剣のように長く、尻尾も先端が槍のように鋭くなっており、更にフシごとに分割延長させ自在に振るって見せる、大型種ティターンカテゴリー


 通称、アーマーナイトモンスター。


 過去、オリジナルのリゾルバインを何度も大破寸前に追い込んだ、最上位個体。

 モンスターの名を冠するモンスター。

 それが、湾岸道を乗り越え上陸後に猛スピードで北上、学校側に突っ込んできているという話だった。


 何が狙いか知らないが、思いっきり学校が進路上。

 また、相手の持ち味でもある動きが早過ぎて政府のアラートが間に合ってねぇ、と内心でいきどおる千紘が席を立つ。


「あれ? 千紘どっか行くの??」


「マキナ?」


 急に動く千紘に、ギャルとアックスが不思議そうな顔をしていた。

 そのふたりと、無邪気に遊んでいる子供たち、同じクラスの生徒たちを同時に視界に納めることになり、千紘は僅かな間だけ不思議な感慨かんがいに囚われる。


「オレ……ちょっと休憩してくる」


 何故か、取り繕う言葉も酷く出辛かった。

 初めての感覚に戸惑う千紘だが、やるべきことを忘れるほどではなく、女性陣の返事も聞かずにきびすを返して教室を出る。


「アドニス、リゾルバーをこっちに回せ……!」


 廊下を早足で歩く千紘は、本当の意味で撤退も敗北も断固として許されない戦闘に挑むことになるのを、この時点では自覚できていなかった。


               ◇


 緩い斜面の住宅地を踏み潰しながら、巨大な機械のようなモンスターが凄まじい速度で進攻している。

 これが台地の上の市街地に出ると、大型モンスターに随行する小型のモンスターが一気に周辺へ拡散した。

 メイルストロムは神出鬼没である。

 その為に防衛軍の部隊は常に都市部を巡回パトロールしていたが、最寄りの部隊は接敵と同時に全滅していた。

 マシンヘッド2機と、小隊の30人。戦闘らしい戦闘にもならなかった。


 巨体に見合わぬ俊敏な動作で、鋭利なシルエットのモンスターは何かを探るように前進と静止を繰り返している。

 当然、進路上に何があろうと、巨大モンスターには知った事ではない。

 脚に引っかかればそのまま蹴飛ばし、また立ち塞がれば体当たりで吹き飛ばす。被害は秒を追うごとに激増していた。


「建物に入って! 外に出ないで建物に入ってください!!」

「建物の奥か地下に入って避難してください!!」

「危ない崩れる!!」


 そんな危険極まりない地獄のようになっているモンスターの足元では、警察による死に物狂いの避難誘導が続けられている。

 体表がサビ付いたような色の大トカゲに対し、警察はショットガンを発砲。一時的に押し返しはするが、仕留めるには至らない。

 自衛隊の後続部隊が到着しても、もはや事態は終息するどころか大荒れとなるばかりだった。


「……おいこれ近いんじゃないのか!?」


「朱風町って、確かすぐ近くなんじゃ……!?」


「避難ってどこにすればいいんだ!?」


 学校の方でも、破壊音と発砲音が近付くにつれ、生徒と一般客がざわつきはじめる。

 ここでようやく、携帯電話に緊急事態速報が一斉送信されてきた。

 メイルストロムモンスターが出現した為に、頑丈な建物か地下に避難するように、というお決まりの文言テンプレートだ。

 その具体性を欠いた注意喚起の文面に、学校内にいる一般客や生徒の混乱があおられる。

 校内放送では「校舎は比較的頑丈で安全です」などと言われていたが、それをそのまま受け取り安心できる者などいなかった。


「姉ちゃん……?」


 不安そうに見上げてくる弟の手を、ギュッと握るギャル。姉だって、とてつもなく不安だ。

 右往左往し走り回る一般客の一方、生徒たちは教師の指示もあって教室に留まるほかない。


 そして、焦燥感ばかりが大きくなっていたところに、見える距離での爆発。

 遠くの街の風景に、普通ではない異形のシルエットがチラつき始める。


「せんせー避難とかは?」


「そもそも何かあった時は学校が避難先に指定されているだろー? 安全が確認されるまでは教室で待機だよ」


「でも学校ごと潰されたら意味なくない…………?」


「勝手に逃げちゃう?」


 教師は単に学校の方針を丸呑みにしているだけだ、というのは生徒にだって分かっている。

 大人の言うことをそのまま信じるような子供ではないのだ。

 これは命がかかる事態ではないのか、という空気も徐々に感じはじめているので、教師の言う事など無視して自主的に逃げるべきではないのか、と互いに顔を見合わせている。

