mgw003.prj_勇者のフリして世界を守るが巨大ロボの修理を見られて留守番なのがバレる

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 欧州の某国にて、メイルストロムのモンスター群を排除できなかった政府は、都市ごと気化燃料爆弾を用い全てを焼き払った。

 避難前にモンスターによって死亡した市民、それに逃げ遅れて自らの国の防衛軍の爆撃により失われた人命は、1万人近くに上るとされる。

 メイルストロムの攻撃を受けた国は、どこも似た様な状況だ。


 人類はメイルストロムに対抗する確かな手段を持っていなかった。

 前回の侵攻からの10年間で、ヒト型機動兵器『マシンヘッド』などの開発や配備は行われている。

 だが、国内産業への利益誘導、国家間の政治的取引バーターによる装備購入、などで数と見栄えばかり整えられた兵器による防衛体制は、現在までに予定された戦果を上げていない。


 政府は10年の茶番の真実が国民に露見したことへの対応の方に苦慮していた。

 政治家の票集めと人気取りに浪費された、時間、税金、そして人命。

 政府の並べてきた美辞麗句の全てが国民をなだかす為のウソに過ぎず、その実害が自分たちに降りかかってきたのに際し、はじめて国民も怒りの声を上げたのだ。


 政府はそれを、非常事態を理由に力で抑え込もうとしていた。

 合法である、合法であると繰り返しうそぶき、あるいは非合法であるとの訴えには耳をふさぎ無視を決め込み、権力を振り回し防衛軍さえ動員し、政府を非難する人々を弾圧した。

 メイルストロムという厄災すら建前にし、国家への協力と献身を求め、これに反発する勢力を敵とレッテル貼りし、親政府と反政府に国民を分断し、これを争わせる間に自らは専横を続けたのだ。

 問題はより多くなり、根本的には何も解決しなかった。


「あの兵器がいる。リゾルバインと呼ばれたマシンヘッドは何としても我が国が手に入れなければ!」


「国益は何にも優先する! リゾルバインとアースディフェンダーを見つけ出せ! 奴らの持つ全てを入手せよ!!」


「金も人民もいくら使っても構わん! 手段も選ぶな! リゾルバインは偉大なる我が国が手に入れて当然なのだ!!」


 世界各国は自力で問題に対処する努力を放棄し、その解決手段を10年前と同じ存在に求めた。

 それは、人類初のヒト型機動兵器マシンヘッドにして、今また『最強』と呼ばれるに至った巨大ロボット、『リゾルバイン』である。

 10年前のメイルストロム侵攻にあたり、人類の最前線に立ち戦い、これを退けた『勇者』。


 戦後、危機をあおわずらわしいモノとして自分たちが排除した功労者を、今また自分たちの利益の為に利用しようというのだ。

 政府は情報機関や情報システム網を駆使し、リゾルバインとそれを運用している組織、アースディフェンダーを追い続けていた。

 

 しかし、10年前と現在のリゾルバインにほぼ接点がない事には、大半の人間が思い至らなかった。

 勇者とリゾルバインの雄姿が、あまりにも鮮烈だった為である。


                ◇


 政治の現場が逃避の手段ばかり模索している一方で、実戦の現場では兵士たちの命を懸けた戦いが続いている。

 アメリカ合衆国、ハワイ州。

 太平洋のド真ん中に位置する諸島では、世界の他の地域と同様に、メイルストロムの異形群との戦闘が展開されていた。

 

