mgw004.prj_勇者はファーストが至高と訴えたいけど訴えられずに無関係を装う

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 この日の朝のトップニュースも、世界各地のメイルストロムによる被害の速報という内容だった。

 だが何より大きく取り上げられたのは、太平洋のド真ん中、ハワイ州におけるメイルストロム迎撃戦と、その顛末についてだろう。


 アメリカ合衆国は、ハワイ州防衛軍がメイルストロム群を殲滅した、と公表。

 しかしそれが勇者とたたえられる巨大ロボ、『リゾルバイン』の活躍によるモノだというのは、この超情報化社会でならば誰でも知ることのできる事実だった。

 この点はアメリカ政府もノーコメントとしている。


 そして、眠そうにすさんだ眼をし、髪も伸ばし放題な男子高校生、薪鳴千紘まきなちひろは、いつも通りオートキッチンで作られたサンドイッチをみながら、登校のため急ぎ家を出た。


 電源入れっ放しの大画面テレビでは「防衛軍の緊急の増強が必要」と言うコメンテーターのセリフが流されていたが、やがてAIにより電源を落とされた。


               ◇


 たった今学校に来た者、朝の部活動を終えた者が、続々とそれぞれの教室に集まって来る。

 千紘は自分の席に着くなり、いつものようにタブレットPCを立ち上げキーボードを叩き始めた。

 仕事にプライベートに忙しいのだ。学校に来ているのは半分意地である。


「おはよーっス、薪鳴ー」


「どーも……」


 予鈴の直後に入ってきたのは、長髪を金色に染めた気の強そうな下がり目ギャル、猫谷美鈴ねこやみすずだ。

 千紘に挨拶したと思ったら、その机の上に座ってくる。

 極めてスカートが短く、その下の赤い下着が至近距離で見えてしまったのだが、千紘は特に動揺もせず軽い挨拶だけして仕事を続けていた。


「薪鳴テレビ見た? ハワイにリゾルバイン出たってさー。まーた弟が騒いでうるせーのよ。薪鳴のくれたオモチャ持ってきてあーだーこーだって。

 もうずーっと動画見てるし。その動画自体もめっちゃ増えてて、弟にこれ以上エサを与えるなって感じ」


「ニュースもほとんどそれ一色だったね。ハワイの戦闘では避難してない一般人も多かったし、そのヒトらの撮影した映像も多かっただろ」


「そーなの? あーでもやりそうだなー現代人」


 ごく自然な会話をするギャルと暗めの男子。

 その今までにない組み合わせに、教室内では密かに注目する生徒も少なくなかった。

 クラスにおける唯我独尊なる存在、ギャル。

 何をしているかよく分からない孤立気味のボッチ男子。

 いったいどういう接点なんだ、と大半の生徒が思ったものだが。


「おはー、スズー、マッキー」


「よーっすスズー」


 ここで、ギャルのギャル友、ミドルヘアのダウナー系女子と、前髪縛りの日焼け女子も登校してきた。

 3人が集まって雑談を始めるのだが、地味に忙しい千紘としては自分の周りでやらないでほしいと思う。


「今日もテスト勉強っしょー? スズ帰り歌ってくー?」


「いいじゃんいこいこー」


「じゃマッキー先生には早めに切り上げてもらわねーと」


「必要なところ早めに覚えてもらえれば構わないよ」


 はじまる前から勉強会後の遊びの予定を立てるギャルズ。

 対して、プレッシャーをかけられるが素気無く返す天才である。


「あれあれあれ、なんかめっちゃ馴染んでんじゃんね……。男の子の頭いいとこ見るとカッコいいって思っちゃう?」


「別に勉強見てもらってるだけだっつーの。この恋愛脳がぁ」


「いやスズの好みって今までよく分らんかったし。こういうタイプは盲点だったわ」


「ざっけんなし」


 気安い仲になっている下がり目ギャルと天才ボッチを見て、からかうような事を言う黒髪の女子。

 当然の如く噛み付くギャルだったが、千紘の方は他人事でお仕事を進めていた。


 カナダに続いてハワイでも止むを得ず飛び入りでの戦闘介入となったが、二度ある事は三度ある、当然次の戦闘も在り得ると思えば、いい加減にリゾルバインをまともに動くようにはしておきたい。

 でも千紘の願いは、表舞台を去った勇者が戻った時に、リゾルバインを返す事だ。

 だからあんまり元の設計から変えたくないんだよなぁ、と。


 そんな事で思い悩みうなっていた矢先に、タブレットPCの画面の端で静かに点灯するアラート表示。


(うん? 追跡警報……。行政間ネットワークからオレの個人情報にアクセスあり?)


