mgw006.prj_勇者の魂を燃やすにも必要な準備がある
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10年の時を経て人類は再び『メイルストロム』という脅威に直面したのだが、この10年間を全く完全にいいわけなく無防備に過ごしていたワケでもなかった。一応は。
メイルストロムを退けた勇者『
そうして、ポーズばかりの警戒態勢が、10年間積み上げられる事となった。
今やほぼ機能していないメイルストロム群の監視スポットシステムも、そのようにして形ばかり整えられた警戒態勢のひとつである。
今は、無人の施設内にクモが巣を張るばかりだ。
◇
技術者としての能力を見せた為か、機械トラブルに見舞われた者の世話を焼いた為か、
一年生の入学時とは違う、悪意あるモノではない。
付き合いが悪く不愛想だった反動か、話せる相手と分かると、その技術力もあって面白がられたようである。
そのような経緯で、千紘は連休を利用したキャンプへ誘われる事になった。
参加の承諾をした覚えはないのだが、なぜか前日に参加が決まっていると知らされる事になり、そのまま連れて来られたのだ。
リゾルバインの改修部品が一通り仕上がったので、仮組して稼働テストをしたかったのだが、
「そういえばオレ、キャンプとかはじめてだなぁ」
いろいろ考えた末に、結局参加している千紘である。
キャンプ未経験、と言いながらも、炭にもしっかり焚き付けから火を移す堅実な手際であった。
天才は確実な順序を踏み目的を達成する。
「上手いじゃん。機械だけじゃなくて、サバイバル的なことも得意なん?」
と言うのは、順調に燃える炭と千紘を見下ろしていた金髪ストレートのギャル、
千紘の意思確認をせずキャンプ参加を決定した張本人である。
「火は自由に使えるし木炭も最初から用意された物だから、楽なもんだよ。日本は平和だ…………」
事実、千紘はレジャーとしてのキャンプは初めてだった。
直近のキャンプの思い出としては、軍用装備の面倒を見るのに特殊部隊に同行して北アフリカの砂漠でクソ寒い中キャンプするハメになった事はあるが。死ぬかと思った。
あんな修羅場と現在の環境は比べられない。
機械も部品も何も無い現場でスマホを敵の運用するドローンのコントローラーにしろ簡単だろとか無茶言いやがって簡単だと思うならテメーでやれや。と、過去の怨念も漏れてくる。
ああやったさ電波出力無理繰り上げてその場で基礎研究みたいな事までして受信感度もギリギリまで上げて相手の通信プロトコル自動解析して操作に割り込みかけたら逆暗化のオーバーライドで乗っ取るスマホのシステムをその場で作ったさその挙句にバッテリーの消耗が激し過ぎるだ!? リビアでもチュニジアでもアルジェリアでも行ってコンビニで買ってこい!!
火を見つめながら目が
一方で他の参加者は、千紘が薪の鳴る音で過去を思い返しているなど知る由もなく、気楽に過ごしていた。
周囲の景色やクラスの友人をスマホで撮影しているアイチューバー。
ひたすらおチャラけている三枚目パリピ。
爪にヤスリかけているオシャレボブのダウナーギャルと、スマホのゲームをプレイしている日焼けした前髪縛りギャル。
川面に小石を投げて魚のリアクションを引き出すサバサバした黒髪女子。
炭火の準備が出来ると、続けてバーベキューの準備、テントや座席の設営、と。
それらの作業を黙々とやっていたのは、千紘くらいのものであった。
これも性格であろうか。
なぜ、誰がキャンプをやろうとなど言い出したのだろう。
「おいおい美味そうに出来てんじゃん陰キャくーん!」
肉を切って串に通し並べていると、騒々しくパリピがバーベキュー台の対面にやってくる。
『陰キャ』などと言うが、これは悪意などではなく単にデリカシーが無いという事らしい。千紘も放っておいた。
「スゲッ。こういうのって肉! 肉! 肉! になりそうなのにタマネギとか挟んでちゃんとしてる。見栄え良くできていまーす。でもピーマンいらなくない?」
次に、アイチューバーがスマホで撮影しながらコメントを入れている。
