mgw007.prj_勇者の不在に潜り込んでいた不届き者を留守番として殲滅に行く

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 完全に日も落ちた午後7時半ごろ。宵の口といった時間帯。

 薪鳴千紘まきなちひろはキャンプ場から少し離れ、県道から脇に逸れた先にある朽ちたトンネル前にいた。

 パーティーピーポーの播磨がキャンプ用のイベントとして、肝試しを企画した、などと言い出した為だ。

 その本人はひと気がない真っ暗な穴を前に、


「おっほー! いい感じじゃーん!?」


 などと得意満面でおどけて・・・・いた。

 いわく、有名な心霊スポットで、実際に何人もトンネルの中で消えてるとか。

 得意満面で言うことではないだろう、と千紘は思う。


 実際、千紘は当初反対した。

 整備されていない場所、しかもそこへ視界の悪い夜に行くなど冗談抜きで危険だと。


『大丈夫でしょー心霊スポットってことは何人も来てるんだし!』


『いやヒト消えてるんだよね?』


『怪談ってそういうもんだって! こういうのは空気を楽しむもんよ! 陰キャくんも空気乗ってイこうゼー!!』


 パリピらしい理論で話を聞きやしないので、千紘も同行することにしたのだ。

 自分なら余程のことがない限りどうとでもなる、と考えた上の決断でもある。

 そうしたならば、


『あ、あたしも見にいってみっかなー。暇だし』


  と、興味なさげにスマホをイジっていたネコ科のギャル、猫谷美鈴ねこやみすずがまさかの参戦。少し挙動不審。

 そしてなぜか、敬礼して送り出すその他女性陣の姿があった。


 至る現在。


「幽霊撮れないかなー! 心霊スポットは鉄板ネタだからここで一発バズりてー!!」


 パリピやギャルといった諸々の思惑など知ったことではなく、スマホのカメラをトンネルに向けて撮影に夢中なアイチューバーである。

 トンネル内部を強力なフラッシュライトで照らすのは、内心で保護者気分になっている千紘だった。念の為に持ってきたライトで、アメリカの警察仕様で鈍器にもなる優れ物だ。


「いいの持ってんじゃん! なーんだ結局やる気じゃーん陰キャくーん!!」


 などと、千紘の気も知らないでパリピ。

 しかも照明器具はおろかスマホすら充電切れて置いてくるというストロングスタイル。


「薪鳴なんでヘルメットなんて持ってきてんの?」


「念の為ね……」


 ダラダラといった感じに付いてきたギャルは、千紘の背中にあるモノを見て不思議そうにしていた。

 そこに引っかかっているのは、三輪バイクトライクの乗る際に被っていたサイバーデザインのヘルメットである。


 『大堀山道隊トンネル』は全長約500メートルほど。

 古い小規模なダムの巨大な壁の裏に通じている。クルマなど車両が通る連絡通路だったようだ。

 内部は照明がなく真っ暗だが、崩れたりという事もない。

 それでも、何年も放置されていた汚れが、ライトを向けると地面や壁面に浮かび上がって見えた。


 カビ臭さや水の腐った臭い。落ちてくる水滴の音。

 他に聞こえるのは、4人の足音の反響と、すぐ間近で聞こえる自分の息遣いと心臓の音だ。

 照明に囲まれた日常にあり、全く見通せない闇を目にする機会は少なく、目の前に物理的な壁として立ちはだかっているようにさえ感じる。


 こうなると恥ずかしいとか言っていられる場合ではなく、入った直後は平静をよそおっていたものの、今は千紘のジャンパーの裾を無言で掴むギャルであった。

 千紘に方は後ろのギャルを一瞥したが、特に何も言わない。

 そこに怯えている様子もなく、無言の気遣いと頼もしさが半端なかった。


 クソッ紡地ぼうち(黒髪)の狙い通りか! と赤い顔のギャルが心の中で吠える。

 黒髪の級友が千紘とコンビニに行ったり金髪ギャルを肝試しに同行させたのは、全てこの為だった。

 何が吊り橋効果でくっ付けるだふざけやがって。と、話を聞いたその時は、断固否定したギャルだったが。

 しかも流れによっては既成事実とかなんなら今夜は帰らなくていいとかクソックソッ。


 などとちょっとパニックなっていたならば、気が付けば千紘の腕に抱き付いているギャルである。


「暗いからさぁ! 怖いんだよ!!」


「なに!?」


 突然吠えるギャルに千紘の方がビックリしていたが。