 だとしても、どこに逃げていいかも判らないので、教室で足踏みしているのだが。


 そうやって身動きが取れないままでいると、大破した防衛軍のマシンヘッドが飛んできて校舎に直撃した。


「うぉあああああ!?」

「ぎゃあああ何ぃ!!?」

「やばいやばいやばい死ぬ死ぬ!!」

「待て動くなぁ! 今は本当に危ないから動かないでくれ!!」


 ついに直接の被害が及ぶ事態となり、校舎内は弾けたようなパニックに。

 大型モンスターの姿も、高層ビルが薙ぎ倒されその向こうにハッキリと見えるようになる。

 そこからは状況が動くのも早く、建物を木っ端微塵にし、土煙を上げ、鋭利なシルエットの怪獣が見る間に大きくなっていった。



 それを、急降下してくる飛行形態のリゾルバーと、支援機のロケットとティルトローターが強襲する。



 白のレーザー、数十発のミサイル、機関砲が横殴りの雨のように叩き付けられるが、アーマーナイトはその巨体から考えられない俊敏さで、後ろ跳びに回避していた。

 しかも、直上を突っ切る瞬間にティルトローターが真っ二つになり撃墜される。

 建物の影から奇襲をかける災害対応車も、同様に尾の一撃で真上から叩き斬られていた。

 だが、


「ッ――――甘い!!」


 すぐさま次のティルトローターと災害対応車が量子転送されてくる。千紘が作り上げたモノだ。当然予備など製造済みだった。 

 アーマーナイトも攻撃を繰り返そうとするが、反転して戻ってきたロケットがワイヤー付きの腕を射出し、その尻尾を捕まえた。


「ブーストをマックスパワーに! そのまま持ってけ!!」


 千紘の指示でロケットがブースターを限界まで燃やし、モンスターを引き摺る。

 これを、長い爪で路面を引っ掻くモンスターが逆に引っ張り、力が均衡した瞬間に逆に飛び掛かり破壊した。


 そしてロケットもまた次の機体が転送され、既にティルトローターと災害対応車と合体していたリゾルバーに接続する。

 合体時を狙おうとしたアーマーナイトの背へ、先んじて射出されていたミサイルの群れが直撃した。

 爆炎を背負い、地面に叩き落されるモンスター。


 リゾルバインは肩関節部をロックし、合体を完了させていた。


「うわー出たー!!」

「リゾルバインだー!」

「イケー! ブッ飛ばせー!!」


 ギリギリのところで頼もしい巨人が現れ、学校と周辺の避難場所では割れんばかりの歓声が巻き上がっていた。

 メイルストロムのモンスター群を相手に、単身で常勝を続けている人類の守護神。

 防衛軍まで壊滅した現状では、最後の望みでもあった。


 などと人々の希望を一身に背負うリゾルバインとコクピット内の千紘であったが、その焦りは今までの比ではなかったりする。


「侵攻速度が早過ぎる上に防衛軍はもっと頑張れ! これ終わったら学校に迎撃システム仕込んでやるからなテメェ!!」


 モンスター、アーマーナイトが止まったのは、学校まで僅か300メートルという距離。

 当然ながら市街地ド真ん中だ。被害も既にどうしようもないほど出ている。

 万が一、学校を襲われた時のことを想定していなかったでもない。

 その時は防衛軍が交戦している間にリゾルバインで乱入する予定だったが、今回は相手の性能が想定以上だった為に、危うく間に合わないところだった。

 状況はそれほど良くもないが。

 未だ、流れ弾一発で全校生徒が全滅しかねない。

 間違ってもモンスターを突っ込ませるワケにもいかないという、戦闘開始時点で即最終防衛ラインだった。


 そんなリゾルバインの焦りを見透かしたように、昆虫づらのアーマーナイトが、上下左右に割れるアゴを震わせながら「ガハァ……!」と開き気を吐く。


 こいつには勇者とリゾルバインがボコされてるんだよなぁ、これ勝てるのか。

 と、弱気を振り払うようにギリギリ歯を鳴らす千紘だったが、そんな意識の隙間を侵略するようなモンスターの一撃が飛んできた。


「くそっ!?」


 反応が遅れた、と毒づきながらも、正面からの打撃で迎え撃ちに行く。三叉の爪を腕で跳ね返し、相手の動きを止めたところで踏み込み大きく引き絞る右腕ストレート。

 だが、一瞬早く飛び退きながら、同時に振るうモンスターの尻尾がリゾルバインの胸部を直撃する。

 その一撃は電磁シールドも疑似慣性制御装甲イナーシャルアーマーをも突破していた。


『胸部一次より三次装甲破損。メインエネルギーバスにオーバーロード確認。リアクター2番安全装置作動、緊急停止。通電能力90%に低下。ダメージコントロールシステム作動』


