mgw002.prj_勇者を待つ間に巨大ロボ直して学校に行く
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この日も、地球はいつも通りの自転を行い、太陽からの光をその身に受けている。
そして、この日は月曜日。
新しい一週間の始まりだ。
ある街の外れ、木々に埋もれた小高い山のほとりに、その家はあった。
住宅密集地から少し離れている、広めの敷地面積。
広い庭と大きなガレージも備えるモダンな住居だ。
既に日が昇ってそれなりに時間も経っているが、外からはその家の中が動き出している様子は見られない。
だが、その内部は全く止まらず活動を続けていた。
一般家庭とはかけ離れた、無数の機械が立ち並ぶ広大な空間。
全自動の工場のような施設群である。
その一画にポツンと置かれたソファの上に、ブランケットを被り
機械の駆動音が無数に響く空間内なのだが、起きる気配はない。
ソファの足元にはノートPCやタブレットPC、分厚い専門書や科学雑誌、栄養補助食品の空き箱や包装紙、カラのペットボトルといったゴミが散乱していた。
『おはようございます。スケジュールされた起床時刻になりました』
しかし、AIアドニスの音声にはすぐに反応し、眠そうに
何年も生活の管理を任せてきたことで、習性か条件付けにようになっている。
ソファの上で身を起こす
「……リゾルバーとアームドのステータスはぁ?」
『コア・リゾルバー、フルチェック終了。95%を予備パーツに換装中。
アームド1、2、3はアッセンブリレベルでオーバーホール。リアクターを含む電装系を換装中。関節駆動部は交換予定。
全作業終了まで78時間』
「一戦しただけでほぼ全損かよ……」
思い出すのは、先日の北米大陸カナダでのメイルストロムとの一戦。
それなりに自信作であった『勇者』の再構成機、リゾルバインは力及ばず、破壊される一歩手前まで追い詰められる事となった。
それだけでも落ち込むのに、結局使うまいと思いながら保険として搭載しておいた未解析のエネルギー機関、『ゼロ・インフィニティー』まで使うハメになるとは。
何もかもが思い通りに運ばない、不安と後悔ばかりが残る結果となってしまった。
頭だって抱えたくなる。
「…………そういえば、あの戦闘中にエレメンタムマターって反応した?」
『カナダ、「ビッグマウスフィーダー」戦における戦闘分析データの全項目に渡り、エレメンタムマターの励起を示すデータは記録されていません』
「だよなぁ…………」
ダメだろうと思いながらも質問を加えると、千紘は更にガッカリした。もう今日は不貞寝したい。
とはいえ、日本に戻った以上は高校にも普通に通うと決めていたので、仕方なく学校へ向かう事とした。
秘密のエレベーターで地上に戻ると、シャワーを浴び心身をスッキリさせ、乱暴に髪の水気を取りながら用意されていたサンドイッチを手に取る。
マニュピレーター付きオートキッチンでAIアドニスが作った代物だ。
それを口に押し込むと、身支度を整えガレージに戻り、前方二輪のバイク、いわゆるトライクに跨った。
AIアドニスがガレージのシャッタを上げ、人工光より遥かに高エネルギーで
千紘がアクセルを開けトライクを前進させると、背後で自動的にシャッターが下されていた。
◇
他国にように致命的な戦火に
街中には足早に移動するヒトの姿が溢れ、増加する通勤車両で道路が渋滞気味だ。
そんな朝の平和な日常風景を横目に、トライクはクルマの横をすり抜けて行った。
このように千紘は運転中なのだが、実はAIに自動運転させヘルメット内のディスプレイでニュース映像を見ていたりする。危険なので真似をしてはいけない。
ブロードキャストニュースの中では、10年ぶりのモンスターの出現と各国国防軍の対応力不足、それにここ10年近く
この半年、世界はメイルストロムのモンスターに負けっぱなしだ。
襲われたいずれの都市も、防衛軍による防戦と市街地の奪還を断念し、街ごと破壊する焦土作戦か周辺封鎖による封じ込めに終始している。