 リゾルバインを運用するにあたり、そして他にも政府機関から目を付けられる心当たりがあった為、千紘はネットワーク上で自分の情報を探ろうとする者が出た場合に、それが分かるよう監視するシステムを構築していた。

 すぐさま千紘は、アクセス元をデータトラフィックから逆に追跡。

 何者かが行政の省庁間連携システムに侵入し、高校生を中心とした個人情報を検索している形跡ログが見て取れた。

 その中に千紘のデータも含まれていたので、警報アラートが出たらしい。


(国土交通省から文科省全国高校生データベースへのアクセス? 浜松の運輸支局からのリクエスト? 高校生に何の御用なのかねぇ……)


 明らかにおかしなデータアクセスだったが、これが自分を狙ったモノかは今ひとつ謎。

 しかも、リゾルバインのパイロットがこの年頃の少年だなどという情報は、どこにも無いはずだ。

 とはいえ、リゾルバインが活動を再開したこのタイミングで偶然何者かがデータベースに不正アクセスしている、というのも無関係と思うには楽観的に過ぎるだろう。


 アメリカなら自分に目星を付けるのは当然だが、住んでいた当時の研究内容とリゾルバインは違い過ぎる上に、そもそも全高校生データを調べる様な無駄はしないであろう事からその可能性は除外するとして。


(どこのどいつがアクセスしているのか判れば……。IDは課長のモノで、多分パクッた物。監視カメラは、無い場所か。まぁ故意なら当然そうするわな)


 学校にいる千紘からは、アクセスしている人物を特定する手段もなく。

 出来るのは、相手に気付いたのを知られる事のないよう、こっそり警戒態勢を強くするだけだった。


               ◇


 静岡県の沿岸部にある都市。

 そこの古ぼけた行政の建物の地下で、ローカルのネットワークに不正アクセスしている外国人の女がいた。

 物置になっているらしき地下室は、明かりも限定的。常夜灯のように小さなライトがポツポツとあるのみだ。

 姿を見られるワケにはいかない女には、好都合だったろう。


 ハワイから日本にトンボ返りする形となったフリーの工作員は、ガードの固い都心周辺ではなく、少し離れた政府系施設を狙いそこへ移動した。

 日本でも各省庁間でデータのやり取りをするシステムを構築していたが、この国の常としてセキュリティは非常に甘くなっている。

 国民の目に付く上辺の形さえ出来てしまえば、実際の中身にまで誰も責任を持たない、責任を取らないのが、日本という国の慣行である為だ。


 無責任に言うだけな政治家が想定した仕様と、予算とスケジュールと現場の技術レベルでは到底不可能な要求ばかりを押し付けられた発注先で、現実に実装された運用の落差、というモノである。


 施設職員のIDを簡単に手に入れたので、実のところ不正アクセスですらなく、女は目当てのデータを手にすることができた。

 その職員はデータアクセスの理由を内部調査あたりで問われるかも知れないが、そんなのは女エージェントの知ったことではない。


 入って来た時同様に誰にも見つからず建物から出ると、女はビジネスホテルの一室でデータの確認をはじめた。

 ザックリとデータを攫ってきた次は、その中から絞り込みをする必要がある。

 ベットに寝っ転がりタブレットPCを弄る女は、一枚の画像を呼び出した。

 大国の後ろ盾も組織の支援も無い自分の、唯一の切り札。

 ハワイで撮影したリゾルバインのパイロットの横顔だ。


 アメリカも世界も、今のところほとんどの者が10年前の勇者『崖吾武がいあたける』の影を追っている。

 実際には全くの別人で、しかも少年だと知っているのは自分だけだと、女エージェントは密かに興奮していた。

 これでリゾルバインとパイロットを捕らえれば、使い捨ての捨て駒から正規の職員になるのも不可能ではないだろう。

 だが、雇い主は当然ながらそんな捨て駒の希望など知ったことではないので、手柄だけ持って行かれないよう慎重に動く必要があった。


(さて、明らかに背丈や体格が違うのは除外して、次は過去2度のリゾルバインの出現時にアリバイの無い者……。背景が怪しい者。最終的には総当たりね。

 ハンドラーがわたしの動きに気付く前にパイロットを抑えないと)