作業の邪魔なのだが、なにぶんバーベキューも見よう見真似だったので、そのコメントには少し千紘も安心した。
「これもう焼けるー? お皿はー?」
と、黒髪ギャルが具材の並ぶトレイを持ってきて言う。
肉だけではない、下処理したエビやホタテ、ハマグリ、イカといった海鮮物も入っていた。
「紙皿とかフォークとか誰が持ってたー?」
後は焼くだけ、という段になりギャルもダッフルバッグ探っていたが、ここで肝心な物が見当たらないという事態が発生。
飲み物やお菓子ばかりで、誰も食器類を買ってきていなかった事実が露見した。
千紘は器用にバーベキュー用の鉄串とナイフで調理していたが、食事には向かないだろう。
誰ひとり事前に確認しないのが、高校生という若さ故の過ちである。
準備完了という言葉を鵜呑みにした千紘も悪かった。なぜ信じたのだろうか。
「どーすんのー? ファミレス行くー?」
パリピは一瞬で諦めそんな事を言うが、ここまでは電車と徒歩で来ており、それなりに僻地。
しかも、道の途中でファミレスのようなモノは見当たらなかった。
面倒なことになったと。
パリピのみならず、他のギャル達も諦めと
「仕方ない……買って来るか」
と言って携帯ウォーターサーバーで手を洗うのは、三輪バイク、トライクで来ていた千紘だ。
スマホでコンビニ検索。キャンプ場沿いの道を走り国道まで出ればコンビニがあるのを確認。往復約30分。
「すぐ戻るから火の番頼むね。必要な物思い付いたら電話して」
「あ、それならあたしも行こっかなー。ヘルメットある?」
「あるけど……」
ヘルメットを被ったところで、自分も、と名乗りを上げてきたのは、クール系の黒髪女子、
あまり自分と接点もない会話もほとんどなかった相手の申し出に、千紘は内心驚く。
ついでに、そんな自分と
だが、あるいは女性として必要な物でも買いに行きたいのかもしれない、と少し考え、受け入れる事とした。
「あ……」
そしてなぜか、ネコ科のギャルが捨てられたペットのような表情で宙に手をさまよわせている。
それを見てウィンクしながら、グッとサムズアップして見せる黒髪女子。
困惑のギャルを残して、千紘と紡地晶の乗った
◇
『悪いけど危ないからしっかり腰に手を回して背中に体重を預けてくれ。教習所でもそう教えているはずだし。
そっちのヘルメットにもインカムが入っているから、何かあったら普通に話しかけて』
『はーい。おっぱい押し付けてほしい?』
『事故った時に振り落とされても知らんよ』
バイクと違って左右に倒れる心配はないのだから平気では? と黒髪女子は思ったが、千紘が冗談に応じそうもないので、大人しく言われた通りしがみ付いていた。
少し癪に障ったんで88Fを思いっきり背中へ押し付けてもやったが。
森に面した起伏のある道路を、
千紘の乗る車両は、前輪部分が小型バギーのようになっている構造だ。
当然ながら通常のバイクより安定している。しかも全ての車輪が独立駆動するので、小回りも普通のバイク以上に効いていた。
パワーもスポーツカー並みにある。ある天才が手加減無しに作ったハイパワーモーターを押し込んだ為だ。
黒髪女子は、シンプルな丸いヘルメットを被っている。
千紘のトライクに格納してあった予備だが、ダークグリーンという色や飾り気の無い細部が軍用品にも見えた。
千紘が被っているのは、頭全体を覆うフルフェイスのバイザーヘルメットだ。
SF的な造形で、一見ロボットの頭部にも見えてしまう代物だった。
どちらも通信機能を内蔵している。
『へーこういうの原チャリみたいなものかと思ったけど、結構加速して坂道もパワー出るんだ。あたしもバイク免許取ろうかなー』
『これはちょっと特別製だけどね。通学に仕事にって使うから、三輪の方がずっと楽なんだ』
黒髪女子の通信の声は弾んでいた。
見た目こそバイクより鈍重だが、実際には徹底した軽量化が図られ、一方で重量のあるパーツを下部に配置しているので重心が低く、張り付くように路面を走行できる。なおサスペンションの高さを調整しオフロードにも対応していた。
高トルクのツインモーターに三輪駆動のトラクションを遺憾なく発揮し加減速性能も良好である。