「サブパワーバスは全部開放! パワーグリッドはリアクターの100%を超えない限り独立電源供給!!」


 一撃でリゾルバインの防御の全てを打ち抜かれ、エネルギー経路や内部の機能にも問題が発生していた。

 応急修理機能が自動で動き、千紘も迂回経路や代替え機能をフルに使い対応する。


 リゾルバインは眼孔部のレーザーで攻撃開始。腕部のレーザーと脚部のパイルバンカーにチェーンソーまで総動員し殴り合いの構え。

 接近戦は苦手だが、相手の猛攻に距離を取っている余裕が無いのだ。ついでにドリルを出す暇もない。


 互いの伸ばした腕が届く、超接近距離。

 にもかかわらず、アーマーナイトはすぐ目の前から飛んで来る攻撃すら回避し、逆に鋭過ぎる長い爪でリゾルバインの装甲を叩き切る。

 スピードだけではなく、ガードの隙間を正確に突いてくる精度も、他のモンスターとは比較にならなかった。


「エンジンナセルのピッチマイナス90! レッドブースト!!」

『ジェットエンジン1番2番ピッチ角度マイナス90度アフターバーナー点火燃焼フルパワー』


 背部の翼端にあるジェットエンジンを正面に向け、最大出力で燃やす。

 後退しつつモンスターを吹き飛ばすのを狙った一手だが、相手に一瞬で回り込まれ不発に。

 リゾルバインも回転しレーザーで追い撃つが、左右への早過ぎる動きと地に沈み込むような柔軟さの敵に全く追い付けない。

 そうして突き離せないまま組み付かれ、大口を開け噛み付いてきたところを、フルパワーで対抗する。

 ゼロ距離から胸部装甲内のショットガンを連発すると、驚かせどうにか後退させることができた。

 本来は普通サイズのモンスターを倒す為の口径だ。二度と不意打ちは効かないだろうと千紘は考える。


「早えぇ全然追い付けない! アドニス相手のスペックは!?」


『アーカイブデータの150%。行動予測シミュレーター、データ修正中』


「だと思った!」


 ブラストアーム、ワイヤー付きパンチが飛翔しアーマーナイトを追うが、脚力だけで逃げ切られしまった。

 捕まえられはしないが、一応これも想定内。

 この僅かな時間を使い、肩アーマーのロケット内部からフォースドリルを出し、左右のシャフトを接続。

 リゾルバイン並の長さがあるドリルブレードを腕に装着し、高速回転させブースターを吹かし突撃する。


「マスコントロールフィールド展開しろ!」

『マスコントロールフィールド展開。機動予測シミュレーション、機体慣性値を変更』


 257トンという重量があるが、天才、薪鳴千紘の素粒子技術により、リゾルバインは質量自体を一時的に大きく軽減することができた。

 音速に近い速度で路面を踏み、建物を飛び越える27.5メートルの巨人はモンスターに肉薄。

 変幻自在に振るわれる尾や、手足の爪、それらとドリルが火花を散らす。


 しかし、ドリル一本で攻めるリゾルバインは防御が間に合わずに機体装甲にダメージを増やし、戦況の不利は明らかだった。


「おい全然歯が立たないじゃないか!」

「これダメなんじゃないか!?」

「防衛軍は何やってるんだよ」


 学校では、生徒や一般客に悲壮感が広がっている。自分たちが生き残るには、何としてもリゾルバインに勝ってもらわねばならないのだ。

 弟や他の子供は「リゾルバインー!」と泣きそうになりながらも健気に応援を続けている。

 そして、事実を知る数少ないひとりであるギャルも、


「何やってんだ千紘頑張れ……!」


 と、抑え切れない気持ちが小声となり口をついていた。



 現実には、無情にもアーマーナイトの尾の槍がリゾルバインを腹から背まで貫通していたが。



「クソがー! 今のはヤバかった! ダメージレポート!!」