 ハワイとの往復からの強行軍により、疲れの溜まる女エージェントが不意の睡魔に襲われる。

 シャワーを浴びたい気持ちはあったが、データのより分け作業をタブレットPCに任せると、その姿勢のまま眠ってしまった。


                ◇


 少し前にギャル弟へ自作のリゾルバインフィギュアをプレゼントしたのだが、これが大層好評という話。

 また、千紘がリゾルバインについて非常に話せる、ということで、すぐに家に呼べという弟の突き上げを喰らっていたギャル姉である。


『つーワケで土曜な』


『…………まぁいいけど』


 不承不承と言った様子ながら弟の希望をむというのは、実はやさしい姉という事ではないだろうか。

 他方、忙しい千紘には何らメリットの無い話ではあるのだが、ここはお招きにあずかる事とした。

 勇者の意思は自分の後にも誰かしら若い世代に引き継がれねばならないのである。

 とか思うので。


「それはいいとしても土産はどうするか…………」


 家に帰り、秘密の研究室兼工場で無数のマニュピレーターを操りならそんな事を独り言ちる千紘である。

 頭にはゴテゴテと箱の付いたヘッドセット。ケーブルは天井に繋がっていた。天才の所業は、そうでない者から見れば狂気にも似ていた。


 前回弟君に差し上げたのは、100分の1スケールリゾルバインだ。流石に分離変形はしないが、関節部は全て可動し武装オプションも本物に近い着脱ができる贅沢な仕様。

 とは言え、当然ながら前回と同じ物を作っていってもしょうがない。

 ならば今度は、合体前のメカ状態を3Dプリントしてみるか。


 そこまで考えて思ったのは、子供としての玩具の実際の運用についてである。


「スゲー! 敵モンスターだー!!」


 そうして約束の土曜日。

 やんちゃ坊主系のギャル弟が、お土産の立体物を抱えはしゃいでいた。

 千紘が今回作成したのは、リゾルバインではなく敵であるメイルストロムのモンスターの一種。

 アーマーナイトモンスター、100分の1スケールである。


 同モンスターは10年前にリゾルバインと三度みたび死闘を繰り広げた最上級のメイルストロムだ。

 人類に大きな被害を出している存在ではあるのだが、他のモンスターとは一線を画すシャープな外見と圧倒的な戦闘能力に、メイルストロムながら随一の人気を持つ。

 

 子供が玩具を手にするのなら、観賞用などにはすまい。めつすがめつ、ぶつけて振り回して乱暴に遊び倒すのだ。

 よって千紘も、先に贈ったリゾルバインと一緒に遊べるよう、少し柔軟性と弾性を持った素材でアーマーナイトモンスターを成形している。

 不要なディティールは潰しているが、同時に子供向けに生々しい部分も修正していた。

 実に30センチ以上ある大ボリュームの可動フィギュアだ。


「戦わせて遊ぼうぜー!」

「おれリゾルバイン取ーった!」

「なんでだよおれんだぞー!!」


 ギャルこと猫谷美鈴の弟とたまたま遊びに来ていたらしき少年たちが、玩具を手にハイテンションで走り回っている。

 呼ばれた立場の千紘はほったらかしだ。手持無沙汰。


「……この前のもそうだったけどさー、ああいうの高いんじゃねーの?」


 興味の対象外ながら、ギャル姉から見ても千紘の持ってきた玩具の出来の良さは理解することができた。

 シェアトップの通販サイト『サバンナ』でその手の商品を探したこともあるので、大体の値段も想像がつく。多分10万から15万の品。

 高い散財をさせているのではないか、と少々ビビるが。

 とりあえず丁重にコーヒー出す。


「3Dプリンタとか自分の仕事道具を使ったから大した出費でもないよ。素材も大量に買い込んであるモノで割安だから、あの量ならどうという事もないな」

 