「キンバリーからの砲撃支援はどうしたぁ!?」

『キンバリー応答なし! 撃沈されたと思われます!!』

「地対地戦術誘導ミサイル効果認められず! 地上誘導の部隊は応答無し!!」

「州立公園避難所から応援要請! モンスター多数で対処しきれません!!」

「島外避難の状況は!!?」


 鋼の甲殻を重ね合わせた磯虫のようなモンスターが、波となり押し寄せてくる。

 ろくにライフル弾も通らない敵に、部隊の兵士はグレネードや戦闘車両を駆使して必死の抵抗をしていた。

 ヒト型兵器マシンヘッドも、すぐ近くで爆音を上げ大砲を撃ち放っている。


 たとえ通常兵器の効果は薄くとも、豊富な地上兵器と圧倒的な弾薬の投射量でもってメイルストロムを殲滅しよう、というのがアメリカハワイ州防衛軍の考えだった。


 大型メイルストロムに洋上の巡洋艦が沈められてからは、地上のマシンヘッドは撃たれ放題で悲惨なことになっていたが。


「崩れるぞぉ!」

「退避! 退避! 隠れろぉ!!」

「HQ! HQ! ダッジマン22はカマカセンターまでとても辿り着けない! 敵の攻撃激しく避難所までとても行けない!!」


 巨大な影が地上に射すと、激しい地揺れと共に高層ビルが真横からの体当たり・・・・により吹き飛ばされた。

 マシンヘッドより大きなコンクリートの塊が飛び散り、他のビルに激突し地上に落ちて砕け散る。

 それだけで、生身の人間なら即死しかねないほどの破壊力だ。


 逃げ惑い物陰に飛び込む兵士たちだが、その間にも大型車並みに大きなメイルストロムモンスターの群れが襲ってくる。

 戦場は大混乱だ。

 もはや軍も一般人を助けに行くどころではない。自分たちの命を守る事さえままならない状態だった。

 しかも、


『ツーソンが沈没! 避難船のツーソンが沈没した! 港は使用不能! 島外避難作業は中断する!』


 前線指揮所からの悲鳴のような通信により、兵士たちは事態が悪化したのを知らされた。

 軍艦と民間船で島民を脱出させるという計画だったのに、肝心な港を死守しきれず計画が足元から崩れる。

 避難している一般市民を助け出せないばかりか、最後の逃げ道まで失ってしまった。


「きゃぁあああ!!」

「うわッ!? わああああ!!」

「崩れるぞぉ!!」

「ここはもうダメだ! 逃げろぉおお!!」

「外に出るな死ぬぞ! 救助が来るまで待て!!」


 ある市民ホールとなっている場所、多くの住民が避難していた背の低い建物も、地震のような揺れとモンスターの攻撃にさらされていた。

 中に立て籠もっている人々は、扉を固く閉ざし抵抗している一方で、来ない救助を心の底から待ち望んでいる。

 だがそれも限界だった。建物がもたないのだ。

 ひび割れる壁に、落ちてくる天井。


 そして危険な外へと飛び出してくる人々が見たのは、動く山と見紛うばかりの超大型メイルストロムの姿だった。


 そんな相手に、瓦礫の散乱する大通りを脚部のローラーで疾走しつつ、正面からレーザーを撃ち込むヒト型機動兵器。

 リゾルバーである。


 高速スケートのような蛇行軌道を取りながら、光線を連射しモンスターの巨体を滅多打ちにする軽マシンヘッド。

 勢いを殺さず接敵しその横を擦り抜けると、それを追うようにメイルストロムから触手が飛び出しミサイルに近い速度で追撃してきた。

 高速移動しながら身を屈めるリゾルバーは、大きく左右に機動して攻撃を回避すると、反転して後ろ向きに走りレーザーで触手を叩き切る。


「本体にダメージは入っているのか!?」


『クォンタムオーバーレイによる触手部の切断は確認。本体の表皮下へのダメージは確認できません』


「出力上がっているよな!? 所詮付け焼刃か……!!」


『バイパス増設により電装系の通電能力は80%増加しています。クォンタムオーバーレイの出力は50%向上。予定の性能アップを確認』


 スマート、とも言える攻防を見せるマシンヘッドに、住民や兵士たち、あるいは無人機で現場を監視している司令部の指揮官たちが目を釘付けにされていた。

 一方で、コクピット内で歯をギリギリやっている薪鳴千紘まきなちひろのご機嫌はよろしくない。

 ダメだろうなと思いながら苦労してほどこした改造がやっぱり予想通り大した効果を上げなかった為だチクショウめ。


「……っとにもう毎回切り札切るとか戦略上の敗北じゃねーか!