『熱循環システムRユニット全損。キャパシタ、熱交換機、バッテリー機能50%に低下。右大腿部アクチュエイター制御システムに問題発生。自己診断中。

 なお50センチズレていた場合コクピットブロックに致命的損傷を受けていました』


「エネルギーはゼロインフィニティの出力コンマ003%上昇で対応! 右脚部制御は安全装置外して今だけどうにか動かせ!!」


 コクピット内の赤い表示が一気に増えた。破損報告だらけだ。

 ここまでのダメージの積み重ねが、二次的にも重大な機能障害を引き起こしている。


 リゾルバインの姿勢制御機能にも不具合を生じ、踏ん張りがきかず膝をついていた。

 アーマーナイトがこの隙を見逃す理由はない。

 飛び掛かり頭部に噛み付こうとするのがコクピットから見える。牙がびっしりの口腔内は、おぞましいの一言だ。

 どうにかこれを阻止しようとするが、押し切られるリゾルバインは背面から地面に倒れそうになり、


「――――ヤバい!!」


 気が付けば学校のすぐ目の前まで来ており、2基の回転翼ローターとジェットエンジンをフルパワーでぶん回し、ギリギリで踏み止まった。


 校庭に尻もちをついた形の機械の巨人。

 校舎と生徒に被害が出てないか、と冷や汗をかきながら千紘はカメラをそちらに向ける。


 コクピットの全周ディスプレイには、不安と恐れを顔いっぱいに出した、自分と同い年の生徒たちの姿が。

 中には当然、友人のギャルや、その弟もいる。



 ふと千紘は、寒い夜に猫を抱えて自分を見上げている、小さなころの自分を見下ろしているような気がして。



「ッ……ここで守れんで何の為に作ったリゾルバインだコラぁ!」



 引き千切れそうな機体、警告表示で真っ赤なコクピット。

 そんな、もはや動かないはずのリゾルバインが勢いよく立ち上がり、トドメを刺そうと喰らい付いてくるモンスターをドリルで張り倒していた。

 何故そんな動きが出来たかは、この勇者を蘇らせた天才にも分からない。

 もうそんな理屈も理論も頭にない。

 薪鳴千紘は生まれてはじめて思考を放棄し、絶対に負けられん、という気持ちだけをストレートに出していた。

 

 それが、リゾルバインに基礎から組み込まれていた物質、エレメンタムマターを励起させる。

 構造体の内側から噴き出す銀色の光。

 破損し、停止していたリゾルバインの一部機能が回復していた。

 仕様外の動きにより、駆動部が想定していない干渉を起こし、巨人の寝息のような重低音を響かせている。


「ハァアアアアア――――!!!!」


 ここではじめて、アーマーナイトが頭を低く身構え、3つに割れる大顎を震わせ叫んでいた。

 リゾルバインは全武装を開放。残っていたミサイルの全てが上腕部や背面から発射され、全レーザーも発振する。


 今までと違い、腕まで使い地面を捉えるアーマーナイトの機動力は40%増しといったところだった。

 地面を滑るようにレーザーの嵐を潜り抜けるモンスターは、本命の一撃であるフォースドリルの攻撃を誘い、地面へ叩き付けるそれを紙一重でかわしてみせる。

 大振りを外したリゾルバインは、致命的なスキを晒した。


「ブッとべぇええええ!!」


 必ずそこを狙うと思った千紘は、カウンターでモンスターの顔面にブラストアームを叩き込む。


「アドニス! ブラストアーム最大出力! リミッタ外して燃やし尽くせ!!」


『ブラストアーム、オーバーブースト。パワーマキシマム。推力1500%オーバー。モニタリング不能』


 アーマーナイトの顔面を握り締めたリゾルバインの腕は、相手を地面に押さえ付けたまま噴進。モンスターを地面で摺り下ろす勢いだ。

 暴れるアーマーナイトは自分を捕らえる腕を破壊しようとするが、尋常ではなく頑丈になったブラストアームは傷も付かない。


 そこへ、地面を踏み砕き接近する本体、リゾルバイン。

 

