勇者が帰って来ないので巨大ロボで世界を守り留守番している。あるいは『ブレイブ・インフィニティ ロードオブ・ザ・セカンド』

赤川

mgw001.prj_勇者が帰って来ないので巨大ロボで世界を守り留守番している。

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 大都市のド真ん中で、重装備の軍隊が戦闘を展開していた。

 兵士は逃げ回る市民を安全な場所へ誘導する一方、襲ってくる四つん這いのモンスターへアサルトライフルを発砲している。

 すぐ近くでズズンッ! と地響きを立て移動するのは、全高20メートルにも及ぶ砂色のヒト型機動兵器、『マシンヘッド』だ。


 機械の巨人は股間部のターレットに装備された火器を、地上に向け撃ち放っていた。

 12.7ミリ弾がモンスターを打ち砕き、同じ軍の兵士たちを強力に支援している。

 2機ずつ連携する巨人の兵士は戦場に何組も分散しており、圧倒的な火力でモンスターを駆逐するかに見えた。


 しかしそれも、更に巨大なモンスターの出現により、一瞬で蹴散らされてしまう。


 このような破壊と混乱は、世界中の各地で起こりつつあった。


               ◇


 10年前の事となる。


 現在と同じく、世界は凶悪なモンスターの侵攻にさらされ、戦火の最中にあった。

 モンスターはこの世のモノではない。

 『メイルストロムの怪物』。

 何もない空間に突如発生する渦(メイルストロム)より現れる、モンスターの群れ。

 それは機械のような構造を持ちながら、同時にどこまでも生物的だった。


 どこから、どれだけの数が這い出て来るか分からない、神出鬼没にしてあまりにも強い攻撃性を持つモンスターに、人類も当初は負け続けていた。

 市街地に現れれば軍の出動は間に合わず、結果おびただしい犠牲者と損害を許す結果となる。


 人類の持つ銃器や兵器は、決定的に威力不足。

 逆に、メイルストロムのモンスターは戦車さえ易々と破壊し、時に戦闘機にさえ追い付いて見せる。

 その上、モンスターの中に混ざる個体、数十メートルもの巨体を持つ怪獣とでも言うべき相手には、大量破壊兵器による攻撃さえ通用しなかった。


 それを倒し、人類を救ったと今現在もたたえられるのが、『勇者』と、その人物が駆る巨大ロボット兵器、


 『リゾルバイン』である。


               ◇


 そして現在。

 今再び、メイルストロムは地球へと侵攻を開始していた。


 世界中の人間がそうしているように、その少年もテレビの報道で、北米大陸のある街がメイルストロムのモンスター群に襲われるのを見ていた。


 どこからともなく現れる、地球外の異形の半機械生物。

 避難が間に合わず逃げ惑う人々と、破壊されていく都市。

 それに、応戦するも力及ばず押し潰されていく、当事国の防衛軍。


 最前線で戦う兵士には気の毒なことだが、これが順当な結果に過ぎないというのは、少年には判っていた。


(形ばかり真似た勇者コピーで、10年前のモンスターにすら対抗できる性能スペックじゃねーだろ、それ……。

 アレだけ言ったのにガラクタ作って揃えただけで満足しやがってぇ……!)


 舌打ちせんばかりに怒りと苛立ちに顔を歪める少年。

 慢性的な夜更かしで、目の下にはクマ。あまり見た目に気を使わないので髪も伸び、今は雑にヘアバンドで前髪を持ち上げていた。

 それさえなければ、比較的整った顔立ちをしている。


 少年、薪鳴千紘マキナちひろには、よくわかっていたのだ。

 現在までに各国が敷いていた防衛体制は、国民に向けた存在証明アリバイ程度のモノに過ぎないことを。

 10年前、『勇者』が命がけでメイルストロムを撃退したら、それで全てを終わったことにしたのである。


 勇者、『崖吾武ガイアタケル』は、最終決戦におもむいた次元の向こうの巨大な渦に、地球に現れたモノとは桁違いの規模の、無数のモンスターの姿を見たのだという。

 それが再侵攻して来るという勇者の訴えを、世界は無視したのだ。


 想定される敵の大きさに対して、各国が確実な防衛体制を整えるが難しかったのは事実だろう。

 高度な兵器開発と配備は莫大な防衛予算を必要とし、有事の際の避難経路や避難場所の整備にも大金がかかり、速やかな避難誘導と保護の為には国民の権利にも触れるような立法が必要となる。