 アドニス! アームド各機出せ! ドッキングシークエンス!!」


『アームド1、2、3、量子転送開始。ドッキングシークエンス、イッツレディ……スタート』


 そうは言っても巨大メイルストロムの動きを止めなければ住民もろともハワイは壊滅である。

 千紘はリゾルバーを飛翔させると、レーザーで攻撃を続行。胸部ショットガンを連発し触手を細切れに吹き飛ばす。


 そのメイルストロムの体表の一部持ち上がると、下の穴から銀色の槍のようなモノが煙を吹いて跳び出した。


『誘導弾接近。直撃まで5、4、3――――』

「ッつらぁあ!!」


 戦略画面上に表示される自機と、全天を埋め尽くさんばかりに放たれた敵のミサイルの位置関係。

 ここで千紘は、こんなの迎撃し切れるかバカ、と判断。リゾルバーを飛行形態に変形させ、機首を真上に向け最大加速をかけた。

 激しく振動するコクピット内。緩衝機構でも減殺し切れない慣性質量と重力加速度が真正面から伸し掛かってくるのに、千紘は歯を喰いしばって耐える。

 メイルストロムのミサイル兵器は、喰らい付くまで止まらない、と言わんばかりに執拗に追尾していたが、


 斜め上から飛んできた小型高機動ミサイルの群れと正面から衝突し、ハワイの空に満開の爆光を咲かせる事となった。

 

 それらのミサイル後方から、ひと際大きな飛行物体が二機、超高速で地上へ落下してくる。

 何発ものブースターエンジンを内蔵し、後部に前進翼を備えた白いロケット兵器だ。

 ミサイルはこの機体から撃ちっ放しにスタンドオフされたものである。


 次いで、翼端にジェットエンジンを装備したヘリ、ティルトローターが。

 ビルの狭間の道路からは、赤い車体にファイアパターンのペイントを施された2両連結の災害対応車が突っ走ってきた。


『アームド1接近。本機の進行ベクトルとは真逆です』


「分かってる分かってる分かってる! パターンA-1S! 軌道を合わせろよ!!」


 落下してくるロケットとリゾルバーはほぼ正面から相対するコースだ。とても合体できる条件ではない。

 そこで千紘はリゾルバーを強引に反転させ、そこから機首を上げ水平飛行に持っていき再加速。

 ロケットの方はリゾルバーを追う形で減速に入る。


 3機は空中で接近すると、ヒト型に変形するリゾルバーに対し、ロケットが左右から接近。

 接続する基部を開くと、ドッキングし腕部を形成した。


 続けて、腕部ロケットを前に向けて吹かし急減速をかけると、追いかけてきたティルトローターが背面から合体。頭部アーマー、腰部アーマー、ウィング部を形成。


 左右2基のジェットエンジンを吹かし噴煙を巻き上げながら降下すると、地上で脚部を形作っていた災害対応車の上に乗るようにして合体した。


「うわぁあ来たぁ!!」

「アレだ! 英雄のマシンヘッドだ!!」

「来てくれたぞぉ!!」


 相変わらず目の前には大型メイルストロム、小型のモンスターも多数で危険地帯のド真ん中なのだが、人々は歓声を以てそれを見上げていた。

 圧倒的重量感で雄々しく立ち上がる、重マシンヘッド。

 かつて世界を救ったとされる『勇者』の巨大ロボット。


 リゾルバイン。


 誰もがそこに、自らの生存と未来への希望を見出していたのだから。

 もっとも、


「いきなりリアクター停止してんぞオラぁ!!」


『N2リアクター1番、安全装置作動、緊急停止します。自己診断中。制御フレームとの一部コントロールがアウト。再接続中。再接続に失敗しました。原因不明』


「どこのどいつが作ったんだこのポンコツ!?」


『あなたです』


 その希望を一身に受けるロボットのパイロット兼製造者は、突然のマシントラブルにお怒りだったが。

 育ての親のような指導教授がろくでもない大人だったので、忙しくなるとガラが悪くなる少年である。


 頭部先端から尾の先まで500メートルはあろうかというメイルストロムの巨体が、凄まじい重量感そのままにリゾルバインへ突進してきた。即敵認定された模様。

 マシントラブルに見舞われている千紘であるが、戦場ではそんな事も言っていられないのは理解している。

 すぐ近くには一般人もおり、巻き込まないよう距離を取らねばならなかった。


「イナーシャルアーマーと全ダンパーの緩衝レベル最大!!」

衝突警報コリジョンアラート衝突警報コリジョンアラート、ティターンカテゴリー、「ディープシーリターナル」との接触まで、300メートル、220メートル、150メートル』