『フォースドリルメーレーウェポン、メタロジカルエフェクター展開、エクスターナルサプライヤー直結。

 フォースドリルメーレーウェポン、インフィニティモード』


 ドリル基部に近いビットのカバーが持ち上がり、放熱で大気を歪ませる金色のパーツが露出する。

 倒れたまま、しなり、勢いよく振るわれるアーマーナイトの尾。本能的な恐怖がそうさせていた。

 リゾルバインはドリルを横薙ぎにしてその尻尾を叩き返すと、真上からモンスターにドリルシャフトの先端を叩き込み、


「喰らいやがれ! カロリアル・ヘリクス!!」


 ごく短時間に限り、無限エネルギー機関『ゼロインフィニティ』から供給されるエネルギーを開放。

 抗うことを許さない絶大な熱量と回転力が一点に集中し、ドリルを押さえ付けようと足掻いていたモンスターの手足ごと、無限の螺旋に巻き込み塵滅した。


                ◇


 ドリルを落とし、今度こそリゾルバインは地面に膝をついていた。

 同時に、炎が燃え尽きるように銀色の光も放出を止める。

 学校、避難していた街の住民、防衛軍は爆発したかのような歓声を上げていたが、コクピット内の天才はぐったりしていた。

 今から家に帰らなければならんのが辛い。


「あー…………勇者の真似事くらいはできるようになったかね」


 リゾルバインはボロボロ、街はメチャクチャ、自分はクタクタだ。

 もう何もする気力がない千紘だが、学校の被害はどうかと外部カメラを向けてみる。

 教室の窓際にいるギャルは号泣して酷い顔になっていた。後ろから抱き締められている弟が苦しそうだ。


「『科学は人類の幸福と発展に資してこそ』、か…………」


 不意に、MITで自分を育てた教授の唯一まともな言葉を思い出す。

 そして、今まで自分が何をしていたのかを、人生ではじめて疑問に思った。

 その言葉を忘れたことはない。

 だが、軍事研究がその為になる、企業の依頼がその為になる、と言い続けてこられ、いつの間にか手段ばかり見て目的を見失っていたのではないか、と。


 自分の科学と技術力が誰かを助けることができた、と本当に思えたのは、もしかしたらこの時がはじめてだったかもしれない。


 ならば、科学で人類を助けるのに、国家や企業の力を使うという迂遠な手続きを経る必要などないのだろう。

 いつの間にか、既存のシステムに埋没し、その中で歯車を動かし問題を解決しようとしていた。

 千紘自身今まで自覚はなかったが、普通ではない人生を歩んできた中で、普通に社会の一員としてハミ出さない生き方を望んでいたのだろうか。


 しかし、勇者の留守番としてはじめたこの戦いで、自分はここまで出来た。

 勇者は特別な存在だ。ただひとり、あるいは全世界から背を向けられても、信念を貫き戦い抜いた英雄だ。

 自分にはそんな事できない、と思っていたこそ、千紘は留守番に徹しようと考えた。


 勇者になれるとは今も思っていない。リゾルバインも借り物だ。

 だからこそ、リゾルバインというやり方にこだわらない、ただの留守番ではない、自分だけのやり方で勇者の意思を継ぎ、科学者としての存在理由を全うするべきなのだろう。

 薪鳴千紘は天才などではない。ただ勉強ができただけだ。

 そんな自分にできるだろうか。

 勇者の後追いという理由すら手放せば、自分など機械に強いだけの高校生。

 やろうとする事は途方もなく感じられたが、だとしても千紘自身、やらないという選択がないことも分かっており、


『メイルストロム出現。警告、脅威度不明、個体数計測不能。種別不明、識別不明。

 監視衛星及び当該地域監視スポットで空間異常を計測。10年前の第一次メイルストロム侵攻時における最終決戦と同規模です』


 その前に、更にどうしようもなく巨大な脅威が立ちはだかった。


 半壊した街の中央。光が歪み、地面が落ち込み、そこに全く異なる光景が現れる。

 それは、一見して神々しくさえある光の渦だ。

 だが、その光の流れをさかのぼるようにして、数え切れないモンスターが空間の淵に近づいている。

 しかも、アーマーナイトや未確認の大型モンスターまで、無数の種が含まれていた。


 そして中央。

 大型モンスターが小さく見える、スケール感がおかしくなりそうな超巨大な何かが座してた。


「ちくしょうこれの事か……!!」


 思い出すのはアメリカのメイルストロム。

 腕が肥大化したティラノサウルスのようなモンスターの、喉元に張り付いていた男の叫びだ。

 情報機関の幹部局員だったという男は、メイルストロムにまつわる事態が制御不能になる、と予言していた。

 まさしく、今の事態だ。


 大型メイルストロムが一体、また一体と空間を越え地上に降り立ってくる。


(リゾルバインは……もう無理か。エレメンタムマターも沈黙。後は……ゼロインフィニティの矛盾数コンフリクトモード)