カナダにおけるメイルストロムの撃退は、人類の貴重な勝利となっていた。
世論では今後の勝利も期待し、勇者とリゾルバインの更なる活躍を求めている。
だが一方で、華々しい登場を果たしたにもかかわらず、名乗り出もせず再び姿を隠した勇者の行方も疑問視されていた。
当事者の千紘としては、
「テメェらが勇者の警告無視して厄介払いしたんじゃねーか今更何言ってやがる」
と、吐き捨てる思いだったが。
とはいえ、勇者の帰還を望むのは、千紘も同じだったりする。
先日の戦闘介入は、
どう見ても防衛軍が敗北していたので、勇者からリゾルバインを一時借用――――と千紘は認識している――――して出撃したものの、危うく敗北するところであったし。
願わくば、次の攻撃が起こらないか、さもなくば国防軍か国連軍がまともに戦える体制を整えてくれるのを祈るのみの千紘である。
あるいは、勇者と本物のリゾルバインが、本当に戻って来てくれないだろうか。
かような儚い想いを抱えながら、千紘は学校の裏門にある駐輪場にトライクを駐機していた。
◇
薪鳴千紘の籍を置く高等学校は、レベルとしてはそう高くない私立の普通科高校である。
校風、敷地面積、校舎の作り、等で、これと言って特筆する部分はない。
そんな千紘の高校生活であるが、最初の方は全く問題なく、とはいかなかった。
実は、同世代の少年少女と話をしたことが殆どないのだ。
アメリカでは即大学だったし、2年半前に日本に戻ってからは学校どころではなく生活を整えるに忙しかったので、同級生と話も合わない。ついでに日本語も若干怪しい。大分矯正したが。
しかも周囲にはまともな大人がおらず、生活は全て自分ひとりで行っており、時間があれば研究だ仕事だ、としているので慢性的に寝不足気味で顔色も良くない。
結果、寡黙で暗く見え、言葉遣いも
イジメに遭って間もなく、アメリカ流に弁護士と警察を動員したところ、イジメの犯人と庇おうとした学校側は全力で謝罪してきたが。
以来、高校2年に進級する現在までも、千紘はイジメの対象ではなく腫物的な扱いとなっている。
千紘の方も、仕事とプライベートで尋常ではなく忙しいので、特に現状を改善する必要性を見出せないのだが。
せっかく一念発起して入った高校の学生生活これでいいのかなぁ、とは少し思っている。
それ以外は、平穏な学生生活と言えた。
授業、学校行事、定期テスト、と問題なく日々を過ごしている。
「はーいそれでは後期中間テスト返しますねー。例によって赤(点)は追試なんで授業後に先生のところに来てくださいねー」
夏休みが終わって間もなく実施される、後期に入って最初の考査試験。進級する単位取得の為の重要なテストとなる。
比較的若い男性教師が名前を読み上げると、教卓前で生徒がペーパーを受け取っていた。
書かれた数字に満更でもない者、顔色が良くない者、達観した者、と反応は様々である。
元々顔色があまり良くない千紘であるが、テストの結果に顔色を変えることはなかった。
それほど興味がないからだ。
実は英数理科目が完璧な一方で、現代国語や古文、日本史あたりが平凡なのだが。2年で大分日本語に慣れたとはいえ。
それでも、十分に勉強の成果は出せており、落第するほどではない。
学年上位という試験結果にも興味はなく、問題なければいい、と結論付ける千紘は、いつも通り自分の机で仕事にかかる事とした。
単身アメリカに渡り単身帰って来て独り暮らしなので、自分で稼がなくてはならないのである。
そうしてタブレットPCの外付けキーボードを叩く千紘を、斜め後ろの席から眺めている女子生徒の姿があった。
◇
授業後、何故か赤点組と一緒に教師に呼び出された千紘である。
2年次後期中間考査、合格ラインに届いていない生徒は女子3人だった。
いずれも、髪は染め美容院でスタイリングなどし、顔には日焼けや化粧、制服は着崩しスカートは極めて短いという、いわゆる『ギャル』な女子生徒だ。
ついでに、赤点を咎められる立場なのだが、悪びれたり後ろめたい思いをしている様子はない。
「金田、星崎、猫谷、キミたち赤点だけど、追試の方でなんとか合格してもらわないと。