 それら全てが国民の生命と財産を守る為だとしても、国家権力が国民の権利を制限する力を持つことで、それを恣意的に利用する危惧が生まれるのも事実だ。


 そもそも政治家は票にならない事はしたがらない。

 だが国土と国民を守るという基本的な役割を全うせんとするなら、それを実行するべきだった。


 結果、半端な備えはただ税金を浪費しただけとなり、国民の命と財産が脅かされている。


「アドニス、カナダ防衛軍のデータリンクにアクセス。戦術マップ、カメラ映像、司令部との通信、全部拾え」


『カナダ防衛軍エドモントン前線司令部、および、アメリカ防衛軍統合司令部のデータリンクにアクセス』


 少年、薪鳴千紘が指示すると、AI『アドニス』が大型テレビの映像を切り替えた。

 表示されるのは、現在交戦中の軍の情報。それに、最前線の部隊と司令部との通信音声も入ってくる。


 現地の部隊は壊滅寸前だ。

 応援の部隊は味方と合流する前にモンスターとの戦いで損耗し、撤退するような有様。

 航空支援は市街地に分散する敵に対し、効果的な援護ができない。

 このままでは、中国のように自国に核を使うか、南米のように都市ごと放棄し地雷原で囲むか。

 いずれにせよ、全ての犠牲は国民が負うことになるだろう。


 よって、千紘は決断しなければならなかった。

 何もしないか。

 出来ることをするか。


(役に立たねえったって防衛軍とメイルストロムの戦闘に一般人が首突っ込むのは筋違いだし、法律的にもアウトだし……。

 そもそもアレ・・は勇者用に作ったもんであって、オレが扱えるようなモンじゃないんだよなぁ)


 3D表示の戦術マップでは、今この瞬間にも軍の損耗と一般市民の犠牲者の表示が増え続けている。

 薪鳴千紘は一般人だ。軍人でも警官でもない。勇者とも違う普通の人間だ。

 一応『人類史上最高の天才』などと持ち上げられた過去こともあるが、それだけだ。


 大失敗して以来、千紘は自分の能力を過信してはいない。

 本人は自分が勉強ができるだけの人間だ、と分析している。


 だが困ったことに、準備はできているのだ。全てが取り越し苦労になるのが望ましかったが。

 万が一を考えて、この3年備えていた。設計と周辺システムの構築を含めると、5~6年か。

 自分の周到さが、こんな時はちょっと恨めしい。


 カナダ防衛軍は、メイルストロムに対して打つ手無し、と断定してよい。国連安保理事会、対メイルストロム防衛協力を結んでいる他国の応援も間に合いそうにない。

 既に幾つもの都市が滅びるのを見てきた。


 これ以上同じことが起こるのを見過ごし、後悔するのは御免だ。


「しかたない……勇者が戻るまで留守くらいは守る、か。

 アドニス、リゾルバー起動! ランチシークエンス、スタンバイ! 念のためアームドも起動! 量子転送も準備しておけ!!」


『了解、リゾルバーリアクター1番、2番ドライブスタート。制御フレーム起動。駆動テスト開始』


 ヘアバンドを取っ払う千紘は、それをソファに投げ捨て自身は大股でガレージに向かう。

 三輪バイクトライクや大型工作機械が置かれたそこに入ると、床が沈み込みエレベーターとなり地下に移動。

 ガレージに空いた大穴には横から別の床が迫り出し、何事もなかったかのように静けさを取り戻していた。


                ◇


 全高20メートルにも及ぶ鋼鉄の巨人、『マシンヘッド』は最新鋭のヒト型機動兵器である。

 脚部裏面の無限軌道クローラーによる高い走破性と機動力、汎用性の高い腕部マニュピレーターと豊富な火器のオプション、それこそマシンヘッド用の兵器でなければ破壊できないほど強固な複層装甲。