 機械の巨人は軋むばかりで立つことすらできない。

 全てを見ていた人々には、悲鳴すらなかった。どう足掻いても生き残る道が見えない。絶望しかない。

 呆然と、最後の瞬間を受け入れるほかない人々を助ける方法は、ただひとつ。


「アドニス、ブースターを最大出力。ゼロインフィニティをコンフリクトモードへ。

 AI『アドニスシステム』は以降、デウスエクスマキナ・プロトコルへ」


『ゼロインフィニティの遠隔コントロールは不可能です。脱出の時間がありません』


「んなこと分かってるよ」


 リゾルバインの肩のロケットエンジン、それに背部のジェットエンジンが同時に火を噴いた。

 大推力で強引に自身を持ち上げる機械の巨人。

 千紘とリゾルバインにできるのは、渦に突入し、ゼロインフィニティの無限エネルギー、そして相反するもうひとつのモード、ゼロエネルギーによる矛盾落差を起こし自爆させることのみ。

 計算上は、最大で銀河ひとつ吹っ飛ぶほどの空間衝撃が発生するはずだ。


 当然ながら千紘は死ぬが、ゼロインフィニティは千紘以外だと起動できないのだからどうしようもない。

 残念である。


 最後に、学校にカメラを向け、見知った教室を拡大投影した。

 全員が渦を見て固まっている中で、ネコ科のギャルだけがリゾルバインの方を思い詰めた目で見ている。

 なかなか悪くない学校生活だったように思う。

 様々な思い出があふれて少し泣きそうになるが、おかげで覚悟を決める最後の一押しになった。


 リゾルバインも最後の飛翔。ここまでの戦闘で負荷をかけ過ぎ、ブースターもジェットエンジンも異常過熱している。爆発しそうだ。

 それでも、渦の内部へ飛び込むことさえできればいい。

 特攻の気配を感じたか、大型モンスターも次々とリゾルバインの前に出て阻止しようとする。

 地面スレスレを飛ぶリゾルバインは、ドリルごと体当たりする勢いでただ真っ直ぐに突っ込み、



「エレメンタムシュレッド!!」



 横合いから振り下ろされる黄金の斬撃により、道を阻む大型モンスターが4体まとめて叩き斬られていた。

 背の翼のジェットエンジン4発から炎と陽炎を引き、地上を疾走する機械の巨人が、剣を振り上げ次のモンスターへ斬り掛かる。

 鳥のようなモンスターは、長大な翼を叩き付けようと振り回すが、真向激突する巨人の剣に真上から叩き潰された。

 崩れたクマのようなモンスターは、突き刺された剣から噴き出す黄金のエネルギー流で大穴を空け吹き飛ばされる。


「エレメンタムチャクラム!!」


 包囲し、一斉に攻撃してくる大型モンスターに、機械の巨人は剣を全方位に横薙ぎし一閃。

 20体ものモンスターを、一瞬で殲滅して見せた。


 流石に千紘も心底仰天する。

 その圧倒的な攻撃能力が理由ではない。


「ま、さか、だろ……!? 本当に、帰ってきた…………!!?」


 千紘の製造したリゾルバインと、よく似た大型マシンヘッドだった。

 重装甲で、大出力を思わせる駆動部アクチュエイターを備えるが、千紘のリゾルバインよりはやや細身。

 別種のマシンを合体させているのが分かる、意匠の違う腕部と脚部。

 決定的な差としては、ドリルではなく全高に近いサイズのロングソードを備えている。

 それは、機体の象徴とも言える物質、エレメンタムマターの合金製の剣だった。


 10年前。

 第一次メイルストロム侵攻に際し、ほぼ単独で人類を守り抜いた伝説の『勇者』の巨大ロボット。


 リゾルバイン。

 そのオリジナルである。


 真の勇者リゾルバインは、渦から飛び出すモンスターを片っ端から切断。

 しかし新たに出てくるアーマーナイトと、その変種らしきモンスター2体と切り結び、足を止められてしまった。

 センサーで見る限り、勇者リゾルバインの駆動性能、運動性能、機動力は、決して優れたモノではない。

 それでも、千紘が手こずったモンスターを相手に五分以上に戦えるのは、流石としか言いようがなかった。


 だが勇者の向こう、大渦メイルストロムからは尽きることなくモンスターが這い上がってこようとしている。


「支援支援支援なんとか支援! 勇者が来てんだぞ! アドニス、レーザーくらい撃てないのか!?」


『メイン、サブ、両系統のエネルギーバス接続率が5%以下。全リアクターが緊急停止中。メイン2番及びサブリアクター7番再起動まで15分。アームド各機を量子転送した場合の支援効率、2%以下。連携するワークフローが存在せず戦略上の障害になる可能性があります』