「時々薪鳴から仕事がどうとかって聞くのな。マジメに仕事ってなんなの? 学校でタブレットずっと弄ってんのマジで忙しいんだ?」


「オレだいたい企業さんから機械設計と制御のシステム設計でお仕事貰ってるから」


「マジで? マジで高校生で仕事してんのスゴくね? なんでそんな事できんの?」


「アメリカでそういう学校行ってたんだ」


 アメリカの学校、で誤魔化す千紘だが、その学校というのは世界一の理工系大学、マサチューセッツ工科大だったりする。1年で卒業して即大学院へ入った。

 その後政府の軍事研究に参加したばっかりにえらい目に遭ったが。


 そんな裏を知る由もないギャルは、「ふーん」で流してしまった。

 興味が無いワケではないのし、お土産の出来も半端ではないので疑ってはいないのだが、どことなく千紘が詳しい話を避けているように感じられて。


「なに、もしか結構儲かってんの? 今度寿司でも奢ってもらうかなー」


 冗談めかして言い、先んじて空気が重くなるのを回避するギャル。スクールカースト上位の技前。


「それくらいなら構わないけどね」


 と、サラッと言う千紘は、実際かなりの収入を得ていたりする。


 フリーの設計屋、とはいえ一回売り切りの図面は完成度、信頼性共に高く、時に億単位の報酬が支払われるほど。今は世界の主要企業の大半が顧客だ。

 莫大な使用料を生む特許技術パテントも大量に保有し、依頼を受けて作成する特注の部品は、時として奪い合いで血が流れるほどの性能を誇っていた。

 株取引や立ち上げに協力した仮想通貨などでも兆を超える額を保有している。


 その資金力は、それこそ家と裏山の地下に大規模な施設を隠して作り、そこで巨大ロボを製造運用するほどだ。


「にーちゃんにーちゃん! あずが本物と腕が違うって言うー!」


「だって違うよー! リゾルバインは飛ぶのも飛行機じゃなくてヘリコプターなんだよー!!」


 キッチンのテーブルで千紘とギャルが話しをしていると、子供らがまた慌ただしく駆けて来た。

 何の事かと思うと、それは弟の手にある100分の1リゾルバインの仕様についてである。


 将来イケメンになりそうな弟と、その友達の一見女の子に見えてしまいそうな「あずき」という少年の間で、リゾルバインの形状について意見が割れたらしい。

 その争点は主に腕と背中だが、実はこれは両者の認識の違いによるモノであった。


 千紘が作った玩具のリゾルバインは、10年前のオリジナルの形状。

 あずきという美少年は、今現在活躍中のリゾルバインと比較して違うと言っていた。

 実はよく見れば細部が異なる上に、特に背面部の飛行ユニットはオリジナルが大型航空機の主翼を使っているのに対して、現在のリゾルバインはヘリのようなティルトローターと合体している。

 一方でギャルの弟は10年前のリゾルバインを含めたファンであり、また最新タイプとの違いもそれほど気にしない性格のようであった。


 製造元が、その辺の商品説明を改めてしたならば、


「えー? 昔のリゾルバインとかダッサイよー! アイチューブで見たリゾルバインの方がカッコよかったー!!」


「なんだと」


 お子様の無邪気な感想に、聞き捨てならないのは勇者原理主義者の千紘である。

 評価されているのは自分の作った新型だが、知るかそんな事よりオリジナルだ。


「……どうだろう最近出てきたリゾルバインに似た・・マシンヘッドは対応が後手に回ることが多くて、オリ――――10年前の機種に比べても頼りなさが目立つのではないかな?」


「今のリゾルバインの方がかっこいいよー! 手からビーム出したりミサイル出したりドリルでバーンってブッ飛ばしたりするんだよ!!」


「お兄さんは剣の方がかっこいいと思うな! 本当のリゾルバインはエレメンタムスシュレッドって必殺技だって使えるんだぞ!

 エレメンタムマターっていう今の技術でも追い付けないスゴい物質も全身に使われているし勇者っぽいのは確実にオリジナルのリゾルバインだと思うゾ!?」


「ヤダー新しい方がいいー!!」


 貴様の目は節穴か新しい方がいいとかミーハーなガキめぇ! と大人気のない部分が前面に出そうになる千紘である。

 これでも散々大人気ない大人を見てきて自分は大人になっていたつもりなのに。

 フと、自分がMIT入った直後の指導教授との会話を思い出したのはなぜだろう。


 お子様には是非とも、勇者とアースディフェンダーがたぐいまれなる意思と信念で以て作り上げてきたリゾルバインとそこに込められた熱き魂を理解してほしい。

 そのような想いで、どうにかこうにかリゾルバイン(オリジナル)上げに腐心する天才少年であるが、子供の理屈抜きな好き嫌いには歯が立たず。

 思わず10年前の勇者たちの戦いを熱く語ってしまったところ、背後のギャルからは「キモっ……」とかつぶやかれたりと、散々な負け戦であった。


 そして、ギャル家からの帰り道。

 世界中の対メイルストロム戦線を監視していたAIアドニスから緊急連絡が入り、薪鳴千紘と2代目リゾルバインは三度みたびの出撃。

 ギリシャでの戦闘となったのだが、その最中。

 もしかして自分が活躍すると初代の存在意義が揺らがないだろうか、あるいはもっと全体のディティールを初代に寄せるべきでは?

 などと、戦術上重要ではない疑問が湧きいまいち集中できず、今回も苦戦した。




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