 なりふりを構わない自爆戦法。


「いやマジでヤベェなコレ…………」


 そんなズレのある千紘とギャルの一方、首謀者のパリピもここでははしゃぐ気になれない様子で、無意識に声も潜めていた。

 スマホのライトなど途中で闇に消えてしまい、誰もが千紘のフラッシュライトから離れる気も起きない。


「薪鳴薪鳴! あれ照らして! あそこヒトが張り付いているように見えね?」


 ある意味で強いのはアイチューバーだった。

 重要なのは被写体として優れているか否かであり、暗いとか怖いなどはどうでも良いらしい。

 視聴者数と再生回数を稼げるのは、単純に他にはない映像だ。

 幽霊との遭遇すら、アイチューバー男子には望むところであった。


 ところが結局何事もなく、一行はトンネルを抜け入り口から微かに見えていた壁へ到達してしまう。

 そこには森と壁だけで、他には何もない。ライトを上に向けると、50メートルほど上にダムの縁が見えた。


「何気に結構怖かったけど、何も起こんなかったなー。帰るかー」


「帰りに幽霊出ないかなー」


 その壁沿いに歩いてみたが見るべきモノもなく、気の抜けたパリピとアイチューバーは引き返すことに。

 ここまで特にアクシデントもなく、また一度通った道というので、緊張感も薄れていた。


「ヤッホー! おー響く響く!!」


「播磨うるせぇ」


「振り返ったらそこに何者かの影が! ないかー」


 騒ぎながら戻るパリピとアイチューバー。当たり前のように千紘の腕を掴んだままのギャル。

 行きがけは闇が染み入って来るように感じたトンネルも、今は単に視界の悪い散歩道であった。


「映画とかでクルマとかバイクがトンネルの中回るじゃーん!? なんだっけアレ? オラァ!!」


 仕舞いには、パリピが急に何もない壁目掛けてダッシュなどしている。

 人間の脚で重力振り切るほどの慣性エネルギーを得るのは無理だろ、と思うが特に水を差さない千紘。何か起こらないなあ、と期待して撮影続けるチューバー。

 当然ながら壁走などできるワケもなく、パリピは壁を蹴った反動でよろけてコケた。


「播磨……大丈夫?」


 あまり心配もせず、片腕にギャルを貼り付けたまま声をかける千紘だが、その時、


 ガコ……ガタ、ガターン! という派手な金属音がトンネル中に響き渡る。


「ヤッベ何か壊した!? おっご!!?」

「おお!? 何これ何これ!!?」


 ビビるパリピだったが、それをド突き倒す勢いで押し退けアイチューバーが、音のした場所を撮影。千紘もつられてそちらを照らし出す。


「何ここ……?」


 そこにあったのは、四角い入り口。派手に倒れたのは蝶番ちょうつがいが外れた扉だった。

 パリピが蹴っ飛ばして錆びた部分が崩れたらしい。

 黒い暗幕を張ったように先が見えない空間に、ギャルが声を潜めていた。


「何だこれ? こんなもの来る時あったか?」


 入り口ギリギリまで顔を寄せ中を覗こうとするパリピ。

 不可視の圧力を感じ、中に頭を入れる気にはなれない。


「薪鳴! 中照らして!」


 興奮気味のアイチューバーが撮影しながら千紘を呼んだ。

 ライトを向けられると、目の前にはまた壁。

 と思いきや、その左右にはトンネルに並行して走る狭い通路が。


「ヤベッ……なにこれ?」


「あのさぁ、ヒトが消えてるって怪談の正体って、もしかこれに関係してんじゃないの?」


 呆然として言うパリピと、神妙につぶやくアイチューバー。

 それから、通路の方を向いたまま沈黙するふたりであるが、


「封鎖されていたなら行政の管理施設かも知れない。

 それに中が狭い上に暗くて入り組んでいたら、それこそ怪談通りになりかねないよ」


「なんでだよちょっと見てみたいじゃんよ!」


 嫌な予感がしたので先回りで止めようとした千紘だが、案の定パリピは聞く耳持たずといった感じだった。


「ちょっと撮影してくる!」


「俺も俺も!」


 勝手に先に進むチューバーバカと付いていくパリピ。

 普通危険は避けるのにアレは本物だな、と千紘は呆れ半分に感心していた。


 ではどうするか、と考える。

 事故があった時の事を考えて付いて行きたいが、ギャルが腕に張り付いてる状態では連れて行きたくない。


「あいつらほんとに行方不明になるんじゃね?