「じゃアームドはパージ! 邪魔だ!!」


『ジョイントロックが応答しません。機能障害が発生しています』


 落着したリゾルバインの中、千紘は躍起になって勇者に援護射撃する手を探っていた。

 死を覚悟したことも忘れて、慌てぶりが単なるファンのようになっているが、天才なりに頭を働かせている。

 損傷が激しくまともに動く部分はほとんどなかったが、コクピット内のディスプレイパネルを引っ剥がしてケーブルを引っこ抜き、強引に動かそうとしていた。


 そんなことをしている間にも、勇者リゾルバインは敵の数が増えることで不利になっており、


『聞こえるか、新たな勇者! まだ戦えるなら少しでいい、手を貸してくれ!!』


 懐かしい声だったが、その時は千紘も自分に向けられた声だとは思わなかった。


 彼の大きな手に頭を撫でられてから、ここまでの13年。

 ただ夢中でその背中に追いつくことを考え、最先端の科学を学び技術を修め、リゾルバインを含めた準備をしてきた。

 そして今、同じ戦場に立つ真の勇者リゾルバイン、崖吾武がいあたけるが自分の助けを求めている。


 気が狂うほどの熱が胸に宿り、千紘は猛獣のようにギリギリと歯を喰いしばっていた。


「ッ…………こちとら人類史上最高の天才と言われてんだぞぉ! 動けポンコツがぁ!!」


 リゾルバインの配線図を呼び出す千紘は、最もベターと思われるエネルギーバスを見つけ出すと、腕に着けた護身用プラズマ兵器でコクピットの右をぶん殴った。

 大穴を空けると、そこから太いケーブルを引き摺り出す。

 次に、炭化金属繊維スーツの首もとを空けると、首の下までを露出させた。

 そこには、胸骨柄の部分に移植した六角形のデバイス、無限エネルギー機関、もうひとつのゼロインフィニティがあった。

 千紘の奥の手だ。スーツの電力もここから得ている。


 ゼロインフィニティデバイスの外装を開けると、そこにある細かな金属の凹凸からなるスリットに、引き出したケーブルのプラグを接続。

 一方で、リゾルバインの内部エネルギー経路を最低限の機能に振り分けた。

 断線したエネルギー経路を整理し、本体のゼロインフィニティと千紘のゼロインフィニティに最短距離で接続し直している。

 システムの書き換えも、人類最速でこなしていた。


 朽ちかけた新たな勇者が、全身から火花を散らしながら三度みたび立ち上がる。

 既にまともな機体制御はできていない。今この瞬間に、強引な駆動系の作動圧に耐え兼ね、内側から破断せんばかりだ。

 それでもぎこちない動きで、右腕部と接続されたドリルシャフトをメイルストロムへと突き出した。


 そして機体の内側から、先ほど以上の勢いで銀色にきらめくエレメンタムマターの光がほとばしってくる。


「アドニス! これで吹っ飛んでも構わない! 一発撃てればいい!

