全体的にふんわり優しいのに、話の緩急エグい。
乗客はのんびりと景色を、静かな車内で見よんけど、汽車の真下は轟音でせわしなく車輪駆動しとるようなもん。
作家やなあ。プロの所業やなあ。
ピリついた場面の緊張感、厨房の慌ただしさ、石炭を運ぶ人の汗、音が聞こえてくる。熱が伝わってくる。匂いがある。
言わずもがな、お料理の描写は絶品です。
一品ごとにじっくり味わいたい。
ノスタルジックな世界から途中下車するたびに、ああ、ええ旅路やなと感嘆の溜め息。大仕事をやり遂げたような満足感。
鉄道、汽車の描写もたまげたもんで、だからこそ安心して乗り込むことが出来る。
素晴らしい作品と出会えて、光栄です。
カクヨムさんでレビューを書くようになって、時折巡り合うんです。
「これ、ものすごく売れっ子のプロ作家さんがこっそり変名で書いてる作品なんじゃないの?!」と思うほどハイクオリティーな一作に。
このお話はまさにそれ。
舞台は昭和初期。関東大震災の余波がほんのり残っていて、軍靴の音がバリバリ聞こえる時期です。
メインの登場人物は、列車食堂でコックをしている若き天才料理人・ハチクマ。
彼の作る料理と、それを食する人々、そして周りの同僚などを描いた連作短編になっています。
当時の歴史的背景がきっちり書き込まれ、中でも列車および列車食堂のそれがとても詳細。
作者さんは資料をどれだけお読みになったのでしょうか。文章の合間ににじむ創作者としての振る舞いに、尊敬の念を抱きます。
ハチクマの素性は初めは明らかになりませんが、浅草の食堂の三代目が出てくるようになってから少しずつ分かってきます。
さらにハチクマは途中でモダンガールと結婚したりと、人生模様も描かれます。
白眉はなんといっても、おいしそうな料理の描写!
大袈裟ではなく、文章から香りが漂い、カツレツを上げているときの音まで聞こえます。
列車食堂ならではの、揺れる中での調理など、「料理をしている側」の臨場感もたっぷり。
三代目が個人的に好きなキャラです。
「ポークカツレツ」で、ハチクマが三代目に「君はまかないを作りたかったのか?」と尋ねるシーン。
この問いは、料理だけでなく、文章創作を含めてものづくりにかかわる人すべてに投げかけられているものだと思います。
私も考えさせられる一言でした。
最新「スチュードタング①」まで読みました。
ますます軍靴の音がやかましくなってきていますが、ハチクマたちに何が起こるのでしょうか。
素晴らしい作品をありがとうございます。
美味しそうでした、お料理が!
コロナ禍以前は、ご当地列車が地域活性化に一役かっていましたが、
昭和初期にもあったとは。
そして、ハプニングに次ぐハプニング。
それも、ただわちゃわちゃしただけのアクシデントではなく、
登場人物全員の首が飛ぶかもしれない適度な緊張感。
また、いちばん感動したのは、筆者の確かな描写力。
僭越ながら、確かなと申し上げさせて頂きます。
列車食堂内、働く人々、言葉遣い、所作に至るまで、この時代の世界観を崩す要素が何もない。
堪能させて頂きました。
レトロモダン、大好きなんですよ。
そこはかとなく国営放送の朝ドラを彷彿とさせるような空気感。
良質な短編です。