 人類は10年前の悲劇から学んだのだ。

 そして、人類を救った『勇者』と巨大ロボットにならい、その象徴たるヒト型の守護神マシンヘッドを建造した。

 人類は強い。人類は負けない。

 国家は国民を守る為にこれだけの力を養ってきたのだ、という話である。


『C7-1108ロスト! C7小隊ロスト!!』

『C11Eより救援要請! 11Eは中破し擱座かくざしています!!』

『36騎第8高機B中隊は敵に阻まれ友軍に接近できない!!』

『C5-0202ロスト! C5ロスト!』

『440特殊飛行隊よりC3小隊機を確認! C3は原型がない! パイロットは確認できない!!』


 そのマシンヘッド、アメリカ製のカナダ向け輸出モデル『ラッシュ・モア』の部隊は壊滅しかかっていた。

 司令部との通信では、部隊の損害報告が次々と上がってきている。


「C23-2424! 隊長機C23-1515より2424! ブレット! 応答しろブレット! ぅわぁああああこのクソ化け物がぁあああああ!!」


 味方が数を減らしていく中、小隊の僚機を無くしたパイロットが怒りと恐怖に吠える。

 機械の巨人が乱射するのは、口径30ミリのアサルトライフルだ。

 一瞬で戦車でさえバラバラにし得る火力が、数十メートル先にいる大型モンスターへと集中される。

 ドゴゴゴゴゴン! と爆音が鳴り響き薬莢が撒き散らされ、砲弾は敵を直撃するが、


「ギアッ!? ヂグジョ――――!!」


 その直後、飛んで来た腕に捕まるマシンヘッドは、スクラップの破砕機のような大口に詰め込まれて、グシャグシャにされていた。


『C23小隊ロスト!』

『もう戦える機体がありません!!』

『コールドレイクからのスクランブルは!?』

『コールドレイク空軍スクランブル機は到着まで5分!!』


 有効、と思われていた戦力の全てを失い、防衛軍は打つ手無し。歩兵や通常戦力ではダメージを与えられず、応援にどこまで意味があるかも不明。

 おおよその敵全てを排除したメイルストロムの怪獣は、四本の脚を順に踏み鳴らし、再び街ごと住民を蹂躙しようとしていた。


 もはや守る者もなく、降りかかる瓦礫や四方から襲い掛かるモンスターから逃げ惑い、泣き叫ぶ人々。

 逃げ場を無くす男女や家族、親子は、逃れ得ない死に震えて固まるしかなかった。



 だがその時、都市上空を突き抜ける何かが、光線を放ち地上のモンスターを薙ぎ払っていく。



「ギュ……!?」

「キア――――!!」


 四つん這いのヒト型メイルストロムが消し飛ばされるような威力。加えて、一直線上にいた個体を、効率的な軌道で一筆書きに駆逐する精度。

 すぐ近くにいたモンスターを粉砕され、度肝を抜かれた女性がひっくり返っていた。


 超音速で飛んできた飛行物体が急減速し、気圧差により白煙を纏う。


「っ……おグ!!」


 そのコクピット内、半直立型操縦席の中にいる薪鳴千紘は、背中から圧し掛かる慣性質量にうめいていた。

 やっぱシミュレーターとは違うな、と思う。


 脚部を後方に向けていた飛翔体は、その脚を真下に下ろし、関節を伸ばし展開した。

 肘関節から曲げスタブウィングのように横に向けていた腕部も開き、ヒト型としての通常位置へ。

 足から地面に降下し内蔵のホイールで路面を走ると、スケートのように弧を描いて方向を変え停止。