 機体姿勢を維持する以外の全パワーバスをフォースドリルに集中! メタロジカルエフェクターはゼロとインフィニティーにコントロールを別けてメビウスモードへ!!」


『警告、エネルギー準位の無制限モードと消滅モードの同時起動は時間、空間、事象、あらゆる要素において多大なリスクが想定されます。シミュレーターの予測範囲外です』


「ここでこいつらブッ飛ばさにゃ同じことだろうが! ゴーゴーゴー!!」


 長大なドリルが甲高い音を立て、高速回転を開始。

 ドリルシャフトが超高熱の白いエネルギーを巻き込み巨大な螺旋を生むが、同時にそこへ決して混ざらぬ黒が入り込んでいた。


 メイルストロムの渦、その中心から、地球全域に届くかというような悲鳴が響く。


 無限に膨張する熱エネルギーと、完全に全てを消失させるゼロエネルギーが衝突を起こしながら収束を続ける。

 本来惑星ひとつに収まる現象ではなく、地面が揺れ大気が荒れ、凄まじい大嵐になっていた。


「来い来い来い来い来い来い来い来い来た来た来た来た来たぁ!!」


 相反するふたつのエネルギー属性が、ゼロインフィニティにより強制的に融合する。

 人類史上最高の天才と呼ばれた少年は、コクピット内で狂気に笑い転げていた。

 そこに生まれるのは、時間軸が発生する以前、宇宙の誕生の瞬間とその終わりに等しい規模のエネルギー流だ。

 それを、勇者と共に、人類最大の敵にブチ込むのが面白くて仕方がない。

 どうせここで負ければ人類も滅びるのだ。

 うっかり太陽系くらいは消し飛ぶかもしれないが、勇者がいればどうとでもしてくれる気がした。

 根拠などないので、千紘も大分ブチ切れている。


 モンスターが千紘の方へ殺到しようとするが、勇者リゾルバインがそれを許さない。


『無制限エネルギー、ゼロエネルギー、収束までカウントダウン開始、10、9、8、7――――』


「崖吾さん! カウントゼロでブチ込みます!!」


『承知した!!』


『――――3,2、1』


 完全にゼロとインフィニティのエネルギーが収束した瞬間、宇宙のような光を孕む黒い螺旋の激流が生まれ、メイルストロムを飲み込んだ。

 直径1キロ以上ある空間の穴そのものを押し流す、宇宙の漆黒。それは実際に宇宙まで到達し、更にその先を貫くほどだ。

 そして、関東全域に及ぶ激しい空間自体の揺れ。


「――ニス! ――――エフェクタのログ――――反――――――リバース!!!!」


 リゾルバインのコクピットは、振動だけでバラバラになりそうだった。

 操作アームを握り締める千紘は、死に物狂いで機体姿勢を制御しつつ、フォースドリルから発生させるエネルギー性質の反転を強制実行するという離れ業。

 ケーブルが内側から弾け、エネルギーのコントロールシステムが溶解するが、ここまで来ると製造した千紘自身も(よくこれで動いているな)と思わざるを得ない有様だ。

 それも、エレメンタムマターが最後の一線で機体を守り、自己修復させている為だった。


 フォースドリルの制御を強制的に反転させ、エネルギーの収束を打ち切る。

 空間の振動も収まり、大気の状態は急速に安定していった。

 建物の中から避難した人々が外へ出てくる。静けさが戻ったことに加え、もう何が起こっているのかを自分の目で確かめずにはいられない、という気持ちでいっぱいだった。


 メイルストロムは、一体残らず消えていた。空間に開いた、禍々しい黄色く光る渦も見当たらない。

 崩れた建物の破片やゴミが散乱しているが、揺れも風もなく、ついでに空には雲ひとつなかった。遠くの空を見ると、学校を中心とした一帯だけ雲が押し退けられたようになっているのがわかる。


 そして、2体の巨人がいた。

 片や、大剣を帯び装甲が少し古ぼけた勇者のロボット、リゾルバイン。

 片や、ドリルシャフトを地面に突き刺し、控えるように片膝をついている、ある少年の信念が生んだ新たな勇者。


 最後まで戦い抜き、朽ちかけたリゾルバインは、胸部コクピットのハッチを上げていた。

 そこから出て空を見上げる千紘は、外気を大きく吸い込んでいた。


               ◇


 日本の秋の空気と違い、中東地域のその国は、空気が熱く乾燥していた。

 ある世界最大の高層ビルの屋上から見ると、遠くから砂嵐が巨大な壁のようにそそり立ち迫って来ているのがわかる。

 足元の街では戦闘による黒煙が多くの場所から立ち上り、ヒトの上半身を付けたナメクジ型のモンスターと機械の巨人が戦っている姿が見えた。


 状況は何も変わっていない。

 メイルストロムは神出鬼没の発生を続け、人類側の防備は決して十分とは言えないままだ。

 しかし、千紘はもう留守番だと言いワケするつもりはなかった。

 勇者の影を追うばかりではない。また、その必要もない。


 千紘の道標となるもうひとりの男、科学者の師は言った。

 科学と科学者は人類の幸福と発展に資してこそ、その存在を許される。

 ならば千紘は科学者として、勇者と同じ場所を違う道で目指すのみ。


 勇者リゾルバインと、ほかに戦う大勢の勇者に続き、勇者たちの末席として自分の戦いに赴くのだ。


「アドニス、リゾルバインセカンド、出すぞ」


 パワードスーツを装備した千紘が宙へと飛び出す。

 空を裂くステルス可変機と、追随するロケットとティルトローター、地を走るファイアパターンの災害対応車。

 砂漠の中の大都市で、人類の脅威となるモンスターの前に、巨大ロボット『リゾルバイン』が立ちはだかった。






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勇者が帰って来ないので巨大ロボで世界を守り留守番している。あるいは『ブレイブ・インフィニティ ロードオブ・ザ・セカンド』 赤川 @akagawa

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