 巨大ロボットが脚部の履帯クローラーを回し、重たい機体を後退させていく。

 だが、逃げ切れず小山のような巨体と正面から激突。

 全高25メートルのヒト型機動兵器が、そのままの体勢で押し込まれる。

 背後には高層建築物。

 両翼端のジェットエンジンと腕部のロケットブースターを全開にして押し留めようとするが、メイルストロムの質量は止められずに両者は建物に突っ込んでいた。


『後部ヴァーティカルスタビライザーにダメージ。損傷軽微。正面側上腕部ブースタ使用による後退離脱を推奨』


「いやこのまま空港まで誘導する! ロケーターをアップデート! ルート設定しろ!!」


 完全に力負けしていたが、モンスターの正面に張り付いたまま行き先を誘導する作戦に出る千紘とAIアドニス、そしてリゾルバイン。

 市街地から戦いやすい空港まで引っ張っていくのは当初からの計画だ。

 コクピット内の3Ⅾ戦術マップに、街とリゾルバイン、メイルストロムと移動ルートが表示される。

 想定とは大分違ってしまったが、リゾルバインは左右から猛烈な火を噴き、モンスターの鼻先から力尽くで進路を変えようとしていた。


 パワー差がありすぎてビクともしないのだが。


『次の信号を右です。……次の信号を右です』


「そっちじゃねぇえええ! エンジンナセルのピッチ180度反転! フルパワーでブン回せ! 脚部姿勢制御はオフ! クローラーのロック外せ!!」


 振り回されてどうにもならない巨大ロボは、カーナビと化したAIを無視してスーパーマーケットを踏み潰し、空港とは逆方向になる市街地中央に驀進ばくしんする。

 ジェットエンジンの角度を変え上方向へ目一杯燃やし、脚部履帯クローラーの牽引力を最大にして藻掻もがきはするが僅かにも向きを変えられず。


 しかしそれをわずらわしいと感じさせたか、メイルストロムのモンスターは大きく巨体を振るい、顔に張り付く巨大ロボットを振り払った。

 振り落とされたリゾルバインはブースターを噴射し速度を殺して着地、するも、脚部の自律制御を切っていたので力なく膝から地面に崩れ落ちる。

 既に満身創痍の有様だった。

 張り付いていただけのようだが、四肢の駆動系アクチュエータは全力運転によりオーバーヒートで赤熱していた。


 100メートル近く吹っ飛ばした巨大ロボットへ向け、巨大メイルストロムが正面の大口を開く。

 脚と尾のあるクジラに似た怪獣は、グバァ! と半ばから上下真っ二つに裂け、開放型の砲身のような姿へ変わった。

 その胴体の奥底に暗い紫の光が灯る。

 ハワイ沖に展開していた空母を中心とする戦闘群は、これの一撃により壊滅していた。


 リゾルバインを狙った砲撃。周囲は都市と建物に隠れている人々。

 紫の光はモンスターの奥深くからあふれ、解き放たれるエネルギー弾により全てが巻き添えで崩壊するのは免れず、


『ゼロインフィニティ起動。パワーアウトプット1500%』


「電磁シールド出力最大! 一発凌げれば焼き切れていい! 迂回路総動員してY軸上に跳ね上げろ!!」


 千紘はリゾルバインに搭載した無限エネルギー機関を解放。

 その出力を電磁シールドに全振りし、直撃する光の放射を真上に捻じ曲げて見せた。

 凄まじい余波が生じ直近の建物が吹き飛ばされるが、衝撃を受け流した為に最小限の被害に留まる。


 またそのエネルギー流も長時間は維持できず、紫の光を吐き出し切ったメイルストロムモンスターに大きな隙が生まれた。

 ドドンッ! と、ここで25メートルの巨体を跳ねさせ、ステップを踏みリゾルバインが大きく跳躍。

 空中で両肩のロケットからドリルシャフトを引き出し合体させると、そのまま落下軌道で突撃する。

 迎撃にメイルストロムは有線触手ミサイルを放ってくるが、リゾルバインは眼孔部からのレーザーで全て撃墜。

 自重と落下速度を十分に乗せたドリルの一撃を真上から叩き込む。


「ボォオオオオオオオ――――!!?」


 底なしの空洞から響くような絶叫が上がり、ハワイ諸島全域にまで伝播した。

 素粒子コントロールによる疑似慣性制御、イナーシャルアーマーを応用し絶大な浸徹力ペネトレーションを持たされたドリル、は艦砲や弾道ミサイルでさえ破壊できない表面装甲を易々とえぐり切る。


 とはいえ、クジラ型モンスター『ディープシーリターナル』は全長500メートルを超える巨体だった。10年前に確認されたモンスターと比較しても最大級である。

 ブレード長20メートルほどのドリルでは、主要な内部構造まで破壊するのは難しい。


『メイン及びサブパワーバス異常加熱、負荷増大中、機能維持限界まで60秒と推定』


 その上、機体の耐え得る以上のエネルギー出力により、前回同様に各部に不具合が生じてきている。

 反省を活かして伝送系と駆動系は強化していたが、時間もなかったので所詮は気休めの付け焼刃。そもそも千紘自身、あまり設計を変えたくないし、この急場で対応などしようもない。


「迷ってる暇無しか。なんで毎回こうかねぇ!?