 機体の上に、頭部がせり上がってくる。


『マシンヘッドモードへ移行。FCS、イルミネーター起動。広域スキャン、バトルフィールド設定。コンバットエディター起動。戦闘スタンバイ』


「各部システムチェック。さーて、ロクに動作テストもしてないけどシミュレーション通りに動いてくれるか?」


 コクピット内では、ディスプレイに機体の稼働状況が表示されていた。

 今のところ問題なさそう、とパイロットの少年は緊張を紛らわすように唇を舐める。


 素材そのモノのような、メタルグレーの機体色。

 分厚い胸部装甲に、大きく外側に張り出した肩回り、といった様子の、筋肉質な人間にも似た上体。

 無骨でシンプルだが、高いパワーの期待できる腰部。

 かと思えば、バランス的に細身な腕部と脚部の下肢。

 ふたつの眼孔にはセンサーが光り、明王のような口元に、パイロットのヘルメットにも似た頭部。


 リゾルバー。


 10年前に活躍した『勇者』の駆るヒト型機動兵器を、薪鳴千紘が再設計、製造したマシンヘッドである。


「クオンタムオーバーレイを使う! 照準任せるぞアドニス!!」


『クオンタムオーバーレイ攻撃モード、スタンバイ。リアクター出力80%、敵位置予測、照準データリンク中。ターゲットマーク。セーフティー稼働中』


 千紘がサポートAIに指示を出すと、自身は機体を後ろに傾け脚部のローラーで滑るように後退させた。

 直後に、ガンメタルグレーのヒト型兵器の目に光が溢れ、そこから眩い光線が発振される。

 レーザーは大型メイルストロムを直撃し、その巨体を中心から真上に向けて薙ぎ払った。


「ギュイィイイイイイイ――――!!!!」


 新手のヒト型兵器を警戒するような動きを見せていた大型メイルストロム。

 それは、一瞬の攻撃を受け叫び声を上げていたが、


「アドニス、効果測定!」


『対象装甲面に平均50ミリの損傷を確認。内部構造の破壊には至っていません』


「これでも地球上でトップクラスのエネルギー兵器なのに……! やっぱり10年前より性能は上か……」


『レギオンカテゴリーの新種、亜人類型、及び、対象、ティターンカテゴリー、「ビッグマウスフィーダー」の性能値は第一次メイルストロム侵攻後期の個体をいずれも上回ります』


 大型モンスターに致命的なダメージ無し。

 機体を走らせ攻撃を続行しながら、コクピットの千紘は舌打ちを禁じ得ない。


 眼孔部から放つ2条のレーザーは、リゾルバーの固定武装で最も火力の高いモノだ。

 他は、胸部装甲内蔵のショットガンと、腕部のプラズマソードのみ。どちらも接近戦状況を想定したモノで、火力という点では頭部レーザーに勝るモノではない。


「……仕方ないアームド各機も転送! 直接火力支援させろ!!」


『了解、アームド1「ロケット・リゾルバー」、アームド2「ジェットローター・リゾルバー」、アームド3「ファイア・リゾルバー」順次転送。コントロール開始。自律攻撃開始』


 次の手を打つ千紘だが、同時に巨大モンスターも動き出した。

 歪な球体の上に生えるヒト型の上半身に、球体下部から生える4本の脚。その手足が蛇腹状に伸び高層建造物をつたい、全高30メートルに迫る巨体とは思えぬ速度で迫ってくる。