 連れて帰らないと何かあったら時めんどくせーな」


 などと千紘が悩んでいると、ふたりを連れ戻すべきだという、ギャルの意外な意見である。

 絶対に中には入りたくないだろうな、と思っていたので、目が丸くなっていた。


「な、なによ? 心配だからとかじゃなくて、うっかりあのバカども死んだら連帯責任になるだろー」


 そんな千紘を、ギャルは少し赤い顔で睨み返す。


 実はバカふたりが心配なのではなく、千紘へ更に接近するのが目的だったが。

 頭では否定していたが、既に狙えるものなら既成事実狙いに行ってしまっているギャルである。

 その為に、少し足元が見えていない。


「分かった。実は自動でマッピングできてる。迷子になる事はないから、ふたりが満足したら連れて帰ろう」


 千紘はギャルの男気に感心しながら、狭い通路へ踏み入った。

 奥へライトを向けると、ふたりの姿は無く先へ進んでいるようだ。


 千紘とギャルも無言で通路を奥へと進み、パリピとアイチューバーのふたりを追う。

 意外とこいつ度胸あんな、とギャルは千紘の真っ直ぐ前を見ている横顔にドキドキ。

 どうするこれマジで既成事実いけるのか。てか既成事実ってどこまでのこと言っているんだ。

 スカートの中のポケットを無意識に探ってしまうギャル。指先に触れるのは、黒髪に渡されたゴム製品だ。

 あの野郎こんなのどうするんだこちとら初めてだぞ、と密かに錯乱しており、ギャルは肝試しどころではなかった。バカふたりの存在は極めてどうでもよかった。


 そこで千紘が急に止まり、ギャルも胸(90F)を押し付けるように停止。


「うぎゃぁなんだよ!?」


「ごめん、そこにインフォメーションがある」


 思わず裏返る悲鳴を上げてしまったギャルである。幽霊より驚いた。

 千紘はフラッシュライトを壁に貼り付けられていた金属プレートに向ける。


「怖いなら今からでも戻ろうか? 後からオレがふたり探しに行くし」


「だっ、大丈夫だっつーの! 急に止まるからビックリしただけ……。んで、なに!?」


 ギャルが真っ赤な顔で誤魔化していたので、配慮する千紘もしつこくは追及しなかった。確実に勘違いをしていたが。

 改めて金属プレートを見ると、そこには『第101レーザー観測所××自衛隊基地所属』とある。

 汚れとサビで文字が読み辛い。


「……じえーたい? レーザーって、ここ基地なの??」


「『自衛隊』……確か10年前に国防軍に再編成された日本軍だよ。いや、法律上は軍ではなくて警備隊に近いモノだったのかな? アメリカにいたころにそんな話を聞いたような……。