 フォースドリルのエフェクター展開しろ! ゼロインフィニティの無限火力……額面通りか試そうぜ!!」


『フォースドリルメーレーウェポン、メタロジカルエフェクター展開、エクスターナルサプライヤー直結。

 フォースドリルメーレーウェポン、インフィニティモード』


 よって千紘も、用意しておいた奥の手を出さざるを得なかった。


 眼孔部と左腕のレーザーを放ちながら、ブースターを吹きリゾルバインが大きく後退。

 触手を叩きつつ距離を取ると、右腕部に装備したドリルを正面へと向けた。


 ドリルの基部に近いビットの部分がカバーのようになっており、それが持ち上がると金色の放熱器に似た同一パーツの集合体が顔を覗かせる。

 疑似慣性制御機構を発展させた、素粒子操作によるフォースフィールドの形成。

 それらを内蔵するフォースドリルにエネルギーを供給する、ゼロインフィニティ。


 だが、無限エネルギー機関ゼロインフィニティの真の力は、単なる電源という役割に収まらない。

 それは、文字通り無限のエネルギーをこの宇宙に発生させるシステムだ。


 未完成の理論で偶然出来た危険極まりない代物でもあるので、今でもあまり使いたくないと思ってもいるのだが。


 ゆっくり回転を始めるドリルビットの一部に偽装していた金色のパーツが、上限の無い熱エネルギーを放ち始めた。

 通常はドリルの破壊力を増す為の擬似慣性制御機構と素粒子フォースフィールドは、このモード時は反転し周囲の全てを焼き尽くしかねない熱量の封じ込めに用いられる。


「ボボボッ――――ボボォオオオオオオオオオオオ!!」


 太陽の中心を凌駕する超高温のドリルが、フレアの竜巻を纏い高速回転していた。

 閉じ込められ、一切外に漏れないはずの絶対的な熱エネルギーを感じ取り、メイルストロムさえ恐怖に怯え後ずさり虚勢の悲鳴を上げている。


 その放出と封じ込めのエネルギーがギリギリの均衡点に達したのをセンサーで捉えるや、千紘はリゾルバインの持てる全ての推進力を最大に。

 脚部履帯クローラーが砕けたアスファルトを巻き上げ、ロケットブースター全基が火を噴き、ジェットエンジンも暴れるほどに燃焼しながらリゾルバインを突っ込ませ、



 炎の弾丸と化した巨大ロボットは、メイルストロムのモンスターを絶対的な熱と回転エネルギーにて木っ端微塵に粉砕してしまった。



 敵を撃ち抜いたリゾルバインは腕のロケットブースターを燃やし旋回。

 機体の前後を入れ替え急制動をかける。

 全体の装甲が擦り傷だらけ、関節部からは火花を飛ばし、陽炎を纏う巨大人型ロボットが沈黙する。

 通常型モンスターもハワイ防衛軍とマシンヘッドが苦労の末に排除しており、街に静けさが訪れていた。


 そして、生き残った人々が喜びを爆発させ歓声を上げる。

 ハワイ島全体に声が響き、生存者がビルの屋上や路上から勇者である巨大ロボへ惜しみない賞賛を送っていた。

 それを受けながら、ロケット、ティルトローター、災害対応車、リゾルバーへと分裂し、リゾルバイン各機は高速でその場から飛び去って行った。


                ◇


 多くのハワイ島の住民同様、その女もあるビルの中からリゾルバインの戦いを目撃していた。

 ただし、その女は単なる避難者ではない。どこの組織にも所属しない自由契約フリーの情報工作員として、現在はアメリカの諜報機関に雇われている。

 工作員も武装組織と同様、外部発注の時代だ。

 他国の要人に対する情報工作、政府施設の侵入など、高い報酬を得られるが失敗して拘束や処刑されるとしても雇用主は助けない。

 使い捨ての道具である。


 その女は日本経由で帰郷したところだったが、運悪くメイルストロムの襲撃に遭遇していた。

 死ぬかもしれない、という意識はあったが、やがてそれどころではなくなる。

 アメリカが躍起になって追う大型マシンヘッド、『リゾルバイン』が出現した為だ。


 急ぎ屋上に駆け上がると、偶然にも直上を半透明な飛行物体が通過する場面だった。注意して見なければ完璧な遮蔽ステルス性能だろう。