 ヒト型兵器リゾルバーは背面の排気口ノズルから噴射炎を吐き、高速で路上を滑りながらレーザーを撃ち続けていた。

 巨大モンスターも街を蹴散らして距離を詰め、腕も一瞬で数百メートルと伸ばしリゾルバーを攻撃。

 降り注ぐ瓦礫と粉塵の中、レーザーを放ち続けるヒト型ロボットは逃走進路を塞がれ追い詰められたが、


 爆音を上げて飛翔するふたつの物体が上空を突き抜けた直後、モンスターの横っ面に何基ものミサイルが直撃する。


「ギィイイイイ!!」


 爆発に吹き飛ばされ、派手に別の建物へ頭から突っ込む玉モンスター。

 街の空では二本の白煙が真っ直ぐに延び、その先端では2機の飛翔体が交差し旋回するところだった。

 後尾に前進翼を備えた、全長22メートルのロケット兵器だ。


 更に、突如現れたティルトローター、翼の中央にヘリのような回転翼のエンジンを備えた航空機が、滞空ホバリングしながら機体の下の機関砲を連射。

 倒れたモンスターに追い打ちをかける。


 ロケット・リゾルバーと、ジェットローター・リゾルバー。

 いずれも薪鳴千紘の開発したAIアドニスの操作する半自律支援機だが、これらの火力もリゾルバーを上回るほどではなかった。

 全機の攻撃を集中しても敵巨大メイルストロムを破壊できないのは、最初の攻撃が決定打にならなかった時点で分かっていた事だ。


 支援機を呼び出したのは、その本来の機能にして最大火力を発揮する為である。


「本番だアドニス……ドッキングシークエンス、スタート!」


『ドッキングシークエンス、イッツレディ……スタート。

 アームド1、アームド2は戦闘行動中。アームド3、データリンク。コントロールグリーン。ドッキングパターンC-01S、ドッキングコントロールはセミオートで対応』


 ヒト型ロボットから後方の交差点に、前後2機連結の大型車両がドリフトで飛び出してきた。

 赤い車体にオレンジのファイアパターンというカラーリング。戦車と同じ無限軌道クローラーで走行する災害対応車だ。

 それは中央から左右に分離しながら、前後にも延長して関節を形成し、急ブレーキをかけ後部を持ち上げていく。


 その上へ飛び上がると、脚部を折り畳み降下するヒト型兵器リゾルバー。


『接近速度が早過ぎます』

「ジョイント角度もダンパーの緩衝速度も問題ない!」


 リゾルバーの脚部と、後部から起立するフィアイアパターンの災害対応車が接続。

 更にその状態から、ブースターを噴射しリゾルバーが再度飛び上がる。

 重量を増し大きな重しウェイトを抱えた状態だが、巨大な脚を接続したままヒト型ロボットは亜音速にまで速度を増した。


『ロケット・リゾルバー、ベクトル同期。減速中。相対速度プラス300、250、110、50』


 その両サイドから接近するのは、機体各所からジェットスラストの白い炎を吹き姿勢制御するロケットだ。

 リゾルバーは腕部を後方に畳み、本体左右のシリンダーを開放しロケットを接近させる。

 ロケットも接触面を開き、本体と相互に連結。ギアを嚙み合わせた。

 連結すると間もなく、ロケットの後ろ半分が中央から割れ機首側に向けせり上がる。

 内部に格納されていた手甲を装備したようなゴツい腕が、関節部から展開された。


 翼端に回転型のジェットエンジンを装備した航空機は、大型メイルストロムの周囲を回りながら機関砲とミサイルで総攻撃の最中だった。

 しかし、致命打を受けるほどではなかったモンスターは、素早く伸縮する腕を伸ばし、自分を攻撃していたティルトローターを捕まえる。


「ドォラァ!!」


 そこに、猛スピードで飛び蹴りをブチかましてくる大型ロボット兵器。


 大質量と慣性質量にブッ飛ばされるモンスターに、反動で飛び上がるリゾルバーは、背面からティルトローターに接近。

 ティルトローターは機体の前半分を開き、内部から頭部の増強パーツを出し接続させ、腰部アーマーを形成しつつ背後に機体後部を接続させた。


 ズズンッ! と地響きを立て、全ての合体工程を終えた大型ヒト型機動兵器が地面に降り立つ。

 頭頂高27.5メートル、重量257トン。

 10年前にメイルストロムの侵攻を防ぎ人類を守った史上初のヒト型兵器を、人類最高の頭脳が再構築した機体。



 その名を、『リゾルバイン』といった。



 しかし、決定的な要素が欠けているが為に、オリジナルとは大きく異なる機体でもあるのだが。


『コア・リゾルバー、およびアームド1、2、3、正常に稼働中。リアクター、コントロールデータリンク問題なし。リゾルバインは正常に稼働中』


「パワーアウトプット、マキシマム! クオンタムオーバーレイとガンマレイバーストをフルパワーでブチ込む!!」