でも前期から毎回赤点取ってるから、これが続くと授業も辛くなりますよー。出席日数の方だって足りてないからどっちにしろ補講が必要だし。
とにかく補講の分の点は出欠点に補填しなければいけないんで、追試は絶対一発でお願いしますからねー」
厳しくではないが、やんわりと必至に赤点生徒へ促す担任。
難しい時代である。
そんな教師の心、生徒知らず。
割とシャレにならない追い詰められ方をしているギャル女子三人であるが、深刻さはなく、つまらなそうに話しを聞いていた。
「えーなんかもうめんどくさーい……」
「苦労してテスト終わったのにまたテスト受けなきゃならない上に休み潰してって下がるわー」
「もう高校はいいかな、って感じじゃん? てか高校だけが人生じゃないよねー」
「ネイルとかも専門行けばいいしー」
「おいおいおいー」
そして、初手からギャル3人はやる気が皆無だった。スマホを弄り爪にヤスリをかけアメを舐める、などと状況も舐め切っている。
テスト、追試、補講、と三連続の苦行を経てなお進級が怪しいとなれば、やる気が出ないのも已む無しというところであるが。自身の責任であるにしても。
本気なのか
この日本社会で高校を辞め現役コースから外れるとなればそれなりに問題であるし、教師の評価にも関わってくることなのだ。
とはいえ、この反応も教師の予想の範疇ではあった。
何せこの3人、1年生の頃から2回に1回のテストでは赤点を取り、2年に上がってからは毎回のテストで赤点。状況が改善する理由もない。
だからこそ、成績こそ問題ないがクラス内での協調性が皆無な男子を招聘したのである。
どちらかと言えば、優秀で自主性がハッキリしている分、こっちの方が問題が大きかった。
「薪鳴はテスト点はいいんだけど授業点が基本的に低い……。授業への参加態度がなぁ……。
授業中にあてられても全部答えているというのがまた、教科の先生としても評価に困っているらしい」
「進級には問題ないですよね?」
「まぁそうなんだけど……。青少年育成を目的とする教師としては放置もできないんだよ分かるだろ」
平然と言う問題児その4に、力なく項垂れる教師。
タブレットPCが全生徒に支給される時代ではあるが、薪鳴千紘という生徒は明らかに全力で授業とは違うことをしていた。
千紘の考えとしては、予定された授業範囲の教科内容は理解しているのだから何の問題があるんだ、というところであるが。結果は出しているのに授業態度とか言われても困るアメリカ帰りである。
「それで……全員の問題の妥結としてだ――――」
「『全員の』?」
「だから全員の問題を一挙に解決しようっていう話だよ」
千紘の疑問の声を、教師は力技で無視。
本題へと強引に持ち込んで行った。
その問題解決の手段というのが、赤点ギャル三人と協調性に極めて問題ありとされる千紘による勉強会である、という話。
当然ながら、そもそも勉強したくないギャル達と、問題を押し付けられている感の強い千紘からは、酷く不評であった。
「これ一発と追試の合格で、とりあえず補講は無しにするから。本来は出欠点も足りてないから、追試の合否関係なく補講は必要だったけど」
「えー追試も無しにしてよーセンセー!」
「勉強会したら2年ではもう補講無し!?」
「めんどくさッ。放課後とか無理、時間無い。他のにして」
これでも他の教科の教師などと調整してきた落第生への救済策であるのに、まるで有難みなく不平不満を叫び好き勝手言うギャルども。
教師も心が折れそうだった。
「勉強会、って……オレもですか? こう言ってはなんですけど、2年の授業範囲はもうコンプリートしているんですけど」
「だろうなー。薪鳴もなんでウチ来たのかってくらい勉強できるからなぁ。
だから薪鳴には教師役をお願いしたいんだな、実は」
そして千紘も、何故自分がそれに巻き込まれねばならないのか、と疑問に思っていたところへ、更に面倒な
そうでなくても千紘は忙しいのだ。目の下のクマ見れば分かるだろう。
先の緊急出撃でリゾルバインが動力系駆動系操作系どこも派手に壊れたので今後のことを考えて改修の為の設計とかしないとならないのに。
