時折巡り合う「商業作家さんが変名で書いたのでは?!」という作品

カクヨムさんでレビューを書くようになって、時折巡り合うんです。
「これ、ものすごく売れっ子のプロ作家さんがこっそり変名で書いてる作品なんじゃないの?!」と思うほどハイクオリティーな一作に。

このお話はまさにそれ。
舞台は昭和初期。関東大震災の余波がほんのり残っていて、軍靴の音がバリバリ聞こえる時期です。
メインの登場人物は、列車食堂でコックをしている若き天才料理人・ハチクマ。
彼の作る料理と、それを食する人々、そして周りの同僚などを描いた連作短編になっています。
当時の歴史的背景がきっちり書き込まれ、中でも列車および列車食堂のそれがとても詳細。
作者さんは資料をどれだけお読みになったのでしょうか。文章の合間ににじむ創作者としての振る舞いに、尊敬の念を抱きます。

ハチクマの素性は初めは明らかになりませんが、浅草の食堂の三代目が出てくるようになってから少しずつ分かってきます。
さらにハチクマは途中でモダンガールと結婚したりと、人生模様も描かれます。

白眉はなんといっても、おいしそうな料理の描写!
大袈裟ではなく、文章から香りが漂い、カツレツを上げているときの音まで聞こえます。
列車食堂ならではの、揺れる中での調理など、「料理をしている側」の臨場感もたっぷり。

三代目が個人的に好きなキャラです。
「ポークカツレツ」で、ハチクマが三代目に「君はまかないを作りたかったのか?」と尋ねるシーン。
この問いは、料理だけでなく、文章創作を含めてものづくりにかかわる人すべてに投げかけられているものだと思います。
私も考えさせられる一言でした。

最新「スチュードタング①」まで読みました。
ますます軍靴の音がやかましくなってきていますが、ハチクマたちに何が起こるのでしょうか。
素晴らしい作品をありがとうございます。

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