 コクピット内のリアクター出力メーター、本体の2発と各アームド・リゾルバーに搭載された小型リアクター8発のメーターが跳ね上がる。

 眼孔部と、突き出された左右の腕部にそれぞれ2基、併せて6基のレンズに灯る白と赤の輝き。

 それが同時にレーザーを発振していた。


「ギィイイ!? ギィイイイイイイイ!!」


 リゾルバーの状態で放ったモノとは比較にならない出力の光線は、球体の本体やヒト型の部分を薙ぎ払い、メイルストロムの巨体を深く切り裂いた。

 驚いたように腕で身体を庇おうとするメイルストロム。凄まじい瞬発力の4脚で以って、自身の巨体を後方のビルの陰に押し出す。


 攻撃の効果は確かに見られた。

 だが、巨大ロボットの中の少年はまたも舌打ちしていた。


「今ので切断できないのか!? N2リアクター十発のフルドライブだぞ!? 効果は!?」


『外殻部の貫通は確認できません。対象大型目標の挙動にダメージは観測できません』


「クッソ……! トレースしてるな!? ロケーターに最短距離を設定! リミッタ外す準備しとけ!!」


『推奨できません』


 巨大ロボットが脚の無限軌道クローラーを高速回転させ、アスファルトを踏み砕きながらその巨体を高速で押し出していく。

 同時に、翼の両端にあるエンジンがジェット噴射。257トンの重量を力強く疾走させた。

 進路上にいた防衛軍の兵士たちが大慌てで歩道側へ退避し、通過していく堂々たる威容を見上げている。


 リゾルバイン以上の巨体を持つメイルストロムは、伸縮自在な手足をフルに使い滑らかな移動を見せていた。

 ビルからビルへ移るモンスターへ、リゾルバインは地上を高速走行しながらレーザーを発振。

 だがモンスターは明らかに攻撃の性質を理解している様子で、建物を盾にしながらの移動により、マトを絞らせていなかった。

 非常に高性能な射撃指揮装置と戦術シミュレーターを搭載するリゾルバインとしても、流れ弾で市街地に被害など出さないが、


「射線を取らせないか……! しゃらくさい!!」


 攻撃を集中できない、と判断する千紘は、推進機関の出力を一気に上げリゾルバインを飛翔させる。

 ジェットエンジンと両腕部のロケットモーター、リゾルバー本体のブースターを爆発させ高速飛行して見せる巨大ロボット。

 リゾルバインはモンスターが隠れるビルの上をアッという間に飛び越え、


「ブラストアーム! オートエイム!!」

『ブラストアーム射出』


 瞬間、肘から先が分離して撃ち出され、ミサイルのようにモンスターへと誘導されていった。

 射出されたリゾルバインの腕はモンスターの腕の一本を鷲掴みにし、強靭なワイヤーで接続されているそれを本体が強力に巻き取る。


 ブラストアームは攻撃兵器であると同時に、モンスターの拘束用装備だ。

 強引に接近戦に持ち込み、市街地など周辺への被害を抑える戦術を想定している。


 キュィイイイ! と甲高いモーター音を響かせ、ビルから引き剝がされるモンスターとリゾルバインが急接近していた。


「ギィイイイイイイ!!」


 当然抵抗するモンスターは、拘束から逃れようと六肢をフルに使い逆に巨大ロボを引っ張る。

 千紘はそれを利用し、眼孔部レーザーを発振し牽制しながら逆に高速で接近。


「ファイアウェポン出せ! クロスレンジで自動展開! 攻撃任せる!!」


『ファイアウェポンR、スタンバイ。攻撃距離にオートリアクション』


 正面衝突し密着状態になると同時に、右脚部コンテナから超大型チェーンソーが飛び出しモンスターを削り始めた。

 絶叫を上げるモンスターは手足をバタ付かせ逃れようとするが、千紘はマニュピレーターを操作しゼロ距離でのボディーブロー。

 頭部を掴もうとしてきた腕を逆に捉え、力比べのデスマッチへと持ち込み、


 窒素核融合炉十発を全力運転させている巨大ロボットが、徐々に力で押され始めていた。


「このッ……!? アドニス! リミッタ外せ! アウトプットを110%に上げろ!!」


『警告、アクチュエイター負荷増大。冷却システムフルドライブ中。リアクターアウトプット110%には対応できません』


 機体が激しく振動し、関節部の駆動系アクチュエイターが過負荷により鈍い唸りを上げていた。

 地面を踏ん張っていた脚部の履帯クローラーが、相手の圧力に負け後退させられる。

 しかも、モンスターの球体の本体を削っていたチェーンソーが、その中心に開かれた大口に噛み付かれると、そのまま嚙み砕かれてしまった。


 目の前で突然開く大口に、流石に仰天する千紘。

 すぐさまリゾルバインは後ろに退がろうとする。


「クソっ! クソっ! マジか!? リゾルバインのフルパワーで押し負けるって――――!