 でもレーザー観測所は判わかる。ここメイルストロムの出現を予測する監視スポットだったんだ」


「はぁ? メイルストロムってまた出るようになった怪獣だろ? 何の関係かんけーがあるのよ?」


「メイルストロムは出現に前後して空間が歪むんだよ。基本的に光は直進しかしないでしょ? 相対性理論の事は今は置いとくとして。

 でも空間が歪むと、光も直進しないで曲がったりする。それで空間の歪みを観測できるワケだ。

 もっとも、この有様じゃ放棄されたのか放置されているのか……。いずれにせよ機能はしてなさそうだね」


「よく分かんねーし……。でも光って結構よく曲がんね? 水の中とか」


 ふたりの話し声だけが響く通路。フラッシュライトが動き、改めてプレートの先を照らし出す。

 その光の中に階段が現れ、ふたりは直進するか、上るか、の二択に。


「あいつらどっち行った?」


「上だな」


 千紘が階段の上を指し示すと、そこには新しいホコリを踏んだ足跡が。

 と同時に、妙なモノにも気がつく。


 足跡とは別にある、ここ1年以内のモノと思しき階段を引きずったような痕はなんなんだ。


「おぎゃぁああああ――――――――!?」


「おっ!? おわぁあああああ!!」


 そこで絶叫が響いた。

 また驚いてギャルが千紘に抱き着く。


「うわぁあ!? なんだよ!? なんだよぉ!!」


「播磨と橋原だな」


 千紘はギャルの腰を抱く形で足を速めた。非常事態なので。

 ギャルが一瞬パニックになるが、さすがに状況は分かっていたので、黙って千紘に合わせる。

 非常事態なのだが、こういう扱いを受けたことがないので感情処理能力の限界であった。


 階段から通路に出て、また右に行くか左に行くかの選択肢。

 ギャルが前後を見比べるが、真っ暗なままでふたりの声も聞こえない。


「ちょい待ち、熱紋ねつもんを追う」


「はぁ!? 『ねつもん』??」


 千紘が背中に引っ掛けていたヘルメットを被ると、バイザー部分が鈍く発光した。赤外線や紫外線を発して、反射波を捉える機能だ。

 視界内にユーザーインターフェイスが表示され、温度感知画面になる。


「それただのヘルメットじゃねーの!?」


「ちょっと頑丈で多機能なヘルメットってだけ。

 新しい熱残渣ざんさ、こっちだけど……なんだここ?」


 サイバーなヘルメットを装着した千紘を見て、ギャルが目を丸くしていた。着け慣れているのか違和感が無い。


 千紘は大股で歩き始めるが、熱画像にはそこら中に異常な反応が映し出されていた。

 真っ暗な通路を突き進む、千紘とギャルの姿。フラッシュライトはギャルが持っている。


 そして、徐々に声が聞こえてきた。

 悲鳴とあえぎ声。途中の部屋の中からバタバタと近づいてくる足音。


「おーい播磨! 橋は――――!!」


「うぉああ!?」

「ひぎゃぁあああ!!」

「うわああああ!!」


 ギャルが声をかけたと同時に、ふたりが部屋の入口へ飛び出してくる。

 サイバーヘルメットの千紘に正面から遭遇した野郎ふたりは、あまりの驚きにギャル共々絶叫した。


「あ、やべ」


「うるせぇよ馬鹿! 勝手に先行くなよスゲー心配したんだからな! なんなんだよ!」


 千紘が自分だとわかるようにヘルメットを脱ぎ、バカふたりの悲鳴に驚かされたギャルは超お怒りに。

 だが、パリピとアイチューバーはそれどころではなかった。


「しししししたした死体いいい!!!」


「ヤバいヤバいヤバいシャレにならない!!」


 後ろを指さし必死な形相の、いつもの軽さを完全になくしたパリピ。

 撮影に使っていたスマホの画面を連打するように指さし、目を剝くアイチューバー。


「だから何だって聞いてんだよ!?」


「ここはメイルストロムの巣か」


 要領を得ないふたりにギャルが苛立ちを募らせたが、そのセリフへ被せ気味に、千紘が確認を取っていた。


「は?」


 というギャルの素っ頓狂な声に、皆が沈黙する。


「あ、いや、あのよ、し、死体が……! 多分人間の死体が……!!」

「ホホ骨ホネホネ多分頭蓋骨も!!」


「ここ止まっている施設なのに熱と電磁波の反応が異常なんだよ。しかも動いてるし。メイルストロムの巣窟になっているんじゃないの?」


 何かを言おうとするパリピに、千紘は憮然として応えていた。


「え? それマジ? もしかしてヤバくね?」


「ヤバいなんてもんじゃないね。怪物の腹の中にいるようなもんなんだから。これ以上連中を刺激しないうちに、さっさと逃げよう」


 さすがに信じ難いといぶかしむギャル。千紘が変わらず淡々と答えているのが余計に危機感を乏しくしていた。


 だが時既に遅く、四方八方から異音が発生し始める。

 這いずる音、重いモノが床を叩く音、あるいは明らかに人間ではない足音。

 ギャルやパリピ、アイチューバーは、黙り込み強張こわばった顔で周囲に首を巡らせていた。


「今すぐ走れ! 止まるな!!」


 そんな張り詰める緊張の空気を、千紘の怒鳴り声がブチ破る。

 今までは皆を脅かさないようにつとめて声を押さえていたが、もはやそんな段階ではない。