なるべくオリジナルから大きく変えたくないんだけどなぁ、などと考えている。
やはり何としてでも断ろう。成績には問題ないんだし、
などと千紘が合理的な判断をしていたところ、
「……薪鳴って勉強できんの? 授業中とか全然授業関係ない事してるけど」
「はー? 薪鳴が教えるのー? そんなことできんの? 分からなかったら責任取ってくれるー?」
「先生よりチョロそうだからいいんじゃね…………?」
下がり目にストレートな金髪、気の強そうなギャル1、
ミドルボブの先端を遊ばせたヘアスタイルの気怠そうギャル2、
前髪を額の上で縛った日焼け肌のギャル3、
それぞれからも、当然の疑問の声が上がった。一名は既に千紘を手玉に取る気になっているが。
「…………先生、正直オレにだってヒトに教える自信はありませんよ? それこそ先生がヒトに教える専門家なんじゃないですか?」
「先生だってもう10年先生やってるけど未だに自信ないんてないよ。
正直に言ってしまうと、追試の内容は事前に教えるから、そこを全員で勉強しておいてほしいってことだな。薪鳴は追試受けないけどな。
それに薪鳴にも参加してもらって、授業点を稼いでほしいってことだ」
「もう一度聞きたいんですけど、それってオレやらなきゃいけないんですか?」
何度でも千紘は言いたいが、自分の成績の方は特に問題ないのだ。授業点とやらも進級に必要なラインを割っているワケではないので。
しかし、強い口調ではなくとも教師の方も必死らしく、低姿勢のまま押し切ろうとする勢い。
少し考えた末、千紘は今後の自分の出欠点が足りなくなった時に、今回の特別学習分を加点させる条件で承知した。
授業に出られなくなった時の保険だ。
◇
後日の、全授業終了後。
半ば嫌々はじめた特別授業であったが、千紘は思いのほか力を入れてあたっていた。
「ちょっとマッキーさー、これテストと全然違くねー?」
「テストの答えだけ教えてよー」
「内容は同じでも全く同じ問題が出るワケじゃないから覚えただけじゃダメだと思うよ。
まずジュニアハイの範囲が出来てないみたいだから、そこ覚えるだけでも大分マシになるはず」
「『じゅにあはい』?」
赤点テストの内容を見れば、どこを理解できていないかはすぐに分かる。
千紘がやったのは、そこを理解できる基本的な例題を問題集から引き抜き赤点ギャルに解かせることだけだ。
やる気が無い場合は知らん。千紘の仕事の範疇では無い。
なお『ジュニアハイ』とは中学の範囲のことだ。そこが抜けていては分かるはずがない。
あまり乗り気ではなさそうだったギャル三人だが、簡単な問題から順に出し少しばかり高級なお菓子で釣ったら、やる気が無いなりに問題を解いていた。
千紘は暗記という方法が嫌いだ。天才と呼ばれた自分だって、絶対記憶能力など持っていない。
ただ、理解は丸覚えに勝るのを経験で知っているだけだった。
理解は即座に脳が理屈を覚え、時として反復学習すら不要とするのだ。
帰宅や部活で他の生徒がいなくなった教室にて、弛緩した空気の中で雑談交じりの勉強会が進んでいた。
その締め括りに、千紘は三ギャルにテストと同じ内容の例題を解かせる。
「あれ? これちょっといい感じなんじゃね?」
「公式合ってるけどマルチプライで間違ってる。これなら次は大丈夫かな」
「えーなにそれ『マルチ』とかやったー?」
「なんだっけ……えーと、掛け算、ほらここ」
小さなミスはあったが、ギャル三人にいくつかの問題を理解させる事は出来た。
これならば、後数回の特別授業でテストの範囲をカバーできると思われる。
「んじゃもう帰ろー。なんか超久しぶりに勉強したわー。ウケ。」
「スズー、帰り歌ってくー?」
「ワリ、親が今日遅いから弟にメシ出さねーと」
特別授業が終わると、ギャル三人も帰り支度に入っていた。
ミドルの巻き毛と前髪縛りのギャルは遊びに行くようだが、下がり目のロングヘアは家族の為に早く帰るということだ。
家族。
聞こえてきたそのセリフに、色々思い出してしまいそうになる千紘。