 リゾルバインの中核となる可変型マシンヘッドが光学的なステルス機能を持つのは、既に広く知られた話である。


 だが、資料で見た高速性能に比して、その飛行速度はあまりにも遅かった。民生のヘリコプター並だ。

 ここである種の予感と千載一遇のチャンスを感じたフリーの工作員は、再び階段を25階分駆け下り、リゾルバーの飛び去った方角へと走る。


 地元故に、地理に明るいのも運が良かった。

 無断で借りたオフロードカーを飛ばし自然公園に飛び込むと、車両の入れないトレイルコースへ。

 既に半透明な飛行物体は影も形も見えなかったが、着陸したのなら人目を避けられる場所を選ぶはずだ、という自分の予想と勘を信じて奥へ進み、


 果たして、狙い通りのモノを見ることができた。

 低い滝の前、くるぶし程度の水かさのある場所に降り立った、リゾルバーの姿である。


「アドニス、再起動してみろ」


『リアクター1番リスタート中。正常なモニタリングが出来ません。安全装置作動。リアクター起動できません』


 そのリゾルバーの上でしゃがみ込み、装甲を開け内部を弄っているヒトの影。

 フリーの工作員の女は、仕事柄鍛えた忍び足で森の木の根元に潜み、それを観察していた。

 飛行形態となったリゾルバーの上にいるのは、若い男に見える。

 他にヒトの姿は見えないが、誰かと会話しているのは分かった。


「センサーはデータ拾っているのにおかしいだろ……。制御フレームにもデータ来ているのにセーフティーで弾かれるとか自分で作っておいてワケわからん。迂回させるか」


『セーフティーを介さない場合リアクターのトラブルに対応できません。リアクターのモニターが正常に機能していない場合、制御機能が正常に機能していない可能性があります。

 リアクターの暴走はリスクが大き過ぎます』


「ゼロインフィニティを使っている時点でいまさら感あるけどな。

 2番リアクターの制御フレームと1番リアクターをクロスコネクト。過負荷かかってダメージの大きなラインは除外しコントロールを確立しろ」


『1番リアクターを2番リアクター用制御フレームでコントロールするにはコントロールソケットの再設定が必要です。

 アドニスによる再設定は許可されていません。手動で再設定してください』


「めんどくさッ。なんでアドニスができないんだよ誰がそんな作りにしたんだ」


『あなたです』


 引き出したケーブルをスマホに繋ぎ何かしら操作していたかと思うと、装甲の隙間から頭を突っ込み大騒ぎしている人物。

 リゾルバーのパイロットであるのは間違いなく、隠れている女は興奮で震える思いだった。

 恐らく、今現在誰もその正体を掴んでいない、最重要ターゲット。

 すぐにでも襲い掛かり身柄を拘束したい女だが、マシンヘッドが動くのならば自分など即ミンチにされかねないので、ここはジッと機会を待つ。


「どうにか1番リアクター動かさないとバッテリーだけじゃ日本まで飛べんぞ……。2番を再起動させた方がいいか」


『リアクター2は緊急冷却の為にサプレッションチェンバーを開放。再起動には窒素混合気体の再圧縮が必要です。現在のバッテリー残量で核融合反応を起こすのは不可能です』


「……ゼロインフィニティは使いたくないな。あー、アームド帰すんじゃなかった」


 角度が悪く、女からはパイロットの顔が見えなかった。

 どうにかよく見える位置取りをしたかったが、マシンヘッドのセンサーに掴まろうものなら最悪命がない。

 そうこうしているうちに、応急修理を終えたかリゾルバーが飛び立とうとしていた。

 女はスマホカメラのファインダーをパイロットの方へ向け、祈るような思いでその場にジッとしていたが。


 コクピットに入る直前のパイロットの横顔を一枚だけ、写真データとして捉える事に成功していた。




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