 恐怖が弾け、他3人はパニックを起こした。


「ま、マジかよぉ!!」

「イヤだぁ死にたくないぃ!!」

「ちょっとなにこれ――――おいどこ行くんだよ」


 何も考えずダッシュするパリピとアイチューバーだったが、ギャルの怒声で慌てて戻ってくる。

 それを待たず、ギャルは今し方来た道の方へライトを向け走り出した。他の者も全力で付いて行く。


 フラッシュライトやスマホの光が暗闇に拡散し、通り過ぎる部屋や曲がり角の向こうでうごめく何かの影を浮かび上がらせていた。

 確認しているような余裕も時間もない。ひたすら走るだけだ。

 息を切らせながら死に物狂いで階段手前まで辿り着き、ここを降りればトンネルまでもう少し、と階段ホールに踏み入るが、


「あれ? 階段の下……これどうなって…………??」


 足元を照らそうとしたら、何かが階段の上に乗っており降りられない。

 自分が何を見ているのか、一瞬理解できなかったギャル。

 それ・・が階段に爪を立て這い上がってくる、という完全に想定外な事態に、恐怖で固まってしまった。



 銅色の機械の外殻をまとう半機械生命体。

 メイルストロムである。



「ひっ――――!?」

「うっ!? うわぁあああ!!?」

「わああああ!!」


 強気でらすギャルの喉奥から空気を絞り出すような悲鳴が。

 後ろで見ていたパリピとアイチューバーも絶叫するが、そこで3人の頭上を飛び越え、千紘がメイルストロムに蹴りを叩き込んだ。


「戻れ!」

「ヴロロロロロロ!!」


 メイルストロムを蹴飛ばし、続けてマウントポジションから殴り付ける千紘。頭部をぶん殴られメイルストロムも叫ぶ。


「薪鳴!?」

「うわぁああヤベェヤベェ!」


 千紘は戻れというが、どこに行っていいか分からない上に、千紘も置いていけないギャルと野郎ふたり。


「死ねオラァ!!」


 と、千紘がインドア系のインテリとは思えない殺気で、メイルストロムに前蹴りを叩き込む。

 目を疑うパワーにより、吹っ飛ばされるモンスター。

 階段を転がり落ちるが、その下にも別のモンスターが何体も固まっていた。


「おおぉ薪鳴お前意外と力あるのな…………」


「どうも! 下はダメだ! 西側にダムがあるからその上から逃げる!!」


 思わぬ腕っぷしを見せる千紘に、思わずそんなセリフが出るパリピ。

 千紘は急いで皆を階段から出し左手を指差す。


「『ダム』ってなんでそんな事分かるんだよ!?」


「ここがおかしいと思った時から衛星画像取り寄せてたんだよ! 建物の構造は分らなかったけど、出口が無かったら壁でもなんでもブチ破る! 行くぞ!!」


 今度は千紘が先行して走り出した。こんな事ならやっぱ武器持ってくりゃよかった、と小声でうめいている。

 そのすぐ後ろから走って付いていく三人。


 食堂のような広い部屋から、ロッカーの並ぶ廊下、何台もの操作盤付きの機械が置かれた部屋を抜け、緩く湾曲した施設外周通路に出た。


 そこで、両側開きの扉から飛び出してくるのが、ヒト型カエルのようなメイルストロムだ。

 人間たちの方を見ると、「カー!」と耳障りな威嚇の叫びを上げる。


「ま、また出たぁ!?」


 裏返った悲鳴のパリピ、同じく悲鳴を上げながらも撮影は続けているアイチューバー。

 千紘は即ジャンピングパンチで突撃するが、同じく飛び上がってきたモンスターと空中で激突することに。

 だが質量差により、千紘は怪物に押し潰される形で床に落下した。


「薪鳴ぁ!?」

「ドラぁ!!」


 ギャルの悲痛な叫びだが、潰されたと思われた千紘は、間髪入れず下からカエルを蹴っ飛ばす。


「薪鳴生きてんの!? ちょっとだいじょうぶ!!?」


「さっきからどうなってんのおまえ!?」


「伸縮式炭化金属繊維の人工筋肉スーツ……! 出かける時は忘れずに!!」


「なにそれ!?」


 千紘が首元からマットブラックのインナーを引っ張り出して見せた。物理的に戦う男の日常の備え。

 最後から3番目の武器でもある。


 カエル男が跳ねるように突っ込んでくるのに対し、人工筋肉スーツでパワーを増した千紘が、近くにあった半分サビ崩れた消火器をフルスイング。

 ゴバキンッ! と派手な音を立てカエルマンは吹き飛んだ。


「行くぞ!」


 千紘に強く促され、三人はバタバタもがくモンスターの脇を抜け走る。

 通用口と書いてある扉を蹴り破ると、そこは目論見通りダムの上。

 真っ暗だが、ポツポツと朽ちかけた街灯がダムの上にある通路を照らしていた。


「ここ抜けて脱出する!」


 千紘がこう言う間も、背後からモンスターの迫る音が聞こえて来る。

 ギャル、パリピ、アイチューバーも、言われるまでもなく千紘の横を走り抜けて行った。

 ところがダムの内側、登坂など到底不可能な急斜面からまで、メイルストロムが這い上がって来る。

 必死に走る横で登ってくる怪物。

 ギャルとの間に割って入り千紘が蹴り落とすも、数が多く到底間に合わない。


「おわぁ前! 前! いるぅ!!」