育児放棄、メイルストロム侵攻、勇者、単身渡米、指導教授、そして今はひとり。
だがすぐにそれらを頭から追い出すと、忙しい我が身を思い、早々に自分も帰宅すること事とした。
「……それじゃお疲れさーん」
「あ! ちょっと待て薪鳴!!」
そんな矢先、少しションボリした千紘を呼び止める声が。
記憶力はそこそこな天才は、相手の姿を確認すると、すぐに脳内から記憶を呼び出す。
特別授業中は特に名前など呼ばなかったので。
「
「別に……聞きたいことがあっただけ」
荷物を鞄に詰め込み急ぎ教室を出てきたのは、家族の世話があると言い遊びへ誘われたのを断った、長髪を金に染めた少し下がり目のギャルだった。
この勉強会を行うまで、接点のようなモノはなかったと千紘は思うが。
隣に並び歩き出すギャル女子に対して無言なのは、千紘としても何を話していいかさっぱりな為である。
「……薪鳴ってオンナと話し慣れてんの? 童貞クサいのにあたしらともキョドらず普通に話すのな」
「いきなりなんてこと言うんだろうこのジャパニーズ女子」
しかし、初手から特に遠慮や配慮の必要はない相手だと判断する千紘である。
デリカシーの欠片もないことを平気で言う染め髪ギャルは、比較的無表情で通す天才に思いっきり渋面をさせていた。
なお千紘は童貞ではない。わざわざ自分の悲惨な過去を語って聞かせる趣味も無いので訂正しないが。
「あー、ごめんねー。あたし思ったこと考えずに言っちゃうからさー。
ついでに、薪鳴って全然勉強できるように見えなかったわ。塾の先生みたいな教え方で結構分かりやすかったけどさー」
「それはどうも……」
全然悪そうに思っている様子がない
もうちょっと日本の女子の生態を把握しておくべきだったか。そんなことがチラリと脳裏を
「2年の勉強とかもう終わってんでしょ? なんでそんなに勉強できんの? 実は勉強好きなタイプ??」
「好きだから勉強しているワケじゃ……。いや好きな分野の勉強もあるけど。
必要だから勉強するワケで、必要なんだから大抵のことはどうにかこうにか覚えるよ」
「うわー、勉強できるヤツのセリフだわ」
呆れたように言うギャルだが、これは何か自分が悪いことを言っているのか? と本気で迷う千紘である。
同世代の少年少女の思考的整合性のなさと非合理性は筆舌に尽くしがたし。
「んじゃー授業中に触っているあのなんとかバインの画像みたいなのもそういう必要な勉強?
ただの趣味ってより、なんか真剣な感じだったけど」
だがこのギャルのセリフには、千紘も自分の失点を認め内心舌打ちせざるを得なかった。
学校では見られてもバレないよう気をつかって各種図面をイジっていたが、一度うっかりそれと分かるようなリゾルバインの3D構造図面をタブレットに表示してしまったことがある。
まさにそこをピンポイントで見られていたとは。
まさかそれだけで自分がリゾルバインを製造したとは思うまい、と千紘は考えるが。
それでも、世界で誰にも知られていない秘密の一端を知られたのは間違いなく、密かに緊張感を漲らせていた。
「ネットでカッコいい個人作成のデータ見つけたから保存しただけ。リゾルバインは、最初のマシンヘッドって意味では興味はあるかな」
「別に好きでもいいんだけど。
ウチの弟も好きだからさー。最近また出てきたから、昔の映像とかネットで毎日見ているし。
この前もお年玉の残りとかでデカい本とか買ってた」
「ほう」
何気ない風を
思い出すのは子供の時分。
父親に置いて行かれた何も分からないほど幼い自分は、凍えるような寒さと死を意識せざるを得ない恐ろしさの中で、あの勇者と巨大ロボットに出会ったのだ。
その時から、千紘は勇者の姿を追うようになり、間もなく見失う事となった。
それでも、今なお追い続けている。
リゾルバイン好きな幼い子供。
第三者の目で見ると、それはかつての自分のような姿なのだろうか。
「んもーバカのなんとかみたいにバインバインバインってオッパイ好きか10年早いぞガキがって感じだけど――――」
一瞬、大昔の記憶がフラッシュバックしてきたので、この辺のギャルの愚痴はスルーした。