安全運転だったが、それでも身体に感じる強力な慣性に、黒髪女子も遊び抜きで千紘に強くしがみ付いてしまった。
『薪鳴くんてさ……思ったよりずっと話しやすいね。一年の時に警察とかなんか色々あったって、面倒なヒトの印象があったけど』
『何話していいか分からないから、播磨みたいには他のクラスメイトと付き合えないけど。
ちょっかいとか度を過ぎなければ、いちいち弁護士立てたりはしないよ』
景色は流れて森が切れ、崖下の川や対岸の人工物が見えてくる。ここまで擦れ違うクルマやバイクはいなかった。
国道に出て錆の浮く古い鉄橋を通り抜けると、建物が
目的のコンビニが目に入ると、千紘と黒髪の会話も途切れた。
なお、『播磨』とはパリピの名前だ。
日本中どこでも見られるフランチャイズ店であるが、そのコンビニにはキャンプ客を当て込んだらしい商品が特に多く陳列されていた。
千紘や黒髪のように、キャンプ場から買い出しに来る客が多いのだろう。
「あーった、紙皿。あとプラスチックのフォークとスプーン。一応ストロー。他に何かあるかなー」
「携帯で聞いてみたら。必要なら後からでも買いに来れるけど」
紙皿を手に取る黒髪と千紘は店内物色。そういえば虫除けの
まぁ南米や中央アフリカと違って殺しに来るような虫はいないだろう、と昔の出張先の事など思い出していたが、
「ねぇ、薪鳴くんってスズと付き合ってるの?」
黒髪から超想定外の質問を受け、滅多なことでは動じない天才も虫除けスプレーを手にした姿勢で硬直してしまう。
思わず相手を凝視する千紘だが、同行した本題はこれか、と理解もした。
「んな事実はないよ。向こうだって怒る案件だな、それは」
ビックリはしたが、自然に否定する千紘。
実際そんな気配も感じていない。
「そおー?」
その返答に、含みを持たせる黒髪の相槌である。
身体を
「薪鳴くんカノジョいたことある? 仲良くなると、結構モテそうなのに」
「……誰かと付き合ったとか、
「おやなんですか今の微妙な間は」
「ノーコメント」
「発音いいな!」
勉強会の事もありよく話をするようになったギャルとの関係はともかく、過去の男女関係はあまり触れられたくない部分であった。
わざわざ白状してやる理由でもないので、基本的にスルーの千紘であるが。
紙皿、使い捨て食器、虫除け、ライターオイルなどを買い会計を済ませコンビニを出る。
荷物は、車体の後部側面に沿うように取り付けられている、湾曲したコンテナの中へ。
友人たちには夕食を待たせているので、急ぎキャンプ場へ戻るべく
「じゃあさー……あたしら付き合っちゃう?」
そんなタイミングで、上目遣いの笑みでそんな事を言う、メルメットを胸元に抱いた黒髪。
再び硬直の千紘である。
とはいえ、それは混乱や戸惑いと言うよりは、過去の失敗と苦い経験を思い出した為であったが。
多少なりとも仲良くなった相手に、間違っても同じ事をして欲しくないものである。
「……誰かと付き合った事はないけど、アメリカじゃ色々あってね。だから紡地が本気で言ってないのは分かる」
「あれ? あたし振られた?」
イタズラっぽく笑う黒髪紡地も、ヘルメットを被り顔の見えない千紘に続き
ウィンカーを灯す
帰りの会話は普通だった。
◇
森と川に挟まれたキャンプ場も、大分陽が傾いてきている。
炭の割れ目から赤い炎が滲むバーベキュー台、金網の上では串に徹された肉が油を落とし、香ばしい煙を上げていた。
日差しがなくなると気温も下がるが、炭火の熱が心地良く感じる。
「皿いらなかったんじゃね?」
「いやいるでしょ何言ってんの」
パリピは両手に串を持っていた。食べる上で全く合理的ではない。
それにジト目を送るのは、淡白系黒髪女子らギャル軍団である。こちらはバーベキューの串を紙皿に置いて食べていた。
せっかくわざわざコンビニまで行って買ってきたのに何言ってるんだ。千紘の
女性陣から微妙な目で見られたが、それでも串から直接食べるこだわりのパリピ。ワイルドだろぅと言わんばかり。
アイチューバーは撮影ばかりに熱中し、自分の食べる分の串が冷めている。
千紘は火力と肉への火の通り具合の最適比率を攻めていた。生来の凝り性。