 パリピが叫び、アイチューバーが撮影する画面の中には、先回りするようなメイルストロムモンスターの群れが。

 背後からも横からも現れるモンスター。左側は垂直の壁。高さは50メートル以上と、飛び降りたら助からない。それに恐らくモンスターも付いてくる。


「ど、どうすんの!? おいどうするんだよ!?」

「うはッ……あはははスゲー取れ高配信したらバズること間違いなしなのになチクショー!!」

「ミケぇ……!!」


 追い詰められて泣き叫びパリピ崩壊、撮影という行為の中に逃げ込めないで半狂乱のアイチューバー、震えながら弟のことを考えてしまう涙目ギャルだったが、



「くっそ仕方ねぇな……」



 こうなれば是非もなしと、千紘も観念した。



「アドニス、クォンタムオーバーレイ掃射! オレらに当てるなよ!!」


『了解』


 千紘が命じると、光が走りメイルストロムの怪物が吹き飛ばされた。


 レーザーの熱風に煽られ、何が起こったのかと唖然とする三人。

 ダム内側の上空には、灰色のデジタル迷彩柄の飛行物体が現れていた。

 攻撃は続き、建物側から出てくるモンスターやダムの壁面に張り付くモンスターが次々光線に消し飛ばされていく。


「なんだアレ!?」


「ちょ……まさか、リゾルバイン!? ウソだろ本物だー!!」


「アレが!? アレが弟がうるさく言ってるリゾルバインの本物!? あんでこんなところにあるんだよ!?」


 ただ混乱するパリピとギャルだったが、アイチューバーは飛行物体の正体をすぐに看破していた。


 ホバリングしながらレーザーを撃ち、メイルストロムを駆逐するリゾルバー。

 あらかたモンスターを排除したかと思われたその時、水の濁ったダムの中から、巨大な影が水面を持ち上げ浮かび上がってくる。

 大型のメイルストロムモンスターだ。


「いつからいたんだコイツは? 監視スポットに隠れていたというのは、メイルストロム流のジョークか!?」


 縁のギリギリへ踏み込み、ダムの下を見下ろしている嫌そうな顔の千紘。

 目の無いトカゲが無数の腕を生やし振り回している、そんなメイルストロムを睨み付ける。


「アドニス、ジェットローターを量子転送。こいつらを拾わせろ」


『了解、アームド2、ジェットローター・リゾルバーを転送中』


 にじむような光が頭上で輝いたかと思うと、それが収束しジェットエンジンを翼の両側に備えたティルトローターが出現。

 後部ドアが下ろされ、ダムの上に接近してきた。


「全員乗れ! ここを離れる!!」


 混乱は続いていたが、言われるがまま大急ぎでヘリに駆け込むパリピ、アイチューバ。

 乗り込んだ直後に振り返るギャルだが、千紘が乗る前にそのヘリは高度を上げてしまう。


「はッ!? ちょっと薪鳴!!」


 後部ドアが閉まる直前、千紘がリゾルバーの機首から中に乗滑り込むのが、確かに見えた。


 間も無くヘリが自動で地上に降り、ドアが開くとギャルたちは逃げるようにバタバタと駆け降りていた。

 着地場所は道路わきの駐車スペースのようになっており、そこから数分前までいたダムを見下ろせる。


 灰色の軽マシンヘッドが、大型メイルストロムと交戦中。スケートのように地面を滑り、後退しながらレーザーを連射していた。

 しかし敵が大き過ぎダメージが見込めていない。


「あれ……薪鳴が!?」


「ウッソだろぉ!?」


「すげぇ……すげぇ……! マジもんのリゾルバインだぁ!!」


 高所の道路から戦闘を凝視する三人。

 決定的な場面を見たいはずのギャルが戸惑い、パリピも見ているモノを未だ信じられず、チューバーは最高の映像で頭に血が上っている。


「アドニス! 3人は避退したのか!?」


『要救助者バトルフィールド外へ退避完了』


「オーケーだ! 次! ドッキングシークエンス!」


 雪崩のように叩き付けられるカマを備えた腕の攻撃圏内から、飛び退いて逃げるリゾルバー。レーザーの射線を散らして牽制。

 三人を下ろし戻ってきたティルトローターは、側面の機関砲とミサイルで援護射撃を開始した。

 爆炎に包まれ、敵の姿を見失う多腕トカゲ。


 リゾルバーは足を畳み、真紅の災害対応車が変形した脚部と接続。

 その状態で飛び上がり、爆炎を吹いて突っ込んで来た2基のロケットの間に入り合体、腕部を形成。

 飛んできたティルトローターと合体し、背面部にローターウィングを接続、腰部と頭部アーマー形成。


 そこに、地面を抉り制動をかけながら、勇者の意思を受け継ぐ大型マシンヘッド、リゾルバインが顕現していた。


「頼むぞリゾルバイン! 今度はいきなり火ぃ吹くなよ!!」


 派手な獲物を発見し、炎を蹴散らし襲い掛かる多腕トカゲ怪獣。

 無数の腕が掴みかかってくるが、リゾルバインの脚部から飛び出るチェーンソーアームが振るわれ、その腕をバラバラに。

 眼孔部のレーザーと腕部レーザーも、腕から本体までを一直線に焼き切る。


「ギヤオォオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 猛烈な火力を正面から叩き付けられ、モンスターが叫びを上げのたうち回った。