「――――あれ結局さぁ、10年前の古いロボットなんでしょ? だからギリギリ怪獣に勝った感じだったし、弱っちくてダサカッコ悪いねー、って言ったら弟超怒って喧嘩になって何言ってるか分かんねーの」
「それは仕方がない」
しみじみ頷き、千紘は速攻で会ったこともない弟の味方になった。
多少仕様変更で外観に変更があるが基本的に勇者リゾルバインのコピーだぞカッコいいだろうが。
それに序盤ボロボロにされたのは自分がエレメンタムマターを扱えなかったのが悪いのであってリゾルバインは悪くない。
「調べたらコアなオタクがめっちゃ多いのな。薪鳴もさっき言ったみたいな『最初のマシンヘッド』だとかエレメンタルなんとかを使った最強のなんとかだとか。もう付いていけねーし」
「リゾルバイン以前はマシンヘッドみたいな体系化されたヒト型機動兵器も存在しなかった。戦闘機や戦車、ミサイルのような兵器が主力だったんだ。
今のようなマシンヘッドが世界の防衛軍に配備されるようになったのは、10年前にメイルストロムが一時撤退した後。リゾルバインを参考にした、という事になっているけど実際には全然別物の劣化版になっている。
リゾルバインを作った『アースディフェンダー』って組織、元は宇宙の未知の物質を見つけて研究しようって機関で、その研究の中で発見されたのが『エレメンタムマター』。
リゾルバインはそれを操縦システムや動力、構造材の一部に使う事で、今の技術水準以上の性能を発揮する事ができる。
その後各国でもエレメンタムマターは研究されてるけど、今のところ使いこなせたのはリゾルバインのパイロット、勇者『
だからリゾルバインは今も最強のマシンヘッドと呼ばれている…………」
「めっちゃ語るじゃん」
からかうようなギャルの相槌に、千紘も自分の喋り過ぎを悟り、むっつり黙り込んだ。
理解されようとは思わない。
事実、詳細なところを知る一部の人間以外にとって、リゾルバインは古い旧式の大型マシンヘッドだ。
ましてや、興味を持って見なければ、10年前と最近現れたリゾルバインが別物とも思うまい。
よく見ればバレバレとも思うが。
「別にロボット好きでもバカにとかしないけどさー。てか薪鳴、ウチの弟と話し合いそう。
今日とかちょっと話し相手になってくんね? あいつこのままだと晩飯までボイコットしそうだし」
「今日……?」
ロボットの見た目はもちろん中身の違いも分からないギャル姉は、弟と話が合わず苦労している様子。
それに助け舟を出すのは
日本人の女子は警戒感というモノがないのだろうか。
「ダメ? 一緒に飯食ってっていいから。ギャルの手作りとかちょっとご褒美じゃね?」
「日本では自炊する割合が多いとは聞いていたけど…………」
ギャルの手作りディナーにどれほどのレアリティがあるのかはよく分からないアメリカ帰り。向こうはだいたい冷凍食品。
そもそも千紘は他人の家庭に招かれた経験というモノがない。ヨソの研究室には死ぬほど招かれたが。
正直あまり気が進まないが、どうにもリゾルバイン好きの子供というのが気になってしまい放っておけない。
故に、千紘も一歩を踏み出してみる事とした。
◇
その後の話である。
ギャルこと
薪鳴千紘はリゾルバインの専門家である。
この6年間、徹底的に研究してきたのだ。その末に改良型の実機まで建造したのだから、当然。
当初、子供らしい元気さで以って自慢のリゾルバイン知識をマシンガンのように喋っていたギャルの弟、『
食事中まで喋り続けていたので姉に怒られていた。
とはいえ千紘も、よく知っているなそんなこと、と細かい部分まで知る弟君に少々驚かされていたが。
それから更に数日後、ディナーの礼に、という事で、千紘は3Dプリンタを用いたリゾルバインの立体造形物をギャル姉経由で弟に贈った。
弟は発狂する勢いで喜んだらしい。
以来、弟の口から「にーちゃんにーちゃん!」とよく名が出るようになり、姉もそれに引きずられる事となった。
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