 所詮はエレメンタムマター無しの見た目だけの機体って事か……!!」


『対象の形状に変化を確認。警告、警告』


 リゾルバインは現行で最高のマシンヘッドだ。製造開発した千紘にはその確信がある。

 だが同時に、それだけのロボットでもあった。

 リゾルバインを『勇者』足らしめたのは、搭載された精神感応物質、『エレメンタムマター』の物理的限界を覆す超常の力。

 千紘の作ったリゾルバインにも同様の構造材と機構が組み込まれているが、それを借りているに過ぎない千紘には、その力を引き出すことはできないのだ。


 場違いに首突っ込んだ挙句にこの体たらくか、と歯噛みする天才少年だったが、ここでAIから更なる警告が発せられる。

 見ると、それは大型メイルストロムの姿が変貌する場面だった。

 細身だった三対六本の手足が、細身な形状から数倍にも太く肥大化する。金属の性質を持ちながら柔軟に変化する外殻も、メイルストロムの特徴だ。


 して、その変化が膂力の圧倒的向上にあるのは、一目瞭然だった。


衝突警報コリジョンアラート

「電磁シールドとイナーシャルアーマー最大!」


 弾かれるような初速を得たモンスターが、一足飛びにリゾルバインに接近。腕部を大きく引いた打撃の構え。

 AIの警告と同時に全防御手段を展開する千紘だが、次に来る衝撃には息どころか心臓が止まるかと思った。


 核の放射エネルギーさえ寄せ付けないエネルギーシールドと、衝撃を装甲表面にそって受け流す慣性防御システム。

 それらを力尽くでブッ飛ばすような打撃に、重量250トンを超える機体が浮き上がるほどのダメージを受けていた。

 千紘自身、コクピットのショックアブソーバー、フロート構造そしてイナーシャルアーマーと特殊なインナースーツが無ければ、これだけで死んでいたと思う。


「ッ〜〜〜〜!!? こっ……攻撃範囲……」

『機体管制開始。敵攻撃射程外へ後退』


 声も出ないが、AIは千紘の脳神経パルスを読み取り正確にその意思を確認していた。

 脚部の履帯クローラーが高速回転し、リゾルバインを全速力で後退させる。

 レーザーも放ち、肩アーマーを形成するロケットからミサイルもバラ撒かれるが、獰猛に突っ込んでくるメイルストロムは止められない。


 追い付かれ、押さえ付けられるように掴まれる巨大ヒト型ロボット。

 両者の重量がアスファルトの一点に収集し、足元が砕け沈み込む。

 リゾルバインは行くも退くも出来なくなり、凄まじい負荷に軋みを上げるほかなかった。


『脚部関節部負荷220%、アクチュエータ出力200%、パワーマキシマム。腕部アクチュエータ出力200%、パワーマキシマム。

 拘束状態から離脱できません。リゾルバインは大破する可能性があります。脱出を推奨』


 駆動部は過負荷以上の力を求められ、機体全体が悲鳴を上げている。

 コクピットの全周モニターには、リゾルバインのダメージ表示と警告表記が乱れ飛んでいた。

 全ての推進機関がフルパワーを絞り出し、その巨大な力で押し返そうとするも、メイルストロムはビクともせず機体の破損が増えていく。

 ついに耐え切れず膝をつく勇者のロボットに、のし掛かるモンスターは大口を開け噛み砕こうとし、


「あーもー……結局こうなるのか。

 アドニス、リゾルバインはエグゼ・オペレーショナルモードへ。

 ゼロインフィニティ、起動する!」


 苦渋の千紘は、手元の操作レバーに付属するパネルの右端、そこの赤いカバーを指で跳ね上げると、黄色と黒のエマージェンシースイッチを押し込んだ。



 そして、作り上げた本人にも制御不能な力が目を覚ます。



 リゾルバーの中心。サブリアクターやバッテリー、キャパシタといった心臓部に寄り添うように搭載された、小さな動力機関。

 物理的に切り離され、隔離されていたそのパーツがメインのエネルギー経路バスに接続されると、巨大ロボの全てが変わった。


『エネルギーアウトプット急上昇中。300%、500%、1400%、全ラインオーバーパワー。全リミッター解放。電磁隔壁フルパワー。機体保守が十分ではありません。緊急冷却開始。全機能耐久限界値を超過。各予測数値算出不能。全機能コントロール不能』