 しかしただ暴れるのではなく、崩れたコンクリート壁や柱を掴み取り、リゾルバインへ叩き付けてくる。

 続き、切断面から生やした鋭く固いカマによる、無限に続く斬撃。刃で形成された嵐の如し。


 半身の構えで被弾面積を減らし耐えていたリゾルバインは、肩からせり出すフォースドリルを取り出し、両パーツを合体させ腕部に装着。

 全高に近い長さのドリルシャフトを横薙にすると、腕を一撃で全滅させ、続けてブースターを吹かし敵に突き込んだ。


「――――ギィイイイイイイ!!?」


 首の付け根に大穴を空けられ、ひと際激しい叫びを上げるモンスター。

 リゾルバインで力任せにダムまで押し込みモンスターを壁に叩き付けると、コクピットの千紘は操縦スティックのグリップを握り締め、


「ゼロインフィニティ……ゲインアップ!」


 エネルギー表示が跳ね上がり、凄まじいトルクが発生し、ドリルシャフトが高速回転をはじめる。

 ドリルに貫かれていた大型モンスターは、首の下から巨体が捻じれたかと思うと、次の瞬間には絶大な慣性力と熱量の嵐でバラバラに撒き散らされていた。


 ついでに、超エネルギーの大回転に巻き込まれて、ダム施設も一瞬で爆砕。

 巣くっていたメイルストロム諸共、数万度という熱量の螺旋に摺り潰される。


 火の粉が竜巻を描き、天高くどこまでも昇っていった

 その中心で、余剰エネルギーを逃がすべく、ドリルシャフトを真上に振り上げる巨大ロボ、リゾルバイン。

 高所から見下ろしていたギャルたちは、天災に等しいロボットと怪獣の戦争を目にして現実感を失っていた。


               ◇


 キャンプの余興で肝試ししたら放棄された施設内でメイルストロムモンスターと遭遇した、後日。

 週明けの月曜だ。

 当時の関係者、ギャル、パリピ、アイチューバー、それに千紘の姿は、横浜のカラオケ店内にあった。


 先日は大変だった。

 ダムを腐った中身ごとブッ飛ばした後、全員が大急ぎでキャンプに戻ったのだが、キャンプ場の方も近くで大爆発が起こったということ大騒ぎに。

 当然ながら遊んでいられる状況でもなく、すぐさまタクシーと電車でその場を離れたのだ。


 ダムの跡地は、現在も警察と防衛軍が一帯を封鎖中。

 日本の防衛ラインを抜かれメイルストロムの侵攻を許したか? とメディアでも大騒ぎになっていた。

 実際には、10年前からダム内に潜んでいたようであるが。


 その場にいた皆は、経験したこと見たモノが衝撃的過ぎて自分の中で消化し切れず、悶々としたまま月曜を迎えたというワケだ。

 千紘は眠そうだ。


「で…………いろいろ考えさせられたんだけどさー、なに? 薪鳴があのリゾルバインを動かしてんの??」


 まず、内線で飲み物注文してから、誰もが抱いた一番聞きたい疑問をぶつけに来るギャル。

 パリピとアイチューバーも眠そう男子の方を見る。


「怪獣とかモンスター出てきたのもビビったけど、薪鳴があのロボット操縦しているってのが一番ビビったよなぁ」


「薪鳴あれどうしたの!? 勇者ガイアのリゾルバインだよね!? なんで薪鳴が乗ってんの!!?」


 興味津々を隠さず前面に押し出してくるアイチューバーに、カラオケの選曲リモコンなどいじっているパリピ。

 そして、どことなく不安そうな、それでいて苛立つような様子のギャル。とんでもない悲恋に終わる予感。


 実は、月曜になる前に誰かから外部に情報が漏れる、と思っていた千紘だが、漏れなかったことに少し驚いている。

 ダムでリゾルバインを見せた時点で隠しようがないのは分かっていたので、もう話してもいいとは考えていたが。

 リゾルバインを運用することがバレる状況も、今の生活から逃げ出さなければならない場合も、想定はしていた。

 しかし、こういう形になるのは想定外だったな、と千紘はぼんやり思う。


「うん、まぁ……細かい経緯を省くと、あのリゾルバインはオレが一から作ったもんなんだな。10年前のオリジナルとは基本設計を流用した以外はほぼ関係ない。

 元々は勇者『崖吾武がいあたける』用に作ったつもりなんだけどね……。

 カナダとかハワイで防衛軍が全滅しそうになっていたから、オレが乗ってメイルストロムを撃退したんだ」


 カナダ、ハワイ、ギリシャ、それに先日のキャンプ場。

 最近のリゾルバインの出撃は、不本意ながら自分である事も話した。

 操縦に関しては、申し訳ないがアースディフェンダー設計による操作システムが信じられないほど原始的だったので、そこを踏襲しつつも自由度と追従性を上げかつ柔軟性も高めてある。