フと、黒髪紡地とギャル猫谷の方へ目が行くと、ふたりは何やらコソコソ話しをしている。
かと思えば、ニヒヒと笑う黒髪に、赤い顔で怒るギャル。
悪意は感じないんだけど何だろな、と千紘は触れない方向でいた。
そのように、それなりに楽しく肉や海鮮焼きを一通り堪能すると、
「キャンプファイアやろうぜ!」
こう言い出すパリピに、撮影するチューバーである。
準備する役割は例によって千紘に回ってくるが、こんな事もあろうかとコンビニで購入済みのライターオイルで、簡単に組んだ薪に火をつけた。
古典的な枯れ枝や紙の焚き付けを使うのもいいが、こちらの方が簡単だ。
「おーそれっぽい」
「こんな風に四角く積むものなの?」
「すっげー燃えてんじゃん……」
盛大に炎を上げるようになると、女子組も自然に火を囲む形になった。
熱過ぎない、じんわりとした熱の及ぶ距離を探り、そこに落ち着く。
パチパチと薪の鳴る音に、宙を舞い消えていく火の粉の光。茜から金に移ろい輝く炎。
日常生活では触れる機会の少ない美しい現象に、高校生たちの口数も少なくなる。
「マシュマロとか焼くんだっけ? 一応買ってきたけどさー」
「おー、いいんじゃね?」
「どするんだっけ? バーベキューとは違うんだよね?」
その沈黙にも耐えかねたところで、金髪ギャルが次の予定を口にしていた。
キャンプファイアの定番、マシュマロ焼きである。
ところが、
「これ食えるの?」
ギャルがバーベキューで使った串にマシュマロ刺した物体は、火がついて松明状態になっていた。
眉を
「あ! そういえば火を食べるのを見たことがあるわ! 意外とイケるんじゃね!?」
「それってファイヤーダンスの専門家とかがやるやつでしょ? 素人がやると普通に大惨事じゃない?」
「でも取れ高はあるなーこれ。文字通り炎上ってのがまた」
「そんじゃお前食うか? 撮っててやるから」
状況は爆弾と化したマシュマロの押し付け合いになっていた。
誰かに何とかさせたいあるいは食べさせたい、などの醜い思惑が見え隠れする。
千紘の目は荒んでいた。
なるほど、キャンプファイアならマシュマロ、というイベントがあるのは知っているが、誰もその実態は知らなかったと。
そして一般高校生どもが事態の改善を図る様子もないので、千紘が問題を片づける事とした。
「直接火を付けるんじゃなくて熱で
千紘が串にマシュマロを刺し、炎から大分離れた位置で炙る。
皆が見ている前で茶色に色付くマシュマロ。香ばしい匂い。
「……普通に美味しそうじゃね?」
「焼くんじゃねーのな」
自分の作った炭化した何かをそっと視界の外に追いやり、ポソッと言うギャルであった。
前髪縛りのギャル友やお洒落ミドルボブなども
どうも「炙る」という行為の結果や熱を素材に通すという現象を実感として知る人間が少ないようだ。
などと、技術畑の天才はマシュマロを熱加工しながら思うものである。
考えてみれば確かに、料理をしない人間ならそのような作業を行うこともないだろうな、と納得もしていた。
「はい、こんなもんでしょ。中はかなり熱くなっているから、気を付けて」
千紘が串を隣にいたギャルに渡す。
少し赤い顔で受け取ると、半分ほどを食べてみるギャル。
「ホントだ熱ッ! でもうま!」
「マジで!? さすがアメリカ人!」
「国籍日本に戻ったしアメリカでもマシュマロなんて焼いたことないけどね」
戦車や装甲車なら何度か焼いたが。それに600億ドルの量子コンピューターシステムも一回。
通常のマシュマロと炙ったマシュマロは別物である。
そしてマシュマロを「焼く」という表現を使うのはやめるべきだ燃料にしかならない。
女子たちは勿論のこと、パリピとアイチューバーの男性陣にも好評につき、千紘はマシュマロ係と化した。二本同時でも焼き焦がさずに中まで火を通して見せる。
面白がった他の者も挑戦したが、ギャル同様に火の玉にしただけだった。
そして、その火の玉を振り回して遊びはじめた。
金髪ギャルや黒髪が食べ物で遊ぶなとパリピを
色々ありながらもキャンプは盛り上がり、森の向こうに日が落ちていった。
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