 本来の仕様を完全に逸脱した出力に機体自身が負け、内から自壊をはじめていた。

 だが同時に、リゾルバインが徐々にメイルストロムの怪物を正面から押し返しはじめる。

 全てのダクト、ヒートシンクが全力で放熱を行い、赤外線で周囲の空間が歪んでいた。

 過剰なエネルギー供給と出力で、全ての駆動部が火花を撒き散らしている。


 斜め下から巨大ロボが頭部をかち上げ、メイルストロムの頭に押し付けられた。

 眼孔部の光が定格を大きく超え、先の数十倍の出力でレーザーを発振。

 モンスターの頭半分を吹っ飛ばす。


「ギュィイイイイイイ!?」


 火が付いたように跳び退き、両手を振り回して逃げようとするメイルストロム。

 だがそれに対し、リゾルバインは地面を踏み砕き、全ての推進力を使いジャンプパンチで突っ込んだ。


 加速された腕部、自機の保全を完全に無視した出力の打撃に、メイルストロムの巨体が殴り倒される。

 そこから更にワイヤー付きアームに引き摺られ、もう片方の腕部にあるガンマ線レーザー砲と、眼孔部からの量子レーザー砲で八つ裂きにされていた。


 悲鳴を上げながら腕、脚、首、胴、と切断されるモンスターは、本体である歪な球体を残すのみに。


「アドニス、フォースドリルを出せ」


『ウェポンベイ開放、フォースドリル・メーレーウェポンを展開。腕部パワーバスへ直結。モニタリング不能』


 巨体を揺すり、にじり寄る大型マシンヘッド。

 リゾルバインの肩部から張り出すロケットの機首が割れると、正面側へ押し出される長柄の物体。

 左右二本あるそれを引き抜き接続すると、現れるのは本体と同サイズの円筒に、その側面を真っ直ぐ貫く形で4つの分厚い刃ビットが配置されたカッターヘッド。

 リゾルバインの疑似慣性制御装甲イナーシャルアーマーと同様の技術を用いた、近接破砕兵器。


 フォースドリル・メーレーウェポンである。


                ◇


 丸玉の巨大メイルストロムは、全高ほどもあるドリルを装着したリゾルバインにより大穴を開けられ、最終的に原型すら残さなかった。

 桁外れの力でモンスターを圧殺するその姿に、街もヒトも世界も、一時静まり返る。

 だが、絶望的な脅威が排されたという確信に至るや、全てが歓声へと変わっていた。



 それは、別次元に存在する空間の渦、中心に座すメイルストロムの女王も同じであったが。

 遂に、求めていたモノが現れたのだと、おぞましい歓喜の叫びを上げて。



 テレビやネットのメディアでは、メイルストロムの撃滅と共に『勇者の帰還』と大々的に報じていた。

 満身創痍の巨大ロボ、『リゾルバイン』はその存在を誇示するように威風堂々の姿をさらしていたが、やがて各パーツ毎に分裂すると、その場から飛び去って行った。


 実情は、無理をさせ過ぎて動けなくなっていたので、千紘が応急修理をしていた間動けなかったのだが。

 こんな所で身動き取れなくなったら、国家による鹵獲一直線だ。


 そんな予測の通り、その力を見た各国政府は即座にリゾルバイン接収へと動き出す。

 かつて、他ならぬ自分達こそが、その勇者を蔑ろにした上に目に見えぬ場所へ追いやった事も忘れたフリをして。


 飛行形態を取るリゾルバーは、様々な思惑の眼差しを集め、空へと急上昇しやがて光学ステルスで姿を消していた。




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