 更に戦闘に関しては、AIアドニスに強力な支援能力を付属し対応していた。

 千紘自身の戦闘スキルは、軍事研究に関わっていた頃の経験と多少のシミュレーションの経験で、中の下といったところだろう。


「自分で作れるもんなのか、ああいうのって。ちょっと凄過ぎね?」


「薪鳴スゲーじゃん! 世界クラスの有名人じゃんよ!?」


「今のところ誰もオレがリゾルバインのパイロットやっているとは知らないだろうがね。ここにいる面子以外」


 テンション上げるパリピとアイチューバーに、この際軽く釘を刺しておきたい千紘。

 まだこの生活を維持できるのか、それとも捨てるかの土俵際である。


「なんで薪鳴がそんな事やってんの?」


 そんな男どもとは対照的に、ギャルの方はブスッとしていた。

 千紘がそんな事をやっているのが腹立たしいやら納得できないやらなのだが、なぜなのかは自分でも分からない。


「勇者の警告を無視しないで世界が備えを怠らなければ、別にオレは何もしなくてよかったんだ……。

 どこの政府も、10年前にメイリストロムを撃退してそれで終わった事にしたかったのは、その後の政策や選挙アピールを見れば簡単にわかる。

 多分、オレ以外にもこうなる事を予想していた人間は多いんじゃないかな。

 どの国も国内的には終わったと喧伝していたけど、いずれも根拠が無い希望的観測に過ぎなかったし」


 事実として、勇者の警告通りメイルストロムは10年越しに再侵攻をはじめ、世界各国の形ばかりの防衛体制では対抗できず。

 千紘が出なければ、致命的な被害となっていたであろう事は否定できない。

 実際、千尋の備えが有効だったのは現実が証明しているので、ギャルも何も言えなかった。謎の腹立たしさは残るが。


「薪鳴! あのリゾルバイン撮影させてくんない!? 止まっているところ近くで撮らせてよ! 場所とかはバレないようにするからさぁ!!」


「いやそれ配信とかしたら大騒ぎになるだろうが再生数バカ!!」


 だというのに、空気を読まずにバカなことを言い出すアイチューバーを怒鳴りつけるギャルである。


「お願いー! 俺リゾルバイン超好きなんだよー! プライバシーには配慮するからー!!」


「スプーンの映り込みから顔バレするような時代にそんなの無理だろうが!

 千紘が逮捕とかされたらどうすんだバカ! 世界が終わるしウチの弟が泣くわ大馬鹿!!」


「てかわかんねーけど国と協力してとかできねーの? 薪鳴ひとりでこんなことする意味なくね??」


「政府は自国第一が基本原則だから。

 あのリゾルバインはちょっとヨソに出せない技術もあるし、どこの国だろうと政府には渡せないかな」


 飽くまでも取れ高第一のアイチューバーは、ギャルの怒りを買ってもめげない。ある意味配信者の鏡。


 だがギャルの方も、口に出してみて千紘の存在が世間に露見するのは困るという自分の気持ちがハッキリ自覚できた。

 弟は『千紘にーちゃん』大好きだし、防衛軍はリゾルバイン抜きだと頼りないし、たぶん自分も困る。


 国家機関との協力、という珍しくまっとうな提案をするパリピだが、既に広く認知されている『エレメンタムマター』はともかく、無制限のエネルギー機関とも言える『ゼロインフィニティー』とその原理が世界にバレると人類存亡の危機なので、国益優先の政府には絶対に渡せなかった。


「でもさぁ、こんなこと続けて、やられてらどうすんのよ。千紘死ぬじゃん」


 ギャルが千紘の心配を口にしたところで、カラオケ店員が飲み物を持ってきた。

 カラオケあるある。沈黙する一同。


「…………国連も防衛軍も、今のままメイルストロムに手も足も出ないわ、リゾルバインみたいなどこの誰とも分からないヤツに頼りっ切りなままだわ、ということはないと思いたいけどね。

 そうなればオレは必要なくなるから、それまでもてばいいかな……とは考えている。

 それとも、勇者が戻ってくれれば……」


 店員が戻っていき、千紘はアイスコーヒーを手に取る。

 最後のつぶやきは、カラオケの騒音に飲まれて聞こえなかった。


 なお後日、ダムでのリゾルバインとメイルストロムの戦闘の映像を、「キャンプからの散歩中に偶然目撃した」というていでアイチューバーが動画サイトにて配信し、再生数でトップに立ちSNSのトレンドでも世界1位になった。

 直後に、警察から目撃者として任意同行を求められ、明らかにただの警察ではない黒スーツ達から圧迫感の強い取調べを受けたが、決して千紘のことは口にせず意外な根性を見せたという。




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